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昼休み、琳昭館高校の自転車置き場には黒山の人だかりが出来ていた。言うまでもなく、アキトらが闘った激戦の爪痕を見物しようと集まった野次馬たちだ。
「うひゃあ、ひでえなぁ」
一年C組の桐野晶が現場の惨状を見て、思わず感想を洩らした。
何かがあったらしい、とは三時限目の授業が始まる前から噂になっていたが、まさか、これほどまでにひどいとは。同じことは、他の生徒だって感じているに違いない。
「何で、こんなに滅茶苦茶なの?」
晶の隣で同じクラスの伏見ありすが茫然として尋ねる。いつもなら、おやつのことしか考えていないような“お気楽”が代名詞の少女だが、さすがに今回ばかりはショックを受けたようだ。
まず目に飛び込んでくるのは、きれいに並べられていたであろう自転車がまるで大量廃棄されたかのように散乱している光景だ。中には横倒しになっているだけでなく、自転車のフレームごと、ぐにゃりとひしゃげてしまっているものもあった。
「ああ、オレの自転車がぁーっ!」
「帰り、どうすんだよ……」
とても乗れるような状態ではなくなった自分の愛車を見て、ガックリとうなだれた何名かの生徒たち。お気の毒、としか言いようがない。
「それにしても何があったのかなぁ……?」
「竜巻じゃないか? それも局所的な」
散乱した自転車だけを見るなら、そのような説もあり得るだろう。しかし――
「じゃあ、あれは?」
多くの生徒が驚いているのは、散らかった自転車よりも校舎二階の高さに出来た破壊の痕跡の方だろう。まるで何かが激突したような窪みがあり、蜘蛛の巣状にひび割れている。しかも中心には人型のようなものまで見られた。
「スーパーマンでも叩きつけられたんじゃねえか?」
「あーっ、あるある! 映画でよく観る、そういうシーンな!」
単なる思いつきを冗談として口にした生徒たちだが、まさか、それが的を射た真実であろうとは。
外壁に残された傷痕は放っておくとコンクリート片が落下する危険があるので、今は生徒などが不用意に近づかないよう、赤いカラーコーンとトラロープで囲ってある。
その内側に琳昭館高校の校長である信楽福文と工事業者らしき作業服姿の男が立ち入り、無残な痕跡を留めた校舎を見上げていた。
「詳しく調べてみないと分かりませんが、外壁だけでなく、基礎の部分にまでダメージが及んでいるとなると、かなり大掛かりな工事になってしまうかも知れませんよ、校長先生」
信楽校長からの連絡を受け、取り敢えず現調に訪れた業者の男性が、ヘルメットの隙間にボールペンを差し入れながら頭を掻いている。車でもぶつかったのなら分かるが、破損個所は二階の高さだ。補修工事は早くても来週以降になるだろう。
「はあ……」
安全のため、防災用のヘルメットを被った校長の信楽としては、生返事をするくらいしか出来なかった。修繕費がいくらかかるのやら、そのことを考えると悩ましい。
「それにしても、こういうことの多い学校ですな、ここは。廊下の壁も直したばかりなのに、先月は体育館で謎の爆発、そして今回はこの外壁と。まるで戦場のど真ん中にでも建てられているみたいだ」
工事業者が呆れながらぼやく。欠陥工事で建てられたのならともかく、ここまでトラブルが続出する現場は類を見ない。まさか、この学校がときとして本物の戦場となっていることなど、この工事業者は想像もしないだろう。
「原因は何でっか? 爆弾とちゃう?」
「いや、さすがにそれはないだろうけど――ん? 君は?」
横から関西弁で質問され、思わず答えてしまった工事業者は、怪訝そうに振り返った。
そこにいたのは牛乳瓶の底のような分厚いレンズのメガネをかけた女子生徒――新聞部の徳田寧音だ。
「気にせんといて。単なる取材やから」
相手のことなど斟酌せず、寧音は遠慮なくカメラで撮影しては、何か気づいた点を忘れないうちにメモする。一応、規制線の外には立っているので、工事業者もそれ以上は何も言わなかった。
「……相変わらずだな、あいつは」
事件あるところ、徳田寧音あり。マイペースに取材するクラスメイトを見て、晶は呆れるしかない。
「ちょっと通しなさい」
ややキツい感じのする女性の声がして、野次馬の生徒たちが振り返った。紫色の高級ブランドスーツを着た細身の女性が現場へ近づこうとしている。その後ろには長身の男が、何の感情も見せない表情で付き従っていた。
「誰、あの人?」
ありすに尋ねられ、晶は「知らないの?」と意外に思った。しかし、それも一般の生徒なら仕方ないか。
「この学校の理事長よ。玉石梓。校長先生よりも偉い人」
「へえ〜」
実際、梓がやって来るのを見て、校長の信楽が首をすくめるのが分かった。対称的な二人を見て、ありすは思ったことを口にする。
「何だか、校長先生はタヌキで、理事長はキツネみた〜い」
なるほど、と晶は同意したくなった。当人たちに聞かれると不味いので、口には出さず、黙ってはおいたが。
「どういうことなのですか、校長?」
今日は他の理事との会食を予定していた梓は、校長からの連絡を受け、急遽、琳昭館高校に引き返して来たところだった。もちろん、会食はキャンセルだ。不機嫌そうにピリピリしているのは誰の目からも分かった。
「はあ……それが……私にも何が何やらで……」
信楽は明らかに梓の前で委縮していた。この件に限らず、いつも理事長に対してはそうなってしまう。相性が悪いのだ。
「まさか、例の――彼が関係を?」
工事業者や生徒たちの目もあるので、極力、梓は声を低めた。“例の”とは、もちろん“アキトが関係しているのか”という意味だ。
梓たちは知っている。仙月アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>であることを。これまでにもアキト絡みの事件が起きており、その度に校内では騒動が起きていた。
十一月だというのに、信楽校長は冷や汗がだらだらと止まらなかった。
「……ど、どうも、そのようです。担任によると、今日は無断欠席だそうで。偶然の一致だとは、とても思えません」
梓にだけ聞こえるよう、信楽は用心した。トラブルメーカーとして校内でも有名なアキトだが、これほどの破壊を引き起こせると他の生徒たちに知られては、無用な混乱を招く恐れがある。
何を話しているのかと、寧音などは興味津々に耳をそばだてていた。迂闊なことは話せない。
「やはり、そうか」
このように奇妙な事件が起きたのだ、吸血鬼<ヴァンパイア>のアキトと関連付けて考えずにはいられない。
となると問題になるのは、アキトが何と闘ったか、だ。これほどの惨状を引き起こしたということは、吸血鬼<ヴァンパイア>と同等の化け物と争いになった可能性が高い。それが何なのか、梓は知りたかった。
「毒島先生は?」
対アキトについて、様々な策を講じている毒島カレンの所在を梓は尋ねた。表向きは美人スクールカウンセラーだが、吸血鬼<ヴァンパイア>を研究するため、自身も怪物を差し向けたり、《悪の科学同好会》の後ろ盾になっていたりする。
「本日は学会に出席しておられるので、千葉の方へ……」
「そうだったわね」
カレンのスケジュールについては梓自身も聞いていたのを思い出した。彼女がいてくれれば、色んな調査を任せられたのだが。この事件のことを知れば、きっと本人も指を噛みたくなるほど、真相を知りたがったに違いない。
「そ、それから……」
信楽校長が言いにくそうに口を開いた。ピクッ、と梓の眉が跳ねる。
「まだ何かあるの?」
どうせロクなことではあるまい、と梓は警戒した。申し訳なさそうにしながら、信楽がハンカチで顔の汗を拭う。
「……実は他にもいなくなっている生徒がおりまして」
「それは同じクラスの生徒?」
「……はい」
梓は頭が痛くなった。かさむ修理費に加えて、一般生徒まで何らかの事件に巻き込まれるとは。
「彼と行動を共にしているのかしら?」
「おそらくは……」
「………」
梓は考え込んだ。何か手を打ちたくても、今のところ、手掛かりが少なすぎる。
「分かりました。取り敢えず私は理事長室に戻っています。何か新しい情報があったら報告を。――不知火」
信楽校長にそう指示してから、梓は従者のような長身の男――不知火を伴い、現場から離れた。野次馬の生徒たちが気圧されながら、またしても道を開けてやる羽目になる。
「女性なのに、怖そうな理事長さんですねえ」
工事業者の男性が同情を覚えつつ、ぼそっと校長に囁いた。
同じような感想は梓を知らなかった生徒たちも持ったようだ。
「あれが玉石理事長……ありす、こわ〜い!」
おどけているわけではなく、ありすは本気で震えているようだった。さすがに晶はそこまでの恐怖を感じなかったが、気位の高そうなところは、確かに好きになれそうもない。
「まあ、女で理事長なんかやっているんだから、男の先生たちを黙らす迫力も必要なんだろうけど」
「おっ、二人も来とったんや」
ひと通り写真を撮り終えた寧音が晶たちに気づいて、声を掛けてきた。ところがどういうわけか、途端に血相を変えて、周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回し始める。
「どうしたの〜ぉ、ねねちゃん?」
不審な行動を取り始めた寧音を見て、ありすが不思議がった。
「いやなぁ、こないなとき、いきなりミサはんが『不吉だわ』とか言うて、幽霊みたいに出没するんが定番やから、用心せな思うたんやけど」
ミサには何度ビビらされたことか。寧音の警戒も当然だろう。しかし今回は、それも空振りのようだ。
「そう言えば黒井のヤツ、いねえなぁ」
「ミサちゃんなら、二時限目の途中から姿を見てない気がするんだけどぉ」
「ホントか!?」
ありすの証言に、同じクラスでありながら晶は驚いた。
授業中のミサは、いつも以上に存在感がない。そのせいで教師から指されるということもなかった。いや、一年C組の生徒だという認識がちゃんとあるのかさえも疑わしい。
だから、ミサがいつの間に姿を消したのか、晶は全然気がつかなかった。
「二時限目言うたら、ちょうど事件のあった時間とぴったしや。何ぞ関わっとるのとちゃうかな?」
寧音は怪しんだ。あの“琳昭館高校の魔女”だからこそ、有り得そうな気がしてならない。
「――それに仙月はんたちも見かけへんし。こないなとき、必ずと言っていいほど首を突っ込みそうなもねやけど」
特ダネであれば何でも食いつく自分を棚に上げておいて、よく言うな、と晶は思ったが、確かに寧音の言う通りだ。この学校で起きる騒動の中心には必ず一年A組の仙月アキトがいるはず――
自分たちの知らないところで何かが起きている、と予感めいたものに捉われ、晶は原因不明の胸騒ぎを覚えた。
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