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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−33−

 沙也加がサトルの魔の手に陥ち、大神が風紀委員の尖兵として動き始めたころ、“黒研”の部室に匿われ、目下、薫にしてやられた左肩の治療中であるアキトは何もすることがなく、退屈で大あくびをしていた。
「なあ」
 いい加減うんざりして、アキトは首が左側に傾いた姿勢のまま、ミサに声をかけた。ところが、この部室の主であるミサは、先程からずっとテーブルの上のタロット・カードとにらめっこしているばかりで、ちっとも構ってくれない。無視かよ、とアキトは聞こえよがしに悪態をつく。
「話しかけないで」
 ミサはタロット・カードに神経を集中させながら制した。アキトはむくれる。
「こんなところでじっとしていたんじゃ、息が詰まらぁ。せめてマンガとかねえのか? エロ本があると、もっといいんだが」
「読むものといったら、魔導書くらいね」
「あんなぁ! んなの読んで面白えか!?」
「ええ、私にとっては」
「お前と一緒にすんな! ったく、オカルト女はこれだから困るぜ。――おっ、ありゃ何だ?」
 薄暗い部屋の中には、いろいろと見慣れない品がある。中でも一番でかいものにアキトは興味をそそられた。退屈しのぎに間近まで行ってみる。
「おいおい、こりゃあまるで、エジプトの棺桶みたいだな。ツタンカーメンだろ?」
「ああ、それは――」
 ミサが説明しようとしたところで、やおらツタンカーメンであるはずがないファラオの棺がガタガタと揺れた。おおっ、と一瞬、びっくりするが、中に誰か入っているのか、とアキトはさらに近づいてみる。
 次の刹那、いきなり棺の蓋が開いた。驚いたことに、中身と蓋の内側には槍衾のように、大きく鋭く尖ったトゲがびっしりと生えている。それが、まるでワニが大きな口を開けて襲いかかるように、目の前のアキトを取り込もうと動き出したではないか。アキトは、わっ、と叫びざま、後ろに飛び退いた。
「近づくときは気をつけて。呪いの人喰い棺桶っていって、生きている人間を中に取り込んで死人にしようっていう危険なヤツだから」
「それを先に言えっ!」
 生きた“鉄の処女”に危うく殺されかけたアキトは、あくまでもマイペースなミサに猛抗議した。
 そのとき、ミサがハッとしたように顔をあげた。そして、ドアの方を見つめる。
「どうやら、嗅ぎつけられたようだわ」
「何?」
 ミサの言うとおり、外の廊下にまた多くの人の気配が感じられた。どうやらアキト捜索をまだあきらめていない風紀委員らしい。
「でも、ここは結界になっていて、誰も入って来れねえんだろ?」
 説明を思い出しながらアキトは呑気に言う。ミサは手早くテーブルのタロット・カードを片づけた。
「普通の人間なら、ね」
「それはどういう――」
 意味だ、と尋ねる前に、何者かがドアに手をかけた。
「ここだ。ヤツの臭いは確かにこの中へと消えている」
 ガラッ、と“黒研”のドアが呆気なく開けられた。そこに立っていたのはアキトの舎弟であるはずの大神憲。
「なるほど、この結界はイヌには通じねえってことか」
 アキトは納得した。
 人間には効力充分の結界も、狼男の大神にはいとも簡単に破られた。大神の後ろには薫の他、大勢の風紀委員がいる。大神の嗅覚によってここまで辿り着いた薫たちは、室内にアキトの姿を見つけて色めき立った。
「仙月アキト!」
「よお、奇遇だな」
 敵意に満ちた風紀委員らを前にしながら、アキトはむしろ歓迎するかのように手をひらひらさせた。これまで捜していた相手におちょくられ、風紀委員たちの目は吊りあがる。
「ふざけるな! 仙月アキト、今度こそ大人しくお縄を頂戴しろ!」
「……ったく、時代劇かよ」
「まあまあ、ここはオレに任せて」
 今にも飛びかからんばかりの薫たちを抑え、大神がスッと前に出た。アキトはニヤリとする。
「随分と偉くなったみたいだな、イヌ。どうやら、そっちの水が合うようだな」
「生徒会長の命令だ。お前をこの学園から排除する」
「ふーん。こいつはまた物騒なこって。まっ、やれるもんならやってみな」
「いいのか? 左の肩は万全じゃないんだろ?」
 悠長に構えてはいるが、大神の言う通り、アキトのケガはまだ完治していない。身代り人形は左肩に針を刺したまま、何の変化もなかった。
「ちょっと、ここは黒魔術研究会の部室よ。暴れるなら他でやって。せっかくの貴重な品々が壊されでもしたら大変だわ」
 ミサが第三者的立場を主張しながら言った。しかし、それを聞き入れる風紀委員たちではない。
「黒井さん。悪いけど、仙月アキトを匿った以上、あなたも同罪よ。反省室へ来てもらうわ」
「あら、そう」
 ミサはちっとも困った様子を見せなかった。タロット・カードをスカートのポケットにしまい、幽鬼のごとく、薫たちと対峙する。
「不吉だわ。私を敵に回そうとするだなんて」
 そう呟くミサの身体に、何か人を寄せつけまいとするオーラのようなものが仄見えて、多くの風紀委員たちは手足の指先が急速に冷たくなっていくのを感じた。彼女は“魔女”。この学園で一番恐れられている人物だ。ミサの言うように、敵に回していいものか。
 そんな中、薫だけは一歩も引かなかった。静かに木刀を青眼に構える。
 一方、アキトと大神も一触即発の状態だった。
「てめえがここまでオレに逆らうとはな」
「いつまでもお前の手下に甘んじてはいられないということだ」
「やれやれ。飼い犬に手を噛まれる、か」
「せっかくだ。噛み殺してやる!」
 大神の肉体がおもむろに盛り上がった。肌は灰色の剛毛に覆われていき、口と鼻が目に突き出て、牙が鋭く伸びる。それは狼男への変身だった。
「お、おい!」
 アキトは焦った。狂暴なその姿に恐れをなしたのではない。大神が一般人の前で変身してしまったからだ。
 ミサが振り返った。
「ムダよ。彼は術をかけられ、自制心が利かなくなっている。百パーセントの力で、あなたを殺しにかかるわ」
「術だと!? じゃあ、やっぱりこいつら全員――」
「ええ。強力な催眠術で嵯峨サトルの意のままに操られているわ」
 そのせいなのかどうなのか、大神の変身を目の当たりにしても、誰も驚きはしなかった。アキトは唸る。
「やっぱりな。だが、催眠術ならオレも得意だぜ」
 これまでにもアキトは、自分が吸血鬼<ヴァンパイア>だと露見してしまうような不都合な記憶を消してきた実績がある。そうでもしなければ、とっくの昔にこの町から追い出されていただろう。
 ところが、ミサは小さくため息をついて見せた。
「無理でしょうね。あなたのは消去タイプの記憶操作。嵯峨サトルの埋め込みタイプは根が深すぎるわ」
「なぬっ!?」
「消去には限度があるってこと。自分の能力くらい把握しておいたら?」
 人間に過ぎないミサにたしなめられ、アキトは苦虫を噛み潰したような顔になった。それは催眠術の分野で、サトルに負けているということだ。アキトは自尊心を傷つけられた。
「これで分かったか? サトル様には敵わぬということが!」
「うるせえ、イヌ! そう言うてめえは、オレに一万年かかったって敵わねえだろうが!」
「あのときのオレと今のオレを一緒にするな!」
 大きな狼の姿となっても、大神は人語を喋ることができた。それでいて牙を剥き出しにし、威嚇する様は、狂暴で獰猛な獣のそれでしかない。
 大神は弾けるようにしてアキトに襲いかかった。アキトは目の前にあった机を蹴り飛ばす。それはすごい勢いで吹っ飛んだ。
「ガアアアアアアアッ!」
 飛んできた机に激突する寸前、大神は跳躍し、それを避けた。机はそのまま入口横の壁に衝突する。ドカン、と大きな音がして、近くにいた風紀委員たちは短く悲鳴をあげ、身を縮めた。
 天井すれすれを跳躍した大神は、そのままアキトの喉笛に噛みつこうとした。アキト、危うし。
 だが、大神に避けられることなど、想定の範囲内だった。アキトは教室の椅子に足を置き、飛びかかってこようとする大神を見つめる。そして、空中の大神めがけ、今度は足下の椅子を蹴り上げた。
 羽根もない大神に飛んできた椅子を避ける術はなかった。全力が込められた椅子の一撃は大神に直撃する。空中で体勢が崩れた。
 それでも四肢から着地をして見せたのはさすがだった。不死身と言われる狼男は伊達ではない。体勢を低く構えると、アキトを見上げて憎々しげに唸り声を発した。
「グルルルルルルッ……」
「そらそら、どうした? これで力の差が分かったか?」
「ウォォォォォォォッ!」
 アキトの挑発に、大神は咆哮した。
 戦いはこれからが本番だった。

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