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WILD BLOOD

第13話 学園の支配者

−48−

 アキトの鋭敏な聴覚は、悲鳴が発せられた場所を正確に捉えていた。アキトが駆けつけると、廊下で一人の女子生徒が倒れている。サトルに襲われでもしたのか。アキトはまだ近くにサトルがいるかもしれないと警戒しながら、女子生徒を助け起こした。
「おい、しっかり――ゴクッ!」
 親切に介抱してやるつもりが、すぐにスケベ心が首をもてげそうになった。なぜならば、その女子生徒があまりにも巨乳だったからである。見覚えのある眼鏡っ娘だった。アキトが選挙運動のとき、強引に新制服――超・極ミニ、ヘソ出し――のモデルにした女子生徒だ。
 アキトは名前を憶えていなかったが、その女子生徒こそ二年の早乙女蜂子だった。
 気を失った蜂子を揺さぶると、メロン――いや、スイカ二つ分はありそうな胸が別の意思を持った生き物のように揺れた。アキトのような好色な男でなくとも、生唾を呑み込みたくなるような眺めだ。眼鏡の向こうで、まつ毛がふるふると震えていた。
「ど、どうした? 何かあったのか?」
 こんな場合でなかったら、アキトは即座に自制心を失って、蜂子の胸の弾力を確かめていたに違いない。かろうじてそんな行為に及ばなかったのは、むしろ奇跡と言えた。
 身体を揺さぶられた蜂子は、微かに唇を動かした。何か伝えたいことがあるのか。アキトは耳を近づけて、それを聞き取ろうとした。
 その刹那、アキトは強い邪気と殺気を察知した。後ろ。嵯峨サトルだ。
 アキトは瞬時に振り向き、相手の攻撃に備えようとした。だが、それと同時に蜂子がパチリと目を覚まし、アキトの両手首を握るようにして、それを邪魔する。これこそがサトルの仕組んだ罠だったと気づいたときには、もうすでに遅かった。
「かかったな、仙月!」
「何ィ――ぐあっ!」
 サトルは、あろうことかアキトの首筋に噛みついていた。その唇から覗く鋭く尖った乱杭歯。そう――サトルもまた、アキトや美夜と同じ吸血鬼<ヴァンパイア>であったのだ。
「こ、この野郎……!」
 体内の血を吸われる脱力感に苛まれながら、アキトは蜂子の手を振り払い、しがみつくサトルを振り落とそうとした。しかし、突き立てられている乱杭歯は皮膚を破り、しっかりと深く食い込んでいる。懸命に身体を揺さぶったくらいでは離れなかった。
「離れろ! 離れろよ!」
 アキトは立ちあがると、勢いよく背中を壁にぶつけ、しがみつくサトルを引き剥がそうとした。離れるまで、何度も繰り返し試みる。だが、サトルは執拗で、決して身を離そうとはしなかった。
 壁に叩きつけただけでは効果がないと見たアキトは、それと併せて肘打ちでサトルのこめかみを狙った。だが、首筋を噛まれた格好では、思うような有効打は届かない。それでも無我夢中で続けた。
 そうやって悪戦苦闘しているうちに、アキトは貧血から来る眩暈を覚えた。段々と力も入らなくなってきている。このままではまずいと、アキトは唸った。
「オレは……てめえに献血なんてしてやるつもりはねえんだ!」
 後ろからしがみつくサトルに対し、いささか苦し紛れではあったが、アキトは踵で相手の爪先を踏みつけた。これにはサトルも不意を突かれたらしい。首筋に噛みついていた乱杭歯の力がわずかながら、ようやく緩んだ。
 その隙を逃してなるものかとばかりに、もう一度、サトルを壁にぶつけ、さらに手が離れたところを見計らって、今度こそアキトは脱出を成功させた。転びそうになりながらサトルから離れる。無様な格好ではあったろうが、なりふり構ってはいられない状態だった。
 しかし、かなり血が抜かれたせいか、足下は立つのがやっとなほどフラフラだった。意識も朦朧としている。アキトは頭を振って、シャキッとしようとした。だが、効果はあまく、このまま膝から崩折れてしまいそうだ。
 アキトは瞼が落ちそうになるのを必死に堪えながら、突如として狂暴性を露わにしたサトルを振り返った。その口許は、美男子な容貌にそぐわないアキトの真っ赤な血で塗りたくられており、まるで見たこともない別人のようだ。ほんの少しの油断が形勢逆転を招いてしまった。
 サトルが口許の血を手の甲で拭うと、まるで口が大きくなったように見えた。その真紅の口がニヤリと笑う。
「美味しい……。こんなにも純血種の血が美味しいとは。最初は男に噛みつくなんて、許し難い抵抗があったけどね。いや、それ以前に、血を吸う行為がなんとも野蛮に思えて、ずっと今まで避けてきたのに……。それがどうだろう。この甘美で野趣に富んだ濃厚な味は! これが背徳の悦楽というものか!」
 サトルは一人、狂喜していた。アキトは急激な貧血に悩まされながら、吸血鬼<ヴァンパイア>の本性を露わしたサトルをねめつけるしかない。今の状態で、どこまで闘えるものか疑問だった。
「考えてみれば、生の血や肉を口にするのは自然の摂理に適うことかもしれない。動物はそうして食物を得ているのだから。人間くらいのものだね、煮るだの焼くだのと贅沢を言うのは」
「……そ、そういうのを人間の知恵って言うんじゃねえのか? オレは生き血よりもラーメン食ってたほうがいいけどな」
 会話を引き延ばして、どこまで時間稼ぎができるものか。アキトは相手に不調を悟られぬよう懸命に演技しながら考えていた。今、サトルに向って来られたら、即刻アウトだ。あとは吸血鬼<ヴァンパイア>の驚異的な回復力にかけるしかない。
 アキトの血で甦ったサトルは、すぐに襲ってくるようなことはなかった。二人の状態を見れば一目瞭然。サトルが余裕を持つのも当然と言えた。
「純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>であるキミが、血よりもラーメンを欲するとは愚かだね。僕は断然、こちらの方がいい。いや、それも卑しい人間の血ではなく、純血種のものだからかもしれないけど」
「そんなにオレの血は旨かったか?」
「ああ。キミは最低だが、血は上等だ。おかげでダメージなんてケロリさ。むしろ、体中に力がみなぎるようだ」
 その言葉を証明するかのように、サトルの筋肉が盛り上がった。全体的に華奢だった肉体がひと回り大きくなったかに見える。ナイーブさがあったはずの少年からはそういうものが一切消え、その代わりにギラギラとした野性味があふれていた。
「これか! これが純血種の力か! これこそ僕が求めていたもの! 僕はついに人間を超越する存在になれたんだ!」
 サトルは両手を広げるようにして立ち、自らの存在を誇った。すべての者の頂点。多くの者があこがれ、ほとんどの者が夢破れる幻想。しかし、サトルは確かに手にしたのだと信じて疑わなかった。
 そんなサトルをアキトは蔑むような目で見ていた。そして、憐れなヤツだと言いたげに。
「お前、元は人間だったんだろ?」
 アキトは尋ねた。口調は不思議と穏やかに。
 サトルの目は対照的に殺意さえ窺わせるように、ギラリと光った。
「そうさ。僕は取るに足りない人間の一人だった。いくら学校の勉強が出来たって、どんなスポーツもこなして見せたって、ちょっと整った顔立ちをしていたって、そんなもの人間同士の間では、ほんのわずかな優劣でしかない。いつだって上には上がいて、どんなに背伸びをしたって誰かに頭を押さえつけられる。僕はね、そんな社会に嫌気が差していたんだ。でも、ある日、僕はチャンスを得た。ある人に選ばれたことによって」
「“ある人”?」
「その人はこの偏狭な世界を憂い、変革を望んでいた。革命、かな。それには僕のような者が必要なのだと言ってくれた。僕はその人の理想に賛同し、仲間にしてもらったんだ。自ら進んでね」
 そう言ってサトルは、学生服の詰め襟を開いて、アキトに見えるよう首筋をさらす。そこにはアキトには馴染みのある、何かに噛まれた痕跡が生々しく残されていた。
「バカ野郎が……」
 アキトの呟きはサトルに聞こえたかどうか。
「おかげで僕は人を操る術を身につけた。僕はこれを歪んだ世界を正すために使おうと決めたんだよ。誰もが平等で、他人を貶めるようなことのない社会を作ろうと。その手始めがこの学校だった。僕はただ、それをずっと見守っていたかったのさ」
「事実上、お前が支配者ってことじゃねえか」
「見方によっては、ね。でも、僕は独裁者になるつもりはこれっぽっちもない。すべてはみんなのため。僕は自分のためではなく、みんなのために働くのさ。そうすれば、みんなが僕のおかげで幸せになれる」
「はっ! 冗談じゃないね! そんな世界を誰が望む? お前以外の誰が? 結局、それを望んでいるのは、お前一人だろうが。この世界はろくでもねえヤツが多いかもしれねえが、誰もが持っている自由を行使できない世の中なんて、オレはまっぴらごめんだね」
「いかにも自己中心的な考えを持つ、キミらしい意見だ。キミだって他人の自由を謳っているフリをしながら、とどのつまり、自分が大事なだけじゃないか」
「そうさ。おっしゃる通り、ごもっとも! でもよ、自分が可愛くて何が悪い? オレは自分の人生を好きに生きる。誰のものでもない、自分の人生なんだしな。だから、他のヤツが好きに生きるのもオレは認めてやるつもりだぜ」
「じゃあ、僕も何をしようと自由なわけだ。当然、僕のことも認めてくれるのだろう?」
「ああ、構わねえよ。ただし、だ! オレの行く手を邪魔すれば別だぜ。オレにとって邪魔なヤツは、容赦なく叩き潰す」
 両雄は廊下で、長い間、睨み合った。いくら対話をしようとも――それこそ何時間かけようと、一生涯を費やそうと、間違いなく平行線に終わるだろう。この二人には、もう語るべきことはない。
「仙月くん。最後に礼だけ言っておくよ。キミの血を飲ませてもらって、僕は純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>と同等の力を得ることができたようだ。やはり、後天的な吸血鬼<ヴァンパイア>では――キミたちは“スレイブ”と呼んでいるようだが、屈辱的だね――引き換えとなる代償が大きすぎる」
「“スレイブ”は陽光の下では長く生きられない。そんなことをすれば、著しく寿命を縮める。だが、穴蔵にこもってりゃ、永遠に生きられるぜ」
「そんな暮らしをして何が面白い。所詮、太陽を恐れることもなく外を歩き、不死に近い肉体を持つ純血種のキミには分かるまい。――さあ、少しお喋りが過ぎたようだ。そろそろ、純血種は心臓を抉り取られても生きていられるか、実験してみようか」

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