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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−25−

 アキトはいつものように重役出勤――いや、学生なんだから出勤ではなく登校なのだが、とにかく相変わらず大幅な遅刻にも一切悪びれた風もなく校門をくぐった。
 土曜日の選挙結果以来、アキトは不機嫌だった。よりにもよって嵯峨サトルが新生徒会長になってしまうとは。しかも、前生徒会長だった伊達をも凌ぐ女子生徒の人気の高さには、まったくもって反吐が出る。自宅を突き止めて、ピンポン・ダッシュとか、ポストから夕刊を抜き取っておくとか、何かいやがらせでもしてやろうかと思ったのだが(意外とセコい)、肝心の住所が分からないのではそれもできない。いつもなら子分の大神を使って調べさせるのだが、今は袂を分かつ間柄だ。しょうがないので、この土日は気分転換に遊び回ったのだが、兄、影人のヘソクリを使って豪遊しても(多分、いかがわしいお店に行ったのでしょう)、どうにも気分は晴れなかった。
 こうなったら、直接、学校へ行って、サトル本人をぶっ飛ばさないと気が済まない。かくして遅めの登校と相成ったわけだ。
 そこへ校舎から駆けつける足音も騒がしく、わらわらと三十人くらいの生徒たちが現われた。まだ授業中にも関わらず。アキトの出迎え――のはずがない。男子も女子もいたが、全員、緑色の腕章を左腕につけていた。
 アキトはあっという間に風紀委員に取り囲まれた。
「仙月アキトだな?」
 風紀委員の一人、北島康子が名を検めた。そう言われると、あまのじゃくなアキトの性格がうずく。
「誰のことですか? ボクは武藤つかさです」
 平気で親友の名を騙った。それもわざと口調をしおらしくして。とんでもないヤツである。
 元々、険悪だった北島康子の目が、益々、細められた。
「ウソをつけ。仙月アキトだろう!」
 そこで、ハイ、そうです、と答えないのが仙月アキトだ。
「あっ、違いました。一年B組の大神憲でした。伊達修造でもいいですけど」
「ふざけるな!」
 風紀委員の全員がキレた。まともに相手をしようとするからこうなる。
「ええい! 問答無用だ! 者ども、ひっ捕らえい!」
 いささか時代劇めいた命令を出すと、風紀委員が一斉につかみかかった。襲われた当のアキトは慌てない。軽く膝を曲げると、ジャンプした。
「あらよっと!」
 常人では及びもつかない身体能力。囲んだ風紀委員の頭上でトンボを切ると、輪の外へ楽々と着地してみせた。宙返りでアキトに逃げられた風紀委員たちは、おしくらまんじゅうみたいになってキャーキャーワーワー騒ぎ、真ん中で潰れてしまう。
「いきなり人気者になったみたいだな、オレ」
 もみくちゃになっている風紀委員たちを眺めながら、アキトはのんびりと言った。例え三十人の猛者が寄ってたかっても、アキトにはまったく脅威とならないだろう。
 風紀委員たちは混乱していたが、すぐに体勢を立て直したのは輪の外側にいた連中だ。取り分け、体格のいいあんこ形の男子生徒がアキトへ猪突猛進する。
「どすこい!」
 見た目どおり、男子生徒は相撲部員だったようだ。アキトへ頭から組みつく。
「おっ?」
 体格差は明らかであるはずなのに、ぶちかましを喰らったアキトはびくともしなかった。押し倒そうとする相撲部員の足が土のグラウンドの上で掻くように滑る。アキトの足には根が生えたようだった。
「おいおい、しっかりとちゃんこ鍋食ってるのか? そんなんじゃ綱取りは無理だぜ」
 稽古不足の弟子を諭すように、アキトはだぶだぶの贅肉をむにゅっとつかんだ。そして、そのまま投げにかかる。
「ほいっ!」
 百キロ超は確実なはずの巨体が、まるで図体だけの空気人形のように易々と傾いだ。上手投げ。相撲部員は面白いくらいに地面に転がされた。
 続いて二番手。今度も体格がいいが、相撲部員よりは筋肉質だ。
「せいっ!」
 またしても頭からの突進だった。しかし、今回はやや姿勢が低いか。
 彼はラグビー部員だった。タックルの基本は腰よりも下。どんな相手であろうと、足をすくわれたら倒されるしかない。
 アキトの反応は素早かった。狙われた足をバッと開脚させると、ラグビー部員を股の下にくぐらせる。まるで跳び箱を跳んでいるような感じだ。
 ただし、完全に跳び越えはしなかった。そのままラグビー部員の背中にのしかかる。当然、憐れな犠牲者は真上から潰された。
「むぎゅうぅぅぅぅぅっ……」
「はい、ご苦労さん」
 アキトは倒れたラグビー部員の背中の上で胡坐をかいた。
 そんなアキトの背後を狙っている者がいた。アキトは瞬時に殺気を感じ取る。
 次の刹那、長年、校庭で本校の生徒を見守ってきた桜の木の上から、鋭い矢が射かけられた。洋弓だ。
「今度はウィリアム・テルのお出ましか!」
 アーチェリーの矢が背中を貫く寸前、アキトはその場で逆立ちするような格好になった。さらに驚くべきは、その体勢のまま、片手で見事に矢をキャッチしてみせたことだろう。軽業師もビックリの芸当だ。
 アキトは逆立ちから、くるりと身体を反転させて地面に立つと、つかんだ矢を木の上のアーチェリー部員に投げた。それは弓を用いたのと同じか、それ以上のスピードでもって、枝の上で逃げ場のないアーチェリー部員を正確に射抜く。もちろん、身体を狙ったものではなく、アーチェリー部員の右上腕部、肌をかすめるように着衣だけを貫いて、そのまま桜の木に縫いつけてしまうという神業で。
「一昨日来やがれ」
 動けなくなったアーチェリー部員に一瞥を与えてから振り返ろうとすると、そこへ間髪入れずパンチが飛んできた。アキトはかろうじてそれを躱す。
「まったく、よくもまあ次から次へと」
 お次はボクシング部だった。痩躯の男子生徒がフットワークを利かせながら、左右に身体を揺らしつつジャブを繰り出す。対するアキトは棒立ちだ。
「明日のために、その一、ってヤツか?」
 ボクサーはアキトのパンチを警戒しながら、徐々に間合いを詰めた。どうやらインファイトを得意としているらしい。
 しかし、アキトにはまともにやり合う気などさらさらなかった。目の前まで接近を許したあと、不意に身をかがめる。ボクサーからしてみれば、アキトがいきなり消えたように見えたかもしれない。それくらいの素早さだった。
「ボクシングってのは総合格闘技じゃ通用しねえよ!」
 身をかがめたアキトは、蹴り技を禁じられているボクサーの足を払った。ボクサーは呆気なく背中から転倒。そこへすかさずトドメのエルボードロップが。ボクサーは身体を二つに折ると白目を剥いて気を失った。
「力士にラガーマン、ウィリアム・テルにボクサーと来て、次は何だ?」
 そうアキトが身構えると、
 ブゥゥゥン! ブゥゥゥン!
「はっ!?」
 第五の挑戦者の姿を見て、アキトは目を丸くした。筋骨逞しいランニング・シャツの男子生徒――最初はレスリング部かと思ったが違う――が、頭上で振り回しているもの。それは陸上競技のハンマー投げで使う鉄球だった。
「た、頼むわよ、室伏くん!」
 どうやらこれが最後の切り札らしく、北島康子が望みを託した。
 それを見たアキトは、アホらしいとばかりに鼻クソをほじる。
「随分と大袈裟な凶器を持ち出してきたなぁ」
「どうだ!? びびったか!?」
 そう言ったのは北島康子だ。陸上部の室伏とやらは真面目腐った顔でひたすらハンマーをぶん回している。
「これがびびっているように見えるかねえ」
 気の抜けた表情で、アキトはほじくった鼻クソを指でピーンと弾いた。北島康子が露骨に嫌そうな顔をする。
「いいぜ。ぶつけられるモンならぶつけてみな」
 アキトは挑発した。すると頭上でのスイングは身体ごとの回転へと変わる。全身がコマのようだ。投擲態勢に入ったのだった。
「へっ!」
 無論のこと、アキトはジッとしていなかった。悪いことを企んだ笑みをいやらしく浮かべ、そのまま多くの風紀委員たちがいる方へと走る。
「う、うわっ! く、来るな!」
 ハンマーの狙いがつけられたアキトに近寄られて、巻き添えを喰らってはたまらない。アキトを捕まえるはずだった風紀委員たちは、ハンマーの直撃を恐れて散り散りに逃げ回った。
「キャーッ!」
「うああああああっ!」
「投げるなぁ! まだ、投げるなぁ!」
「そらそら! 誰だ、オレの盾になってくれるヤツは!」
「こ、この人でなし!」
「お前は鬼か!」
 誰にいくらののしられようとも、アキトは風紀委員たちを追いかけまわした。室伏は回転したまま、他の風紀委員たちが邪魔で、なかなかハンマーを投げられない。アキトの作戦はまんまと功を奏したわけである。
 そうこうしているうちに、室伏の回転が鈍ってきた。おやっ、と思っているうちに身体は止まり始め、ハンマーは地面にボトンと落ちる。フラフラになった室伏は、そのまま目を回して気分が悪くなり、倒れてしまった。
「ぎゃはははははっ! 傑作だな! ハンマー投げの選手が目を回しちまうなんてよ!」
 ほとんどキャラが悪役と化しているアキトが腹を抱えて笑った。一方、逃げ回っていた風紀委員たちは、自分が助かったことに安堵し、その場にへたり込んでしまう。逃げるのに疲れたことはもちろん、精神的なストレスも相当なものだったはずだ。
 もはやアキトに太刀打ちできる風紀委員など一人もいなかった。
 いや――
「来たわね、仙月アキト」
「?」
 自分の名を呼んだ者に首を向けたアキトは、そこへやって来た助っ人の風紀委員を見て怪訝な顔をした。それがあまりにも見知った人物だったからだ。
「お前――」
「風紀委員、忍足薫。いざ、参る」

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