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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−40−

 ピィィィィィィィッ!
 無情のホイッスルが鳴り響いた。ありすはそれが意味するものを察して、顔面を蒼白にし、怖気立つ。反射的に屋上の入口を見つめた。
 程なくして、左腕に緑色の腕章をつけた男女が駆けつけた。風紀委員だ。その数、十二名。
 寧音は風紀委員たちに対し、敬礼でもって出迎えた。
「我らを呼んだのは?」
「ウチや。この彼女が由々しき行為に及んでな」
 ありすは親友であったはずの寧音に指を差され、たじたじとなった。本当は逃げ出したいところだが、足が言うことを聞かない。それに今からでは手遅れだろう。
 寧音はチロルチョコの包み紙をリーダーらしき男に渡した。
「まだ昼休み前にもかかわらず、ここでコソコソとチョコを食べていたんや。証拠なら、このカメラにバッチリ写っとるで」
「本当か、女!? 何か釈明でもあるか!?」
「あ、ありすはただ……」
 何かを言おうと思うのだが、怯えが先に立ってしまい、ありすの言葉は口の中でかき消えてしまった。ずいっと、風紀委員たちの威圧感がさらに迫る。ありすは、益々、委縮した。
「校内での無断飲食は禁じられている! 違反した者は、即、反省室送り! さあ、大人しく我々に従え!」
 風紀委員のリーダーにそう告げられ、ありすは観念した。自分はもう大好きなお菓子を食べられないのではないか、自身には死刑宣告に等しい通達に涙が出そうになる。
 ありすが連行されようとした、その刹那――
「ハッハッハッハッハッハッハッ!」
 いずこからか聞こえてくる高らかな笑い声。風紀委員たちは、それがどこから聞こえてくるのか身構えた。
 だが、どこにも声の主とおぼしき姿は見えない。ここは屋上。三百六十度、視界を遮るものなどないはず。
 それでも哄笑はいつまでも続き、屋上にいた者たちをうろたえさせた。
「だ、誰だぁ!?」
 堪らず、リーダーが声を発した。笑い声は木霊だけになると、ようやく途切れる。
 そして、数秒の沈黙のあと――
「あそこを!」
 一人の風紀委員が怪人物を発見した。そこは塔屋の上、冷却塔が設置されているところだ。そこに、この学校の制服ながら、鍔がサンバイザーのようになった学帽を目深にかぶり、まくりあげられた袖に革手袋、足にはブーツ、首には真紅のマフラーがたなびき、はだけられて覗いたシャツには『正義』の二文字という、いささか時代錯誤な出で立ちの人物が――
「天が泣き、地がひび割れ、あまたの人が救いを求めるとき、私はそれらすべてに代わって仕置きする!」
 様々な決めポーズを作りながら、セリフを喋る謎の男――
「何者だ!?」
 その誰何の言葉も、お約束であったに違いない。きっとそうだ。
 男は目元を巧みに隠しながら、タレントの命、純白の歯をきらりと光らせた。
「悪の風紀委員ども、よく聞け! 私は正義の味方、その名も《学園仮面》! 非道なる者どもに鉄槌を下すため、ここに参上!」
 これがテレビのヒーローものであったならば、ここでコケおどしの効果音とノリのいいメインテーマが満を持して鳴り響いたことだろう。
 《学園仮面》と名乗った男は、とおっ、のかけ声とともに塔屋からジャンプすると、きれいに膝を抱え込んだ前方宙返りを決めて、颯爽と着地した。
 風紀委員たちは気圧されたように後ずさりかけたが、かろうじてリーダーの男が踏みとどまった。そのふざけた格好の《学園仮面》に睨みを利かす。
「何だ、その制服は!? ボタンを全開にし、しかもその下には学校指定のシャツではなく、Tシャツを着ているとは! その手袋もブーツも校則違反だ! お前も反省室送りにするぞ!」
 闖入者の登場に寧音はカメラのシャッターを連続して押していた。しかし、《学園仮面》はまったく動じず、ただ学帽で素顔を隠すだけだ。
「悪の手先が何をほざこうとも、正義に前にはひれ伏すのみ! 校則違反を盾に取り、悪行三昧の数々、もはや見逃すわけにはいかない! この《学園仮面》が成敗してやる!」
「おのれ! こうなったら――かかれ!」
 リーダーの命令一下、雑魚の戦闘員よろしく、風紀委員たちは謎の男、《学園仮面》に襲いかかった。《学園仮面》は背中に手を伸ばす。
「物差しブレード!」
 ガクランの襟裏から取り出したのは、一見、ただの物差しに過ぎなかった。長さは一メートルくらい。小学生がチャンバラで遊ぶには手頃な得物だが――
 《学園仮面》は掴みかかろうとする風紀委員に対し、物差しブレードを次々と振るった。それは確かに武器であったらしく、男子生徒はズボンのベルトを、女子生徒はスカートの前を鮮やかに切り裂かれる。各々、ズボンが落ちないようにしたり、前を隠さねばならないので、即座に戦闘不能に陥った。
 ものの十秒もかからず、敵はリーダーと寧音だけになった。リーダーは歯ぎしりし、寧音はなおも写真撮影を続ける。
「やるな、《学園仮面》とやら! だが、これならどうだ!」
 リーダーは近くにいたありすを人質に取ろうとした。悪役としては常套手段だ。しかし、それよりも一瞬早く、《学園仮面》が動いた。今度は腰の横、ベルト付近に触れる。
「分度器カッター!」
 小さな半円形の物体が投げられた。それはブーメランのように飛び、リーダーの手元を浅く傷つける。相手をひるませるには充分な効果があった。
「ぬおっ!」
 リーダーが負傷した手を押さえる隙に、《学園仮面》は間合いを詰めていた。
「学園……パーンチ!」
 繰り出された鉄拳は、見事、リーダーの顔面を捉えた。リーダーはもんどりうって倒れる。そのまま仰向けになったヒキガエルのような格好で伸びてしまった。
 残るは戦闘能力に乏しき寧音一人。口先だけだったら負けないのだが――
「ひーっ! お助けーっ!」
 寧音は諸手を挙げて逃げ出した。《学園仮面》はようやくファイティング・ポーズを解く。そして、事の成り行きに茫然としていたありすに向き直った。
「さあ、いつまでもここにいては危ない。私と一緒に行きましょう」
「ど、どこへ? ……ううん、それよりもあなたは誰?」
「私は《学園仮面》。この学校から悪を一掃する者です。真の平和が訪れるまで、私があなたを守りましょう」
 ありすは、この《学園仮面》と名乗る人物が何者なのか分からなかった。でも、感じとしては、この学校の生徒らしい。風紀委員の横暴に歯向かうべく立ち上がった生徒の一人だろうか。
 《学園仮面》は、さあ、と手を差し伸べた。ありすはいくらかためらいがちではあったが、この男に託してみようかと思った。



「《学園仮面》?」
 生徒会室にて寧音から報告を受けた嵯峨サトルは、わずかに眉をひそませた。
「はいな。そう名乗ってましたで。しかも十人もの風紀委員をアッちゅう間に片づけてしもうて。その強さ、ハンパやなかったでっせ」
 寧音は撮った写真を見せながら、夢中で喋った。サトルは面白くもなさそうな顔で、《学園仮面》の写真を眺める。やがて机の上に放り捨てた。
「何者です、この男?」
「それが正体はさっぱりで。ウチの生徒にゃ違いないんやろが」
 サトルは少しの間、考え込んだ。
「まだこんな愚か者がいるとは……。徳田さんには、このヒーロー・マニアの正体を突き止めてもらいたい」
「よっしゃ! 任せとき!」
 寧音は安請け合いした。サトルの忠実なシンパになっても、こんなところは変わらない。もっとも、調査は寧音の十八番。この学校で彼女の右に出る者はいないが。
 早速、寧音が出かけて行ったあと、サトルのすぐそばで控えていた薫が机の上の写真を取り上げた。
「十人を一瞬で片づけた男……もしかして……?」
「忍足さんは、これが仙月アキトだと疑っているのですか?」
 サトルは苦笑した。薫は黙ってうなずく。
「それはありませんよ。第一、彼の身柄は我々が確保している。脱出は不可能。出て来られるわけがありません」
「しかし、帽子からはみだした、この髪の毛。ヤツに似ている気がします」
「ふむ。一緒のクラスだったあなたが言うのですから似ているのでしょうね」
 サトルはもう一度、薫から写真を受け取ると、《学園仮面》の正体を見極めようとした。しかし、肝心の目元は常に学帽の鍔によって隠れてしまい、その人相は何とも判別がつかない。
「いいでしょう。次にこの男が現れたら、あなたに任せます。何者であろうとも、この学校の秩序を乱すものは討ってください」
「分かりました」
 薫はサトルの命に服従を誓った。

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