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一時限目の授業が終わると、薫は早速、スマホをチェックした。母の舞衣からメールの返信が届いている。
「つかさ!」
薫は前の席にいるつかさの背中を叩くと、一緒に来るよう促し、授業の前と同じく教室から外のバルコニーへ出た。
「おばさんから!?」
どんな返信があったのか、つかさは尋ねようとした。言われるまでもなく、薫はメールを開く。
『ユウくんがいなくなった』
内容は短い文面が一行あるだけだった。
「いなくなったって、どういうことなのよっ!?」
薫はスマホに向かって叫んだが、もちろん返事をするわけがない。
詳細を聴くべく、薫は母にかけた。今度はさっきと違い、すぐに応答がある。
『もしもし?』
「ママ? ユウくんがいなくなったって、どういうことなの!?」
『それが……私にもどういうことなのか、よく分からないのよ』
母の声からは当惑が感じられた。
「いつの間にか、いなくなっていたってこと?」
『ええ……あなたたちが学校へ行ったあと、あの子は昨日と同じようにリビングでゲームして遊んでたんだけど、私が朝食の後片付けや洗濯物を干している間にいなくなったみたいで』
「それで?」
『そのうち、警察の方が迎えに来たんだけど、そのときになってようやくいなくなっていることに気づいたってわけ。それから警察の方と手分けして近所を捜し回ったけど、ダメだったわ』
さっき電話に出なかったのは、そういうドタバタした事態があったためか。
「なぜ、いなくなってしまったのかしら……?」
『分からないわ。おかしな様子は何もなかったはずだし……今も警察が捜してくれているけど。とにかく見つかったら、こっちにも連絡があると思うから、メールで教えるわね』
「うん、分かった」
『くれぐれも学校を抜け出して捜しに行こうだなんて、馬鹿な考えは起こさないように。いいわね、薫?』
「うっ……」
見抜かれていた。とっさに欺く言葉が出て来ず、否定できない。
『それじゃあ』
母との通話は切れた。会話中、自らもスマホに耳を近づけていたつかさは、心配そうな顔の薫を見て気遣う。
「大丈夫?」
「大丈夫……って言いたいけど、心配だわ。言葉も通じず、土地勘だってないとすれば、ユウくんはどうして家から出て行っちゃったのかしら?」
「うーん……ひょっとして、心細かったのかな?」
「心細い?」
「うん。親切にしてくれた薫が学校に行ったんで、それで」
「そんなこと言ったって」
「もちろん、薫が悪いわけじゃないよ。――それよりの隣のB組の教室を覗いてみない? すでに大神くんが来ているかも」
次の授業まで、あまり時間は残されていなかった。二人は一年B組の教室へ行ってみる。
「いる?」
B組には大神の他に誰も知り合いがいないので――本当は木暮春紀という少年がいるのだが、彼は長い入院生活を送っている――、誰にも声をかけず、そっと教室の中を窺った。
「ダメだ、いないみたい」
つかさは落胆した。大神も、まだ登校していないアキトも、どうしてしまったのだろう。
ふと、つかさの知らないところで何かが進行しているような不安を覚えた。彼らが普通の高校生であるならまだしも、吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男である。いつものように事件に巻き込まれているか、或いは引き起こしているのかも知れない。
しばらく廊下で大神が来るのを待ってもみたが、結局、そのまま二時限目の授業開始を告げるチャイムが鳴ってしまった。
仕方なくつかさたちは教室へ戻った。こうして授業を受けることしか出来ないのがもどかしい。何かが自分たちの身の回りで起きているはずなのに、それが明瞭にならず、言い知れぬ不安ばかりが膨らんでしまい、息苦しささえ覚えてしまう。
「ねえ、あの子、誰?」
「一緒にいるのって、ウチのクラスの仙月と生徒会長の待田先輩よね?」
「やだ、あの二人って一緒に登校するような仲なわけ?」
「まっさかぁ! それこそ月とスッポンじゃないの!」
席につきかけたところで、そんな会話がバルコニーから聞こえてきた。担当教師が来ないのをいいことに、まだバルコニーでお喋りしていた女子生徒たちだ。何やら校門の方を指差している。
「何で小学生が一緒なのかしら?」
「二人の子供とか?」
「バカじゃないの? んなわけ、あるはずないでしょ!」
「ひょっとして、迷子なんじゃない?」
「だったら、交番へ連れて行くべきだと思うけど」
いちいち出て来る単語がどうしても気になってしまい、つかさと薫はバルコニーへ見に出た。
彼女たちが話していたように、そろそろ二時限目の授業が始まろうとする時間にもかかわらず、慌てる風もなく登校して来る高校生の男女と小学生のような男の子の姿に、二人は目を見張った。確かにアキトと沙也加、そして――
「ユウくん!」
薫は大きな声を出していた。側にいたクラスメイトたちが驚く。それに構わず、薫は三人に向かって手を振った。すると向こうもこちらに気づく。男の子が手を振り返した。
「やっぱりユウくんだわ!」
「ちょ、ちょっと、薫!?」
つかさが止める間もなく、薫はバルコニーから教室、さらに廊下へと飛び出して行ってしまった。やむを得ず、つかさも追いかける。
「忍足、武藤、何処へ行く!? もう授業が始まるぞ!」
次の二時限目の教科担当である日本史の教師が、廊下で擦れ違ったつかさたちを見咎めた。薫は返事もせず、そのまま走って行ってしまう。つかさは「ヤバい」と思ったが、戻って授業を受けている場合ではない。
「ごめんなさい、先生」
一言、教師に謝罪をして、つかさは走るスピードを緩めることなく、薫の背中をひたすら追った。昇降口で靴を履き替え、外へ飛び出す。
「つかさ?」
「どうしたの、あなたたち」
校舎から出て来た二人を見て、アキトも沙也加も何事かと驚いた様子だった。
それに構わず、薫はと言えば一緒にいた少年へと一直線。
「ユウくん! もう心配させて!」
薫は涙さえ浮かべそうな顔でユウ少年を抱きしめた。その瞬間、少年もホッとしたような安堵の微笑みを見せる。
「かおる……おねえちゃん……」
拙い発音だったが、ユウ少年は確かに薫の名前を呼んだ。この二、三日の間、一緒に生活するうちに片言ながら覚えたのだろう。薫はつい嬉しくなり、さらに強くユウ少年の身体をギュッとする。
「何で急に私の家からいなくなっちゃったりしたのよ!? 大人しくしてなきゃダメじゃない!」
名前は呼ぶことは出来ても、まだ薫の日本語までは少年も理解していないようだった。ただ、薫にはすっかり懐いたようで、なかなかハグをやめようとしない。それは薫も同様であったが。
「何なんだ、これは?」
目の前で見せつけられた思いもよらない展開に、アキトがつかさに事情の説明を求めた。ここまで全力疾走だったつかさは、まず息を整える。
「先週、行き倒れていたこの子を薫が自宅で保護したらしいんだ。それが今朝、いなくなったってんで騒ぎになったものだから」
「でも、こいつは普通のガキじゃねえぞ」
「えっ?」
普通ではない、とは、どのような意味だろう。何かの聞き間違えかもしれないと思い、つかさはアキトに尋ね返した。
その刹那、強い風が吹いて来たので砂埃が舞い上がり、全員、顔を背けて目をつむった。
風が通り過ぎてから、もういいだろうと見計らい、瞼を開けてみると、そこにはいつの間にか現れた見知らぬ少年が二名――
いや、アキトだけは、そのうちの一人に見覚えがあった。
「てめえ……!」
「“また、お前か”」
昨日、アキトに土をつけた明邦(ミンバン)が、いささかうんざりしたような表情で見つめていた。
隣にいるもう一人は初めて見る顔だったが、アキトの鼻は同じ狼男であることを嗅ぎ分ける。
「“――すまない、耀文(ヤオウェン)。疲れただろう? ここはオレに任せて、お前は少し離れたところで休んでいろ”」
年下らしき少年を明邦(ミンバン)は気遣った。耀文(ヤオウェン)と呼ばれた少年は、確かに消耗しているらしく、言われた通りに引き下がる。
この場で、このやり取りを理解できたのは、アキトともう一名しかいなかった。広東語がさっぱりのつかさたちには、何が起きているのかさえも分からない。
「“仲間のお迎え、というわけか”」
アキトが、薫と抱き合ったままのユウ少年と明邦(ミンバン)の間を油断なく視線を動かしながら言う。すべて見透かされてはいたが、明邦(ミンバン)から余裕の態度が失われることはなかった。すでに一度、勝っているからだろう。
「“今度は多くの観衆の前で無様をさらすつもりか? 邪魔さえしなければ、お前と争う気はこちらにない”」
「“うるせえ。やられっぱなしで、おめおめ引き下がれるかってんだ!”」
「“安っぽいプライドにこだわるつもりか?”」
「“悪いか! こっちはやり返さなきゃ気が済まないんだよ!”」
アキトは攻撃の姿勢を取った。明邦(ミンバン)も闘いは不可避と思ったのだろう。いつでも対応できるよう腰を落とす。
会話の内容も把握できぬまま、いきなり一触即発の事態になったことに、つかさたちは戸惑いと焦りを禁じ得ない。
「ちょ、ちょっと、アキト! この人たちは何なの? どうして、そうも敵意剥き出しなわけ?」
「つかさ、危険だから下がっていてくれ。こいつとは決着をつけなくちゃならねえんだ」
「だから、その理由を尋ねてるのに!」
それ以上はアキトも闘いに集中しており、もう答えは返って来なかった。
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