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WILD BLOOD

第20話 香港人狼少年団

−22−

「お待たせ」
「おう」
 つかさが新宿駅の南口改札を出ると、すでにアキトが待ち合わせ場所に到着していた。アキトが軽く右手を挙げる。
 いつもの見慣れた制服姿ではなく、ブルーを基調としたナイロン素材のジャージというラフな格好だ。おそらく、これからのことを踏まえ、動き易さを考慮したのだろう。謂わば戦闘服だ。
 同じように、一旦、家に帰ったつかさも私服に着替えていた。白とグレーのツートンカラーを配したボアジャケットにジーパンというスタイルだ。
 自宅に戻ったとき、気まずいことに祖母のつばきと鉢合わせしてしまった。当然のことながら、早退理由を問われたが、詳しい説明をしている暇がなく、「急用だからゴメン!」とだけ言って、飛び出して来た。祖母には申し訳なく思う。
 何はともあれ、一刻も早く薫を見つけなくては――
「ねえ、お兄ちゃん! 薫お姉さまが誘拐されたって、本当なの!?」
「えっ――!? み、美夜ちゃん!?」
 アキトの陰にいたせいで気づくのに遅れたが、つかさは美夜まで来ていることに驚いた。
 どうやらアキトが“黒研”で「助っ人」を用意すると言っていたのは、妹の美夜のことだったらしい。
 言うまでもなく、美夜も自分の授業があったはずだが、今はゴスロリ風の衣裳に着替えており、いつもとは違う雰囲気がする。デザインが制服っぽい感じがし、愛らしい美夜によく似合っていた。
「こいつなら、一も二もなく協力するだろうと思ってよ」
 確かに薫を姉のように慕う美夜なら、こちらから頼まなくても力を貸してくれるだろう。しかも、これ以上ないくらいの助っ人だ。兄のアキトと同じく吸血鬼<ヴァンパイア>でもあるので、戦力としても申し分ない。
「それより――どうして、こんなのことに!? 第一、その場に兄貴がいながら、まんまとしてやられるなんて、どういうことなのよ!? 相手はたかが狼男だったんでしょ!?」
 薫が連れ去られたと聞いた美夜は、不甲斐ない兄に立腹しているようだった。実際に敗北を喫したアキトは何も言い返せず、渋面を作る。
 友人の名誉のため、つかさはフォローに回った。
「仕方がなかったんだよ、美夜ちゃん。普通の相手じゃなかったんだ」
 何も出来なかったという点では、つかさにも同じ落ち度がある。むしろ闘った末に敗れたアキト以上に、ただの傍観者に過ぎなかったことで、なおさら責任を痛感していた。
「どういうこと?」
「あれは“PK”って言ったかな? 要するに超能力みたいなもので、こっちは手も足も出せなかったんだよ」
 それは確かにその通りなのだが、つかさの説明は結果的にアキトの高い自尊心を甚く傷つけてしまう。
「つ、次は絶対に……あんな無様なことには……!」
 とは言うものの、今のところ小悠(シャオユウ)の念動力(サイコキネシス)を防ぐ手立てはない。アキトは歯軋りした。
「ふーん……割と厄介な連中みたいね」
 美夜は口を尖らせて言う。彼女にも分かっているはずだ。アキトがやられるほどの相手となれば、いったい、どのようなものなのか。
「そうなんだよ。でも、ボクらの目的はあくまでも薫を助け出すことだから、闘うことに固執しなくてもいいと思うんだ」
「薫お姉さまをそんな目に遭わせたヤツらなら、是非とも懲らしめてやりたいものだけど」
「み、美夜ちゃん……」
 つかさは心配になった。吸血鬼<ヴァンパイア>である美夜が強いのは百も承知ながら、今回の相手はかつてない強敵だ。まともに闘って、勝てるとは限らない。いくら薫をさらった連中が許せないとしても、出来れば美夜には自重してもらいたかった。
「分かってるってば、お兄ちゃん。――でも、やれるだけの準備はしておいて損はないと思う」
 そう言うと、美夜は自分のスマホを取り出し、何やら操作を始めた。「準備」とは何だろう。まさか、さらなる助っ人を呼ぼうと言うのか。
「それよりも早く薫のヤツを捜しに行こうぜ。あのオカルト女の占いで、ヤツらの居場所がどうやらこの新宿らしいと絞れはしたが、そうは言っても、まだまだ捜索範囲は広い。一日あったって、オレたち三人だけで探し当てられるかどうか」
「だとしても、必ず見つけなきゃ。ボクらしかいないんだから」
 不安を口にするアキトをつかさは鼓舞した。いや、むしろ半分は自分を奮い立たせるための言葉だ。
「よし。じゃあ、手分けして捜そうぜ。つかさは西口方面を。――美夜、お前は三丁目付近な」
「えーっ!? 私が三丁目って、ちょっと遠くない!?」
 美夜が割り当てに関して不平を言った。
「お前みたいなお子ちゃまを歌舞伎町とかに行かせられねえだろ? そっちはオレが行く」
「ううーっ!」
 皆、自宅に一旦戻り、制服から私服に着替えて来ているが、それでもつかさや美夜は学生だと見抜かれる恐れがある。この中で一番大人びて見えるのはアキトだろう。パトロールしている警官の補導対象とされ、余計な時間を取られたくはない。
 最終的には美夜も渋々ながら了承した。
「何かあったら、すぐにスマホで連絡を。くれぐれも気をつけて」
「了解」
 三人はそれぞれの捜索へと散って行った。



 ウォォォォォン……!
 新宿駅西口にある地下駐車場に黒いエンツォ・フェラーリが滑り込んだ。密閉された空間であるため、野獣の咆哮を思わせるエキゾーストノートがやけに響く。たまたま居合わせた者たちは黒光りする珍しい車体を振り返らずにいられなかった。
 空いている駐車スペースを見つけると、大型のスポーツカーであるにもかかわらず、スムーズかつ必要最小限の切り返しでピタリと四角く囲われた白線の内側へと納まる。見事なまでの操作技術だった。
 エンジンが切られると、黒い車体から仙月影人が降り立った。もう区役所勤めのときの平凡なスーツ姿ではなく、全身を黒一色に染めた裏の仕事モードだ。
 黒井ミサのタロット占いを受けて、影人は真っ直ぐ新宿を訪れた。しばらく車であちこちを走ってみたのだが、逃亡中の少年少女たちについて手掛かりを得ることが出来ず、ここは一旦、車を置いて、徒歩での捜索にかかろうと決めたところだ。
 ピッ、とキーリモコンで車の施錠をしてから地上へ出ようとした影人だったが、その行く手を黒い痩躯によって遮られ、いきなり出鼻を挫かれた。
「そろそろ、到着する頃だと思っていましたよ」
「……なぜ、ここへ?」
 影人の目の前に現れたのは謝紅久(シェ・ホンジュ)だった。羽田空港で会ったときと同じく、赤いシャツ以外はスーツもネクタイも黒尽くめという出立ちだ。病的なくらい青白い顔は薄気味悪い微笑を浮かべている。
「これでも独自の情報を持っているのですよ」
 謝(シェ)はスッと背筋を伸ばし、余裕の態度で言った。対する影人は、この香港から来た吸血鬼<ヴァンパイア>への警戒感を強める。
 影人が新宿で捜索することは、まだ謝(シェ)に告げていなかった。自分で調査し、ある程度の確証を持ってから連絡しようと思っていたのだ。
 謝(シェ)は独自の情報と言ったが、影人がこの駐車場を利用することまで、どのように知ったのだろう。未来を予測する能力でもなければ、こうして先回り出来るはずがなかった。
(監視されているのか――?)
 居心地の悪さを影人は感じた。どのような方法かまでは分からない。例えば、誰かに尾行させているなら、そのことに気づかないはずがなかった。発信機や盗聴器の類でもあるまい。或いは何か別の方法か。
「仙月さん、抜け駆けは困ります」
「そいつは心外だな。オレも手掛かりを求めている最中だ。まだ、何も分かってないに等しい」
 依頼人(クライアント)の言葉に影人は肩をすくめた。お互い様とはいえ、相手への信頼感が著しく乏しい。
 まるで骸骨から目だけをギョロリと向けるように、謝(シェ)は影人を見つめた。
「新宿を捜索するなら、そう教えてくださればいいのに。以前、来日したことはありますが、何せ日本には不案内なものですから。とりあえず情報がないと動こうにも動けないのですよ」
「まだ来日したばかりだし、せっかくだからゆっくり休んでいてもらおうと、こっちとしては気を遣ったつもりなんですがね」
 そのような配慮など、吸血鬼<ヴァンパイア>相手に必要がないことくらい、同族なのだから承知の上である。嘘も方便だ。
 謝(シェ)は酷薄そうに笑った。
「私は暇を持て余したくないタイプでして。仕事をした方が楽なのです。ワーカーホリックとでも申しましょうか」
「なるほど。確かに、そのようだ」
 どうやら四六時中、監視しているらしい、と影人は用心した。今回の仕事は謝(シェ)からの依頼で動いているが、それを監視されながら行うのは不本意だ。あからさまな反発こそ示さなかったものの、やはり馴染める相手ではなさそうだった。
「この街に彼女たちがいるのですね?」
 どうやらミサとのやり取りについても筒抜けらしい。この男は何処まで知っているというのか。
「今はまだ、『らしい』ということだけだ。本当にそうかどうかは、これからの調査次第になる」
「でも、あなたはこうして来た。期待させてもらってもいいでしょうか?」
「……勝手にしろ」
 これ以上、腹の探り合いをするつもりはなかった。影人は地上へと通ずるエレベーターに向かう。
 てっきり付いて来るのかと思ったが、謝(シェ)は一緒に来なかった。わざわざ同行する必要はないということか。
「くれぐれも李銀麗(リー・インリィ)だけは、絶対に保護してください」
 だったら、他のヤツはどうでもいいのか、と言いそうになったが、影人はうなずくと、一人でエレベーターに乗り込んだ。
 依頼人(クライアント)の顔が見えなくなってから、影人は仏頂面を作った。面白くない。
 まず、これからとある人物に会うつもりだったが、この先の行動は慎重にならなくてはいけないようだ、と影人は頭を悩ます。如何にして謝(シェ)はこちらの動きを把握しているのか。その方法を早く見破らなくては。
 地上へと出た影人は行き先を迷った。だが結局、当初の予定通りに北新宿へ足を向ける。
(まあ、いい。こちらが動くことで、相手の出方を窺うことにもなるだろう)
 影人は覚悟を決めた。


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