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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−41−

「《学園仮面》、ただいま参上!」
 今日も琳昭館高校のどこかで高らかな名乗りがあげられる。その名を聞く者は、風紀委員ならば戦慄し、抑圧された生徒ならば喝采を禁じえなかったであろう。
 この全校を良くも悪しくも賑わす仮面のヒーローは、今や誰一人として知らぬ者がいないほど有名になっていた。弱き一般生徒が権力を振りかざした風紀委員によって虐げられるとき、どこからともなく現れては正義の鉄槌にて悪の野望をくじき、そして風のようにいずこともなく去っていく。反生徒会、反風紀委員の生徒たちには救世主とも崇められる存在であった。
 一方、その正体に関しては、まったく不明だった。たった一人で大勢を相手にして戦える者など、校内の人間となれば限られてくるはずだが、そういった者たちは、大概、風紀委員の一員となっていたし、そうでないにしても普段からそのような評判が立たぬはずがないと思われる。にもかかわらず、風紀委員の血眼になった捜査を嘲笑うかのように、《学園仮面》が一体どこの誰なのか、特定することはできなかった。
「まったく、どういうこと?」
 廊下をパトロールしながら、薫は苛立ちを隠そうともしなかった。左右に配られる、その険悪な目つきを見た者は、震えあがって首をすくめる。風紀委員の筆頭として、薫の名もまた全校に知れ渡っていた。
「あのふざけた《学園仮面》とかいうヤツは、この学校の生徒のはずでしょ? それがどこの誰なのかも分からないだなんて! それとも本当に神出鬼没の怪人だとでも言うわけ!?」
 同行していた配下の風紀委員も余計な口を挟んで薫の逆鱗に触れたくないのか、少し離れ気味にしてすごすごと歩いていた。ただ一人、今では薫の右腕となって働く晶だけが平然と話しかける。
「相当、ストレスがたまっているみたいね。今なら、その木刀で誰かを殴り殺しそうな勢いだわ」
「当り前でしょ! 私の前に出てくれば、この刀の錆にしてくれるのに!」
 びゅん、と薫は歩きながら、腹立たしげに鋭い素振りをした。……いや、それ木刀なんですけど。
 薫が不機嫌なのは、正々堂々と対決する場面が訪れないせいもあった。故意か偶然か、《学園仮面》はいつも薫のいない所に現れ――あるいは駆けつけても、すでに姿を消していて――、カスとしか思えぬ風紀委員の死屍をさらしていく(もちろん、それは言葉のアヤであって、生きてはいるが)。その真の実力のほどは分からないが、薫は自分ならばという思いを強くしていた。
 そんな薫を見て、晶はふっと笑った。負けん気の強さは、武道である剣道と球技であるバスケット・ボールという違いこそあれ、それぞれの競技に情熱をかける者同士、自分のことのように分かる。こちらからぶつかっていくのではなく、じっと相手を待つことなど、苦痛以外の何ものでもないはずだ。
「それなら、寧音が面白い作戦を立案してくれたんだけど」
 晶は、今朝方、寧音からもたらされた作戦内容を薫に話してみた。パパラッチも真っ青な寧音は、こういう企みごとが得意である。そこに獲物を追いこんで特ダネをモノにするのだ。
 寧音が立てた作戦を聞いた薫は、その案を一考してみた。
「やってみる価値はありそうね」
 かくして――
「誰かー、誰か助けてぇ!」
 放課後、六名の風紀委員に追いかけられる女子生徒がいた。彼女はスカートをひるがえしながら廊下を疾駆し、救いを求めて校舎の外へと出る。しかし、すでに応援が呼ばれたらしく、その行く手を駆けつけた他の風紀委員によって遮られてしまった。校外へは出られない。逃げている女子生徒は仕方なく方向を転じた。
 だが、これは巧みな誘導だった。女子生徒は校舎裏の狭いところへと追い込まれ、まんまと逃げ道を限定されてしまう。結局は陸上用のハードルやマットがしまわれている体育倉庫の扉前で囲まれてしまった。
「もう……逃げ場はないぞ」
 追いかけてきた風紀委員の男子が息を切らしながら言った。他の者たちも全力で走って来たので消耗している。
 それでも十名を超える相手を前にして、女子生徒が逃げ切れる可能性は皆無に等しかった。体育倉庫を背にして、女子生徒の顔に諦念が浮かぶ。
 そのとき――
「ハッハッハッハッハッハッ!」
 緊迫した場面を台無しにするような笑い声がどこからともなく運ばれてきた。警戒する風紀委員たち。これまでのパターンからして、現れるなら上からだろうと警戒を強めた。ところが――
 シャカ シャカ シャカ シャカ シャカ!
「とおっ!」
 物凄い勢いでペダルをこぐ音と勇ましい声が聞こえるや否や、ママチャリに乗った《学園仮面》は風紀委員の頭上をモトクロスのように飛び越えて着地した。マウンテンバイクでの芸当ならまだしも、普通のママチャリでやってのけた非常識さに、一同、言葉を失う。その反応が《学園仮面》にとっては痛快だったに違いない。どうだ、恐れ入ったか、という得意げな表情を見せていた。
「悪党どもよ! 今日も正義の鉄拳が欲しいようだな! 誰からでもいい。己の罪を懺悔するつもりのないヤツは、この《学園仮面》にかかって来い!」
 ママチャリから降りて、よっこらせとスタンドを立てた《学園仮面》は、改めて決めポーズを作った。ただし、それも未だに模索中なのか、毎回、違うポーズなのが今ひとつ締まらない。
 宿敵のお出ましに風紀委員たちの表情が硬くなった。人数では勝っているが、相手は飛び道具を持っている。自然と《学園仮面》の出方を窺う格好になった。
「さあ、今のうちです。あなたは早く安全なところへ」
 風紀委員たちが手をこまねいているのを見て、《学園仮面》は助けた女子生徒を促した。
「ありがとう、《学園仮面》」
 女子生徒は感謝の言葉をささやく。と、同時に――
 ガチャッ!
「――っ!?」
 女子生徒をかばって伸ばしていた《学園仮面》の右腕に、突然、手錠がかけられた。《学園仮面》は反射的に振り向く。
「かかったわね、《学園仮面》!」
 今まで怯えていたと思われていた女子生徒は、まるで豹変したように、してやったりの表情を浮かべていた。そして、手錠の反対側を自分の左手首にかけてしまう。《学園仮面》は自分が罠にはめられたことを悟った。
 それを裏づけるように、背後の体育倉庫の扉がガラッと開いた。中にいたのは薫や晶などの風紀委員会。手錠姿の《学園仮面》に蔑むような目を向けていた。
「とうとう捕まえたわよ、《学園仮面》。これであなたもお終いね」
 薫が木刀を肩に担ぎながら言った。そして、《学園仮面》を捕らえた女子生徒に微笑みかける。
「――お見事だったわ、深津さん。あなたの演技力は、モントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を獲れるほどだったわ」
「ありがとうございます」
 風紀委員の一員であり、演劇部のトップ女優でもある深津里絵は、薫の賞賛を素直に受け取った。しかも自分の演技が仲間のためになったのだから言うことなしだろう。
 それに比べると、《学園仮面》の苦虫を噛み潰したような顔は対照的であった。
「おのれ、卑怯な!」
「卑怯? 無法者を捕らえるのに手段など選んでいられないわ。後悔するのはこれからよ。たっぷりと仲間たちを痛めつけてくれた借りを返してあげるわ」
 薫は木刀をスッと正眼に構えた。《学園仮面》も身構えようとするが、右腕には手錠がはめられているので自由が利かない。反対側の左手が腰に伸びた。
「くらえ、分度器カッター!」
 薫に向けて小さな半円形の飛び道具が投げつけられた。しかし、薫はそれを必要最小限の動きでいとも簡単にはじき返し、すぐに正眼の構えに戻す。そして、また一歩、間合いを詰めた。
「子供だましね。それに攻撃するとき、わざわざ技の名前を叫ぶだなんてバカげているわ。そんなことをしたら、どんな攻撃か丸分かりじゃない。まったく、こんなヤツに大勢の仲間がやられたのかと思うと情けなくなるわね」
 新たな風紀委員の宿敵に対し、薫は一刀両断で評した。《学園仮面》の顔が屈辱に歪む。
「な、ならば、これはどうだ! ――白墨スモーク!」
 《学園仮面》の左腕が後ろに回るや否や、シューッという音がし、足下から白い煙がもうもうと立ち込めた。噴霧された煙は、《学園仮面》はもちろんのこと、その横にいた深津里絵をも覆い隠してしまう。取り囲んでいた風紀委員たちは白い煙を吸い込んでしまい、涙目でゴホゴホと咳き込んだ。
「慌てないで! 囲みを破られないように注意するのよ!」
 口許をハンカチで押さえながら、薫は指示を飛ばした。すでに包囲は完成されているのだ。《学園仮面》に逃げ道はない。
 ところが――
「あっ!」
 深津里絵の短い悲鳴のような声が聞こえた。周囲はサッと緊張する。
「どうした!?」
「逃げられました! ヤツは手錠を外して……」
「何!? ――全員、気をつけて!」
「ハッハッハッハッハッハッハッ!」
 依然、《学園仮面》の姿は見えなかったが、その耳障りな笑い声だけは響いた。すると煙幕の噴射音がさらに大きくなる。
「薫! 上ッ!」
 それを知らせたのは晶だった。薫は言われた通り、上を見上げる。
 一瞬、薫は自分の目を疑いたくなった。白い煙の中、空へと浮かび上がる《学園仮面》の姿が見えたからだ。
「そんな――!」
 カラクリはすぐに露見した。《学園仮面》が噴霧したのは、ただの煙幕ではなく、それ自体が使用者の身体を空中へと持ち上げる、簡易飛行装置ともいうべき携帯用噴射機だったのである。
 その動きはゆっくりであったが、徐々に《学園仮面》を浮き上がらせた。
「諸君、残念だったな。いずれまた別の機会に決着をつけよう。さらばだ!」
 優雅に手まで振りながら、《学園仮面》は空に消えようとしていた。薫は地団太を踏む。
「あんな手があるだなんて!」
 薫の木刀もさすがに空中までは届かない。すると、そこへ晶が進み出た。
「私に任せて」
 晶はどこから持ち出したのか、バスケット・ボールを手にしていた。しばらくドリブルしながら目標との距離を冷静に測る。そして、《学園仮面》がこちらに背中を向けた瞬間、バスケット・ボール的なシュートを打つというよりも、片手で思い切り投げつけるようなフォームを取った。
「これで、どぉうだあああああああっ!」
 バスケット・ボールには晶の魂がこめられたものか、脱出を図る《学園仮面》めがけ、一直線に飛んだ。そして――
 バァーン!
 ボールは見事、噴射装置に命中し、それを破壊した。白い煙があらぬ方向へ噴き上がり、コントロールが不能になる。《学園仮面》はパニック気味に悲鳴をあげながら、校舎の反対側へと墜落した。
「やったわね、桐野さん! ――よし! 今度こそ、あの不埒者を捕まえて、その素顔をさらしてやるのよ!」
 薫を先頭にして、風紀委員たちは落下地点へと急いだ。

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