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WILD BLOOD

第19話 キス×キス×キス

−3−


 ミサは土が露出している場所まで移動すると、木の枝で大きな魔法陣を描いた。円の中に複雑な図形や意味不明の文字が刻み込まれる。ミサはそらんじているのか、ものの一分で書き終えてしまった。
「……これでいいわ」
 いらなくなった木の枝をポイッと投げ捨てると、ミサは無表情に言った。
 薫は恐る恐る訊いてみる。
「あの……黒井さん、これは……?」
「……二人とも魔法陣の中に立ってください。なるべく描いた紋様を消さないように。ひょっとすると、意図したものと違う作用が及ぶ恐れがありますから」
「だから、これは……?」
「……お二人が望んだとおり、あなた方の肉体を取り替えます」
「ええっ!? そんなことができるの!?」
「できます。正確には肉体を取り替えるのではなく、精神を取り替えるのですが」
 ミサはこともなげに言った。さすがは琳昭館高校の“魔女”。だが、薫はおいそれと信じられない。それは他の者も同様であっただろう。
「……さあ、どうぞ」
 冗談ではないようだった。いや、ミサが冗談を言うわけがないか。
 薫はひるんだ。今のは、ただの売り言葉に買い言葉。本当に男女逆転がしたかったわけではない。
「面白そうじゃねえか」
 ところが、アキトがそれに応じたので、薫はビックリした。アキトを見ると、何やらニヤニヤしている。
「アンタ、本気!?」
「本気も本気! こんな体験、滅多に出来ないぜ」
 それはそうかもしれないが。薫には躊躇がある。
「それとも何か? お前、怖いとか?」
「ば、バカじゃないの!? どうして私が怖がったりするわけ!?」
 しまった。ついアキトの挑発に乗ってしまった。後悔したときはもう遅い。
「よぉし! じゃあ、決まりだ! そら、行くぞ!」
「わぁ!」
 アキトに手を引っ張られ、薫は二人して魔法陣の中に足を踏み入れた。紋様は消してはいけないと言われたので、不器用なステップを踏むことになり、よろめきそうになる。それをアキトが抱き止めた。
 思わず抱き合うような格好になり、薫は反射的にアキトから離れた。
「どさくさに変なことしないでよ!」
「おお、怖い! こっちはただ、転ばないようにしてやっただけだろ!」
「ウソつけ! 絶対に下心があったでしょ!」
「へっ! まあ、そうやって喚いていられるのも今のうちだけどな」
「ど、どういう意味よ?」
 アキトの下卑た笑いに薫は不安を募らせた。そもそも、ミサの魔法陣に自ら入ろうなんて言い出すことからして、何かよからぬことを企んでいるに違いない。ミサの魔法で痛い目に遭うことの方がアキトは多いはずなのに。
「……では、始めます」
 ミサは魔法陣の前にひざまずいた。呪文なのか、何かブツブツと小声で囁き始める。それを見守るつかさたちは、心配そうでもあり、興味津々といった感じでもあり――
 突然、パァッと魔法陣が輝き出し、光が天へと伸びた。アキトと薫は光のカーテンに囲まれた格好だ。足は地面についているのに、二人は不思議な浮遊感を味わった。
「えっ!? えっ、えっ、えええええええっ!?」
 戸惑っているうちに、光はさらに強くなった。目を開けていられなくなる。二人の身を案じたつかさが、「アキト! 薫!」と呼ぶ声が、なぜかひどく遠くに聞こえた。
 それから、どのくらい時間が経過しただろう。
 薫はつむっていた目を薄く開けてみた。眩しくない。薫の目の前には他のみんながいた。
「私、どうな――っ!?」
 自分の声がいつもと違い、薫は発しかけた言葉を止めた。喉に手を当てると、突き出ている喉仏に触れ、びっくりする。普段は味わったこともない違和感。
「あ、兄貴が、薫お姉ちゃん……なの?」
 美夜が薫に向って訊ねた。いや、いつもと違って、美夜がすごく低く見える。こんなに身長差はなかったはずだ。
 薫は自分を見下ろしてみた。着ていた服装が違う。手も大きく、腕も筋肉がついていた。
「ウソ……本当に入れ替わったの……?」
 薫は隣を見た。誰もいない。立ち位置が逆になっていたのだ。反対側に、もう一人の自分がいた。
 正確には元々の肉体であり、今の薫はアキトの肉体に入り込んでいた。
「ヤだ……マジで……? 信じられない……?」
 アキトの声で自分が喋っていることにも違和感があった。薫は自分の荷物から携帯用の鏡を取り出し、顔を写してみる。当り前のことだが、アキトの顔をしていた。
「うわぁ……気持ち悪い……」
 色々な角度で顔を見つめ、薫は失礼な感想を漏らした。
「こんなことが可能だなんて……じゃあ、こっちの薫がアキトなの?」
 つかさは立ったまま動かない薫――じゃなくて、薫の肉体に入れ替わったアキトに近づいた。入れ替わりがショックだったのか、アキト――つまり、薫の姿をしたアキトってことだが――は、まったく微動だにしておらず、いささか心配になって来る。
「アキト? ねえ、アキトってば」
 つかさはアキト――だから、見た目は薫なんだけど――の目の前で手をヒラヒラさせた。するとアキト――ああ、もお、ややこしいなあ、外見は薫の方だけど――はまったく焦点の合わない様子だったが、不意につかさを見つめた。
「アキト?」
 いきなりアキト――いちいち説明が面倒なので、以下、略――は動き出した。目の前のつかさとぶつかりそうになる。つかさは避けようとしたが間に合わなかった。
「ちょっ――アキト!?」
 次の瞬間、一同に衝撃が走った。アキトがつかさにキスしたからである。
 それは傍目、薫がつかさにキスをしている光景であった。つかさは硬直し、逃げることも忘れている。
「特ダネ、もろたぁ!」
 すかさず寧音がこのラブ・シーンを激写した。何度もフラッシュが焚かれる。他の者は、白昼堂々、その衝撃的な現場を目撃し、つかさ同様に動けなかった。
 最初に我に返ったのは薫だった。自分の姿をしたアキトがつかさにキス。しかも、つかさの唇を吸うようにした強烈なキスだ。それを目の当たりにして、見ている薫の方が首から上が真っ赤になる。
「なっ、なななななな、何してんのよぉ!」
 薫はアキトの肩をつかむと、グイッと引っ張った。さすがはアキトの肉体の力。か弱い女の子の身体など容易く引き剥がせてしまう。薫はそのままアキトに鉄拳制裁を加えてやろうかと思ったが、肉体は自分のものである以上、それは踏み止まっておく。アキトの力で殴ったら、どうなることか。
「このバカ! 私の身体使って、なんてことしてんのよ!?」
 暴行することもできず、薫は怒りの捌け口を失い、ひたすら大声を出し、地団駄を踏むことしか出来ない。ただ、アキトの声で女言葉を使うと気持ち悪く、ののしることもためらわれた。
 もしかして、これがアキトの狙いだったのではあるまいか。薫の肉体を使っての好き勝手三昧。アキトのことだ、つかさへのキスくらい序の口で、最悪、みんなの前でスッポンポンになるかもしれない(爆)。そこを寧音に激写されて……。そうなったら、薫の人生は破滅だ。
 ところが、引き剥がされたアキトは、さらに悪ふざけをするわけでもなく、どこか心ここにあらずといった感じで、まったく反応を見せようとしなかった。何より、さっきから一言も言葉を発していないのがおかしい。
「ちょっと、どうしたの、兄貴?」
 妹の美夜が声をかけたが、やはり応答なし。
「おい、ミサ。どうなってんだ、こりゃ?」
 晶が魔法をかけたミサに問うた。
 ミサもアキトの反応に対し、疑問を持っている様子だった。何事か考えながら、自分が描いた魔法陣を調べてみる。
「……あっ」
 すると、ミサが何かを見つけた。
「どうした?」
 晶もそちらを見てみる。薫と寧音、ありすも魔法陣を覗いた。
「……不吉だわ」
「だから、何が?」
「そこ」
 ミサが指を差した。アキトを除いた全員の視線が集まる。魔法陣の中にのたくっている一匹の山ヒルがいた。
「あれって、さっきの……?」
「もしかして、忍足はんか仙月はんの身体にひっついとって……」
「一緒に魔法の影響を受けた……と?」
「て、ことは?」
「アキトの身体に薫が入って……」
「このナメクジさんの中に――」
「ありす、ナメクジじゃねえよ、山ヒルだっつってんだろ」
「じゃあ、この山ヒルに兄貴が入った……?」
「つまり……」
 一同は薫の姿をしたものを振り返った。
「あれが山ヒル……!?」


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