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WILD BLOOD

第16話 アンタッチャブルは突然に

−5−

 話は、それから一時間ほど前に遡る――
 仙月アキトは待ち合わせをしていた。もちろん、デートなどという色気のあるものではない。相手はアキトの舎弟――いや、下僕たる大神憲だった。
「兄貴ィー! 遅いっスよぉ、何してたんスかぁ!」
 もちろん、男との待ち合わせなどに気乗りしないアキトは、約束の時間よりも一時間ほど遅刻して現れた。むしろ、大神の誘いに乗って来たということこそ、奇跡と言えるかもしれない。
 それでもアキトの顔は不機嫌さアリアリであった。
「クソぉ、何が悲しくて、休みの日に男と待ち合わせをせにゃならんのだ? しかも、よりによってイヌのヤローとよぉ」
「とかなんとか言っちゃってぇ、絶対に来るって思っていましたよ、兄貴」
 アキトの神経を逆立てぬよう気をつけながら、大神は愛想笑いを浮かべた。まるで手揉みせんばかりの低姿勢だ。
 自分の行動を読まれたアキトは、腹いせに大神の脚をゲシッと蹴った。大神はキャインと吠える。
「うるせえんだよ、イヌがぁ!」
 アキトは片足でケンケン跳びしている大神を残し、さっさと目的地へ歩き出した。
 大神が誘ったのは、二人が通う琳昭館高校の目と鼻の先、神鳳女子短期大学だった。普段は気軽に立ち入れぬ女の園。それが今日、学園祭の開催によって一般開放されるということで、大神のような不心得者でも自由に出入り可能なのである。こんなチャンスを見逃す手はない。
 アキトを誘ったのは、あわよくば女子大生をナンパし、お近づきになろうという魂胆からである。大神とは違って、アキトは黙ってさえいれば、二の線はイケる口のため、引っかかる確率も高くなるだろう、というのが誘った理由だ。
 当然、アキトもそれを承知で、大神の誘いに乗ったのだ。女子大生と交遊するなんて、アキトとしても滅多にあるものじゃない。
『愁鳳祭』と銘打たれた学園祭の開催により、神鳳女子短期大学はいつもの十倍は人であふれていた。短大のOGを含めた関係者を始め、やはり女子大生目当てなのか、下心を隠し持つ男性の姿も――老若男女問わず――多く見られる。無論、アキトと大神も同じ穴のムジナだった。
「うわぁ、凄いっスねえ」
 右を見ても左を見ても女子大生たちが呼び込みをしている光景は、昨日まで琳昭館高校でやっていた『金輪祭』とは、まったく違って見えた。特に大神は大興奮の様子で、コレと思った女子大生を見かけては、持参してきたカメラのシャッターを切っている。もちろん、本人に了承を得ているわけではないのだが、お祭り気分がつい許すのか、誰にも見咎められるようなことがなかったのは幸いだった。
「やっぱり、女子大生はいいですねえ。女子校生にはない、大人の色気があって」
 まるでセクハラなオヤジのように言いながら、大神は浮かれていた。もちろん、アキトだって負けては(?)いない。
「おおっ! 見ろ、アレ! なっげ〜脚だなぁ!」
「うおっ! あんなハレンチな格好をして、羞恥心というものはないのか、あの女は!」
「ハァハァ、うおおおおおおっ! オレ、辛抱たまらん!」
 などなど、暴走モードへ入る寸前にまで達していた。
 ……それにしても、どんな学園祭なんだろう?(苦笑)
「兄貴、見てくだせぇ!」
 まるでチンピラの子分のような下品な言葉遣いで、大神は自分の見つけたものをアキトに示した。それは告知の看板であり、『ミス神鳳コンテスト』の開催時間と場所が載っていた。
「ミスコンだとぉ!?」
 共学の大学ならばいざ知らず、女子大だと、このような下世話なイベントは行われないかと思っていたが、どうやらこの神鳳女子短大では恒例らしい。今年で第二十二回を数えるようだ。
 これに目を輝かせぬスケベな二人ではない。
「きっと、水着審査とかもあるに違いありませんよ、兄貴」
「待て! もう始まっているじゃないかぁ!」
「急ぎましょう!」
 こういうところは息もピッタリに、アキトと大神はミスコン会場へと急いだ。
 そこはすでに黒山の人だかりと化していた。最後列でジャンプし、ステージ上を見ると、白いビキニ姿の女子大生が一人一人ウォーキングしながらのアピールタイムの真っ最中。これはいけないと、二人は強引に人混みの中へ潜り込んだ。
「はいはい、ごめんなさいねえ」
「ちょいと失礼」
 押しのけられた観客からは様々な批難の目、憤りの目で見られたが、そんなものに構っていられない二人だった。是が非でも間近で水着を拝む。そのことしか頭にない。
 とうとう傍若無人な二人は最前列のさらなる前へと出た。アルバイトなのか、ステージ下に立つ警備員スタッフの男にギロリと睨まれる。それでもアキトと大神の目は、ステージ上に釘づけだった。
「おおっ、兄貴! かぶりつきですよ!」
「おい、イヌ! ちゃんと撮っておけよ! 失敗したら、ただじゃおかないからな!」
「任せてくださいって!」
 大神はビキニを着た女子大生がステージの一番前へ来る度にシャッターを押した。仮設のステージは地面から一メートルくらいの高さにあるため、下から煽るような格好だ。言うまでもなく、際どい写真が撮れた。
「す、凄え、食い込み!」
「しかも水着が白だから透けて見えそうじゃねえか、オイ!」
 目を爛々と輝かせ、口からはヨダレが垂れそうになりながら、この好色男子高校生らはビキニの女子大生たちを食い入るように凝視した。そのあまりの露骨さに、近くの警備員スタッフが嫌悪を抱く。わざと持ち場を移動し、アキトたちの前に立った。
「おい、コラッ! 見えねえじゃねえか!」
 アキトは警備員スタッフにつかみかかった。その警備員スタッフはといえば、職務を全うしているとばかりに素知らぬ顔だ。頑として動こうとしない。
 これにはアキトも頭に来た。
「邪魔だっつってんだよ! どけ!」
 アキトは警備員スタッフにケンカを売った。その様子を見て、仲間の警備員スタッフもアキトのところへ集まって来る。激昂するアキトをなだめようとした。
 そんな一悶着を起こしているうちに、アピールタイムは終了し、全出場者がステージ上に並んだ。いよいよ、ミス神鳳の発表である。
「それでは発表します。二〇××年度、ミス神鳳は――」
 ドラムロール。会場が静まる中、アキトたちの周辺だけまだ揉めていてうるさい。それでも発表の瞬間は訪れた。
「エントリーナンバー三番、石原紀香さんです!」
 くす玉が割れ、紙吹雪と風船が舞う中、左から三番目に立つ美女が驚いたように口許を覆った。他の候補者が祝福の拍手をする。ようやく本当に自分が選ばれたのだと分かると、戸惑いながらも一歩前に進み出た。
「おめでとうございます」
 主催者側から一人壇上に上がり、新しいミス神鳳の石原紀香に花束を贈呈しようとした。そのとき、反対のステージ袖から、華々しい壇上には不似合いな男が現れる。それに気づいた石原紀香の顔が引きつった。
「紀香!」
 男は叫んだ。しばらく理容店にも行っていないような伸びた髪と無精ひげ。何よりも人をギョッとさせたのは、手にしたナイフだ。
 不審者の乱入に、場内は騒然とした。ハプニングを防ぐはずの警備員スタッフは、皆、アキトのところへ集まって来ていてしまい、壇上の出来事への対処が遅れる。ミスコン出場者のほとんどは悲鳴をあげながら逃げたが、狙われた石原紀香は固まってしまったかのように動けなかった。
「紀香ぁ……何でだよぉ……何でオレの気持ち、分かってくれないんだよぉ……」
 さしずめ男は紀香のストーカーといったところだろうか。一般人も入り込める学園祭がアダとなり、ストーカーもフリーパスだったわけだ。
 ストーカー男はゆっくりと紀香に近づいた。警備員スタッフたちは壇上に登ろうとする。しかし、ストーカー男にそれを制された。
「てめえら、動くんじゃねえ!」
 ナイフを向けた威嚇に、所詮はアルバイトに過ぎない警備員スタッフたちはひるんだ。彼らの仕事は人員整理がメインであり、このような突発的事件の対処は教えられていない。多分、誰かが警察に通報しただろう。だが、警察の到着が間に合うかどうか。
「なあ、紀香……やり直そう……オレが一番、紀香のことを愛しているんだからさ……」
「イヤ……来ないで……」
 紀香は弱々しく拒絶した。それがストーカー男の頭にカッと血を昇らせる。
「何でそうやって、オレのことを拒むんだよ……どうして……?」
「ヤだ……お願い……許して……」
「紀香……紀香、紀香、紀香、ノリカァ――!」
 ストーカー男は狂ったように叫ぶと、石原紀香に襲いかかった。今からでは誰も助けに入れない。
 と、そのとき――
 人間が宙を飛ぶという、ありえない現象を多くの観客が目撃した。それはステージ下から五メートルくらいの高さまで達し、そのまま立ち尽くした石原紀香のところへ飛んでいくという、まるでサーカスの人間大砲を見ているようだった。
 それは図ったかのように、紀香に襲いかかったストーカー男にぶつかった。二つの身体がもつれあう。そのおかげで紀香は刺されずに済んだ。
 転倒したストーカー男に、もう一人の飛び込んだ男が覆いかぶさっていた。ストーカー男は気色ばみ、慌ててその下から這い出ようとする。そのとき、持っていたナイフが何かに刺さっている感触を覚えた。それは――
「うわぁ!」
 ナイフは飛び込んだ男の腹に深々と突き刺さってしまっていた。

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