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WILD BLOOD

第20話 香港人狼少年団

−14−

「“今日はあまり時間もかけていられないんでな。悪いが、最初から奥の手を使わせてもらう”」
「“上等だ! かかって来やがれ!”」
「“行くぞ! ――《暴れ独楽》!”」
 明邦(ミンバン)はおもむろに倒立すると、両手を位置の激しく入れ替えながら、その場で回転をし始めた。見る間に回転スピードが上がる。
「こ、これは――!?」
 とても人間業とは思えないスピードに、明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》を初めて見るつかさは、驚愕すると同時に警戒した。これでも一応、《天智無源流》の継承者だ。
「アキト、気をつけて!」
「分かってらぁ!」
 一人の人間が巨大な独楽と化す。これぞ徐明邦(シュ・ミンバン)の《暴れ独楽》――
 ギュウウウウウン、という回転する音が次第に高くなっていった。予測不可能な《暴れ独楽》の挙動を注視しながら、唇を舐めてアキトは待ち構える。
 すでに回転は最高点へと達したのだろう。明邦(ミンバン)はアキトへと仕掛けた。
 ウィィィィィン!
「ちぃっ!」
 真正面から受けるわけにいかず、アキトは横へ飛び退いた。が、《暴れ独楽》もまた、すぐさま方向を変え、アキトへ迫ろうとする。
 出たとこ勝負で明邦(ミンバン)との再戦に挑むことにしたアキトだが、未だ《暴れ独楽》を打ち破る策はない。とりあえず攻撃を躱すことしか出来なかった。これでは前回と同じだ、と正直、歯痒さを禁じ得ない。
「“どうした、最初の威勢の良さは? 逃げ回るだけじゃ、勝てやしないぞ!”」
「“そんなもん、百も承知だ!”」
 せせら笑うような明邦(ミンバン)の挑発に、アキトは怒鳴り返したが、その後も手出しが出来るような隙は見当たらず、ひたすら回避し続けるしかない。
 いきなり目の前で勃発した対決に、つかさはアキトがやられやしないかとハラハラした。
「あ、アキト……」
 もう中国語を話す相手の少年が普通の人間でないのは明らかだ。何らかの武道の達人という可能性も捨て切れないが、いくら鍛錬を積んだにしても、逆立ちをして独楽のように高速回転するなど、身体能力がずば抜けているどころの話ではない。
 おそらくは吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトと同様の、何か異形の存在に違いない、とつかさは想像した。
「な、何なの……これは……?」
 人間が独楽みたいに回り、それに立ち向かおうとするアキトの姿に、その場にいた薫も沙也加も茫然とした。常識が通用しない光景を目の当たりにしたのだから無理もあるまい。しかも二人はアキトの正体について秘密にされていた。
「“どうやら、逃げ回ることだけは上達したみたいだな”」
「“お褒めに与(あずか)って光栄だ”」
「“へえ、まだ余裕があるみたいじゃないか。――なら、これでどうだ!”」
 明邦(ミンバン)はさらに《暴れ独楽》の回転度数をアップさせた。まだ限界ではなかったらしい。まるで電動の円盤ノコギリが発するような音に、アキトは舌を巻いた。
 逃げ回っているうちに、明邦(ミンバン)が疲れるか目を回すかして、独楽の回転が鈍ることに期待をかけていたが、どうやら、それも見込めそうにない。そう言えば、プロのフィギュアスケーターはいくらスピンをしても目を回さないと聞いたことがある。
 どうやら素手で闘うのは無謀だと判断し、アキトは明邦(ミンバン)の攻撃を躱しながら、何か得物になりそうなものはないかと探す。
 そうやって逃げ回っているうちに、アキトは徐々に昇降口の近くから自転車置き場へと追い詰められた。生徒が乗ってきた多くの自転車が整然と並んでいる。
「これなら、どうだ!」
 苦し紛れに手近な自転車をひっつかむと、アキトはそれを明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》に向かって投げつけた。
「“そんなもので!”」
 ガシャン!
 自転車は直撃したものの、呆気ないくらい簡単に弾き返されてしまう。逆に、投げたアキトの方へ飛んで来た。
「どわっ!」
 アキトは慌てて身を屈めた。頭の上をひしゃげた自転車が掠めていく。そのまま校舎の外壁に激突し、派手な音を立てた。
「ひえ〜っ、危ねえ……」
 肝を冷やしながら、アキトは壊れた自転車を振り返った。ボディがあらぬ方向に曲がっていて、何処となく大きな知恵の輪を彷彿とさせる。
「“お前もこうしてやる!”」
 自転車如きでは回転を止めるには至らず、明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》に揺らぎはない。アキトは他の自転車を薙ぎ倒しながら、どうにかして敵との距離を取ろうとする。
「“逃がすか!”」
 倒れた自転車を飛び越え、《暴れ独楽》はアキトへ迫ろうとした。それを再び伏せるようにして、やり過ごす。
「アキト!」
 心配したつかさや薫たちが自転車置き場に駆けつけた。明邦(ミンバン)と一緒に来た耀文(ヤオウェン)という少年もいる。
「くっ……」
 アキトは自転車が将棋倒しになっている中、立ち往生していた。とっさに逃げようにも足の踏み場がない。
 ところが明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》も、すぐには襲いかからなかった。ずっと一定の距離を保ったまま、回転を続けている。
 そのことに、アキトは「おっ」と気づいた。
「“どうした? オレにトドメを刺さないのか?”」
「“………”」
「“したくても、出来ない――そうなんだろ?”」
 不敵に笑いながら、アキトは足下に倒れていた一台の自転車を持ち上げた。
 その一瞬の隙を衝き、宙を飛んだ《暴れ独楽》がアキトを襲う。
「“だと思ったぜ!”」
 その攻撃が来ることをアキトは読んでいた。
 するとアキトは自転車を持ち上げたままだというのに、何と真上へと跳躍する。驚くべきことに、その高さは校舎の二階ほどにまで達した。
 明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》は空振りとなり、アキトの下を虚しく通過する。その行方をアキトは目で追っていた。
「“そこだ!”」
 何かを見切ったアキトは、身を捻りながら自転車を投げた。明邦(ミンバン)に、ではない。《暴れ独楽》が着地する予想地点へと。
「うわぁぁぁっ!」
 それはほとんど、つかさたちギャラリーへ向かって投げられたのと等しかった。アキトの暴挙に驚きながら、つかさは沙也加を、薫はユウ少年をかばうようにして逃げる。投げられた自転車が、ガシャンと地面に叩きつけられた。
 そこへちょうど、《暴れ独楽》が突っ込みそうになった。その寸前、独楽の軸足となっていた明邦(ミンバン)の両腕が広げられ、それがブレーキとして働き、急に回転が減速する。
 自転車の上に落下する直前、明邦(ミンバン)は片腕一本で衝撃を和らげ、逆立ちから普通の状態へと戻りながら安全に着地した。
 すなわちそれが、これまで手の付けようがなかった明邦(ミンバン)の《暴れ独楽》をようやく止めた瞬間だった。
 とうとう相手の得意技を破ることに成功し、アキトは誰もが見てもムカつくくらいのドヤ顔を作っていた。
「“へっへっへっ、どうだ! オレ様の頭脳プレーは?”」
「危ないじゃないか、アキト!」
 せっかく決めているところで、つかさが抗議の声を上げた。ぎゃふん、と有頂天になりかけていたアキトは盛り上がった気分を台無しにされる。
「何だよ、つかさぁ。大きな声でぇ――」
「こっちに自転車を投げつけるなんて、どういうつもり!?」
「そうよ! 当たったら、どうすんのよ!?」
 まだユウ少年を守るようにしている薫もつかさに賛同した。味方だと思っていたクラスメイトたちからの非難に、アキトはカチンとせずにいられない。
「あれはオレの作戦だ! 見てなかったのかよ!?」
「こっちは危うくぶつかりそうになって、それどころじゃなかったわよっ!」
「そうだよ! ――あっ……! ま、待田先輩……だ、大丈夫ですか?」
 身を挺して沙也加をかばおうとしたつかさは、まだ憧れの先輩の身体へ触れていたことに気づき、純情にも赤面してしまった。
「え、ええ……大丈夫よ」
 顔色こそ青ざめていたが、沙也加はつかさにうなずいた。よかった、とつかさはホッとする。
「まったく、どいつもこいつも……」
 つかさは沙也加を、薫はユウ少年を大事にしていて、アキト一人が除け者にされたような不満を覚えていた。こういうときの腹いせは、敵へ向けるに限る。
「“残念だったな。お前の技は破れたぜ”」
「“何を……?”」
 相対する明邦(ミンバン)は、まだ無傷だ。勝負が決まったとは言えない。
 だが、すっかりアキトは「オレ最強」の自信を取り戻していた。
「“もう通用しねえぜ、あの技は。見破っちまえば、何てことはねえ。独楽の回転には、ある程度の平らな地面が必要になる。こんな乱雑に倒された自転車の上じゃ、回転も移動も出来やしねえってわけだ”」
「“………”」
「“だから邪魔な自転車を避けるため、オレに飛びかかって来たんだろうが、その攻撃を躱し、逆に着地点の確保をお前にさせなきゃ、そのまま自爆に終わる可能性もある。まあ、瞬時の対応で、それを回避したことは見事だと認めてやるけどよ”」
 まるで勝ち誇ったかのようにアキトは喋った。単なる偶然の産物だというのに。
 それでも宿敵の吸血鬼<ヴァンパイア>に嘲られ、明邦(ミンバン)の表情が憤怒に歪む。
「“それがどうした!? たかが、ひとつの技が破られたくらいで――”」
「“あれっ? 自分で『奥の手』とか言ってなかったか? ――なら来いよ。これから、たっぷりと教えてやるぜ。お前とオレの実力の差ってヤツを”」
「“ほざけっ!”」
 明邦(ミンバン)は《暴れ独楽》を使わず、まともにアキトへ殴りかかった。アキトはまたしても一台の自転車を持ち上げると、それを盾にする。明邦(ミンバン)の拳は邪魔な自転車によって阻まれた。
「“くっ……!”」
 その刹那、アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>らしい残忍な笑みを浮かべた。
「“組み付いちまえば――こっちのもんなんだよ!”」
「“――ッ!?”」
 わざと持っていた自転車を明邦(ミンバン)へ預けるようにすると、アキトは無防備になった相手の脇腹へ、反撃の狼煙(のろし)を上げる膝打ちをめり込ませた。


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