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WILD BLOOD

第20話 香港人狼少年団

−24−

「こっちだ、つかさ!」
「まっ……待ってよ、アキト……!」
 カラスを追いかけ始めたのはつかさが先だったのに、今はもう出遅れたはずのアキトに追い越されてしまい、むしろ付いて行くのが精一杯という体たらく。
 “琳昭館高校の魔女”――黒井ミサの使い魔であると思われるカラスは、まるで地上の二人を誘導するかのように新宿の街中を飛んでいた。しかも、ちゃんと付いて来るようにとの配慮からか、極端な低空飛行を維持している。
「きゃあっ!」
 カラスは頭の上を掠めるように飛び去って行くため、何人かの通行人がギョッとして立ち止まり、首をすくめたり、身を捩ったりした。往来の多い繁華街に、ちょっとしたパニックを引き起こす。
 それに構わず、アキトとつかさは必死にカラスを追いかけた。この先に連れ去られた薫に関する何か重要な手掛かりがあるかもしれない、と信じて。
「ね、ねえ、アキト……!」
「何だよ、こんなときに!?」
「み……美夜ちゃんは……どうしよう……!?」
 そう言えば、アキトの妹である美夜と合流しようと、歌舞伎町の入口前で待ち合わせをしている最中だった。このままだと確実に擦れ違いになってしまう。
「オレが『緊急事態発生』ってメールを打っておく! あいつならそれを見て、こっちの位置をGPSで特定すんだろ!」
 そう言って、アキトは走りながら、器用にスマホを操作した。それでも走るペースが落ちないのだから大したものである。
 機械(メカ)に強い美夜なら、こちらの意図を汲み取って動いてくれるだろう、とつかさは期待した。
 カラスは歌舞伎町の入口から新宿駅の南口方面へと向かっていた。最初につかさたちが待ち合わせていた場所だ。
 ところが急にカラスは進路を変えた。左の細い路地へ吸い込まれたみたいに飛び込む。
 見失ってなるものか、とつかさたちも間髪入れずに左折した。
「――ッ!?」
 日の当たらぬ暗い路地で、数名の男たちが倒れているのを発見し、つかさたちはたたらを踏んだ。思いもしなかった状況に出会し、どういうことなのか戸惑いを覚える。
 カラスは近くのゴミ箱の上に留まって、ここだ、と示すかのように嘴をカチカチ鳴らしていた。
「ひ、ひどい……誰が、こんな……」
 路上の男たちは何者かによって暴行されたようだった。呻き声を上げているが、誰一人として起き上がれそうにない。
 その近くには血のついた一本のナイフが落ちていた。誰か刺されでもしたのか、とつかさは不安になる。
 倒れている中に重傷者はいないか一人ずつ確認してみたが、多少の擦り傷などによる出血は見受けられるものの、誰も刺されたりした者はいないようだ。
 少しだけつかさはホッとしたが、ではナイフの血は誰のものなのか。
「アキト、これって……」
 つかさは友人の見解を聞こうと思った。
 ところがアキトは目をつむり、やたらと鼻をヒクヒクさせている。何やら匂いを嗅いでいるらしい。
「こいつは――『イヌ』の仕業だな」
「えっ!?」
「あの裏切り者のことだよ」
「大神くんのこと……? そんな裏切り者だなんて……」
「連中を学校に案内したのは、あいつに決まっている。オレはこの目で一緒にいるところを見たんだからな」
「……元々、大神くんとあの人たちは同族同士なんだし、アキトと敵対しようというわけではなく、仲間のためにしたことだと思うけど」
 つかさは大神を擁護した。アキトは気に食わないのか、フン、と鼻を鳴らす。
 それにしても、これを本当に大神がやったのだろうか。
 確かに彼は人間ではない。狼男だ。見たところ真っ当な若者たちではなさそうだが、どんなにケンカ慣れしていようとも、普通の人間の五、六人を相手にすることなど、大神が本気を出せば造作もないだろう。
 その一方で解せないこともある。つかさの知る大神は、決して暴力に訴えるような人物ではないということだ。
 大神が狼男としての力を私利私欲で用いていたのは、目をつけた女性たちに夜な夜な抱きついていた頃のことで、それも自分の正体を相手に悟らせないためのものだった。
 その犯罪行為の是非についてはともかく、それでも一般人を傷つけるようなことは、これまでしなかったはず。だから、これが大神の仕業と言われても、にわかに信じられなかった。
「つかさ、こっちだ」
「えっ?」
 アキトに呼ばれ、大神のことを考えていたつかさは我に返った。
「まだ臭いが残っていやがる。ヤツを取っ捕まえて、連中の居所を吐かせようぜ。きっと知っているに違えねえ!」
 さっきアキトは、人狼特有の臭いを辿りながら捜索するのは無理だと言っていたはずだが、どうやら大神はそんなに遠くへはまだ行っていないらしい。どうせアキトのことだから、力尽くで薫の居場所を聞き出すつもりなのだろう。
「ちょっと、アキト! まずは話し合いから――」
「行くぞ!」
 つかさの言うことなど聞く耳を持たず、アキトは大神の追跡を開始した。大きくため息をついてから、再びつかさも走り出す。
 私の役目はここまでだから、と言わんばかりに、ゴミ箱の上にいるカラスは動こうとはせず、つかさたちを黙って見送った。
 アキトは路地を出ると通りを左に曲がった。どうやら、つかさたちがカラスのあとを追いかけて来た道一本を隔て、大神は逆方向――つまり歌舞伎町方面へ移動しているらしい。
 程なくして二人は、自分が追われていることなど知らない大神に追いつくことが出来た。
「待て、てめえ!」
 他の通行人たちと一緒に怒声を耳にして振り返った大神は、アキトの姿と形相を見た途端、驚きに目を見張った。なぜ、ここにいるのか、と問いたげな表情。ところが身体は反射的に動き、脱兎の如く右の路地へ折れる。
「逃げられると思うなよ――なっ!?」
 そう言って曲がった刹那、大神の姿が忽然と路地から消えていて、アキトは狐につままれたような気分になった。この先へ抜けるには二十メートルくらいある。そんなに早く逃げられるはずがないのに、背中も見えなくなるとはどういうことか。
「――ッ!」
 その直後、頭上に何者かの気配を感じ取ったアキトはハッとした。振り仰いで見てみれば、大神が路地の両側にある建物を交互に片脚で蹴りながら、上へ上へと逃げようとしているところではないか。狼男ならではの身のこなしである。
「なろぉ!」
 それを見て、負けず嫌いなアキトが対抗意識を燃やさぬわけがない。大神がやったのと同じように左右の壁を蹴りつつ、まるで忍者のように上へと駆け登る。
「うわぁぁぁっ……ま、マジで?」
 少し水を開けられていたつかさは、ようやく追いついたと思ったら、人間業とは思えないアキトの跳躍を見せつけられ、一瞬、口を開けてポカンとしてしまう。アクション俳優でもないつかさに、到底、真似できるものではない。
「ど、どうしよう……えーと……」
 気を取り直して、つかさは左右を見回した。小さな雑居ビルに非常階段があるのを見つける。残念ながらエレベーターは表側に回らないとなさそうだ。
 とにかく二人を追いかけるべく、つかさは階段で屋上を目指すことにした。
 驚異的な身体能力を持つ大神とアキトは十秒足らずで九階建ての屋上に達した。殺風景な無人の屋上で狼男と吸血鬼<ヴァンパイア>が対峙する。
 大神ならば隣のビルに飛び移ることも出来たはずだ。しかし、同様のことはアキトにも可能である。いくら逃げたところで、逃げ切れるものではない。
「観念したか?」
「兄貴……」
 アキトはゆっくりと近づいた。大神は気色ばむ。変身していれば、尻尾を丸めたくなるところだ。
「お前、あいつらの仲間なんだろ?」
「………」
「狼男同士なんだ。ヤツらと連(つる)んでたって、そのことに文句を言える筋合いはオレにもねえよ」
「………」
「けどよぉ、白昼堂々、薫のヤツまで連れ去るとはどういうつもりだ?」
「そ、それは……」
「この街のどっかにいるんだろ? 言っておくが、とぼけたって無駄だぜ」
「そ、そいつを知って、どうするつもりなんです……?」
「決まってんだろ。あいつを連れ帰る」
「………」
「でもって――ヤツらに特別キツイお灸を据えてやる!」
 一メートルにも満たない距離まで近づいたところで、アキトの腕がグイッと伸びた。
 大神はそれを躱しながら、再び狼男の姿へと変身する。鋭い爪が伸ばしたアキトの手を切り裂こうとした。
「やる気か!」
 すぐさま手を引っ込め、アキトは反対側の手で大神を捕まえようとした。だが、大神も素早く間合いを切る。
 真っ向からの力勝負ではアキトに敵わない。一度捉えられたら万事休すだ。だからアキトとの間合いには気をつけなくてはならなかった。その上でどうするか。
 正直なところ、大神には勝算など何もない。ただ、あるのは意地だけだ。アキトに従いたくないという理由なき反発――
 自分でも、なぜ逆らおうとするのか分からない。薫が連れ去られ、そのことにアキトが怒りを覚えるのは当然だとも思う。それでも同胞を守ろうという気持ちが強く働いたのか。
「おい、忘れてねえよな?」
「――ッ!?」
 すぐ近くでアキトの声がし、ぞわぞわっと大神は全身が総毛立った。二ヶ月ほど前、初めて出会ったときの敗北が記憶に甦る。
「お前じゃ、オレには勝てない」
 充分な距離を取ったはずなのに、いつの間にかアキトは大神の背後に回っているではないか。あの耀文(ヤオウェン)という少年に及ばないまでも、圧倒的なスピード。大神はゾッとするほど、改めて吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトとの実力差を思い知る。
 いくら強くあろうと願っても、それだけで力を得られるわけではない。所詮は大神の愚かしい夢想に過ぎなかったのか。
 後ろからアキトの右腕がいきなり現れ、そのまま大神の首に回された。絞め落とされる前に、と大神はアキトの腕に爪を立てようとする。
 ところが、アキトが仕掛けたのは単なる裸絞(スリーパーホールド)ではなかった。ずしっ、と大神の両肩にアキトの体重がのしかかる。大神の首を固めたまま、アキトの身体は倒立するように浮いていた。
「ふんっ!」
 そこから重力と遠心力を利用して、大神の背骨を狙った膝蹴りが――
 バキッ! 
「ぐほぉっ!」
 鯖折りのような姿勢で仰け反った大神は、そのまま前方へ倒れ込んだ。その拍子にアキトの膝蹴りが落下の衝撃を加えて、再度、大神の背骨にめり込む。
「がはぁっ……!」
 大神は白目を剥いた。


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