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WILD BLOOD

第20話 香港人狼少年団

−18−

 つかさとアキトがミサのあとに付いて向かったのは、校舎の二階にある生物室だった。やはり、ここか、とつかさは思う。ほとんどの学校関係者は知らないが、ここは黒魔術研究会――通称“黒研”の部室として使われている。
「窓のカーテンを閉めて」
 ミサに言われたつかさは、負傷したアキトを適当なところに座らせると、窓に近づいた。そこからだと、ちょうど先程までいた自転車置き場が見下ろせる。さっきの騒ぎに気づいた教師数名が駆けつけ、現場の惨状に驚いている様子が窺えた。
「黒井さんの言う通り、あそこにいたままだったら、先生たちに見つかって、根掘り葉掘り、事情の説明を求められていたかも」
「あの場から離れて正解だと分かってもらえたかしら?」
「でも、だったら、待田先輩も一緒に……」
 一人で現場に残された沙也加は教師たちから質問攻めに遭っているようだった。時間を一時停止させる砂時計の効果はもう切れたのか、沙也加も普通に動けるようになっている。
 とはいえ、自分の目で見ても信じられないようなことを第三者に伝えるのは難しいはず。沙也加は教師たちに説明しているようだったが、独楽のような蹴りを繰り出す少年や念動力(サイコキネシス)など、どうせ簡単には信じてもらえまい。
 つかさは沙也加が気の毒に思え、心が痛んだ。あれでは孤立無援ではないか。やむを得なかったとはいえ、ミサに言われるがまま、置いてきたことを後悔する。
「武藤くん、分かって頂戴。待田先輩には悪いけど、目撃者が一人だけなら、その証言の信憑性は疑わしく思えるものよ。事実をありのままに説明しても、頭の固い教師たちは納得しないでしょう」
 確かに特殊な力を持つ少年たちの話をしたところで、夢か幻でも見たのだろうと片づけられるのがオチだ。常識という固定観念がある限り、突拍子もない出来事が真実であるなどと結論付けることはないだろう。
 沙也加にとっては理不尽かもしれないが、何が起きたのかを曖昧にしておくことは、アキトの正体が吸血鬼<ヴァンパイア>であるのを隠すことにも繋がる。結果的なものを考えるなら、その方がいいのかも知れない。
「それに、ここのことを知っているあなたたち二人はともかく、新たに秘密を知る人物をこれ以上は作りたくなかったから。――それより早くカーテンを」
「あ、うん」
 ミサに促され、つかさは後ろ髪を引かれる思いでカーテンを閉める。心の中で沙也加に詫びを入れながら。
 つかさが窓側を、ミサが入口側の黒い遮光カーテンを閉めると、部屋の中は暗闇に閉ざされた。一切の光は存在せず、常人の目には何も見えない。
「……そのまま動かないで。今、明かりを点けるから」
 つかさは暗闇の中で待った。しばらくするとマッチを擦る音がし、ロウソクに火が灯される。
 ぼうっ、と部屋の中が明るくなった。その途端、つかさはギョッとしてしまう。
「ち、ちょっと……これって……」
 生物室にはカエルやヘビのホルマリン漬けに、蝶やカブトムシの昆虫標本などが飾られていたはずだが、いつの間にか水晶玉や髑髏の燭台、並べられたタロット・カード、床に描かれた六芒星など、魔術道具が代わりに室内を埋めていた。
 つかさもアキトも一度来たことがあるが、そのときよりも生物室の面影がまったくない。いや、そんなことよりも、カーテンを閉めただけで全然別の部屋が出現するとは、いったい、どういうからくりなのか。
「いろいろ物が増えてきたので、“黒研”の部室である間、生物室の物は片づけることにしたの。より私好みにリフォームした、と思ってもらっていいわ」
 ミサは事もなげに答えた。
「……片づけたって、何処へ?」
「それはもちろん、こことは異なる世界であるアストラル界に――」
「あっ、いえ、やっぱり説明は結構です……」
 どうせ聞いても理解できないだろう、とつかさはミサの説明を遮った。何しろ、魔女のすることだ。それよりも、これからのことを考えなくてはならない。
「……何が起きたのか、説明してもらえないかしら? 多分、昨日も来た彼絡みのことだとは思うけど」
「昨日も来たって……?」
 事情を呑み込めないつかさはミサに尋ね返した。
 すると代わりに答えたのはアキトだった。
「――あの独楽男、昨日もここへ来たのさ」
「えっ、だって昨日は日曜日だったのに、どうしてアキトがそのことを……?」
「せっかくの休日を満喫していたら、オレは強制的に召喚されたんだよ。そこにいる“魔女”に」
「……私のタロット占いに不吉な予兆が出たものだから……これは対抗手段を用意しなくてはと考えて……『目には目を、歯には歯を』ってことね。だから召喚させてもらったわ」
「それって――」
 明らかにあの少年たちは普通の人間ではなかった。アキトや大神と同種――すなわち人外の存在だ。ミサがそれにぶつけようと思ったということは、アキトの正体についても勘づいている、ということにならないか。
 ――さすがは“琳昭館高校の魔女”。侮るべからず。
「ヤツはなぜか大神の野郎と一緒で、すぐに同類だなと、この鼻が教えてくれた」
「大神くんと? 以前からの知り合いか何かなのかな?」
「さあ、な。それは分からねえけど、あの独楽男は自分の仲間を捜しているようだった。その場所というのが、なぜ、この学校だったのか、偶然で片づけられる話じゃないが」
「何らかの情報を得たか……或いは予知や託宣によるものじゃないかしら?」
 ミサが自分の考えを口にした。オカルトめいた話に、アキトはうんざりしたような顔をする。
「仲間……てことは、あのユウくんがきっと、その捜していた仲間……だから、大神くんは……」
「お、おい、つかさ? どうした? それにその『ユウくん』ってのは?」
「あの男の子の名だよ。もっとも、言葉が通じないから、ちゃんとした名前は分かってなくて、薫がそう呼んでただけなんだけど」
「そうだ。薫のヤツがあいつを保護して、うんたらかんたらって言ってたよな?」
 すっかり戦いで失念していたことをアキトは思い出す。
「うん。薫が行き倒れていたあの男の子を助けて、自分の家で保護したんだけど、今朝、姿を消したって大変な騒ぎになっていたんだ。そうしたら、この学校に現れたもんだから――それより、どうしてアキトと待田先輩はあの子と一緒に?」
「それは、ここへ来る途中、二人で歩いているのを見かけたからさ。あいつら、偶然、出遭ったらしい。その後、一緒にくっついて来るから、そのまま学校まで行くつもりだったんだと。オレはあのガキの正体に気づき、裏に何かあると睨んだが」
「薫の家から逃げ出した男の子が、なぜ待田先輩と一緒に……あっ、そうか! 先輩の制服を見て、一緒に行けば薫のいる学校に着けると思ったんだ!」
「なるほど。それで薫と再会し、その上、お仲間のお出迎えがあった、というわけか」
「ユウくんの仲間たちは、ずっとここを見張っていたのかな?」
「いや……あのとき、あの足の速いヤツが駆けつけて来たろ? あれは別の所にいて、急いで来たって感じじゃねえか?」
「じゃあ……」
「大神のイヌ野郎だろ。あのガキの居場所をヤツらに教えたのは」
「やっぱり、最初から大神くんの目的は、あの男の子を捜すことだったんだね。でも、あの子のことについて、大神くんはあまり詳しくないみたいだった」
「ん? 何でそんなことがお前に分かるんだよ?」
「大神くんに頼まれていたんだよ。あの男の子を捜す手伝いをしてくれないかって――アキトには内緒でね」
「なっ――あの野郎……!」
「別に、それに関しては悪いことじゃないと思うよ。大神くんとしては人助けのつもりだったんじゃないかな? ――それより、アキトはどうして彼らと争いに? いくら何でも短絡的過ぎやしない? 何かされたってわけでもないんでしょ?」
「そ、それは……」
 アキトは言い淀んだ。 
「……負けたからよ。ねえ?」
「えっ?」
「――てっ、てめえ、この腹黒魔女! 余計なこと言うんじゃねえ!」
 ミサにばらされ、アキトは気色ばんだ。吸血鬼<ヴァンパイア>が狼男に敗北を喫したなど、ただでさえ不名誉極まりないというのに、それをつかさに知られてしまおうとは。出来れば秘密にして、墓場まで持って行きたかった。
「……昨日、自らケンカを吹っ掛けて返り討ち……それはもう見事なくらいに」
「………」
「で、今日はちゃんと借りを返せたのかしら?」
「当たり前だ! オレを誰だと思っていやがる!? このオレが同じヤツに二度もやられたりするもんか! 今日だって、あのガキさえいなきゃ――」
「――そうだ! 薫だよ! 薫をどうにかしなくちゃ……どうして薫は連れ去られたりなんか……」
 急に心配が込み上げて、つかさは顔色まで悪くなっていた。
「見かけによらず、女子高生好きのマセガキだったか? ――まあ。そう心配すんなって、つかさ。このオレが必ず救い出してやるからよ!」
「……そんなボロボロの状態で安請け合いしていいのかしら?」
「うるせえっ!」
 ミサの冷たい視線にアキトは怒鳴り返す。確かに掠り傷とは言えない怪我だが、吸血鬼<ヴァンパイア>の回復力なら一時間程度で支障なく動けるようになる。
「でも、何処へ連れ去られたのか、場所が分からないんじゃ……」
「それについては、こいつに任せるさ」
 アキトはミサに向かってニヤリとする。やれやれ、とでも言いたげにミサは嘆息した。
「……しょうがないわね。今回は忍足さんの身の安全に関わる問題でもあるし」
 そう言って、ミサはタロット・カードを手に取った。慣れた手つきでシャッフルする。
「方角は鬼門の北東……それは昨日の占いからも間違いない、と……あとは具体的な地名ね……」
 ミサはカードを一枚めくった。それは正位置の――
「……“塔(タワー)”か。やはり、あそこのようね」
「おい、場所が分かったのかよ?」
「ええ」
「勿体ぶってねえで教えろ!」
 ミサは手首を返し、“塔(タワー)”のカードをアキトたちに見せた。
「……ここよ」
「ここよって、てめえ……!」
 呑気にクイズをしている場合ではない、とカードを見せられても分からないアキトは癇癪を起こしそうになる。
「塔……高い建物……高層ビル……或いは都庁……」
 片や、カードから受けたインスピレーションでつかさが呟く。単語として出て来たつかさの連想に、アキトもハッとした。
「それって――」
「新宿だ!」
「――へえ。その話、もっと詳しく聞かせてもらえないかな?」
 突然、暗い部室の外から声がして、三人は身構えた。ここは“黒研”の部室だ。ミサによって人払いの結界が張られている。
 なのに――
 かつて大神にも結界を破られたことをつかさは思い出す。
 ガラッ、とドアが開けられ、邪魔な遮光カーテンを押しのけながら一人の男が現れた。普通の人間であれば、結界破りなど、絶対に出来ない芸当のはず――
 あっ、と入って来た男の顔を見たアキトとつかさは同時に驚いた。
「いや〜、学校なんて何年振りだろ?」
 懐かしそうな表情を浮かべて立つのは、アキトの兄、仙月影人だった。


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