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ところがその一分後、つかさは激しく後悔することになった。なぜならば、つかさの悪い予感が、残念ながら的中したからである。
コンビニの前の駐車場を占拠するように七、八台のバイクが停まり、その搭乗者とおぼしき若者たちがタバコを吸いながらたむろしていた。皆、明らかに未成年だ。杏にやられた連中であることは明白で、全員が生々しい傷や白い包帯を顔や腕に目立たせていた。
連中は仕返しのために杏を待ち構えていたのだろう。周囲に視線を走らせる鋭さが尋常じゃない。まるで獲物を捜す野獣の目だ。ところが、当の杏は臆することなく、平然とコンビニへと向かって行く。かえって、つかさの方が電柱の陰に隠れたくらいだった。
パーカーのフードをかぶっていても、すぐにそれが自分たちを痛めつけた張本人だと気づいたのだろう。不良たちは吸っていたタバコを投げ捨てると、杏の前に立ち塞がった。
「やっぱり、来やがったな」
鼻の骨を折られたのだろうか、顔の真ん中にガーゼを当てた男が恫喝の声をあげた。近所に響き渡るような声だ。もちろん、その程度でひるむ杏ではない。むしろ、おどけたような態度を見せた。
「あれ? 二、三日は足腰が立たないようにしてやったつもりだけど、もう病院から出てきたわけ? へえー、結構、根性があるじゃない」
相手はおそらく高校生。いや、中卒で、高校には行っていないかもしれない。いずれにせよ、札つきのワルばかりだ。にもかかわらず、中学三年生の杏はどこまでも挑発的だった。有象無象がどれほど群れようとも、脅威の対象にはなりえない、とタカをくくっているみたいに。
中学生の、しかも女子生徒一人に小馬鹿にされ、彼らが黙っていられるはずがなかった。相手は紛れもなく、自分たちを完膚なきまでに叩きのめした女だが、彼らにもプライドがある以上、精一杯の虚勢を張る。
「その節は世話になったな、ネエちゃん。おかげで、まだ入院したまま出て来られねえ野郎もいるぜ」
「あ、そう。それは何より。これで少しは、この町も静かになるわ」
杏はさらりと言ってのけた。不良たちは歯ぎしりする。だが、ここでケンカを吹っかけても、前回の二の舞になることは彼らにも分かっていた。杏の強さは自らの肉体と記憶に刻まれている。それに何よりもまだケガが癒えていない。
「言ってくれるな。その化け物じみたネエちゃんの強さに敬意を表して、今日は助っ人を呼んできたぜ。――おい、ダイサク!」
リーダーらしき男は助っ人の名を呼んだが、しばらく返事がなかった。不良たちは互いの顔を見合わせる。果たして、どこへ行ってしまったのか。
呼んでも現れない助っ人に苛立ったリーダーは、コンビニの入口から中を覗くと、雑誌コーナーの方へ怒鳴った。
「ダイサク! 何してやがる! 早く来い!」
その呼び声に、マンガを立ち読みしていた一人の男が反応した。つかさは電柱に隠れながら、ゴクッと生唾を飲み込む。
うっそりとコンビニから出てきたのは、身長一九〇センチはありそうな巨漢の男だった。来ているシャツはピチピチで、腕も太腿も杏の腰回りくらいありそうだ。
そいつは立ち読みを邪魔されて、少し不服そうな顔をしていた。
「何ですか、先輩。せっかく面白いところだったのに」
体格は立派なのに、リーダーを「先輩」と呼んだところからすると、その男は不良たちの中でも年下のようだった。どう見てもあべこべで、二十歳か、それ以上を越えているようにしか思えないが。
あまり目上を敬わない後輩の態度に、先輩であるリーダーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「バカ野郎。本来の目的を忘れるな。そら、そいつがオレたちにケンカを吹っかけてきたヤツだ」
不良のリーダーに示されて、大男は目の前の杏を見下ろした。さすがの杏も巨漢の男を前にしてひるんだのか。パーカーのポケットに手を突っこんだまま動かなかった。
身長差のせいで真上から見下ろす大男からは、フードを目深にかぶった杏の顔は見づらかった。大男は覗き込むようにして、杏の顔を確認する。
「あれ、女の子?」
どうやら相手について詳細を知らされていなかったようで、大男は意外そうな顔をした。次に困ったようなポーズを取る。
「先輩。本当にこの娘がそうなんスか?」
大男は確認した。リーダーはうなずく。
「そうだ。見た目に騙されるんじゃねえぞ。その女の強さはハンパじゃねえ」
「でも、女の子じゃないですか。オレは女の子に手をあげることなんて出来ないっスよ。ましてや、こんな可愛い娘には」
大男はさりげなく、杏を『可愛い娘』と評した。見かけによらず純朴なのか、でかい図体をした男が照れたような様子を見せる。まあ、確かに黙ってさえいれば、杏はアイドル顔負けの美少女には違いないが。
これに大男の先輩である不良たちのリーダーが黙っていられるはずがなかった。
「ふざけるな! 相手が男だろうと女だろうと関係ねえ! ケンカを売って来たのは向こうなんだ! このままナメられて、引き下がれるかってんだ!」
「しかし、先輩……」
「私もやる気のないヤツに興味はないよ」
おもむろに杏が口を挟んだ。殺気のこもった視線で大男を見上げる。杏はびびってなどいなかった。
「木偶の坊はとっとと帰んな。ただし、学習能力のないバカには、今度こそ思い知らせてやるよ」
パーカーのポケットに手を突っこんだまま立つ杏から、ビリビリとした闘志を感じ、大男以外の不良たちは震えあがった。今度こそ殺されるかもしれない、と。
ただ一人、何の緊張感もなく、大男が困ったような表情で頭を掻いた。
「参ったなぁ。先輩たちを見殺しにも出来ないし……。ねえ、お願いだから、ここは引いてくれないかな?」
信じられないことに、大男は敵である杏に提案を持ちかけた。何のつもりだ、と杏は大男をねめつける。
「キミが引いてくれれば、オレも責任持って、先輩たちを返すようにするからさぁ」
「な、何だとぉ!?」
これに承服できないのは不良たちも同じだった。目を吊り上げて、大男の背中をど突く。
「バカ言ってんじゃねえ! 何のためにお前を呼んだと思ってやがるんだ!」
「だって、先輩。こんなに『可愛い娘』を痛めつけたら、男がすたるってもんでしょ」
大男は、心底、杏のことを気に入ったようだった。明らかに見逃がそうという雰囲気がありありだ。ところが、
「誰が痛めつけられるって?」
杏の目は殺気を帯びていた。つかさは、ヤバい、と電柱の陰に隠れて指を噛む。
「木偶の坊、そういうことは私に勝ってから言いな!」
「いやぁ、やるまでもないでしょ」
「てめえ! ざけんなっ!」
ポケットから手が出された。多分、不良たちには見えなかったほどの速さ。杏は問答無用に殴りかかった。
だが、杏のパンチは大男に届かなかった。なぜならば、大きな手の平に受け止められていたからだ。
「危ないなぁ、いきなり」
パンチを防いだ大男はちっとも危険だと認識していないみたいに、のんびりと言った。これにカッと来ない杏ではない。
「やかましいっ!」
今度はジャンプしての蹴り。大男の側頭部を狙ったものだ。
ところが、これまた大男は悠々と蹴りを受け止めた。ガードごと吹き飛ばすかに思えた一撃だが、うまく衝撃を逃しているのか、大男の手はゴムボールでもキャッチしたみたいに小揺るぎもしない。着地した杏の顔が初めて気色ばんだ。
それに対して、大男の緊張感のない顔といったら。
「へえ。なかなか鋭い蹴りを持ってるなあ。これなら先輩たちがやられたのも分からなくはないや」
「バカにしないで! まだまだ、こんなもんじゃないわよ!」
自分の攻撃が通用しない相手に、杏は本気を出そうとした。つかさは電柱の陰から飛び出しかける。もちろん、杏を止めるためだ。祖父の古武道を本気で使えば、大ケガを負わせるどころでは済まなくなる。杏を人殺しにするわけにはいかなかった。
だが、つかさの制止は間に合わなかった。杏は体内の《氣》を練ると、一気に高く跳躍する。
不良たちは見上げた。身長一九〇センチ以上の大男さえも。杏の身体はおそらく二階くらいの高さまで浮き上がっていただろう。
「やあっ!」
垂直降下のパンチ。つかさは某マンガの必殺技を思い浮かべた。
杏渾身の一撃に対し、初めて大男は動いた。ガタイに似合わず、瞬発力よく、わずかに飛び退く。杏が降ってきたのは、その次の刹那だった。
ドォォォン!
住宅街に地響きが轟いた。何も知らない住民は地震でも起こったのかと疑っただろう。あるいは自動車同士の正面衝突か。まさか、それが中学三年生の女の子の仕業などと夢にも思わず。
砂埃が晴れると、大男がさっきまで立っていた場所には、無惨な穴が穿たれていた。その中心に杏の拳が突き刺さっている。
それを目撃した不良たちは唾も呑み込めなかった。人間のなせる業ではない。重機でもなければ、アスファルトを破壊することなど不可能のはずであった。
(人間じゃない……!)
そんな恐怖を抱くのも無理からぬことだろう。ようやく自分たちがとんでもない化け物にケンカを売ったのだと気づき、後悔した。
ところが一人だけ恐怖心と無縁の男がいた。杏の攻撃対象となっていた大男だ。気でも触れてしまったのかと怪しみたくなるくらい、大男は楽しげに笑みを浮かべていた。
「こいつは驚いた。こんな威力のあるパンチを見たのは、さすがのオレも初めてだ。やるなあ、アンタ」
大男は素直に賞賛しているようだった。しかし、杏にはからかわれているとしか思えないのだろう。その顔つきはなおさら険しくなった。
もう言葉はいらない。次に杏は連続攻撃に出た。苛烈なラッシュ。だが、大男は巧みに防御し、すべてを無効化してしまう。それを見ていたつかさは、この大男もかなりの使い手であると認識を改めた。
自分の攻撃がまったく当たらず、杏は歯ぎしりした。相手はウェイトの重い肉体であるはずなのに信じられないくらい軽やかに動いている。しかも杏の攻撃に対して的確な防御を施しながら、だ。フェイントにも惑わされない動体視力と見切り。思わず舌を巻きたくなる。世の中にこんな強いヤツがいたのか、と。
それでも杏は攻撃をやめようとはしなかった。半分は意地だ。何とかして、このいけ好かない男に一発でもお見舞いしたい。それに、何よりも腹立たしいことには――
「ちょっと、どういうつもり!? 逃げてばかりいないで闘いなさいよ!」
大男は防御に専念し、ただの一発も反撃してこなかった。まるで遊ばれているようだ。それがなおさら頭に来る。
「言っただろう? オレは女の子を殴るつもりはないって。特に『可愛い娘』は」
大男は片目をつむってウインクしたつもりのようだったが、あまりにもぎこちなかったので顔をしかめたようにしか見えなかった。
やがて、杏に限界が訪れた。いや、喘息の発作だ。
いきなり身体を折った杏は、うずくまり、激しく咳き込んだ。闘いが長引いたせいで発作が出たのだろう。つかさは思わず飛び出した。
杏の異変に、不良たちは我に返り、威勢を取り戻した。反撃するなら今だ。
「やれ、ダイサク! その女に思い知らせてやれ!」
リーダーの命令が飛んだ。しかし、大男は動かない。むしろ心配そうにうずくまった杏を見下ろす。
「おい、ダイサク! 聞こえてんのか!?」
命令に従わぬ大男に、不良たちは業を煮やしたようだった。そこへ、ようやく駆けつけたつかさが杏に覆いかぶさるようにして盾となる。突然の飛び入りに、その場にいた者たちは戸惑った。
「大丈夫、杏姉ちゃん!?」
「で、出てくんな……バカ……」
杏は苦しそうだった。
「吸引器は!?」
さっきからパーカーのポケットから取り出そうとしている様子だったが、どうやら引っかかっているみたいだった。つかさは杏の手をどけさせると、代わりに自分がポケットの中を探る。
不良たちは、ようやく状況を飲み込んだ。
「何だ、てめえ!? 邪魔すんなら、てめえも容赦しねえぞ!」
リーダーが突然現れたつかさに詰め寄った。杏に覆いかぶさっている背中を蹴飛ばそうとする。だが、その前に大男が動いていた。
大男は近づいてきたリーダーの胸を突いた。それは軽く突いただけのように見えたのだが、リーダーの身体は大きく跳ね飛ばされてしまう。背中から停めていたバイクにぶつかり、そのまま将棋倒しになって、またしても住宅街に迷惑な騒音が響いた。
「先輩。これ以上、やるって言うなら、今度はオレが相手になりますよ」
顔つきに変化はあまり見られなかったが、目つきは杏と闘っているときとは違い、鋭さが窺えた。その肉体の迫力もあって、先輩であるはずの不良たちは息を飲む。彼らが束になってかかっても敵わないのは明らかだった。
「大丈夫か?」
不良たちを制した大男はひざまずくと、杏の様子を窺った。杏はつかさが取り出した吸引器を口にし、発作を抑え込んでいる最中だ。次第に呼吸が楽になっているようだった。
「すみません。ありがとうございます」
杏に代わって、つかさは礼を言った。杏と闘っていた相手にこんなことをするのもどうかと思ったが、つかさにはこの大男がそんなに悪い人間のようには見えない。それに、もしもこの大男が本気で闘っていたら、やられていたのは杏かもしれないと思うと、穏便に済ませてくれたことを感謝したかった。
「いや、なんの、なんの。男としてレディに暴力を振るうのはナンセンスだからね。――ところで、キミは彼女の妹さん?」
いつものように、やっぱり女の子に勘違いされ、つかさは赤面した。
「いや、従弟です。ちなみにボクは男で……」
「こいつは失敬! オレは間大作(はざま・だいさく)。栄中の三年だ。よろしく」
中学三年? つかさは思わず、留年でもしているのかと思った。とても中学三年生には見えない。それでは杏と同学年ではないか。
一応、つかさも名乗っておくことにした。
「あっ、武藤つかさです。英中の一年です。どうも」
「で?」
間はにこやかな表情をしているつもりのようだったが、元が元だけに、鬼瓦のようにしか見えなかった。きっと、つかさのことなどどうでもよく、杏のことを尋ねているのだろう。
杏が自ら名乗るわけがなかった。仕方ないので、つかさが答えておく。
「えーと、こっちは従姉の琴姫杏――」
「ペラペラ喋るな、バカ!」
呼吸が楽になって来た杏に胸倉をつかまれ、つかさは目を白黒させた。間は満足げだ。
「ふーん、琴姫杏、か。名は体を表す、ってヤツだな」
間は立ちあがると、先輩たちに睨みを利かせた。杏ばかりか、助っ人を頼んだはずの後輩にまで裏切られ、彼らとしては小さくなるしかない。近いうちに、彼らのグループも解散の憂き目に遭うことだろう。
「ま、先輩たちのことはオレに任せてくれ。話はつけておくから」
「でも、間さんにとっては先輩なんじゃ……?」
何だか、つかさの方が心配してしまった。
「ただ出身中学が同じっていうだけのことさ。これくらい義理立てすれば充分だろう。オレも人様の迷惑になるような人間は嫌いでね」
不良たちは文句のひとつも言い返せなかった。これからは真っ当に生きようと反省したのかもしれない。
「今夜のところはもう遅いし、引き上げるとするよ。じゃあな。――琴姫さんとは、次は別の機会に会いたいものだけど」
またしても不器用なウインクをしてから、間大作は先輩たちをコンビニから追い払うと、意気揚々と帰って行った。
つかさは間の人間的な大きさに、すっかりと心酔してしまった。しかも、杏を歯牙にもかけなかった、あの強さ。感服するとは、こういうことを言うのに違いない。
しかし、杏はつかさのようには思っていなかった。
「間大作……なろぉ、今度会ったら、ぶっ殺す!」
余程、歯が立たなかったことが悔しい様子の杏だった。
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