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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−27−

「捜せ! まだ近くにいるはずだ!」
 男子風紀委員の怒声が廊下に響いた。それに応じるように、複数の駆ける足音が散開する。追っ手たちはどこまでも執拗だった。
 どの足音もこちらに近づいてこないのを確認し、アキトは再び移動を始めた。左肩の痛みに顔を苦悶に歪ませる。薫の放った一撃は肩の骨を砕いたことだろう。不死身であるはずの吸血鬼<ヴァンパイア>もさすがに形なしだった。
 せっかく風紀委員から逃れたにもかかわらず、アキトは校内にとどまっていた。身の安全を考えれば、学校から遠くへ逃げるのが得策だが、それではアキトの矜持が許さない。それに、どうして風紀委員がアキトを狙うのか。その首謀者に関して心当たりはあったが、なぜ誰もがその命令に従っているのか、それを知りたいという思いが強かった。
「アキト! アキト!」
 小声で自分の名を呼ばれ、アキトは一瞬、ぎくりと身を強張らせた。焦りながらも振り返る。次の瞬間、アキトは大きく息を吐き出した。
「つかさ」
 アキトに近づいてきたのは武藤つかさだった。つかさは顔色が悪くなるくらい心配し、アキトのところへ駆け寄る。余計な物音は立てないようにしながら。
「アキト、大丈夫なの!?」
 つかさに声をかけられ、アキトは笑おうとした。しかし、その途端に左肩に激痛が走り、とても余裕のある表情を見せられない。むしろ唯一の味方に出会えたことで緊張が解け、痛みが倍化したような感じがした。
「だ、大丈夫だ、と言いてえところだが、今回ばかりはさすがにヤバいかもな」
 左肩の痛みを堪えながら、アキトは本音を吐露した。つかさは肌が露出した首筋まで内出血しているのを見て、ハッと息を呑む。
「これって、まさか……」
「ああ、薫のヤツにやられた」
 アキトの口から出た名前に、つかさは自分が殴られたような衝撃を受けた。
 薫を追いかけて教室を出たつかさであったが、結局、二人が戦っている場面に間に合わず、止めることができなかった。つかさが校庭に出たときは、すでにアキトは校内のどこかに逃亡したと風紀委員たちが騒いでいたあと。そこでこうして校舎に戻り、その姿を捜していたのだが、まさか吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトが人間相手に後れを取るとは。しかも、その相手が薫であったことは、二重の驚きだった。
「一体全体、どうしちまったってんだ? なぜ、オレは追われなくちゃならない? オレが何をした?」
 つかさに文句を言っても始まらなかったが、どうしても口に出さずにはいられなかった。それだけ追い詰められている証拠だろう。
 友達同士が傷つけ合わなくてはならない状況にやりきれなさを覚えながら、つかさはかぶりを振ることしかできなかった。
「ボクにも分からない。でも、風紀委員の人たちはアキトのことを目の敵にしている。――ううん、元々、風紀委員だった人ばかりじゃない。薫のように、今日になっていきなり風紀委員になり、不可解な任務を実行しているんだ」
「ということは、この学校のヤツらはほとんどが敵――そう考えた方がいいんだな」
「残念だけど……」
 つかさはうつむいた。その頭をアキトは右手を伸ばしてクシャクシャにする。
「お前が気に病むなよ。少なくとも、お前がオレの味方でいてくれることは分かったんだ。これでちっとは勇気づけられるってモンよ」
 アキトは気休めを言った。つかさは顔をあげる。今はくよくよしている場合ではない。とにかく身を隠す場所を探さなければ。
「いたか!?」
 割と近くで声がし、アキトとつかさは飛び上がりそうになった。どうやら、追っ手はすぐそこまで迫っているようだ。見つかれば、アキトを逃がすまいと脱出経路を断たれてしまうだろう。
 つかさは素早く、左右の廊下を見渡した。
「こっちへ」
 負傷しているアキトを支えながら、つかさは誘導した。移動しながら、どこが隠れ家として適しているか考える。だが、学校内でそれをいざ捜すとなると、意外にないものだ。風紀委員たちもここの生徒である以上、校舎の中は隅から隅まで知り尽くしている。
 どこへ逃げるか決められぬまま、とうとう捜索中の風紀委員に発見されてしまった。
「いたぞ! 仙月アキトだ!」
 後ろ姿でも、その長身とまるでトラのような黒と茶色の頭髪はいやでも目立つ。声に続いて大勢の足音が集まってくるのを耳にし、つかさは首をすくめた。
「まずい!」
「つかさ」
「なに?」
「お前だけでも逃げろ」
「えっ?」
 つかさは思わず、アキトを見上げた。アキトは手負いの獣のように眼をぎらぎらさせながら、この場を切り抜ける方策を考えている。しかし、そんなものは焦れば焦るほど思いつかない。
「オレと一緒にいるところを見つかったら、お前も仲間として、連中に何されるか分からねえ。なーに、オレのことは心配いらねえよ。一人なら自分でなんとかすらあ」
「アキト!」
 つかさはアキトのシャツをぎゅっと握った。自分に一人で逃げろという。それがつかさを思ってのことであることは充分に理解できた。しかし、つかさは親友を残して逃げるなど考えたくもなかった。
「ヤだよ」
「つかさ!」
「ヤだ! アキトはボクが助ける!」
 つかさはきっぱりと言った。絶対に離れまいと、さらにアキトのシャツを握りしめる。
 アキトはさらに何かを言おうとしたが、すぐにあきらめた。そして、聞き分けのない弟を見るような目つきで微苦笑する。
「まったく、お前ってヤツはよ」
「こっちだ! こっちにいるぞ!」
 そうこうしているうちに、とうとう応援までが駆けつけた。アキトとつかさは無言で足を速める。しかし、追いつかれるのは時間の問題だと思われた。
 そのとき、おもむろに扉が開かれた。生物室。そこに立っていた女子生徒の姿を認め、二人はギョッとする。
「入って」
 それは一年C組の黒井ミサだった。彼女の口調はまったく切迫しておらず、いつものようにぶっきらぼうだ。何を考えているのかまったく読めない無表情さに、つかさたちは一瞬、茫然となりかける。
 ミサは重ねて言った。
「このままだと捕まるわよ。さあ」
 生来、つかさは他人を疑うということをしない人間だ。ミサの言葉を信じて、アキトの手を引く。二人が生物室の中に入ると、ミサは扉をぴしゃりと閉めた。
 追っ手の足音が近づいてきた。つかさたちは扉を見つめる。いつ、そこから風紀委員たちが雪崩れ込んでくるかと恐れて。ところが――
「おい! どこへ行った!?」
 生物室前の廊下でいきり立つ声が聞こえた。ぞろぞろと足音が集まってくる。少なく見積もっても十人くらいか。
「こっちの廊下から来たはずだ!」
「いないぞ!」
「バカな! 煙のように消えたとでも言うのか!?」
 風紀委員たちは明らかに戸惑っていた。忌々しく、手の平に拳を叩きつけるような音や地団駄を踏む音も聞こえる。
 廊下の途中で姿を見失ったとなれば、その近くの教室を調べるのが当然だろう。しかし、なぜか彼らはそれをしようとしなかった。つかさは息を殺して、風紀委員たちがこのまま立ち去ってくれと祈る。
 それはどうやら通じたようだった。
「仕方がない。二手に分かれて、もう一度、捜そう。行くぞ!」
 足音は二つのグループに分かれると、左右に遠ざかっていった。ようやくアキトとつかさは止めていた息を大きく吐き出す。
「た、助かった……」
 緊張感から解放され、つかさはへなへなと座り込んだ。それからやっと室内の様子を見る余裕ができた。
 生物室の中は黒いカーテンが引かれ、非常に暗かった。暗闇に目が慣れてくると、そこが普段から知っている生物室とは異なっていることに気づく。今度は別のドキドキがつかさを襲った。
「あれ? ここって、生物室のはずじゃ……」
 確かにホルマリン漬けのガラス瓶は並んでいる。だが、その他は圧倒的に見慣れぬものが室内を占めていた。床には六芒星の魔法陣、窓や壁にべたべたと貼られた呪符、無造作に立てかけられた棺、妖しく光る水晶球、無造作に放置されたタロット・カード、その他、エトセトラエトセトラ、怪しい謂われの品々……。
 唖然としながら室内を眺めるつかさの前に、ミサがフレームインしてきた。そして、ゾッとするような視線をよこす。
「そうよ。ここは生物室。それと同時に黒魔術研究会の部室でもあるわ」
「黒魔術研究会……」
 噂には聞いたことがある。黒井ミサの黒魔術研究会。通称“黒研”。ただし、生徒たちの間では、もっぱらオカルト研究会で通っているが。
「ようこそ、お二人さん」
 歓迎するミサの微笑は、なぜかつかさの背筋を凍らせるものだった。

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