←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→

 


WILD BLOOD

第18話 萌えよ、乙女の剣

−6−

「早速、仕入れてきたで!」
 寧音が駆け込んできたのは、薫たちが二回戦を勝ち上がり、観客席に戻ったときだった。
「早かったわね」
 いつもながら、寧音の情報収集能力に感心しつつ、薫は目を丸くした。寧音が土方しおんを調べてみると言ってから、まだ一時間くらいしか経っていない。
「善は急げ! 時は金なり、や! ――それより、ちゃんと二回戦突破したんやろな?」
「も、もちろん」
 本当は胸を張って答えたかったが、今回も薫と主将の加世以外は苦戦の連続で、ヒヤヒヤものだった。
「はい、これ。ちゃんと録画しておいたから」
 寧音がいない間、薫たちの試合の撮影を頼まれていたつかさがビデオカメラを返した。これを見れば記事に起こすことが出来る。
「おおきに武藤はん」
「それよりも、どうだったのよ? 早く教えて」
「まあまあ、そない慌てんと。あっ、ウチ、喉乾いたなぁ。冷たいミックスジュースあらへん?」
 明らかにじらしているのが見え見えの寧音に、薫はいつも持ち歩いている、アキト用のハリセンを無言で取り出しかけた。それを見て、寧音は態度を豹変させる。
「み、ミックスジュースはあとにしよか。それより、いやー、あのお嬢様、えらい有名人の一人娘やったわ!」
「有名人?」
 訊ねた薫の目の前に、寧音がプリントを突き出した。どうやら週刊誌か何かの記事をコピーしたものらしい。
「なになに。『日本企業が最も恐れる男・土方紫雲』? ――誰これ?」
「知らんの? 日本一の総会屋や!」
「総会屋!?」
 聞いたことはあるが、怖い人、という漠然としたイメージしか浮かんでこない。コピーされた記事の顔写真も厳つい顔つきと鋭い眼光が象徴的だった。ただ、しおんの父親にしては、かなり年齢が行ってしまっている。これがいつの記事かは知らないが、名前の後ろにあるカッコの数字は、「55」とあった。
 寧音は説明する。
「総会屋っちゅーんは、会社の株主になってやな、ムチャな要求を突きつけて、それに応じないと株主総会を荒らすぞって脅す連中のこっちゃ。企業側からすりゃ、そんなことされたら敵わんから、金品などを贈って、丸く収めてもらうっちゅうわけやな」
「何だか暴力団みたいね」
「暴力団のシノギのひとつが総会屋になっているパターンは多いから、認識としては似たようなもんでええと思うわ。で、今でこそ規制強化されて、大っぴらなマネはできへんようになってるけど、それ以前から総会屋で財を為したんが土方紫雲ちゅう人でな、その筋じゃ有名なんよ。噂じゃ、政財界にかなりの影響力を持ってるって言われてるわ。確か、その半生を書いた小説が、何年か前にベストセラーになっていたはずや。もちろん、実名は伏せてな」
「へえー、そうなの」
 寧音ほどの興奮は覚えなかったが、一応、薫も驚いたように見せておく。
「その顔の広さがあるもんやから、会社側も何か困ったことがあると、土方紫雲に相談するらしいで。どや、大したオッサンやろ」
「それで、土方さんは?」
 横合いからつかさが首を出した。しおりのことを気にかけているのは、つかさも同じだ。その父親が誰だろうと、何をしている人物だろうとどうでもいい。
「そっちはあまり、これと言ったネタはなかったなぁ」
 そう言いながらも、寧音は指を舐め、手帳のページをめくる。覗くと小さい字で細々と書かれていた。
「ええと、土方紫苑、と。××××年七月四日生まれ、かに座の十六歳。血液型はAB型。桃李女学院付属幼稚園から、初等部、中等部、高等部と、一貫してお嬢様学校やな。母親を六歳の頃に亡くしてはるわ。以降は父の紫雲に厳しく育てられたそうやで。書道、茶道、華道、算盤、ピアノ、ヴァイオリン、日本舞踊を幼い頃より学んどったらしいな。中等部からはフェンシング部へ。剣道を始めたのは高等部へ進級してから、と」
「剣道は高校から!?」
 加世が大きな声をあげた。信じられなかったからだろう。しかも、まだ一年生だ。主将の久慈映子を差し置いて、大将戦にまで出るしおんは、単なるお嬢様特権でわがままを通すだけの存在ではなく、一種の天才とも言えた。
「フェンシングか。なるほど……」
 薫は中邑高校の合川選手を吹き飛ばした、しおんの片手突きを思い出していた。あれがフェンシングの攻撃を応用したものなら、あの片手突きはしおんの得意としている技に違いない。
 試合場では桃李女学院の二回戦が行われていた。ちょうど副将の映子が二本勝ちを決めたところだ。それを見守っていた加世が、当然といった顔つきで面白くもなさそうに拍手して勝利を称える。次は大将戦。再び土方しおんの登場だ。
 ここまで対戦している定岡商業とは一勝一敗二分け。ポイントもまったく互角に並んでいる。これから行われる大将戦こそが勝敗を左右する一戦だ。
 土方しおんが試合場に現れると、それほど数は多くないが、ブーイングが起きた。一回戦の試合を観戦してのしおんに対する反発だろう。
 防具への打突になる、面、胴、小手に比べ、喉元を狙った突きは危険だと見なされ、中学剣道まで禁じられているのは事実だ。解禁となる高校剣道以降にしても、相手を故意にケガさせるような打突はするべきではない。ブーイングは、そう訴えているかのようだ。
「そうか」
 このとき、つかさはハッとした。
「何?」
 横にいる薫が敏感に反応する。つかさは、「いや」と口ごもり、表情を悟られないようにした。幸い、しおんの試合が始まりそうなので、薫はさらなる追及をして来ない。つかさはホッとした。
 しおんが他校の選手に囲まれていたのは、かつて同じことがあったからではないか。あのとき、あの女子生徒たちは何と言っていたか。
 ――『夏にあなたと対戦した松尾は、あの試合が原因で剣道部を辞めてしまったのよ! 他校の選手を潰して、そんなに楽しい!?』
 そう、確かそんなことを言っていた。
 やはり以前にも、一回戦のようなことがあったのだ。そして、そのときは相手に大きな傷を身体と心に与えてしまったのだろう。
 それにしても、あのしおんがそのように危険な剣道スタイルで戦っていること自体、つかさには未だに信じられなかった。あの突きがフェンシングから来ているのは、寧音の報告からも分かったが、その攻撃的な剣道とお嬢様であるしおんのイメージとのギャップが激し過ぎる。つかさの中では、まるでしおんが二人いるような感じだった。
 そもそも、あそこにいるしおんは別人ではないのか。
 ブーイングを浴びせられても、防具で全身を鎧ったしおんは微かな動揺さえ見せなかった。むしろ、憎むなら憎めと、周囲をすべて敵に回しているような雰囲気さえ伝わってくる。
 定岡商業の大将は、与那覇という選手だった。果たして、しおんに太刀打ちできうる選手かどうか。
 試合が開始されると、俄然、定岡商業の与那覇選手への声援が大きくなった。もはや、しおんは完全に悪役<ヒール>だ。
 すでにしおんの手の内を知っている与那覇選手は果敢に前へ出た。不用意に出れば、しおんの突きの餌食になるが、下がっていては勝機を見出せない。
 攻めに出た与那覇選手は、突きでしおんを牽制した。突きには突きを、というわけだ。これはしおんの突きを封じることにも繋がる。
「考えたわね」
 加世が唸った。突きを決めるには前に出る必要がある。だが、相手も突きを仕掛けてくるのなら、その動きは諸刃の剣となりかねない。
「でも――」
 それくらいで、しおんの突きを封じられると、薫は思わなかった。しおんはフェンシングの経験者だ。突きが決め技であるフェンシングでは、その対処法だって身につけているだろう。
 与那覇選手が半歩前に出た瞬間、しおんもまた同じタイミングで出た。あまりにも間合いが近くなったことに怖じた与那覇選手の動きが、一瞬、硬直する。その隙を見逃さず、しおんは突き入れた。
 わずか一撃。それを見せるだけで、しおんには充分だった。与那覇選手は危ういところを慌てて下がり、たたらを踏む。今の反応が遅ければ、喉元を貫かれていたかもしれない。きっと肝を冷やしただろう。
 これで薫は、しおんが優位に立ったと思った。案の定、与那覇選手はさっきまでの積極的な剣道が鳴りを潜め、間合いを警戒する受けの剣道へと変化する。しおんは与那覇選手に恐怖心を植えつけることに成功したのだ。これにより与那覇選手は攻め手を失った。
 しおんは悠然と与那覇選手を追いかけた。与那覇選手は回り込もうとするが、しおんは最短距離、最小の動きで、スッと身体を寄せ、相手を逃げさせない。慌てることなく、徐々に追い込んでいった。
 与那覇選手は窮地に追い込まれた。さっきの突きが、まだ目に焼きついているに違いない。打って出ようにも足が前に動かなかった。
「せやああああああああっ!」
 正面に与那覇選手を捉えたしおんは、ピクッと竹刀の先を動かした。与那覇選手は突きが来ると思い、異常に警戒する。だが、しおんの打突はその裏をかいた面だった。
 呆気ないくらいきれいな形で、しおんは一本取った。与那覇選手は肝を潰したのか、その場で棒立ちになっている。すでに勝負あった。
 二本目もしおんの突きにすっかりとビビった与那覇選手が何も出来ないまま、またもや正面打ちを喰らい、桃李女学院が勝利した。しおんからすれば、あまりにも歯応えのない相手だっただろう。
 選手同士の一礼を終えると、またしおんが観客席の薫を見上げた。
 ――次はお前だ。
 あの殺気がそう語りかけているような気がする。
(臨むところよ!)
 今度は薫も、その殺気のこもった視線を真正面から受け止めた。手強いライバルからの挑戦状として。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→