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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−38−

「こ、このぉ! お前ら、どきやがれ!」
 わらわらと群がって、押さえ込もうとする一般生徒たちにアキトは堪忍袋の緒が切れた。なにしろ、つかさが危ないのだ。このまま黙っていられるはずがない。
 前方からの群衆をたった一人で受け止めていたアキトは、次から次へと投げ飛ばしにかかった。相手は罪もない一般人。そんなことは分かっているが、だからと言って、されるがまま黙っているつもりなど毛頭なかった。
 それを見て、もみくちゃにされていたつかさは声をあげた。
「アキト、やめて!」
「バカ野郎! どこまでお人好しなんだよ! オレたちがやられちまったら、ミもフタもねえだろうが!」
「でも、この人たちは……」
「うるせえ! 文句なら後でいくらでも聞いてやらぁ!」
 アキトは有無を言わせずにつかさを制すと、寄ってたかる連中をちぎっては投げ、ちぎっては投げた。もちろん、吸血鬼<ヴァンパイア>の力を思う存分に振るうようなことはしない。そんなことをしたらケガ人が続出だろう。アキトにしては、一応、気を遣い、手加減していた。
 それでも風紀委員たちを加えれば五十人近い人数を相手にするのは、さすがのアキトでも骨が折れた。とにかく、後から後からつかみかかってくるのだ。いくら投げ飛ばしてもキリがない。
「ええーい! うっとおしい!」
 一人一人を相手にしているのが面倒になったアキトは、とうとう手ぬるいマネをやめた。なるべくケガをさせないように注意はしながら、力を強めにコントロールする。アキトは片っ端から突き飛ばす策に転じ、それを喰らった連中は、まるで激しいタックルを受けたかのように後ろを巻き添えにしながら将棋倒しになった。
「まだ来るか! どうやら少しばかり痛い目に遭わねえと目が覚めねえみたいだな!」
 元より、アキトは他人を傷つけないようにしようという優しさも配慮も、これっぽっちも持ち合わせてなどいない。ただ、つかさがそれを見て悲しむことはなるべく避けよう、というだけのことである。まったく、このナイーブな少年を守るというのは、ガサツな神経の持ち主であるアキトにはとても難しいことで、常にもどかしさがつきまとう。とはいえ、それも惚れた弱みである。仕方がない。
 だが、一般生徒を巻き込んだ乱戦は、サトルの目論見通り、アキトとつかさとの分断に成功した。
「わあっ!」
 背後でつかさの悲鳴がした。見れば、つかさの小さな身体は風紀委員たちによって頭上に抱え上げられ、まるで胴上げされる選手のように為す術のない状態にされている。そのままつかさはどこかへ連れ去られようとしていた。
「つかさぁ!」
 すぐさま、アキトは風紀委員たちを捕まえようとした。しかし、その足が何者かにグイッと引っ張られる。それは転がした一般生徒の一人だった。
「こいつ、放しやがれ!」
 アキトは苛立たしく、邪険に振りほどいた。ところが息つく暇もなく、次には何人かが飛びかかってきて、アキトを押さえ込もうとする。それすらも跳ね飛ばした刹那、また何人かがしがみつき――
「くそっ! マジでゾンビみてえな連中だな! ――つかさ! つかさぁーっ!」
「アキトー!」
 まんまと足止めされているうちに、つかさの姿は見えなくなってしまっていた。まんまとしてやられ、アキトは歯ぎしりする。
「嵯峨ァ!」
 アキトは激しい憎しみの目をサトルに向けた。まるで相手を呪い殺そうとでもするかのように。
 それでもサトルは平然としていた。
「どうやら、あなたの弱点は彼のようだ。彼の身が心配なら抵抗しないでいただきましょう」
「何だとぉ!? ふざけるな!」
「おっと。下手なことはしないでくださいよ。僕に何かあったら、彼は――」
 サトルが最後まで言い終える前にアキトは動いていた。力のセーブなど忘れ、しがみつく一般生徒たちを吹き飛ばす。そして自ら切り開いた血路をアキトは疾駆した。
 それは常人を超越したスピードであった。つかさに危害が及ぶ前にサトルを葬る。それがイチかバチかで取ったアキトの作戦だった。
 が――
 あと五十センチでサトルを殴れるというところで、横合いから一人の女子生徒が割って入った。アキトの目が見開かれる。
 それは桐野晶だった。
 さすがは女子バスケット・ボール部期待の新人。プレーで存分に生かされているスピードは特筆ものだ。他の誰かであれば、こうは素早くサトルの前に立てなかっただろう。
 晶もまた、サトルの魔の手に落ちていた。大神が逃走した際、追跡していた薫を邪魔したために反省室へ送られたのだ。そこから出てきた者は、必ずサトルのシンパになる。晶も例外ではなかった。
 アキトの鉄拳は、あと数センチというところで寸止めされた。あの勢いのまま殴っていたら、晶の凛々しい顔立ちは二度と見れぬ状態になっていただろう。それほどの力を今の一撃に込めていた。
「くっ!」
 千載一遇のチャンスを失い、アキトは歯噛みした。すぐに他の一般生徒たちがアキトの身体にまとわりつき、身動きできないようにしてしまう。それを跳ね飛ばすことは無論できたはずだが、もうアキトは抵抗しなかった。
「残念でしたね。あと少しのところだったのに」
 晶の後ろから顔を出しながらサトルは言った。その目は勝ち誇って見える。
「彼女ごと僕を撃ち抜いていたら、そちらの勝ちだったかもしれませんよ」
「へっ、生憎とオレはそこまで外道じゃねえんでね!」
 そう言うと、アキトはサトルに向って、ペッと唾を吐いた。その唾がまともにサトルの顔にかかる。あまりに近すぎて避ける暇もなかったのだ。右の頬を汚されたサトルの表情が初めて変わった。険悪に。
「おっ! ようやく本性らしい顔を出しやがったな! へへっ、ちっとは一矢報いてやれたぜ!」
 アキトはニヤリと笑った。
 サトルは前に立つ晶を押しのけると、十数人に押さえられたアキトの前に立った。そして、おもむろにアキトの顔面を殴る。
「このゴミがぁ! 調子に乗るなぁぁぁぁぁぁっ!」
 今のサトルの顔は、いつもの微笑をたたえた誰からも愛される二枚目ではなくなっていた。怒りの感情を露わにした獣のごとく、猛り、吼え、どす黒くなっている。アキトはムチャクチャに殴られた。顔面だけではなく、ボディにも鉄拳が食い込む。それは凄惨なリンチだった。
 アキトの目尻や唇が切れ、そこから出血した。胃の腑からは胃液が込み上げ、身体をくの字に折りかける。しかし、決して倒れないように押さえつけられているため、ダウンして休む間もない。それをいいことに、サトルは半狂乱で殴り続けた。
「クズめ! 手こずらせやがって! この僕に逆らうから、こういう目に遭うんだ! お前など死んでしまえ! 死ね! 死ね!」
 あの優等生の仮面はどこへ行ったのか。これまでのサトルを知るものなら蒼白になりそうなほどの変貌ぶりだった。
 アキトは抵抗できず――あるいは、つかさの身を案じて、あえてしないだけなのか――サトルにやられ放題だった。それでも意識は保っているらしく、口許の笑みは浮かべたまま。それが余計にサトルの気を苛立たせた。
「やああああああああっ!」
 サトルは力一杯、アキトの鳩尾に蹴りを見舞った。その強烈さを裏づけるように、アキトを押さえていた一般生徒たちまでが後ろによろめく。衝撃は内臓に達したのか、アキトは口から赤い血を吐き出した。
「どうだ! 思い知ったか!」
 殴り疲れたサトルは、息を切らせながら言った。しかし、仙月アキトは不死身なのか。やや朦朧とした様子ながらも、微かにうなだれた頭を揺らした。
「そ……な……にも……ね……」
「何だ? 何か喋ったか?」
 サトルはアキトの髪の毛をつかむと、ぐいっと引っ張って、顔をあげさせた。アキトが繰り返す。
「そんな……程度じゃ……屁ほどにも……感じ……ないね……!」
 サトルはカッとなった。渾身の力を込めて、上から振り下ろすようにアキトを殴打する。再び血がしぶき、今度こそアキトは意識を失った。
「はあ……はあ……はあ……」
 今度こそアキトが気絶したのを見届けて、サトルはだるそうに両膝に手をついた。しぶとかった相手に侮蔑の眼差しを向ける。それからようやく呼吸を整えると、乱れた髪を撫でつけてから、彼の忠実な下僕たちに命令を下した。
「そいつを連れて行け!」
 アキトを抱えた生徒たちは、黙ってサトルに従った。
 こうして、新生徒会長の嵯峨サトルに逆らう者はいなくなった。
 このまま琳昭館高校はサトルに支配されてしまうのか――!?
 そして、アキトの運命はいかに――!?

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