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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−32−

 生徒会室の中には、新生徒会長の嵯峨サトル一人だけであった。沙也加たち上級生を迎え、軽く微笑む。
「ようこそ、待田先輩に伊達先輩。ええ、それと――」
「脇屋だ」
 名前を覚えてもらっていなかった脇屋が、いささかムッとしたように名乗った。ああ、そうそう、とサトルは思い出したようなフリをする。
「前生徒会のお歴々がどのようなご用件で? 立ち話もなんですから、どうぞお好きなところに座ってください」
 まだ一年生だというのに、年上を前にしてもサトルは物怖じすることなく、堂々とした態度で接した。伊達はその大人びた表情に、眉をピクリとさせる。少しは目上の者に畏敬の念を持つべきだろう、と思う。だが、それを口にはしなかった。
 三人は打ち合わせ用に置かれた折り畳みテーブルに並んで座った。真ん中が沙也加、それを挟むようにして伊達と脇屋だ。サトルは反対側、沙也加の前に座った。
「生憎とお茶まではお出しできないんですが」
 ずらりとそろった上級生に、サトルは冗談めかして言った。もちろん、沙也加たちもそんなものを要求しない。
 本題に入ったのは沙也加だった。
「昼休みも残り少ないので、早速、用件に入らせてもらうけど、今日から風紀委員の取り締まりが厳しくなったようね。これは生徒会長である、あなたの指示?」
「ええ、そうですよ」
 サトルは笑みを絶やさずに答えた。表情を硬くしたのは沙也加だ。
「なぜ、こんなことを? 校則違反を注意するだけでなく、反省室という部屋にまで連れて行って更生させるなんて。私が知っているだけでも、あまりに強制的で、手荒な方法まで取られているようだけど。これはあなたの指示を風紀委員が歪曲して解釈した結果かしら?」
「いいえ。彼らはボクの指示通りにとてもよく動いてくれています。徹底的に粛清すべきだとね」
「そんな。それはひどすぎると思うわ。もう少し生徒の自主性を尊重すべきでは――」
「生徒の自主性、ですか?」
「ええ」
「じゃあ、言わせてもらいますが――ぬるいんですよ!」
 サトルはぴしゃりと言った。沙也加は言葉を失う。伊達も脇屋も。
 サトルは柔和な表情から厳しい顔つきへと変貌した。
「生徒の自主性だなんて、そんなもので規律が守られるなら、とっくの昔に誰も校則違反を犯さないのではないですか? 個人個人ではできないから、我々がそれを正さねばならない。動物と一緒ですよ。従わないものにはムチをくれるようにね」
 そう言ってサトルはせせら笑った。これまで甘いマスクで女子生徒に人気があり、いつも優しく穏やかだったはずの仮面は脱ぎ棄てられてしまったようだ。前生徒会の三人は完全に気圧された格好だった。
 しかし、すぐに沙也加は気を取り直した。
「人間を家畜かペットのように言うなんて」
「だって、そうでしょ? 人間には他の動物にない知性があるとか何とか言っているけど、やっていることは利己的で、他人を省みようとしないじゃないですか! ある意味では動物以下! まったく、霊長類の頂点だと浮かれて、地球をただの食い物にしている人類なんてのは救いがなさすぎると思いませんか? 彼らは誰か、本当に知性と叡智を兼ね備えた指導者によって支配してもらうべきだ。そうなってこそ、人間は愚かさから脱却できるんですよ」
「その人間の指導者というのがあなたなわけ?」
「いや、それはどうかな。ボクよりもっとふさわしい人間がいるかもしれない。でも、少なくともこの学校ではボクが一番じゃないでしょうか」
「お前、ぬけぬけと!」
 頭に来た伊達が立ち上がった。あまりの勢いに座っていたパイプ椅子が倒れる。ガシャン、と派手な音が生徒会室に響いた。
 伊達は大股でテーブルを回り込むと、座っているサトルの胸倉をつかんだ。サトルは逃げようともしない。むしろ暴力に訴え出た伊達に蔑むような目を向けている。
 普段はサトル同様、女子生徒に囲まれてフェミニストを気取っている伊達だ。衝動に駆られて暴力を振るうようなことは決してしない。だが、今日ばかりは違った。
「自分をそんなに上等な人間だと思っているのか!? 他の人間をずいぶんと見下しているんだな!」
 伊達は拳を振り上げた。それでもまだ、サトルは笑みを絶やさない。
「伊達さん。生徒会長だったあなたがボクの考えを理解してくれないとは嘆かわしいですね」
「なんだとぉ!?」
「本当に誰もが自分と対等な人間だと思っているんですか? ボクはみんなが対等に付き合える人間ではないと思いますね。愚かなことをして、それを面白がっている人間のなんと多いことか。他人へのいたわりなど持たず、自分だけが可愛い身勝手なヤツらなんて、世の中に掃いて捨てるほどいるじゃないですか。伊達さん、そんなバカな連中と本当に対等でいられるんですか? ――いや、あなたはよく分かっているはずです。だからこそ、この学校の生徒会長になったんじゃないですか? まともなのは自分だ、他の者に生徒会長なんてやらせられないって。そうでしょ?」
「ぬっ……」
 サトルの胸倉をつかむ伊達の手がゆるんだ。動揺がありありと窺える。サトルは伊達の手を包み込むようにそっと触れた。
「ボクはあなたの理解者です。そして同時に、ボクの理解者であって欲しい」
 まるで囁くようにサトルに言われ、伊達は力が抜けたかのように手を離した。怒りはすでにない。サトルは制服の皺を伸ばした。
「先輩!」
 懐柔された伊達を見て、沙也加は思わず声をあげた。別にサトルを殴れというのではない。サトルの言葉に耳を貸してはならなかったからだ。
 しかし、すでに伊達は戦意喪失状態だった。サトルの話に思い当たるところがあったからだ。きれい事はいくらでも言えるが、人間の本心は他人に窺い知れないものがある。建て前と本音。それを使い分けているのが人間だ。
「お分かりいただけたでしょうか。ボクがしていることは、生徒への教育です。いくら勉強ができたって、最低限のモラルが守られないようでは、人間失格でしょう。我々の社会にそんな無法者はいりません。徹底した再教育による更生。それでもダメな場合は――」
 ここでサトルは沙也加を見た。沙也加は目を逸らさない。挑むように。
 サトルは続けた。
「我々の前から排除するしかない。すべては知性ある人間のために」
「その最たる存在が仙月くんというわけ?」
「ええ、そうです」
 サトルは席を立つと、窓辺に移動した。その仕草はいささか芝居がかって見える。
「彼は異端です。それはあの選挙活動からも分かるでしょう? あんなハレンチな制服を提案して、学校の風紀を乱そうとした。その他にも彼が転校してきて以来、様々な問題を起こしているそうですね。おそらく更生は無理でしょう。ならば、彼のような生徒にはこの学校にいて欲しくありません」
「それはあなたの前に現れて欲しくないということかしら?」
 沙也加に指摘され、サトルは振り返って苦笑した。沙也加も席を立つ。
「さっき、人間の身勝手さを話していたけど、それもあなたの身勝手さではなくて? いろいろな人がいるのは当たり前。それを受け入れることこそ寛容と言うのではないかしら?」
「おやおや。これは一本取られました」
 さほど堪えていそうもない様子でサトルは肩をすくめた。「さすがはこの学園の聖女」
「聖女? 私はそんなものでは――」
「いいえ、聖女ですよ。博愛精神に満ち、すべてを享受しようとする。誰もが真似できるようなことではありません。あなたは特別です。それを他人に強要しないでください」
「強要だなんて……」
「でも、理想なのでしょう?」
「いけないかしら?」
「いけなくはありませんが、現実を見て欲しいですね」
 窓の外を窺っていたサトルは、テーブルのところへ戻ってきた。そして、正面から沙也加と対峙する。
「あなたの理想が実現すれば素晴らしいが、残念ながらあなたの手ぬるいやり方では絶対に実現しないでしょう。だから、ボクがやるんです。少し手荒な手段を使ってもね。ボクはやめませんよ。なんたって、ボクは新生徒会長に選ばれた。あなたではなく、このボクが! つまり、この学校の生徒はあなたではなく、ボクに期待しているということです。その期待に応えてあげるのが生徒会長の役目ではないですかね?」
 沙也加とサトルはしばらく黙ったまま、お互いを見つめた。
 やがて、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「どうやら、私の言葉はあなたに届かないようね。分かりました。ここは一旦引いて、どなたか先生方にお話を聞いていただき、改めて伺います。貴重な時間をありがとう」
 そう言って沙也加は、生徒会室から出ようとした。するとサトルが、くっくっと、喉を鳴らすように笑い出す。
「申し訳ないのですが、待田先輩をお帰しするわけには参りません」
「えっ?」
 沙也加はサトルを振り返った。サトルはまだ笑っている。
「言ったでしょ。あなたは聖女だって。ご自身に自覚はないかもしれませんが、あなたもこの学園に影響の力を与えられる人物。はっきり言って、ボクには仙月くん同様、あなたも目障りです。これ以上は黙っていてもらいますよ」
「な、なにを――はっ!?」
 沙也加の左右を伊達と脇屋が挟んだ。その目には、どこか生気が見受けられない。
「先輩……!? 脇屋くん……!?」
 抗おうとする沙也加を、二人は無表情のまま押さえつけた。サトルが沙也加に近づく。
「本当によく来てくれましたよ、待田先輩。飛んで火に入る夏の虫ってね」
 サトルの目が紅く妖しく光った。

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