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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−23−

 薫は黙って風紀委員たちに連行されていた。
 連行といっても、特に手錠や縄のようなもので拘束されているわけではなかった。手足はまったくの自由だ。ただ、周囲を体育会系の風紀委員に固められ、歩くよう促されているだけである。強引に逃げ出そうと思えばできなくもなかったが、そんなことをしても無益なのは分かり切ったことなので、薫はあえてそうしようとは思わなかった。
 とにかく風紀委員たちの強引なやり方に納得が出来ない。こんな横暴な行為を許せるものかと、さっきからずっと憤りっぱなしだった。ここは彼らを統率している風紀委員長なりに抗議してやる、と頭にあるのはそればかりだ。
 一年A組の教室からは、薫と一緒にクラスメイトの女子三名も連れ出されていたが、階段に差しかかったところで引き離されることになった。薫は下へ、彼女たちはさらに先の廊下だ。
 不審に思った薫は、先頭を歩くおさげの風紀委員に尋ねた。
「あの子たちをどこへ?」
 質問は無視されるかと思ったが、予想に反しておさげの風紀委員はあっさりと答えた。
「反省室よ」
「反省室?」
 それは他の風紀委員も言っていた場所だった。もっとも、薫が知っている限り、校内にそんな所はない。
「分かりやすく言えば視聴覚室のこと。そこでビデオを見てもらうのよ」
「ビデオ?」
「そう。校則を再確認してもらうビデオ。それを見れば、自分は何がいけなかったのか、一目瞭然に分かるわ」
「たったそれだけ?」
 薫には信じられなかった。どこかの一室で正座でもさせて、原稿用紙何枚かの反省文でも書かせるのかと想像していたのだから無理もない。ただのビデオ鑑賞だなんて、本当だとすれば拍子抜けである。
「それだけよ。しかも、一度ビデオを見た人はちゃんと更生するようになっているわ。彼女たちも、明日には髪の毛を黒に戻して登校してくるでしょう」
 そんなバカな、と薫は思った。ビデオを見るだけで態度を改めるようになるなんて。人間、そう簡単には変わるものではない。
「ウソだと思っているでしょ?」
 おさげの風紀委員は薫の心を読んだかのように言った。チラッと薫を振り返る。
「でも、本当のことよ。あなたにも見せてあげたいくらい」
「ということは、私にはそのビデオとやらを見せてもらえないわけ?」
 わざわざ三人組と引き離されたということは、薫が連れて行かれる所は反省室ではないということだった。
「ええ。あなたには直接に会いたいという人がいてね」
 そう教えるおさげの風紀委員の目つきは、どこか敵意がこもっているように思えた。
 結局、薫は一階にある空き教室に通された。普段は文化部のどこかが部室として使っているのかもしれない。造りは当然のことながら薫の教室と同じだが、黒板に教卓、それに生徒用の机と椅子が揃えられているだけで、私物は一切なく、そのため、誰かが使用している雰囲気が欠如し、どこか空々しい印象を抱かせた。
「ここでお待ちなさい」
 おさげの風紀委員はそう言い残すと、薫を一人だけにして、あとは全員出て行ってしまった。とはいえ、廊下には見張りが立っているだろう。薫はじたばたすることなく、自分に会いたいという人物を待つことにした。
 二、三分で、その人物は現れた。まるで教師よろしく、教室前方の入口から入ってきて、教卓のところに立つ。
「また会えたわね、忍足さん。こういう形での再会は残念だけど」
 薫は入ってきた女子生徒の顔を憶えていた。登校時、校門のところで風紀委員への勧誘をしてきた彼女だ。確か、北島と名乗っていたはず。
「どういうつもりですか?」
 一学年上である北島に、薫は努めて丁寧に尋ねたつもりだった。しかし、口調には明らかな険が含まれている。今や風紀委員への反発は隠しようもなかった。
 北島は笑った。相変わらず目は笑っていない。
「言ったでしょ? あなたは風紀委員に入るべきだって。どう? 考えてくれた?」
「お断りします」
 薫は即答した。それは予想していたものだったのだろう。返答を聞いても、北島の笑みはそのままだった。
「あら、残念。あなたには私たち風紀委員の理念に賛同してもらえると思っていたのに」
「いくら校則を守らせるためとはいえ、あんな横暴でひどいやり方は行き過ぎだと思います」
「まあ、いかにも優等生らしい模範的な回答。忍足さん、できるのは剣道だけではないのね。見直したわ。益々、スカウトしたくなったのだけれど」
「ふざけないでください。そもそもこんなことをして、先生方が黙って見ているとお思いですか?」
 目くじらを立てる薫に、北島は思わず声をあげて笑った。嘲笑だ。
「黙って見ているも何も、すでに先生方からは了承を得ているのよ」
「何ですって!?」
 薫はにわかには信じ難かった。例え本当だとしても、風紀委員の口車に乗せられでもしたのではないかと思う。
 ところが北島は、薫にもうちょっと考えたらどうだと言いたげだ。
「先生方が望んでいるのは、問題を起こすことのない従順な生徒よ。最初は私たちのやり方に混乱や反発があると思うけど、それもすぐに沈静化していくと説明したわ。そうしたら、多くの先生たちが私たちを支持してくれたの。風紀の乱れを直すのが私たちの役目。トラブルもなく、授業が順調に行われれば、先生方も万々歳。それのどこがいけないと言うの?」
「生徒を力で押さえつけるだなんて! そんなの許されていいわけない!」
「だから、それも最初だけよ。すぐに誰もが校則を守る、理想的な生徒になっていくわ。そんな最高の学園を私たち風紀委員が作っていく。どう? 考えるだけで素晴らしいと思わない?」
 北島はまるで酔っているようだった。薫は否定するようにかぶりを振る。
「誰であろうとも、人間が持つ個性を奪っていいわけがない! 画一的な人間なんて、そんなのロボットと一緒です!」
 こんなときに薫の頭にはアキトの顔が浮かんだ。あの破天荒な男なら強烈な個性を奪われることに激しく抵抗するだろう。いつも毛嫌いしているはずなのに、どういうわけかこのときばかりは、アキトのことを思い出すと自らを奮い立たせる力になるのだった。
「だから人間は身勝手すぎるんだよ」
 突然、北島と同じように空き教室へ入ってきた人物がいた。途端に北島はハッと改まり、薫は予想していた人物の登場に口をつぐむ。風紀委員をまとめあげている者――
「北島さん、もう下がっていいよ」
 嵯峨サトルは、キミの役目は終わったとばかりに言った。北島はかしこまる。
「ですが、彼女は私が推挙した――」
「下がっていいとボクが言っているんだ。いいね?」
「はい……」
 北島はあきらめたように廊下へ出て行った。空き教室には薫とサトルが残される。
 新しい転校生。女子生徒たちの人気者。そして今や史上最年少の生徒会長。
 サトルと直接話したことはない薫であったが、この一週間ちょっとですっかりと有名人となった彼を知らないはずがなかった。そして、新生徒会長としてまず取り組んだ改革の手始め。それがあの強権を振るう風紀委員であろうと、薫はすでに看破していた。
 多くの女子生徒たちを魅了してきたように、サトルは得意のキラー・スマイルを薫に向けた。
 しかし、どれだけ相手がイケメンであろうと、薫の心は動かない。男も女も要は中身、というのが薫の信条だ。実際、同年代の女の子に人気のアイドルなど興味もなければ名前も知らないくらいである。クラスメイトの女子からは珍獣のように思われていた。
 それでもサトルの笑顔は消えることはなかった。
「初めまして、忍足薫さん。あなたのお噂はいろいろと聞き及んでいます。女子剣道部として、一年生ながら初出場だった都大会で三位だったとか。しかも負けたのは、誤審のせいだったというじゃありませんか。もうすぐ行われる関東大会が楽しみですね。いや、そんな凄い方と知り合いになれて光栄です。ボクは――今さら自己紹介なんて必要ありませんかね?」
「ええ。私もあなたをよく存じ上げているわ。新生徒会長の嵯峨くん」
 余裕のサトルに対し、薫は警戒していた。サトルはそんな薫の緊張をほぐそうとでもするように微笑むが効果はない。どうやら早く用件を切り出した方がよさそうだと判断したようだった。
「実は、北島さんからもお聞きになったと思いますが、ぜひともあなたに風紀委員になってもらいたいのです。その正義感にあふれ、歯に衣着せぬ物言い、実にご立派だと思います。あなたのような方が風紀委員にふさわしいとボクは考えているんです」
 薫はサトルを正面から睨んだ。
「あんな秘密警察みたいな風紀委員になんて、真っ平ごめんだわ! 学校を良くしようという考えはともかく、そのやり方は最低ね!」
 薫は真っ向からサトルを批難した。サトルは苦笑する。
「おやおや、これまたずいぶんと嫌われたものですね。残念です」
 サトルは教卓から薫の方へと近づいた。薫は身を固くする。サトルは腕力に訴えてくるつもりだろうか。それならそれで、薫も望むところであった。サトルは男子の割に、そんなにがっしりした体形ではない。むしろ華奢な方だ。つかさほどではないが、これなら剣道で鍛えている薫でも相手になれる。元々、男勝りの気性なのだ。
 しかし、サトルはそんな野蛮な手段は取らなかった。その代り、またしてもキラー・スマイルが炸裂する。白い歯が輝いた。
「でも、それも今だけのこと。すぐにあなたは自分の過ちに気づくはずだ。そして、自ら進んで風紀委員になる」
「そんなことあるわけ……」
「どうでしょうかね?」
 サトルは微笑した。なんだか、段々と薫は頭が重くなってくるような気分がしてくる。まともに立っていられない。それなのに目だけはサトルの顔から外すことができなかった。サトルの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
「そんな……そんな……」
 意識が遠のいていく。瞼が重くなり、膝が崩れそうになって……。
(ああ……ダメ……)
 薫は深い闇の底へと引きずり込まれる瞬間、なぜか一人のクラスメイトの顔が浮かんだ。

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