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大神は自分がどうしたらいいのか分からなくなっていた。
銀麗(インリィ)によって頼まれていた小悠(シャオユウ)という少年の捜索――それは意外な形で片づく結果となった。
よりにもよって、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトと一緒に歩いているのを見かけたときは、何がどうなっているのか、と混乱した。あのアキトが親切心から迷子の人狼を保護したとも思えない。
もちろんアキトは小悠(シャオユウ)が人間ではないことなど気づいていたはずだ。その前日には彼の仲間である明邦(ミンバン)に叩きのめされ、そのことを恨みに思い、人質にしてやろうとでも考えたのだろうか。
とにかく、大神は行方知れずだった小悠(シャオユウ)の発見を即座に知らせた。
迎えに現れた明邦(ミンバン)たちとアキトがやり合うことになったのは当然の帰結だろう。すでに一戦を交え、敗北を喫していたアキトが黙っていられるわけがない。
ところが今回、アキトは明邦(ミンバン)ともう一人の耀文(ヤオウェン)を相手に勝利を収めた。明邦(ミンバン)たちも、それぞれ特殊な技や能力を備えていたが、結局は純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>には及ばなかったのだ。
それを学校の屋上から離れて見ていた大神は、これで万事休すかと思った。約束通りに小悠(シャオユウ)を銀麗(インリィ)の元へ送り届けることは出来ないのか、と。
すると驚くべきことが目の前で起きた。まだ十歳程度の子供に過ぎない小悠(シャオユウ)が秘められた力を発揮したのだ。強力な念動力(サイコキネシス)。これには大神も度肝を抜かれた。
凄まじい超能力の前では、さすがのアキトも敵わなかった。触れずして空中へと浮かべられ、そのまま校舎の外壁に叩きつけられたかと思うと、さらに圧力が加えられるという一方的な展開に。普通の人間ならペシャンコにされていたはずだ。
それで彼らが普通に立ち去ってくれれば、大神としても良かったのだが、その去り際に問題が起きた。
忍足薫の拉致だ。なぜ、そのようなことになったのか、小悠(シャオユウ)との詳しい経緯を知らない大神には見当もつかない。
厄介なことになってしまった。このままでは復活したアキトが連れ去られた薫を助けるべく、血眼になって彼らの行方を捜すはず。そうなれば、また争いが起きるだろう。最悪の場合、今度は銀麗(インリィ)が巻き込まれる可能性だって考えられる。
そもそも自分はどちらの味方なのだろう、と大神はずっと自問自答を繰り返して来た。
今はアキトの舎弟のような存在だと自覚している。吸血鬼<ヴァンパイア>と狼男。まるで、その力関係を如実に表しているかのようだ。
ところが明邦(ミンバン)たちは、アキトが吸血鬼<ヴァンパイア>であることを認識しながら、臆することなく立ち向かっていく。自分と同じ狼男であるのに。
もちろん、彼らは各々が特別な何かを持っている。
明邦(ミンバン)は回転倒立蹴りである《暴れ独楽》を。
耀文(ヤオウェン)なら目でも追えないスピードの速さを
そして、小悠(シャオユウ)はほぼ無敵とも呼べる念動力(サイコキネシス)を。
彼らは、それがあるから純血種の吸血鬼<ヴァンパイア>にも敢然と立ち向かえるのだろう。
しかし、大神には何もない。変身してもアキトには為す術なくやられてしまう。
それでいいのだろうか。
アキトに従っているのは、あくまで力に屈してのものだ。扱き使われるばかりで見返りは何もないし、同じ男として惚れているわけでもない。おまけに何かヘマをすれば、すぐ暴力を振るわれる。ひとつとして、良いことが思い浮かばない。
それに比して彼らは同族だ。確かに、銀麗(インリィ)以外は言葉が通じないが、決して無体な扱いを受けることはない。同等の存在だと認めてくれている証拠だろう。
よく「一匹狼」という言葉がカッコ良さを象徴するもののように使われるが、狼とは本来、群れで活動する動物だ。これまで同族は身内にしかいなかったが、銀麗(インリィ)たちとの邂逅はこれまでの閉ざされていた世界を広げてくれたような気がした。
そんなことを考えていたせいだろう、大神は駅から叔父の店へ向かう途中、前から来た男と肩がぶつかってしまった。
「痛ってぇ! ――おい、何処見て歩いてんだ、てめえ!」
向こうだって避けなかったのだ。お互い様のはず。ところが、そんな理屈は通らないようだ。
相手は六人いた。不良ぶっているが、おそらくは大神とそれほど変わらない未成年だと思われる。新宿を縄張りにして、おあつらえ向きのカモを見つけたらいたぶってやろう、と最初から狙っていたに違いない。
大神は授業が終わってから直接来たので、学校の制服のままだった。しかも連れは見当たらず、明らかに一人だと分かる。
通行人がチラッと視線を向けるが、厄介事には関わらない方が身のため、と誰も足を止めようとはしない。他人の助けは望めそうもなかった。
「ちょっと、こっちへ来いよ」
路地へ連れ込まれた。如何にも慣れた感じだ。大神は黙って従う。
逃げられないよう六人に取り囲まれた。後ろは壁。周囲は表の通りに比べて薄暗く、今の時間帯は誰も通りかからない。
「ぶつかった詫びとして慰謝料をよこせ。こんな所へ遊びに来る学生さんなら、小遣いもたんまり持ってんだろ?」
大神とぶつかった男が脅しをかけて来た。全員、ニヤニヤしながら、気弱な学生が財布を出すのを待ち受ける。
「………」
「おい! 聞いてんのか? まさか日本語が通じないわけじゃあるまい! それとも、金を出すより、痛い目に遭いたいってわけか!」
男は尻ポケットから飛び出しナイフを出した。大神の目の前に突き出す。
「こっちはどっちだっていいんだぜ! どうせ、戴くもんは戴くんだからよお!」
すると、いきなり大神は男のナイフをつかんだ。
「――ッ!」
恐喝を仕掛けてきた男はギョッとした。大神が握ったのはナイフの柄ではなく、刃の部分だったからだ。
反射的に男が手を引こうとしたのは責められまい。そのせいで大神のつかんだ手が切れ、たちまち血が流れる。他の男たちも大神の出血を見て動揺した。
「……これで気が済んだか?」
大神はようやく言葉を発した。抑揚の乏しい口調で。
「だったら、早く失せてくれ。でないと、余計な慰謝料が必要になっちまうぞ」
「なっ、何だとぉ!?」
負傷させたことで一旦は怯んだナイフの男だったが、大神の挑発めいた台詞にカッとなった。再び大神に向かって血のついた凶器を向ける。こうなったら傷害も辞さない構えだ。
「粋がるんじゃねえよ! これがただの脅しだと思ってんだろ? 刺されてから後悔したって遅えんだからな!」
男の恫喝に対し、大神はどのような感情も表に出さなかった。代わりに負傷した手を目の前の男に突き出し、血で赤く染まった手の平を見せる。パックリと口を開けた傷口がよく確認できた。
「――っ!?」
それが見る見るうちに消えてゆく。傷が塞がってゆくのだ。
不死身の肉体を持つという狼男。ちょっとした傷程度なら、立ちどころに癒えてしまう。
だが、男たちは知らない。大神が伝説の怪物として知られる狼男であることを。信じられないものを見せられ、驚愕に言葉を失う。
「……これで無駄だってことが分かってもらえたかな? ついでに運が悪かったことも思い知ってもらおうか。何だか無性に暴れたい気分なんだ」
突き出したままの大神の手が剛毛によって覆われてゆく。爪が鋭く伸び、全身もひと回り大きくなった気がする。そして――
「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
獰猛そうな狼の顔を持つ大神を前にして、男たちは恐怖の叫びを上げた。
「そっちはどうだった?」
開口一番、合流したつかさにアキトは尋ねた。つかさは残念そうに首を振る。
「ダメだったよ……それに何処をどう捜していいものか見当もつかないし」
「確かにな」
「美夜ちゃんは?」
「まだ来てない。まあ、あいつは三丁目担当だからな。もうちょっと時間がかかるだろう」
ここは新宿歌舞伎町の入口だ。「歌舞伎町一番街」という大きな看板表記の入った屋外ゲートの真下である。一旦、集合しようということになり、ここがその場所に選ばれた。
手分けして捜し始めて、すでに三時間近く。アキトもつかさも、何ら収穫なし。まだ到着していないが、多分、美夜も同様だろう。手掛かりがつかめれば、すぐに連絡があるはずだ。
新宿と一口に言っても広い。いくら薫の姿を追い求めたところで、何処かの建物内にいるのなら発見できるわけがなかった。
このまま闇雲に捜索を続けるか、それとも何か別の手段を考えるか。今のところ手詰まりな感じが拭えず、途方に暮れてしまいそうだ。
「ねえ、アキト」
「ん?」
「得意の鼻を使って捜せないの? いつも大神くんのこと、『イヌ臭い』とかって言っているじゃない? そういうのを辿って、見つけられないかって」
藁をもつかむ思いで、つかさは期待した。しかし、アキトは難しい顔をする。
「確かにオレはヤツらの臭いを判別することは出来るが……けどよぉ、こうも人混みのある雑踏の中じゃなぁ。さすがに、よっぽど近くにでもいねえと嗅ぎ分けるのは不可能だ」
「そうかぁ……やっぱり、ダメかぁ……」
いいアイデアだと思ったのだが。つかさはうな垂れた。
そんなつかさを嘲笑うかのように、一羽のカラスが「カァーッ」と鳴いた。
何処にいるのかと首を巡らせてみると、近くの雑居ビルの看板に留まっていた。もう一度、こちらに向かってカラスが鳴く。
街中にカラスなど珍しくもない。ゴミでも漁っているのだろう。ところが、なぜかつかさはそのカラスのことが気にかかった。
「……ねえ、アキト」
「何だよ、つかさ」
「確か黒井さんが『私も手伝う』って言ってたよね?」
「ああ、言ってたな」
「それって、どういう意味だろ?」
「どういう意味って、そりゃあ……」
「ボクらと一緒には行動せず、どうやって薫のことを捜そうって言ったんだろ?」
「んーっ、そいつは……」
「ひょっとして、あのカラスって、黒井さんが寄越したんじゃないかな?」
「はっ?」
つかさの言葉をまるで裏付けるみたいに、またカラスがひと声発した。段々と自分の推測が正しいのではないかと思えてくる。
昔から魔女とカラスは関係が深いと考えられている。自分の目や耳として、ミサが使役していてもおかしくないだろう。カラスなら人間が捜せないようなところも捜索可能だ。
「ねえ、黒井さん。何か分かったの?」
つかさはカラスに話しかけた。誰かに見られたら、「頭がおかしい」と思われそうだ。
するとカラスは看板の上で黒い羽根をバタつかせ、また「カァーッ」と鳴いた。
「アキト! 黒井さんが何か見つけてくれたみたい!」
「な、何かって、何だよ!?」
どうやらアキトは半信半疑らしい。だが、つかさはカラスを――ミサの黒魔術を信じた。
「そこまでは分からなけど。――ねえ、案内してくれる?」
カラスは「OK」と答えるみたいにまた鳴くと、看板を蹴って飛んだ。急降下して、二人の頭を掠める。付いて来い、とでも言いたげに。
「行こう、アキト!」
「げっ! マジかよ!?」
呆れるアキトの了解も取らず、つかさはカラスを追いかけるべく走り出した。
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