←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→

 


WILD BLOOD

第16話 アンタッチャブルは突然に

−7−

 つかさが神鳳女子短期大学に駆けつけたとき、すでに十数台の警察車両と二台の救急車が正門前に停まっていた。折しも学園祭の開催日。多くの来場者が集まった上に、警察官と救命士が中へ入ろうとしているため、その混雑はラッシュアワー時の満員電車のようだった。出ようとする者、入ろうとする者が互いに邪魔をして、混乱に拍車をかけている。
 どうやら、神鳳女子短大の中で何かしらの事件が発生したことは明らかだった。杏は中にいるのだろうか。一度は腹を立てて見限ったものの、つかさは従妹の身を案じた。何かトラブルに巻き込まれていなければ――いや、それよりも何かトラブルを起こしていなければいいのだが……。
「ケガ人は!?」
「コンテスト会場です! 刺されました!」
 救命士の問いに誰かが答えたのを聞いて、つかさは青くなった。刺された? 誰が?
 なんとしてでも中に入らなくてはならない。イヤな予感が心臓をキュッと苦しくさせるような感覚につかさは顔を歪めた。だが、正門はとてもつかさが通れるような状況ではない。無理に押し入ろうとしても、押し競まんじゅうに遭い、小柄なつかさでは潰されかねない。
 他の入口を求め、つかさは短大の敷地沿いを回った。つかさの通う琳昭館高校から目と鼻の先で、神鳳女子短大のことはよく知っているつもりだったが、案外、それほどでもなかったことをこんなときに思い知る。なかなか入口が見つからず、つかさは焦った。
 西側へ回ると、三十台ほどが停められる駐車場があった。車で来た者はここから入るらしい。学園祭へ遊びに来た一般車には開放していないようで、今は半分くらいのスペースが埋まっているだけだった。
 つかさはそこから短大に入った。入口には詰所には守衛がおり、明らかに関係者でなさそうなつかさを見咎める。
「君、ここからの出入りは禁止だよ!」
「ごめんなさい! 急いでいるので!」
 通り抜けざま、つかさはぺこりと頭を下げたが、守衛の制止には応じなかった。そのまま駐車場を横切り、キャンパスへと走り込む。普通の日ならばともかく、今日は学園祭が開催されていることもあってか、部外者の侵入にも関わらず、守衛が追いかけて来なかったのは幸いだった。
 中へ入ることには成功したつかさであったが、さすがにキャンパス内のどこに何があるのかまでは把握していなかった。しかも大学は、つかさがこれまでに知っている小・中・高と違って広い。つかさは困った。
 しかし、冷静になって周囲を観察してみると、人の流れには二種類あることに気がついた。ひとつは正門へ向かって急ぐ人たち。多分、何かの事件が起きたため、短大から逃げようとしているのだろう。そして、もうひとつは、それとは逆方向へ移動する人たち――おそらく、野次馬だ。何らかの危険に対して、それを自分の目で確かめてみたいという好奇心に駆られた人たちである。
 つかさはその野次馬たちを追いかけた。うまくすれば現場まで辿り着けるかもしれない。
 その途中、近くにいる野次馬たちの会話を耳にすることができた。
「刺されたって、ホントかよ!?」
「ああ、らしいぜ! 何でも女の子が男に襲われたって!」
「マジかよ!?」
「しかも、その女の子、かなりの美人だって話でよ!」
 それを聞いたつかさは、また胸の辺りが苦しくなった。性格その他に問題はあれど、杏が容姿端麗であることは、つかさも認めずにはいられない。ひょっとして、その女の子とやらが杏で、何者かに刺されたのではないかと、最悪の事態を想像してしまう。
 犠牲者が杏ではないにしても、誰かが刺されたというのは由々しき出来事だった。せっかくの楽しい学園祭でそんな凶事が起きるとは。
 事件現場は特設ステージだった。『ミス神鳳コンテスト』とある。多くの野次馬たちが次から次へとやって来るので、元々の観客として残っているのがどれくらいなのか分からないほど、人であふれかえっていた。
 背の低いつかさには、人だかりのせいで、まったくステージの辺りが見えなかった。ただ、警察官や救命士がまだ到着していないことだけは分かる。きっと未だに正門のところで足止めを食っているのだろう。
 せめて刺されたのが誰なのか、それを確かめようと、つかさは必死に首を伸ばしてみた。だが、見えない。ジャンプしてもダメ。これは校舎に入って、窓から見下ろしてみるしかなさそうだと諦めた。
 すると――
「つかさ!」
 いきなり名前を呼ばれて、つかさは振り返った。そこにいたのは杏だ。こんなところでつかさを見つけて、驚いた顔をしている。
 杏は無事だった。まず、そのことに、つかさはホッとする。
「よかった。とりあえず――」
「キャーッ!」
 安心したつかさに、杏は悲鳴のような歓喜の声をあげて抱きついてきた。まるで長年の間、ずっと会っていなかった恋人同士に対して、再会を喜ぶような大仰さ。いきなりのことに、当然、つかさは恥ずかしく、杏から離れようともがいた。
「ちょ、ちょっと、杏姉ちゃんってば……!」
「うれしい! つかさ、来てくれたのね!」
 身長差もあって、つかさの頭を胸に押しつけるようにしながら、杏は感激をオーバーに表現した。柔らかな胸に顔を埋めたつかさは、今さら心配して、こうして来てしまった自分に後悔する。これでは益々、杏を増長させるだけではないか。
 欧米人よりも過激な杏のリアクションに、周囲の男たちは羨望の眼差しを向けてきた。とびきりの美少女にこのような愛情表現をされて、顔の緩まぬ男はいないはず。彼女の本性を知るつかさ以外は。
 あまりにも長いハグに、つかさは遂に耐えきれなくなり、何とか杏の腕をもぎはなした。顔が赤いのは、恥ずかしかったのと、杏の胸で窒息しそうになったからである。ところが杏は、そんなことなどお構いなしだった。
「やっぱり私のことが心配になって捜しに来てくれたのね」
 確かにその通りなのだが、ここで肯定してしまうと杏を図に乗らせるだけだ。つかさはなるべく毅然とした態度を取った。
「ここで何か事件があったみたいだから、それで来ただけで」
「うふふ。もう、素直じゃないんだから」
 杏は蠱惑な笑みを浮かべた。ダメだ。こうなっては言い訳など通用しそうもない。
 つかさは話を逸らすことにした。
「それよりも何があったの? 正門のところに、パトカーとか救急車とかがいっぱい停まっていたけど」
「それがミスコンの会場に男が乱入してね」
「それで?」
「ミス神鳳に選ばれた人が襲われそうになって――」
「あれ? 武藤くん?」
 そこへひょっこりと現れたのは、大神だった。今の今まで、警備員スタッフにつきまとわれていたのだが、何でもないことをようやく理解してもらい、解放されたところだ。一緒に来たアキトもどこかへ行ってしまい、これからどうしようかと考えていた大神は、思わぬところで知り合いに出会い、少し驚いた様子だった。
 しかし、それよりもさらに大神の注意を惹いたのは、つかさの隣にいた杏である。長身で美脚の見たこともない美少女。女子大生目当てで学園祭にやって来た大神が、ついつい相好を崩したのも無理はない。
「そちらの方は?」
 大神はつかさに紹介してもらおうと、下心を隠しつつ、そちらに近づきかけた。その刹那――
「危ない、つかさ!」
 デレデレ女子から格闘女子へ。杏は何を思ったか、いきなり戦闘モードに入ると、大神へ掌底を放った。まさか、いきなり攻撃を受けるとは予想もしていなかった大神は、その《氣》が込められた天智無元流の一撃をまともに喰らってしまう。
「ぐはぁ!」
 アキトに投げ飛ばされたときよりも、高く遠くに舞い上がり、大神は吹き飛ばされた。背中から植え込みの中に落ちる。いきなりの出来事に、つかさもあんぐりと口を開けるしかなかった。
「ふぅ。危なかったわ。――つかさ、無事?」
「ぶ、無事じゃないよ!」
 つかさは慌てて、植え込みの中に飛び込んだ。そこには大神が大の字になってのびている。
「大神くん! 大神くん、しっかりして!」
 つかさは大神の肩を揺さぶってみたが、気絶しているらしく、何の反応もなかった。悪びれた様子もなく、杏もやって来る。
「何、そいつ、知り合い?」
「隣のクラスの大神くんだよ! 何でいきなりこんなことを!?」
 薫と手合わせしたときは、まだ手加減していた杏だが、今の大神への一撃は本気だった。普通の人間なら大事に至るところだろう。
 しかし、杏はそれでも平然としていて、冷やかな視線で大神を見下ろした。
「こいつ、姿は人間を装っているけど、物の怪の類よ。つかさだって、それぐらいの《氣》を感じられないわけでもないでしょ?」
 確かに、杏の言う通り、大神は人間ではない。狼男だ。杏の放った掌底を喰らっても、大神ならば気絶程度で済むだろう。
 それにしても、一瞬で大神の正体を――狼男かどうかは別にして――見破った杏に、つかさはほとほと感心した。いくら《氣》を操る古武道、天智無元流を身につけているとはいえ、人外の存在を瞬時に見分けるとは。その才には、同じ天智無元流の者としても恐れ入る。
「大神くんは悪い人じゃないよ。今は改心しているんだ」
 気を失っている大神をどこかへ運ぼうかと思ったつかさだが、一人ではとても運べそうもないし、杏も手伝わないだろう。かえって、汚らわしい、とか言いかねない。仕方なく、つかさはこのままそっとしておくことにした。
「そうやってつかさは、何でもかんでも、すぐに信じちゃうんだから。まあ、そこがつかさのいいところでもあるけどね」
 杏は優しい恋人にウインクを贈った。つかさはそんなことに心を動かされぬよう、平静を装う。
「それにしても、こんなのがつかさの周りをうろちょろしているだなんて、余計に心配になってきたわ。さっきもこいつと同じようなヤツがいたし」
「えっ、同じようなって……?」
 大神と似たようなヤツといえば、つかさの頭に真っ先に浮かぶのは――
 だが、その思考はいきなり中断させられた。新たな悲鳴がキャンパスに響き渡ったのだ。
 つかさと杏は顔を見合わせると、植え込みの外へ出た。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→