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WILD BLOOD

第18話 萌えよ、乙女の剣

−2−

 高等学校新人剣道大会。
 夏で引退した三年生を除き、初めて、一、二年生中心の編成で臨む大会である。
 その支部予選会が新嵐高校で行われようとしていた。
 武藤つかさは、なかなか他校を訪れる機会はないな、と思いながら、その新嵐高校を目指していた。つかさの他には、同じクラスの仙月アキトもいる。さらに、その周囲には様々な高校の制服姿が目立ち、つかさたちと同様、自分たちの学校を応援に来ているのだろうと思われた。
「しかし、あの薫がわざわざ、『暇なら応援に来い』だなんて。どうせ、予選のさらに予選なんだろ? 勝つのは分かり切ってるじゃねえか。そんなに自分が勝つところを見せたいのかねえ」
 アキトは日曜日まで学校へ行くことに対し、不満な様子だった。つかさも、このところ何かと休日を潰されているので、アキトの気持ちは分からないでもない。それでも今日は久しぶりに薫の試合が観られるので、そこまで不承不承というわけでもなかった。
「まあ、薫は勝つかもしれないけど、ウチの学校としてはどうだろ。今日の大会は団体戦だから」
 試合はフリーオーダー制による団体戦だ。いかに薫が強かろうとも、他の四名が負けてしまえば、そこで敗退である。
「三年生が抜けた新チームでの初戦だし、薫も力が入っているんだよ」
「勝ち抜き戦だったら、負けねえんじゃねえの?」
「それはそうかもしれないけど」
 他校の生徒にくっついて歩くうちに、新嵐高校へ到着した。支部予選会とはいえ、大会会場に選ばれるだけあって、かなり大きい学校のようだ。歴史もあるのだろう。校舎が古めかしい。
「まだ試合には早いね。薫を見つけて、顔だけ出しておこうか」
 そんなことをつかさが話していると、物凄いリムジンが正門前に停車した。ダックスフントのような車体は、普通の車二台分よりもあるかもしれない。たちまちリムジンは、周囲にいた生徒たちの注目を浴びた。
 運転席から運転手が降りると、後部座席――といっても、車体の真ん中くらいにあるのだが――に回り、低姿勢でドアを開ける。すると揃えられた足先が現れ、優雅にアスファルトの地面に降り立った。
「ほお」
 首を伸ばすようにして眺めていたアキトから、思わず声が出た。
 中から降りて来たのは、一人の女子高生だった。大和撫子を地で行くような、清楚な感じの美少女である。長い黒髪が艶やかに輝いていた。
 運転手はドアを閉めると、今度は反対側に回り、そこから荷物を取り出した。つかさは、それを見て驚く。剣道で使う竹刀と防具袋だったからだ。
 ということは、この女子高生は剣道部なのだろうか。とても、そんな風には見えないが。
 リムジンの令嬢は、運転手から荷物を受け取った。あまりの重さに、足下がよろけそうになる。運転手が慌てて支えるような有様だ。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「だ、大丈夫です」
 剣道部員にしては心許ない限りであったが、リムジンの令嬢はなんとかうなずき、正門から会場へと入って行った。運転手は彼女の姿が見えなくなるまで、心配そうに見送る。
「あの娘、あれでも剣道部なのかな?」
 つかさは不安げに呟いた。頼りない後ろ姿を見ているうちに、リムジンの運転手でなくても心配になろうというものだ。
 だが、アキトは、
「上玉だ」
 と、ぼそりと言うと、まるで彼女を追うように正門をくぐった。



 新嵐高校の教室は、各校の控室となっていた。
 いくら支部予選会といっても、三十二もの高校が集うのだ。本大会が行われる会場と違い、普通の体育館では、それほどの人数を収容しきれなかった。
 すでに集合していた琳昭館高校女子剣道部の面々は、剣道着に着替え、試合に備えていた。薫も一階の自動販売機で買った紙パックの牛乳を飲みながら、出番を待っている。あと三十分もすると、一回戦の最初の試合が始まるはずだ。
 今朝のイヤな夢のことが、まだ薫の記憶に残っていた。しかし、今日は予選会である。白河史帆のような強敵はいない。普通にやれば勝てる相手のはずだ。
「忍足、調子はどう?」
 新しく主将になった二年生の大沢加世が声をかけてきた。薫の実力は、加世もよく知っている。琳昭館高校で彼女に敵う者はいない。
 それでも加世が心配したのは、先日の他流試合だ。琴姫杏と名乗った乱入者は、図々しくも薫との手合わせを希望した。しかも、杏は素手で、薫は竹刀を持っての異種格闘戦だ。当然、薫が勝つものと思われていたが、杏は想像を絶する強さで、都大会三位の実力者を子供扱いした。
 その敗北のショックが薫に残っていないか、加世はそれを心配していた。以後の稽古に、それらしき兆候は見られない。だが、今日は実戦だ。いつ、あのときの記憶がフラッシュバックしないとも限らない。
 加世の気遣いに、薫は笑みで返した。
「万全ですよ。見ててください。先鋒戦を勝って、みんなに勢いをつけますから」
 試合ごとにオーダーの変更は可能だが、琳昭館高校は加世の大将、薫の先鋒は決まっていた。薫が言うように、勝って、チームの勢いをつけてから、次鋒らへ繋ぎ、どこかでもう一勝をもぎ取って、大将の加世が決める、という作戦だ。正直なところ、加世と薫以外の部員はあまり高くないレベルでの横並びで、ここを三つ落とすと、初戦敗退も喫しかねない。むしろ緊張しているのは、初めてレギュラーに抜擢された彼女らだ。
 加世は手をパンパンと叩き、部員たちの注目を集めた。
「いい? 相手も同じ高校生。みんなと同じく、初めて試合に出るっていう人も多いわ。だから、必要以上に怖がることはないから。日頃の稽古のつもりで戦って」
「はい」
 そうは言われても、まだ固さの取れないまま、他の部員たちはうなずいた。まずは初戦を終えてからでないと、この緊張はほぐれないだろう。
「失礼します。琳昭館高校の方々ですか?」
 大きな声が控室となっている教室の入口から響いた。見ると、加世と同じぐらい大きな体格をした剣道部員を筆頭に、他校の剣道部が訪ねてきたらしい。その先頭の主将らしき女子生徒と加世は目を合わせると、おっ、という顔つきになった。
「主将になったんだって、大沢」
「久慈か。そっちも主将になったみたいじゃない」
 二人は近づくと、ガッチリと握手を交わし、互いを称えるように背中を叩き合った。こうして並ぶと、まるでそっくりの姉妹みたいだ。
「みんなに紹介するよ。桃李女学院の久慈映子」
「大沢とは小・中と一緒だったの。よろしく」
 薫は別として、他の部員たちはおずおずと一礼した。加世と同じく、体格が立派なので、ついつい物怖じしてしまいそうになる。
「対戦表は見た?」
「ああ。勝ち進めば、準々決勝でウチと当たるね」
「それまで負けるなよ」
「そっちこそ」
 桃李女学院は、お嬢様学校としては有名だが、剣道はあまり強くなかったはずだと、薫は記憶している。多分、総合力では琳昭館高校と同レベル。両校が共に準々決勝まで勝ち上がるのは難しいかもしれない。
 ちなみに、この支部予選会で本命視されているのは、会場の提供者でもある新嵐高校だ。この夏も都内で準優勝に輝いている。都内ではベスト4の常連だ。
「そこで、ちょっと相談があって来たんだけど」
 突然、声を落とした調子で、映子は持ちかけた。加世が怪訝そうな顔になる。薫も気になった。
「実はさ、もしも準々決勝で当たることになったら、是非とも忍足薫さんと試合がしたいっていう娘がいてね」
 そのとき、映子はチラッと薫の顔を見た。高校剣道界において、薫は有名人だ。薫が映子とは初対面でも、向こうはこちらをよく知っている。
「ふーん。アンタじゃないでしょうね?」
 加世は旧友に向かって胡散臭そうに言った。映子は首を横に振る。
「違うわよ。ウチの一年生」
「どの娘?」
 映子の後ろにいる桃李女学院の部員へ視線を向けて、加世は捜し当てようとした。ところが映子はため息をつく。
「そこには来ていないわ」
「来ていない?」
「ええ。彼女は直行でここへ来ることになっているの」
 普通、部活は団体行動だ。自分たちの高校や最寄り駅などに集まって移動するのが常のはずである。一年生の部員に単独行動を許すとは、ご法度だが。それに映子のことをよく知っている加世には、それを黙認している彼女に対して不信感を抱いた。
「どういうこと?」
「と、とにかく、そういうことなのよ」
 加世が知る映子にしては歯切れが悪かった。これでは即座に首肯しかねる。
「どうかしら、忍足さん。彼女、あなたと試合するのが夢らしくて。もちろん、無理にとは言わないけれど」
 映子は薫に直談判した。その目には救いを求めるような感じさえある。
「私は別に構いません」
 薫は承諾した。自分と戦いたいと言ってくれる相手に対して断る理由がない。むしろ、望むところだ。
 当人が許可した以上、いくら主将の加世でも反対するわけにはいかなかった。引っかかるものはあったが、ここは映子の顔を立てておく。
「分かったわ。忍足は先鋒で行く。いいわね?」
「ありがとう。恩に着るわ」
 何だか、映子がその一年生にかなり気を使っているようで、加世はイヤな気分がした。まだ本当のところは分からないが、その一年生は映子よりも強くて、主将であっても従わざるを得ないのかもしれない。加世だって、一年下の薫にはまったく敵わないが、それでも主将としての威厳は持っているし、薫もちゃんと下級生であることをわきまえている。上下関係はちゃんとしておくべきだと加世は思い、いささか映子にはガッカリした。
「じゃあ、会場で会いましょう」
 約束を取り付けた映子は、部員一同と一礼し、琳昭館高校の控室を辞去した。

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