←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→

 


WILD BLOOD

第17話 拳も恋も一日にしてならず

−7−

 つかさが再び道場に行くようになって五日後。剣道の夏の大会を終えた薫が合宿から帰って来た。
 およそ一カ月ぶりに再会したのは、ラジオ体操の会場でもある神社の裏手だった。早朝、スタンプカードを首から下げた近所の子供たちが集まっている中、久しぶりに参加した薫はつかさを見つけて、おっ、というような意外な顔をする。カードにスタンプを押してもらうと、意味ありげな笑みを浮かべながら、つかさの隣まで来た。
「おはよう、つかさ。――しばらく見ないうちに、やっと吹っ切ったみたいだね」
 つかさの両親について言っているのだろう。これまでずっと申し訳ないと思いつつ、口には出せなかったのだが、自分を心配してくれた薫につかさは感謝した。
「ごめん、いろいろと。つい先日に、ようやくね。多分、これからは今までのようなことはないと思うよ。――ところで、大会の方はどうだった?」
 全国大会は昨日終わったはずだった。結果は聞いていない。
「うーん、それが……」
 薫の話によると、ベスト十六まで勝ち抜いたらしい。東京代表とは言え、全国区では無名校だっただけに、健闘したと言えるだろう。だが、ここでぶつかったのは優勝候補の筆頭と言われていた群馬県の強豪校、創央学園。薫を含め、チーム五人が全敗してしまった。
「強かったわぁ、創央は。しかも私、先鋒なのに、相手は大将格の白河さんっていう人で、これが強いのなんの」
 それまで先鋒を務めていた薫は連戦連勝だったそうだ。しかも、そのほとんどが秒殺。多分、それがチームに勢いをつけて、ベスト十六まで押し上げたのだろう。だが、その薫が創央学園の主将、白河史帆に敗れた。
「手も足も出ないって、あのことね。出来れば、もう一度やりたいけど、三年生だから引退しちゃうだろうしなぁ」
 創央学園は、主将の白河史帆の活躍もあり、そのまま優勝した。選手層が厚く、これからも有力校であることは揺るぎないが、白河史帆のような剣士は、十年に一人の逸材だろう。その引退は非常に惜しまれた。
「創央学園って中高一貫じゃなかったっけ?」
 高校野球でも名高い創央学園のことは、つかさも知っていた。しかし、それは薫だって同じだ。
「仮に夏以降も現役を続けてたって、他県の中学じゃ、もう対戦する機会がないわ。あーあ、私が高校生になる三年後まで待たなくちゃ」
 薫はリベンジしたいというよりも、強い相手とまたやりたいという気持ちの方が強いようだった。いかにも薫らしい。きっと目標とすべき人物だと惚れこんだのだろう。つかさも薫と白河との対戦を観戦してみたかった。
 そうこうしているうちに、ラジオ体操の開始時間になった。神社の杜におなじみの音楽が流れ始める。集合した子供たちは、互いの間隔に気をつけながら、腕を前から上へ上げて、横から下ろす最初の運動を行った。
「そう言えばさ――」
 体操をしながら薫が喋った。薫はそんなにおしゃべりな方ではないのだが、つかさと久しぶりに会ったせいで、まだまだ話し足りないらしい。
「つかさ、知ってる? 深夜のコンビニでケンカがあったって」
「コンビニでケンカ? どこの?」
「ほら、あそこの郵便局の近くの」
「ああ、あそこ」
「あのコンビニって、不良の溜まり場として有名でしょ」
 それはつかさも知っている。深夜になるとバイクに乗った不良たちが集まってきて、意味もなくエンジンを噴かしたり、大きな声で笑ったりして、近所からもかなりの苦情が警察に寄せられているらしい。つかさも時間が遅くなったら、そこのコンビニには行かないようにしている。
「ケンカと言っても、対立グループとの抗争ってわけじゃないのよ。一人の中学生くらいの子が、マナーの悪いそいつらを注意したらしくてね。もちろん、連中が大人しく従うわけがないじゃない。そしたら、その子がいきなり不良たちに飛びかかって……」
 話を聞いているうちに、つかさは段々、イヤな予感がしてきた。何となく結末が分かってしまう。
「それでね、その中学生くらいの子が、何と不良たち全員をたった一人でやっつけちゃったんだって! スゴくない!?」
 やっぱり……。つかさは動揺のあまり、ラジオ体操中に手足のバランスを崩しそうになった。
「す、す、スゴイねえ……たははは……」
「――ところで、あの人は来ていないの?」
 薫にも、その不良どもをやっつけた中学生に心当たりがあるようだった。当然か。今日もこれから暑くなりそうだというのに、つかさは首筋が冷たくなったように感じた。
「あ、杏姉ちゃんは、ラジオ体操なんてぬるいって言って、自主練してるよ」
 つかさもこのあとランニングしてから、朝稽古に合流することになっている。朝食はそれが終わってからだ。
「ねえ、つかさ。もしかして、不良をやっつけた中学生みたいな子ってさあ――」
「ま、まだ、そうと決まったわけじゃないだろ」
 つかさは平静を装った。どこまで、それができたかは自信がないが。
 たった一人で不良をやっつけることのできる人間なんて、スーパーマンじゃない限り、つかさも従姉の杏くらいしか思い浮かばなかった。あの夏祭りで薫を助けてくれたときの光景が今も鮮やかに思い出される。悪いことをするヤツには非情とも言えるくらい容赦しなかった。今回の件も杏がやった可能性は高い。
 もしも、それが本当のことだったら大変なことだ。コンビニの近隣では目の上のたんこぶだった不良が痛めつけられて喜んでいるだろうが、ケガを負わせたのなら、それは傷害事件である。いくら不良たちの無法を正そうと思ってやったことだとしても、行きすぎた暴力は無罪への言い訳にはならない。
 格闘技を学んだつかさたちは、己の肉体が凶器そのものである、と祖父の源氏郎から教えられてきた。つかさが行使する機会など一生訪れないかもしれないが、杏がこれからも強さを極めて行こうとするならば、それを充分に肝に銘じておかなければならない。もしも、私闘で拳を振るったことが祖父に知られれば、即座に杏を破門する恐れすら考えられた。
 しかしながら、まだ杏がやったと決めつけるのは早い。もっとも、本人に尋ねても、そっぽを向いてとぼけるだけだろう。ましてや、つかさから言ったのでは、無視されることは間違いないだろうし。
 さて、どうしたものか、とつかさは頭を悩ませた。



 その日、つかさは杏の行動に注意した。
 だが、予想されたとおり、日中に杏が別行動を取るようなことはなかった。杏は、ひたすら祖父から出される指示のまま稽古をし、普段と変わりなくメニューを消化していく。そのときは必然的につかさも一緒なので、途中、杏が稽古から抜け出すことなど不可能だった。
 やはり、杏が行動を起こすとしたら、祖父母も寝静まった深夜になってからだろう。
 いつもなら、昼間のきつい稽古を終えたあと、風呂に入って夕飯を食べたら、テレビを見てくつろぐこともなく、ベッドの上でバタンキューのつかさであるが、この日ばかりは、疲れから来る眠気に懸命の抵抗をしつつ、杏の動向を気にかけていた。
 その甲斐があったのか、夜中の十二時くらいになって、杏が部屋を抜け出す気配があった。
 つかさが二階の窓から表を窺うと、頭にフードをかぶったパーカー姿の杏が外へ出かけて行くところだった。つかさは急いで、そのあとを追う。
 どうやら杏は、例の郵便局の近くにあるコンビニに向かっているようだった。祖父母の家の近くには、もうひとつ反対方向にコンビニが一軒あるが、距離はどっこいどっこいで、つかさも昼間であれば気分次第でどちらにするか決めている。杏がこちらを選んだのは、果たして偶然か否か。
 あと百メートルほどでコンビニというところで、あろうことか、つかさは杏の後ろ姿を見失ってしまった。ついさっきまで、曲がり角を曲がった背中を見ていたというのに。つかさは焦ったが、ここから杏が他の場所に行くとは考えにくかった。そのまま問題のコンビニへ向かうことにする。
 と、そのとき――
 つかさは背後に気配を感じ、慌てて振り返った。
 むにゅっ!
 その途端、いきなり頬を鷲掴みのようにされ、つかさはびっくりした。どこでやり過ごしたのか。剣呑な目つきでつかさを睨んでいるのは、今まで尾行していたはずの杏だった。
「何よぉ、人を尾けるようなマネして」
 杏はそう咎めると、指先に力を込めた。左右の頬を圧迫されたつかさの唇はタコのように尖る。
「しょ、しょれは……」
 そのせいで言葉をうまく発せないつかさは返答に困った。杏の半眼がつかさの目の前まで近づく。
「まさか、おじいさまに命令されたの?」
 つかさは首を横に振ろうとした――が、杏によってしっかりと首から上を固定されていたため、それは出来ない。ジッと、つかさの目を見つめていた杏は、どうやら祖父の差し金ではないと分かったらしく、ようやく手を離して不埒な尾行者を解放してやった。つかさは潰されそうになった両頬を涙目でさする。
「まあ、いいわ。どの道、告げ口なんかしたら殺してあげるから」
 可愛い顔をしながら物騒な言葉を吐き、杏はつかさのことなど無視して再び歩き出した。一瞬、つかさは逡巡する。尾行がバレてしまった以上、家に帰るべきか。だが、つかさは益々、イヤな予感がしてならなかった。
 ここまで来た以上、引き返すことなどできはしない。つかさは意を決した。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→