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「ちょっと、どこまで連れてく気!? 放して! 早く放しなさいってば!」
成翔高校の女子生徒たちに因縁をつけられた場所から、かなりの距離を走らされ、もう誰も追いかけて来ないというのに、助けに入った男子生徒は、なおもシオンの手をつかんだままだった。業を煮やしたシオンはそれを強引に振りほどく。ようやく男子生徒は止まり、シオンを振り返った。
「ちぇっ! せっかく助けてやったのに、それはねえだろ?」
シオンの拒絶反応に、男子生徒は唇を尖らせてむくれた。シオンは呆れる。
「生憎だけど、あたいは助けて欲しいなんて一言も言ってないからね」
「かぁーっ、『ありがとう』の代わりにしちゃ、ご挨拶だな。さすがはどこぞのお嬢様。見も知らぬ下々の者なんか相手にできねえってか」
「言っておくけど、アンタが割り込んで来なくたって、あんなヤツらくらい、あたい一人で相手に出来たのよ。それをアンタが勝手にあたいの手を引っ張って、連れ出したんじゃないの! 恩着せがましいことを言わないでちょうだい!」
「このアマぁ! ちょっとお金持ちで美人だからと思って、こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「どこが下手に出てるってのよ!? 下心丸出しの間違いでしょ!? 謝礼目当てのクセして!」
「んだとぉ、コラぁ!」
「今度はアンタがあたいの相手になってくれるってわけ!? 上等よ! かかってらっしゃいっ!」
似た者同士なのか、あるいは水と油なのか。ほんの些細なことで、二人はいがみ合った。
そこへ、偶然にもアキトを捜していたつかさが通りかかった。つかさは二人に気づく。
「あっ、いた!」
険悪な雰囲気などまるで感じないかのように、つかさは二人へ近づいた。
賢明なる読者諸君に今さら説明するまでもないだろう。シオンを助けた男子生徒こそ、誰あろうアキトであった。
「もお、アキト、どこへ行っていたのさ? 散々、捜し回ったんだよ。――あれ? 土方さん?」
つかさは最初、アキトと一緒にいるのがシオンだと気づかなかったらしい。髪を結いあげ、元々のイメージと違っていたからだろう。まさか人格そのものが入れ替わっていることまでは分からないつかさだった。
「試合、見せてもらったよ。土方さんって強かったんだね。ボク、ビックリしちゃった」
屈託なく話しかけるつかさに、シオンは嫌悪感を露わにした。
「馴れ馴れしいぞ、お前」
「えっ!?」
シオンの冷淡な反応に、つかさは戸惑った。しかし、すぐに調子に乗りすぎたかもしれないと、素直に反省する。
「あ、ああ、ごめん。そうだよね。今日、知り合ったばかりなのに」
つかさは謝罪した。
だが、今のシオンはつかさの知るしおんではない。基本的にシオンは、もう一人の自分であるしおんの好みを否定する傾向がある。しおんが肯定するものは、ほとんど憎むべき父による影響によるものだからだ。
よって、しおんが好意を抱くつかさは、シオンにとって唾棄すべき存在だった。男のクセになよなよと弱々しく、見ているだけで「男だろ!」と、どやしつけたくなる。
「お前は琳昭館高校の生徒だろ?」
「う、うん」
「いいのか? あたいは敵の高校の人間だ。そんな風に親しげに話しかけてどうする?」
「えっ? でも、それは関係ないんじゃない?」
「関係ないだと?」
「うん。確かに、次は土方さんのところとウチの学校が当たるけど、それは剣道の試合での話であって、別に好き好んで争っているってわけじゃないんだし」
「真剣勝負だ。どちらかが勝ち、どちらかが負ける」
「それはそうだけど、だからって、いがみ合う必要はないでしょ? 試合が終われば、お互い、握手だって出来るんだから」
「くだらん」
「えーっ? そうかなぁ……」
「あたいにとって忍足薫は倒すべき敵だ。敵の仲間も、あたいにとっては、すなわち敵。だから、お前はあたいの敵だって言っているのさ」
「そ、そんな……土方さん……どうして……?」
シオンの言葉に、つかさは悲しくなった。今朝、知り合った、あの愛らしいしおんがそんなことを言うとは。
「そんな悲しいことを言わないでよ。そうやって周りに敵ばかり作っていたら、土方さんの方が先に参っちゃうよ」
つかさは心配した。朝の女子生徒たちのように、しおんを目の仇にする輩が、これ以上、増えないことを願う。
「余計なお世話だ。あたいは強い。だから平気だ」
「剣道の話なんかじゃないってば。土方さんの心の話を――」
「うるさいっ!」
シオンには、つかさの言っている意味が分からなかった。ただ、つかさの話を聞いていると心が掻き乱されるようで、イライラが募る。
「やめとけ、つかさ。その女に、お前の言葉は届かねえよ」
腕組みをして、つかさたちのやり取りを見ていたアキトが言った。つかさは表情を曇らせたまま、二人の顔を交互に見る。
「でも……」
「オレたちを敵と言うなら、勝手にすればいいさ。だが、どこまで行っても独りのアンタに、ウチんとこの薫は倒せねえよ」
「倒すとも。必ず」
シオンからは歯ぎしりが聞こえてきそうだった。だが、アキトは首を横に振る。
「いいや、無理だね。もしもお前が薫に勝てたら、召使いにでも奴隷にでもなって、何でも言うことを聞いてやらあ」
アキトは勢いに任せて啖呵を切った。シオンは冷笑する。
「憶えておこう。その言葉、忘れるなよ」
「おう。その代わり、そっちが負けたら、こっちの言いなりだかんな!」
相手の了承も得ずに、アキトは約束を交わした。
つかさは立ち去るシオンの背中を不安げに見送った。
「――というわけで」
もうすぐ三回戦が始まるというタイミングで、アキトは試合場への入場口で薫をつかまえ、先程の話をした。もちろん、つかさも一緒だ。
「軽〜く、お前の実力を見せてやれ! ヤツの鼻っ柱をへし折ってやるんだ!」
グッと握り拳を作るアキトに、薫は冷やかな視線を向けていた。
「私が勝てば、アンタが土方さんを好き放題ってわけね」
「その通り! 生意気とはいえ、相手は大金持ちのお嬢様! それになかなかマブい女だぜ! ムッフッフッ、きっとまだ男のなんたるかを知らないに違いねえ! そこをオレがじっくりたっぷり教え込んでやって……口では強がっていても、肉体は正直に……うひゃひゃひゃひゃっ!」
だだ漏れになっているアキトの下品な妄想に、薫は顔をしかめた。
「まったく……。わざと負けてやろうかしら」
アキトを脅すつもりで、薫はぼそっと呟いた。しかし、アキトは少しも慌てず、へっちゃらな顔だ。
「負けてもいいが、そのときはお前があいつの下僕となって、理不尽な要求を受け入れなきゃならなくなるぜ」
「どうして私がそんなことをしなくちゃいけないのよ!? 約束したのはアンタでしょうが!」
「オレは約束をしたが、オレがそうするとまでは言ってない。――だろ、つかさ?」
「……確かに、アキトは『自分が』とは言わなかったけど」
渋々ながら、つかさは証言した。最初からアキトにその気などなかったのだ。ヤバくなったら、他者に責任を押しつける。そういうヤツなのだ。
「あ、あのねえ……!」
薫はつくづく、この男の相手をしているのがバカらしくなった。用意していたハリセンで、アキトの頭を思い切りはたいてやりたい衝動に駆られる。しかし、今は試合前。大会関係者の目が光る中で曲がりなりにも暴れることはいささかためらわれる。
「まっ、お前が負けるわけねえだろ。お前の強さは、オレが充分に知ってっからよ」
いつも薫のハリセン攻撃を受けているアキトは、ニッと笑って保証した。
「当り前よ。負けるもんですか」
しかし、アキトはシオンの試合を見ていない。事前に見ていたら、同じことが言えたかどうか。
「琳昭館高校の皆さん。準備はよろしいですか?」
係員が入場を促した。いよいよだ。
「それじゃあな。オレたちは客席から見物させてもらうぜ」
「見物じゃなくて、応援って言いなさよ!」
「薫、頑張ってね」
「OK」
観客席へ戻って行くアキトとつかさの背中を見送ってから、薫は前を向いた。
「みんな、行くよっ!」
主将の加世が合図し、薫たち琳昭館高校女子剣道部は入場した。頭上から盛大な声援が降って来る。反対側の入場口からは、久慈映子を先頭に桃李女学院の面々が会場入りしてきた。最後尾にいるのは土方シオンだ。
シオンは早々に、敵意剥き出しの視線を薫へ向けてきていた。これまで以上に殺気が強まっている。それを薫は真っ向から受け止めた。
(勝負よ、土方さん)
薫はグッと奥歯を噛んだ。
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