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「“ここか”」
明邦(ミンバン)は大神の案内で琳昭館高校を訪れた。今朝、銀麗(インリィ)が予知夢で視たという校門の学校名を確認する。間違いない。ここだ。
「これからどうします?」
銀麗(インリィ)に頼まれ、ここまで案内役を務めた大神は明邦(ミンバン)に尋ねたが、彼には日本語が通じなかったのを思い出す。ここへ来る間も、ずっと無言のまま。出来れば、日本語を話せる銀麗(インリィ)が一緒に来てくれれば楽しかったのに、と大神は残念でならない。
それでも意図したことは伝わったのか、明邦(ミンバン)は人差し指で、まず自分を指してから次に学校を指した。きっと「中へ入りたい」ということだろう。
大神はうなずいた。本来なら部外者を中に入れるには許可が必要だが、何らかの事情を抱えている彼らのこと。正攻法はむしろ御法度だろう。それに、行方知れずになった小悠(シャオユウ)という少年を捜すため、そういうことになるだろうと予想していた。
今日は日曜日で、部活動のある生徒ぐらいしか学校には来ていないはずだ。誰かに見咎められたら、中国の友達が日本の高校を見学してみたいというから案内している、とでも言って誤魔化そうと、あらかじめ大神は言い訳を用意していた。
だが、そのような計画が呆気なく意味を失うことになろうとは――
「おい、イヌ」
「ひぃっ――!」
正門を通ろうとした途端、門柱の上から声がして大神は震え上がった。
いつの間にそこにいたのか。大神がこの世で一番会いたくない人物、仙月アキトが門柱の上でしゃがみ込み、訪れた二人を睥睨するようにしていた。
「あ、兄貴……っ!?」
「おい、そっちのヤツはお前の同類だろう? どういうつもりで連れて来た?」
アキトは胡散臭そうな目つきで、初めて見る明邦(ミンバン)のことを睨みつけていた。大神の隣にいるのが狼男だと気づいての発言だ。アキトの鼻は狼男の臭いを嗅ぎ分ける。
「“こいつは誰なんだ?”」
明らかに友好的ではなさそうなアキトに対し、明邦(ミンバン)も警戒心を顕わにしながら、大神に尋ねた。
すると――
「“オレは仙月アキト――中国風に呼ぶなら仙月明人(シェンユェ・ミンレイ)だ。この学校の生徒だよ。そう言うてめえは誰なんだ? この学校に何の用がある?”」
驚いたことにアキトは広東語を喋った。その事実を目の当たりにし、おったまげた大神が目を剥く。
「あ、兄貴……ちゅ、中国語、喋れるんですか!?」
「バーロー! 中国語って、簡単に一括りにするな! 今のは広東語だよ。オレはここに転校して来る前、上海(シャンハイ)で暮らしていたから、北京語ならペラペラなんだが。まあ、昔は香港(ホンコン)にもいたことがあるしな」
アキトは器用に日本語と広東語を切り替えていた。まさか、そんな特技があろうとは。
「“オレは仲間を捜しに来た。まだ十歳の子供だ”」
アキトが広東語を話せると分かり、明邦(ミンバン)は事情を説明した。言葉の通じない大神よりも、こちらの意思を伝えられると考えたからだ。
しかし、その明邦(ミンバン)の判断は誤りだったと言わざるを得ない。
「“子供だって? そいつもお前と同じ狼男なのかよ?”」
「“なっ――!?”」
自分たちの正体がバレていることに明邦(ミンバン)は戦慄を覚えた。普通の高校生が狼男の存在を知っているはずがない。
「“貴様、何者だ!? ――まさか吸血鬼<ヴァンパイア>か!?”」
「“だったら、どうだってんだよ?”」
サッと表情を強張らせた明邦(ミンバン)は、アキトとの距離を取るように飛び退いた。どうやら闘う意思表示らしいとアキトは受け取る。
「“オレが吸血鬼<ヴァンパイア>と知って、急にやる気になったみてえだな”」
「“……吸血鬼<ヴァンパイア>は敵だ”」
香港から逃げ出す原因を作ったのは別の吸血鬼<ヴァンパイア>だが、今の明邦(ミンバン)にとってはアキトも同類である。この場に銀麗(インリィ)がいれば止めに入っただろう。しかし、吸血鬼<ヴァンパイア>と遭遇した以上、闘わずにはいられない。
アキトは門柱の上で立ち上がった。
「“まあ、そういう歴史になっているのは認めるが、ケンカを吹っ掛けた相手が悪かったな。よりにもよって、このオレとは。てめえに恨みはねえが、こっちもせっかくの休日に呼び出されてイライラしてんだ。憂さ晴らしをさせてもらおうか!”」
明邦(ミンバン)の挑戦を受けることにしたアキトは先制攻撃を仕掛けた。門柱からの飛び蹴りだ。
子供のヒーローごっこみたいなキックは難なく躱された。しかし、それも想定済み。アキトの真骨頂は相手との接近戦にある。
着地したアキトの背後に明邦(ミンバン)が回った。すかさず頭部を狙ったハイキック。気配を察知したアキトが頭を倒すようにして回避する。キックは空振りに終わったが、風圧で髪の毛が乱れた。
「おおっと、危ない!」
おどけたような声を出したアキトだが、今のキックにはキレがあった。たったの一撃だけで同じ狼男の大神よりも強いと力量を評価する。何か格闘技の心得でもありそうだった。
「“逃がさん!”」
明邦(ミンバン)は次々とキックを繰り出した。それもすべてハイキック。軸足を左右交互に切り替えながら鋭い回し蹴りがアキトを襲う。
それらを後退りしながらアキトは躱した。と同時に相手の攻撃を観察する。明邦(ミンバン)のハイキックによる連続技は空手などの拳法というより、何処かリズム感があり、まるでカポエラのようだと感じた。
カポエラ――或いはカポエイラは、ブラジルの奴隷たちが手の自由を手枷によって奪われた状態で編み出した格闘術だ。まるでダンスでも踊るかのように、蹴りやアクロバティックな動きで相手を攻撃する。
明邦(ミンバン)もまた、手を用いた攻撃は一切せず、変幻自在の蹴りばかりで攻撃を組み立てていた。しかも連続性があってスピードも一級品である。なかなかアキトから反撃するような隙を見つけることは出来なかった。
「まったく、そんなにクルクル回って、目を回さないのかよ? そろそろ、こっちも手出しさせてもらおうか」
間断のない攻撃にやむなく守勢に回っていたアキトだが、それにも辟易したらしい。一転、自ら前へ出た。
そこへ明邦(ミンバン)のハイキックが――
「攻撃が止まらねえなら、こっちで止めてやるぜ!」
アキトは左から攻撃に対し、頭部へのガードを固めた。明邦(ミンバン)の蹴りをこれで受け止めるつもりだ。
だが、明邦(ミンバン)もアキトの意図を察知していた。瞬時にキックの軌道を頭からボディへと変化させる。当たれば、あばら骨の三、四本を粉砕していただろう。
次の刹那、アキトはガードを下げていた。頭部を守ろうとすれば、ボディを狙うだろうとの読みだ。それは見事に的中した。
左の脇腹を狙った攻撃は、アキトの右手と左手に挟まれるような格好で止められた。すぐさま足首をつかむ。これで明邦(ミンバン)は動けぬはず――
「どうだ、これで――ッ!?」
やったと思ったのも束の間、死角になった右下からの蹴りが襲い、アキトは自分の目を疑った。回し蹴りで使っていた軸足が飛んで来たのだ。慌ててつかんでいた足首を離し、腕一本でガードする。
回し蹴りに比べれば、威力は大したことのないものだった。しかし、お蔭でようやく捕まえた相手を逃す結果になり、アキトはほぞを噛む。離脱に成功した明邦(ミンバン)は再び間合いを取っていた。
「“さすがにやるな”」
明邦(ミンバン)は両足を開き、腰をグッと落とした姿勢で、身体をゆらゆらと左右に揺らし始めた。服装がヒップホップ系のせいもあるが、まるでダンスでもしているかのようだ。
アキトは面白くなさそうな顔つきで、ひとつ唾を吐いた。
「“てめえに褒められても嬉しかねえよ”」
「“だろうな。こっちも早く貴様をぶちのめし、仲間を捜したいところだ”」
「“おいおい、ふざけんな。誰がオレをぶちのめすって? それはこっちの台詞だ。次こそ、てめえの攻撃を止めて、一発喰らわせてやるぜ!”」
右手で握り拳を作り、アキトは逆襲を宣言した。
すると明邦(ミンバン)は被っていたキャップに触れると、くるりと鍔の向きを反対にした。
「“もうオレの攻撃を見切ったつもりか? こっちはまだ実力の半分も見せちゃいないってのに”」
「“何だと?”」
「“これを止めたら、お前を認めてやる。――見ろ! 《暴れ独楽》だ!”」
おもむろに明邦(ミンバン)は逆立ちした。そのまま激しく両手を入れ替えるようにして身体を回転させてゆく。まるでブレイクダンスみたいだ。
そう言えば、カポエラはブレイクダンスに多大なる影響を与えたとされている。
逆立ちによる回転は次第に信じられないスピードへと達した。いみじくも明邦(ミンバン)が名付けたように《独楽》と呼ぶにふさわしい。まさに《人間独楽》――いや、狼男だから《人狼独楽》だ。
「マジかよ……」
見ていたアキトは呆気に取られた。今や明邦(ミンバン)の姿はまったく確認できず、何らかの物体が超高速で回転しているようにしか見えない。
ギュィィィィィィィン!
それは人間大の《独楽》となってアキトに向かって来た。
「どわっ! うひーっ!」
突進して来る巨大な《独楽》をアキトはひたすら避けた。あんなものに衝突したら、走って来た自動車に轢かれるも同然だろう。いや、むしろ回転がある分、それ以上の殺傷能力があるかもしれない。
自動車と違って厄介なのは、明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》は非常に小回りが利くという点だ。わざわざ《暴れ》と冠しただけのことはある。その動きは不規則で、躱そうとしても瞬く間に追い詰められてしまう。
バチィィィン!
「うわぁぁぁぁぁっ!」
ついにアキトが捉まった。衝突と回転により大きく弾き飛ばされる。明邦(ミンバン)の回し蹴りを一瞬にして何十発も喰らったようなものだ。
「くうっ……!」
地面に倒れたアキトはすぐに起き上がれなかった。
「あわわわっ……ど、どうしよう……?」
そんなアキトの姿を見て、大神はどうすればいいのか分からなかった。アキトを心配したわけではない。すでに明邦(ミンバン)の仲間として見られているだろうし、今後、自分にどんな仕返しが来るかを想像しただけだ。
再び明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》がアキトへと迫った。このままでは拙いと、アキトは力を振り絞り、懸命に立つ。ぶつかる寸前、空中への跳躍で逃れた。
だが――
「“愚かな!”」
吸血鬼<ヴァンパイア>であるが故の身体能力の高さからジャンプを選択したアキトであったが、それはむしろ明邦(ミンバン)にとって恰好の的だった。地上を動き回っていた《暴れ独楽》も弾かれたベーゴマみたいに宙を飛び、アキトに肉薄する。
「――っ!?」
苦し紛れだったとはいえ、アキトが自分の行動の誤りに気づいたときは手遅れだった。
「うあああああああっ!」
何処にも逃れようのない空中で、明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》が無防備なアキトの背中を直撃した。
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