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山ヒルの精神が宿ったと思われる薫の肉体を遠巻きにしつつ、つかさたちは何とかこの状況を受け入れようと必死になった。しかし、薫とアキトが入れ替わるだけでも非常識なことなのに、そこへ山ヒルまで介入してきたとなると、事態は非常にややこしくなってくる。特に、山ヒルによって肉体を乗っ取られた形の薫は複雑な心境だ。
「うわぁ……よりによって山ヒル……」
自分自身が山ヒルに取り憑かれた気になって、薫は身震いした。といっても、今はアキトの姿なので、そのリアクションはまったく似合わないが。
それにしても、この中で一番に最悪なのはアキトではないだろうか。よりにもよって、山ヒルになってしまったのだ。人間ではなく、山ヒルになるというのは、どんな感じなのだろう。多分、目も見えず、耳も聞こえない。それでも動物の血を求めたくなるのだろうか(元々が吸血鬼<ヴァンパイア>だけど)。
「薫ちゃん、足下、足下」
ありすが指を差して、薫に何かを教えようとしていた。言われたとおりに足下を見る。すると、薫の足に山ヒルが這い登ろうとしているところだった。
「なっ、なななな、何すんのよぉ!」
薫は慌てて足をバタつかせ、山ヒルを振り払った。地面に落ちたところをすかさず踏んで、グリグリ――
「ああーっ! アキトぉ!」
そうだった。今、この山ヒルはアキトだったのだ。しかし、気づいたときはもう遅い。薫は足を上げ、潰れたアキト――山ヒルのなれの果てを見下ろした。
死んだ、かな――?(笑)
つかさは潰れた山ヒルに駆け寄ったが、さすがに気持ち悪いので触るのはためらわれた。
「ちゅうことはや、さっき武藤はんにキスしたんも、山ヒルの習性ってことやろか?」
名探偵よろしく、寧音が先程の行動を推理した。アキトの生死に関しては完全にスルーだ。
「なるほど。そう言えば、強く唇を吸ってきたような……」
寧音の推理を裏づけるように、つかさは指先で自分の唇に触れ、同意を示す。その仕種を見て、薫は顔から火を噴きそうになった。
「感触を思い出すなっ!」
薫はつかさの頭を思い切りしばいた。元々はアキトの力――すなわち、人間離れした吸血鬼<ヴァンパイア>の力――なので、喰らったつかさは堪ったものではない。天井から金だらいどころではない衝撃に倒れて、頭から地面に埋まりそうになった。
「ひ……ひどいよ……薫ぅ……」
つかさは倒れたまま呻いた。どうやら死なずには済んだようだ。コメディで人は簡単に死なないか。ならば、アキトも多分、大丈夫だろう(ホントかよ!?)。
「い、いいこと! さっきのことは忘れなさい! でないと、今度こそただじゃおかないから!」
薫はアキトの持つ力に驚きながらも、さっきのキスのことは忘れるようつかさに要求した。薫がしようとしてしたわけではないが、みんなの前での公開ラブ・シーンという決定的瞬間を目撃されたのは恥辱の極みである。出来るものなら、その記憶をみんなから奪い去りたかった。
「徳田さん!」
「は、はいっ!?」
今度は自分が犠牲者になるのかと、寧音は身構えた。
「さっきの写真、消去して!」
寧音にはキスしているところを激写された。校内中にばらまかれる前になんとかしないと。
寧音は顔を引きつらせつつ、首から下げていたカメラを守ろうとした。
「やっぱ、アカン……?」
せっかくの特ダネだ。簡単に逃すわけにはいかない。
だが、薫が許すはずがなかった。
「ダメなものはダメ! それとも力ずくで消去してあげましょうか?」
薫は指を鳴らした。現在、ポテンシャルの高いアキトの肉体を有している薫にとって、それ自体が凶器になり得る。
寧音は泣く泣く、デジカメのデータを一斉消去した。その証拠を薫にも見せる。
「ほら、これでええんやろ?」
「結構」
と薫が寧音のカメラに気を取られているうちに、ホッとする間もなく、別の騒ぎが持ちあがろうとしていた。
「おい、そいつに近づくのは――」
見れば、美夜が山ヒルに憑かれた薫へ近づこうとするのを晶が注意しているところだった。ところが美夜はそれに構わず、突っ立ったままの薫に自ら近寄る。
すると、おもむろに山ヒルの薫が反応した。電光石火――
「美夜ちゃん!」
ぶちゅぅぅぅぅぅぅっ!
止めようとしたときは、すでに遅し。今度は美夜が餌食となった。いや、自分から望んだというべきか。唇を吸われに行った美夜を引き剥がすべく、薫は動く。その隙に、またしても寧音がこの決定的シーンを激写した。今回は美少女同士のキス・シーンである。これまた別の意味での衝撃写真だ。
「もう、みんな、面白がっていないでってば!」
すっかり自分の境遇をおもちゃにされ、薫は腹が立った。美夜と自分の身体を引き剥がす手にも力がこもる。
「離れなさい、美夜ちゃん!」
難なく引き剥がしには成功したが、美夜はキスの余韻を味わうかのように、目を閉じたまま、恍惚とした表情を浮かべていた。まだ口づけを求めているかのようだ。
「ああ、薫お姉さま……」
「………」
それを見ていたら何も言う気になれず、薫は無言で美夜を引きずった。
「桐野さん、美夜ちゃんがアレに近づかないよう、ちゃんと見張ってて」
「あいよ」
「――黒井さん!」
薫は堪りかねて、傍観者を決め込んでいるミサを呼んだ。そもそも、このハプニングを招いたのは彼女なのだ。
「私たちを元に戻して! 一刻も早く!」
「……できないわ」
勢い込む薫に対し、ミサは怖じることなく、あくまでもクールだった。ミサの答えに、薫は眉を吊り上げ、唇を震わせる。
「できないって、そんな! 私たちをこんな風に出来たんだから、戻す方法だって――」
「……残念だけど、戻し方は研究してないの」
薫は愕然とした。じゃあ、このまま薫は仙月アキトとして生活しなくてはいけないというのか? オー・マイ・ガーッ!
「う、ウソでしょ……?」
「……元へ戻す方法は知りませんが、効果持続時間が切れれば、自然に元に戻ります」
ちょっとホッとした。
「効果って……どれくらい?」
「……三十分です」
「三十分……」
長いか短いか、微妙なところだ。薫は腕時計を見た。
「ちょっと、つかさ」
薫はつかさを手招きし、他の人の目をはばかりながら、少し離れたところへ呼んだ。
「何?」
呼ばれたつかさは、顔についた土をウェットティッシュで拭きながら用件を訊ねた。ところが、薫は途端にモジモジし始める。
「あ、あのさぁ、それがその……」
薫だというのはつかさも認識しているが、見た目がアキトなので、似合わないったらない。
「気持ち悪いんだけど」
つかさが率直な感想を述べた。薫はカッとなる。
「失礼ねえ! それが女の子に対しての言葉!?」
「だって、今の薫はアキトでしょ? ――それで何なのさ?」
再度、用件を促され、薫は仕方なく、どもりながら言った。
「そ、それがさぁ……その……と、トイレに行きたいんだけど……」
「トイレ? ああ、行ってくれば。トイレはねえ、あっちの管理事務所の近くに――」
「そうじゃなくて! トイレっていうことは……つまり、その……」
薫はアキトの顔で赤面しきりだった。つかさからすると気持ち悪い。薫が言わんとしていることも理解できなかった。
「どういうこと? トイレに行きたいなら行けば――」
「だからぁ! 今の私は女じゃなくて男になっているでしょ!」
「ああ、そうか。女子トイレに入るわけにはいかないね。じゃあ、男子トイレに――」
全然、言いたいことを察してくれないつかさにイライラし、薫は髪をかきむしった。
「そういう問題じゃなくて、トイレで用を足すってことは、ナニを……その……」
「ナニ? ナニって?」
薫は自分で言いかけながら、恥ずかしさのあまり、完全に真っ赤になってしまい、これ以上、何も口にできなくなった。ただ、トイレには行きたいらしく、下半身をモゾモゾさせている。
そこまでに至って、つかさはようやく薫が抱えている問題に気づいた。
つまり、トイレで用を足すということは――下世話な話で申し訳ないが――、ズボンのファスナーを降ろし、自分でナニをつまみださないと出来ないのである(笑)。
元々が女子である薫にとって、そんなことはとてもできない相談だった。それでも切羽詰まってきている。我慢すればするほど、無性にトイレへ行きたくなった。こうなる前にトイレに行っとけよ、とアキトを呪う。
「……つかさ、手伝って」
薫は意を決して言った。
「て、手伝うって、何を?」
「だから……私の代わりに……ズボンの中から……アレを……」
最後は消え入りそうなくらい小さな声になっていた。薫の言いたいことを理解し、次に赤くなったのはつかさだ。
「ぼ、ボクが!? じょ、冗談でしょ!?」
「だって……この中で女の子じゃないのはつかさだけなんだし……」
「いやいやいや! だからって、そんなことできるわけが――」
「どうして!? 見慣れているんだし、それにいつもやってることじゃない!?」
「それは自分のだからであって、他人のに触るのはさすがに――」
「男同士ならいいでしょ!?」
「男同士でも、イヤなものはイヤなの!」
少し離れたところで何かを言い合っている二人を見ながら、晶はこの混乱した状況に呆れ返った。
「やれやれ、何やってんのかね、あの二人は? まさか、痴話ゲンカじゃないだろうな?」
「それにしても忍足はん、仙月はんの格好で身体をクネクネさせて、気色悪いなぁ」
「言えてる」
「ねえ、晶ちゃん。ありす、お腹ペッコペコだよぉ。バーベキュー、まだぁ?」
「そうだなぁ。しょうがねえから、先に始めちまおうか」
「賛成!」
晶たちは、薄情にも揉めている薫たちを放っておいて、バーベキューの準備を再開した。
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