←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→

 



WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−24−

 その日、つかさはいつもより早起きして、学校へ行く前にアキトのマンションへ寄ってみた。
 一昨日、嵯峨サトルを支持する女子生徒たちによって投票所から排除され、結局、そのまま入ることも一票を投じることもできずに生徒会長選挙は終了。予想通りサトルの当選が決まり、そのときのアキトの荒れようといったらなかった。「不正選挙だ!」、「やり直しを要求する!」と揉めに揉めたのだが、それも突っぱねられてしまい、最後には学校からも追い出される始末。アキトははらわたが煮えくりかえって仕方がないという様子だった。
 それゆえ、そんなアキトをつかさは心配し、こうして様子を見て来ようと思い立ったわけだ。怒り心頭のアキトが何をやらかすか分かったものではない。何かを起こす前に、その事前防止をしておこうという意味合いもある。これだけ早ければ、アキトはまだいるだろうと思ったのだ。
 ところがつかさの予想は甘かったと言わざるを得ないだろう。一階玄関前にあるインターフォンを押すと、応答したのはアキトの妹、美夜だった。
「あっ、つかさお兄ちゃん!?」
 こちらからは美夜の声しか聞こえないが、向こうはつかさの姿がモニターされているのだろう。名乗るまでもなかった。
「おはよう、美夜ちゃん。アキトはいる?」
「えっ? バカ兄貴? 一昨日から帰ってないけど」
「一昨日から?」
 たちまち、つかさは青くなった。まさか、あれからずっとサトルに何か仕返ししようと考え、つけ狙っているのだろうか。
「れ、連絡とかは?」
「ないよ」
「あっ、そう……」
 兄のことなどまるで無関心な美夜の答えに、つかさは重い鉛を背負い込んだような気分になった。
 アキトの性格を考えれば、学校がない日曜日を挟んで、黙っていられるわけがなかった。つかさは自分の読みの甘さに唇を噛む。
「どうかしたの?」
 不思議そうに美夜が尋ねてきた。つかさは慌ててごまかす。
「い、いや、別に。一緒に学校へ行こうって約束してたから……。先に行っていたら、別にいいんだ。ありがとう、美夜ちゃん」
 美夜に追及される前に、つかさは立ち去ることにした。とにかく学校へ行くしかない。つかさは急いだ。
 登校時間ギリギリに校門をくぐると、つかさは学校で何かの騒動が持ち上がっていないか注意した。今のところ、とりあえず生徒たちの登校風景は変わりがないように見える。何事もなさそうだ。ただし、どういうわけか、いつもより風紀委員が多く立ち、何やら一般生徒にチラシを配って、勧誘しているのを除いては。
 つかさは一年A組の教室へ行き、自分の席に着いた。やっぱり、アキトはいない。どこへ行ってしまったのか。しかも後ろの席の薫もいなかった。休みではないらしい。鞄は置いてある。ということは、薫は校内にいるのだ。だとすれば、どこへ。登校してみたものの、やっぱり具合が悪くなって保健室にでも行ったのだろうか。他にもチラホラと空席が目立つ。教室の雰囲気はいつもに比べて、やたらと静かに思えた。
 なんとなくイヤな予感がつかさにはあった。何かが起きている。それがアキトのせいなのか、それとも他に原因があるのかは分からないが。
 そんなつかさの不安をよそに、担任教師がやってきて、朝のホームルームが始まった。



 一時限目が終わり、二時限目が始まった。
 つかさは自分の席でじりじりとしていた。言うまでもなく、アキトのことが心配でたまらないのだ。何かムチャなことをしていやしないかと気になってしょうがない。
 それに薫だ。鞄はあるものの、本人の姿が見えない。ホームルームや一時限目の授業中にも戻って来なかった。こちらも気にかかった。
 とりあえず、ホームルームが終わった後、隣の一年B組の教室を覗いてみたのだが、どういうわけか嵯峨サトルの姿までもなかった。サトルがどうしたのか、誰かに事情を聞こうかと思ったが、親しい大神もいない。だからといって面識もない他クラスの生徒に話しかけるのはためらわれた。
 二時限目の現代社会の授業が始まって十分くらいが過ぎたころ、教室のドアが開いて、薫と女子生徒三人が入ってきた。つかさは思わず、首を伸ばす。現代社会の男性教諭は四人を見てうなずいた。
「風紀委員から話は聞いている。席に戻りなさい」
 薫たちは、それぞれ自分の席に黙って座った。そのとき、薫はつかさの横を通ったのに、何の言葉もないばかりか、目線ひとつ寄越さない。つかさは訝った。
 再び授業が始められた。つかさは薫にいろいろ尋ねたかったが、この現代社会の教師は私語を厳しく禁じていることで有名だ。お喋りしている生徒には容赦なくチョークが飛んでくる。また、このコントロールが最悪で、関係のない近くの生徒に当たる確率が高いものだからハタ迷惑だった。
 仕方なく、つかさは授業が終わるのを辛抱強く待った。どうもこのところ、授業に集中できないことが多い。期末試験は最悪だろうなと憂鬱になった。
 五十分間の授業が三時間くらいに感じられて、ようやく現代社会の教師が教室から出て行った。すかさず、つかさは後ろの薫を振り返る。
「薫、心配していたんだよ! 朝からいないんだもん! でも、鞄はあるしさ」
「別に大したことじゃないわ。ちょっと風紀委員に呼ばれてね」
「風紀委員?」
 つかさは意味が分からなかった。風紀委員といえば校則のことがすぐに思い浮かぶが、男勝りな性格はともかく、生徒としての素行は良好である薫は違反とは無縁な存在であるはずだ。万が一にも呼び出しを喰らうとは思えなかった。
 しかし、つかさに答える薫の表情に、いつもの感情表現の豊かさはなかった。まるで心が凍りついてしまったかのように。
「私、風紀委員になったの」
「えっ?」
 意外な言葉だった。そもそも薫は保健委員だったはずだ。
「どうして?」
「この学校を守るため。この学校をよりよくしていくため」
 薫の唇から出る言葉は、まったく抑揚がなかった。まるで誰かに言わされているかのように。
 一体、薫はどうしてしまったのか、つかさには訳が分からなかった。
 だが、今、つかさが頼りに出来るのは薫しかいない。これまでもずっとそうだった。
 つかさは薫に相談した。
「ところで、アキトのことなんだけどさ――」
「仙月アキト?」
 初めて薫が反応を見せた。しかし、その目つきはあくまでも冷たい。
 つかさは、わざわざフルネームで反芻した薫に不審なものを抱きながらも、
「嵯峨くんが生徒会長になってから、アキト、自分の家に帰っていないみたいなんだ。どこへ行っちゃったのかなぁ」
「私が知るわけないでしょ」
 いつもなら、そんな風に素っ気なく答えが返ってくると予想していたつかさだったが、今日は違った。
「仙月アキトは、見つけ次第、逮捕よ。それが不可能なときは風紀委員に連絡して」
 薫はつかさをギクリとさせるくらい冷酷な声で言った。
「逮捕って……? 何でさ?」
「ヤツはこの学園で最も危険な不穏分子。野放しにはしておけないわ」
「ちょっと、薫……?」
 元々、アキトに対して毛嫌いしていたのは確かだが、よもや頭を打ったショックでおかしくなってしまったのかと、つかさは薫の目の前で手を振った。その手を薫がつかむ。ぐっと睨まれた。
「つかさ、あなたもヤツをかばいだてすると、ただじゃ済まないわよ」
「薫……?」
 つかさをつかむ薫の手は必要以上に力が込められていた。
 そのとき、数名の生徒たちが教室に現れた。全員、風紀委員の腕章をつけている。その様子は只事ではなかった。
「仙月アキトを発見! 応援を要請する!」
「了解」
 薫は立ち上がった。そして、ポケットから緑色の腕章を取り出し、それを左腕に巻く。
「待って、薫!」
 つかさは薫を引き止めようとした。だが、その手は無情にも振り払われる。薫の鋭い視線がつかさを射抜いた。
「邪魔をする気? 言ったはずよ。ヤツの味方をすれば、例えあなたでも容赦しないって」
「………」
 つかさはすぐに反論できなかった。こんなのはおかしい。そう頭では分かっていても。
 つかさが黙っていることに、薫は抵抗の意思なしと判断したのか、二度と一瞥を向けることなく、呼びにきた他の風紀委員たちと共に廊下へ飛び出していった。クラスの生徒たちが野次馬半分で見送る。
「………」
 薫を説得できなかったことに、つかさは自分を責めた。歯噛みし、太腿に拳を叩きつける。
 三時限目の始業のチャイムが鳴った。クラスメイトたちは、あきらめたように着席する。しかし、つかさだけは立ち上がった。
(アキト……!)
 友人を助けられるのは自分しかいないと、つかさは意を決して薫たちの後を追いかけた。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→