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吟遊詩人ウィル

夢幻の狂死曲<ラプソディ>

11.賢者豹変

 ミックが家に戻ったのは、日が暮れかかった頃だった。
 ようやくウルの村を覆い尽くした薔薇の花が片づいたと思っていた矢先、今度は排除したはずの岩石が用水路を塞いでいたり、丸ごと一軒の家が消えてしまった代わりに切り倒したはずの木が甦っていたりと、怪現象が後を絶たなかったせいだ。その度に村唯一の賢者であるミックが呼び出された。原因に関する意見と対処法について、誰もがミックを頼って来るからである。しかし、いかに王都マンセルで十五年間、学んできたミックでも、それらを説明することは不可能だった。
 とりあえず明日、改めて方法を考えるということで、ミックはようやく解放された。この村へ戻って以来、この地の農地改革を進めてきたのは確かにミックであるが、すっかりと自分一人に依存しきっている村人にも困りものだと思う。
「ただいま」
 疲れて帰ってきたはずのミックであったが、家の中に入った途端、その表情は緩んだ。その足で死んだ兄夫婦の娘ラナが寝ている部屋へ赴く。
 部屋へ行くと、ベッドの上ではラナが変わりなく眠っていた。やはり目覚めた形跡はない。ミックはベッドに近づいた。
「ただいま、ラナ。寂しかったかい?」
 眠ったままの姪が答えることはないと知りながら、ミックは優しく声をかけた。右手で頬に触れる。そのままミックは顔を近づけた。
 あろうことか、ミックはラナに口づけをした。自分の姪に。しかも原因不明の眠りに落ちた、前後不覚のいたいけな少女に対して。
 ラナが目覚めぬことをいいことに、ミックの行為はより大胆になった。舌先を唇の間にねじ込み、固く閉じられた歯と歯茎を擦る。さすがにそれ以上は進めなかったが、ミックは執拗だ。邪魔な掛け布団を跳ね除けると、左手はラナの胸に伸び、着衣の上から柔らな膨らみを揉みしだいた。
 だが、いくらミックがキスと愛撫を加えても、当然のことながらラナは何の反応も示さなかった。そのことにミックは次第に苛立ちを覚える。ラナが恥ずかしさに身悶える様こそ、ミックが望み欲するものだ。人形のように動かない生娘を嬲っても息苦しいような興奮を伴わない。
「ラナ。ラナ、目を開けておくれ。私のラナ」
 ミックは昏睡状態のラナに呼びかけた。しかし、そんなことをしても無意味だ。
 とうとう、ミックはラナの着衣を脱がせ始めた。下着も剥ぎ取る。ラナは血の繋がった叔父の手により、ベッドの上で全裸にされた。
 まだ十五歳の少女。それでも身体つきは大人になりつつある。胸の膨らみも充分だし、腰回りも女っぽくなっていて、ミックの目を釘づけにするほどだ。唯一の懸念は、ずっと眠ったままのせいで食事を摂っていないため、痩せてきてしまっている点だろう。このまま目覚めなければ、ラナはいずれ死んでしまうに違いない。それはミックが何よりも恐れていることだった。
「どうしてなんだ、ラナ。ようやく私は君を手に入れたと言うのに」
 ミックはラナの胸に顔を埋めた。少女の体臭を深々と嗅ぎながら、小さな蕾のような乳首を口に含む。叔父が姪を凌辱するという、許されざる行為だった。
「ラナ」
 そこへ不用意にもイミールが訪れた。いつも出入りしている気安さで、ノックもせずにラナの見舞いに訪れた不幸な少年。イミールは、一瞬、自分が見た光景を理解できなかった。
 全裸にされたラナと、その少女の乳房にむしゃぶりついているミック。イミールは部屋の入口で立ち尽くした。
 突然の来訪者に驚いたのはミックも同じだ。しかし、少なからずイミールよりも早く、今、しなければならないことに気づき、動くことが出来た。
「レノム!」
 ミックはイミールに魔法をかけた。そんなことをされると思っていなかった少年は簡単にかかってしまう。イミールは、その場で倒れ、眠ってしまった。
「チッ、餓鬼が! いいところに来やがって!」
 イミールを見つめるミックの目は、この少年がいつも尊敬している賢者のものと違っていた。ミックは、普段は他の村人同様に親身になって接していたが、本心ではいつもラナにくっついているイミールのことを嫌っていたのだ。
「お前がどんなに熱を上げようと、私のラナが相手にするもんか。身の程を知れ、クソ餓鬼が!」
 イミール少年は新しく花瓶に生けようと、薔薇の花を持参したようだ。その薔薇が眠らされた少年の周りに散らばっている。
 ミックがイミールを嫌うのには、もうひとつ別の理由がある。それはイミール少年に、かつての自分を重ねてしまうせいだった。
 少年時代、ミックは一人の少女に恋をした。村一番の美少女ロレーンだ。歳はロレーンの方が三つ上だったが、将来は彼女と結婚するのが夢だった。
 とはいえ、ミックは自分の気持ちをロレーンに告白することは出来なかった。このイミールのように、ロレーンにくっついて歩くのが精々で。
 だが、ミックが十五歳になった頃、ロレーンは結婚を決めた。しかも相手は、ミックの兄、デイモンだという。ミックは愕然とした。
 兄のデイモンは真面目だけが取り柄の、何の面白味もない男だ。容姿だって、兄弟であるミックと大して変わらない。そんな男をロレーンが選ぶだなんて、当時のミックには信じられなかった。
 生涯最大の失恋をしたミックは、ロレーンに想いを告げることも出来ないまま、村を離れることにした。王都マンセルへ行って勉強し、賢者になろうと思ったのだ。ロレーンが兄と一緒になるのを見たくなかった、というのが大きな理由でもある。ミックは二人が結婚式を挙げる前に、逃げるようにして村を出た。
 それから十五年間、ミックはひたすら勉学に勤しんだ。故郷から兄やロレーンから手紙が届くこともあったが、なるべく村のこと――ロレーンのことは忘れようと思った。そして、遂に賢者としての学業を修めた。
 ようやく失恋の痛手も記憶の片隅に追いやられ、ミックは村に戻った。もう、兄とロレーンのことを見ても、自分は何も感じないだろう。そう思っていた。
 ところが、その考えは甘かったと、今でもミックは悔やまずにいられない。出迎えてくれたロレーンは、十五年という歳月を感じさせないくらい美しいままだった。いや、十五年前よりも、その魅力を増していたと言ってもいいだろう。その瞬間、彼女に恋心を抱いていた少年時代の感情が即座に甦る。やはりロレーンを忘れることなどできなかったのだ。
 しかも、一人娘だというラナを初めて紹介されたとき、ミックはさらなる衝撃を受けた。若い頃のロレーンと瓜二つ。いや、あの頃のロレーンに比べ、まるで男を誘うような、どこか大人びた雰囲気さえ持っている。ミックはこの美しい母娘の魅力に惹き込まれた。
 それと同時に、兄デイモンへの憎しみがミックの中で再燃した。兄さえいなければ、ロレーンと結婚し、ラナという美しい娘を儲けていたのは自分なのだ、という妄想が止まらない。どうにかして兄を抹殺し、ロレーンとラナを自分のものに出来ないか、ミックは来る日も来る日も考えるようになった。
 そして、その機会は訪れた。クリピスへ赴いた帰り道、二人組の山賊に出会ったのだ。ドグラとキールである。
 ミックは二人に金品をあっさりと渡すと、さらなる儲け話を持ちかけた。
「一週間後、この道を荷馬車が通る。その夫婦を襲ってもらえないか? 成功すれば、報酬を約束しよう。ただし、女には手を出すな。男だけ殺してくれ」
 ドグラとキールに兄デイモンの荷馬車を襲わせたのはミックだったのだ。二人は了解した。
 ところが誤算が生じた。山賊たちが兄のデイモンばかりか、一緒にいたロレーンまで殺害してしまったのだ。
 これにはミックも茫然とした。愛しのロレーンがつまらぬ策謀の犠牲となってしまったことに。
 しかし、ミックよりもショックを受けたのは一人娘のラナだった。ミックは彼女を引き取り、兄夫婦に代わって育てるつもりだったが、当のラナは精神的なダメージが大きかったせいか、昏睡状態に陥ってしまったのである。何日経っても目覚めず、このままでは衰弱死を待つしかなかった。
 自分はロレーンもラナも失ってしまうのか。そのことを思うと、ミックには言い表しようのない焦燥感が募った。
 着衣を脱がされたラナの首元には、ミックがマンセルの露店で見つけたペンダントが光っていた。本当はロレーンにと思って、買ったものだ。だが、ラナを見て、気が変わった。
 ラナを見ていると、自分が彼女の叔父などではなく、なぜか一人の少年に戻ったような錯覚に陥る。それはロレーンに対して遂げられなかった恋情を呼び覚まし、失われた人生そのものを取り返せるような妄執に捉われた。
 理性のタガが外れたミックはローブを脱ぎ始めた。ラナを自分のものにする。今、そうしなければ、いずれラナは衰弱死し、ミックは一人残されてしまうだろう。それよりは自分の想いを遂げるべきだと身勝手な理屈で、これから行おうとする姦淫を正統化した。
 自らも裸になったミックは、まずラナの膝を立たせ、それから左右に押し広げた。まだ男を知らない少女の局部が露わになる。ミックは昂りを抑えきれず、腰を進めた。
 ようやく念願が叶う――
「何をしている!?」
 ミックがラナの処女を奪う寸前、部屋の入口で男の問う声がした。今度はさすがのミックもギョッとする。イミールのときとは違う。ローブを脱ぎ捨て、今まさに意識不明の少女を犯そうとしていた状況なのだ。言い訳など出来ない。
 ミックが振り返ると、見知らぬ男が立っていた。村の者ではない。年齢は二十歳前後といったところか。とてもハンサムな顔立ちで、体格も立派だ。
 その青年はベッドでのミックたちと、足下に倒れているイミール少年を交互に見た。その顔が蔑みに変わる。
「眠って、抵抗も出来ない少女を犯そうというのか」
「だ、誰だ、お前は!? 勝手に他人の家に入ってくるなんて」
 必死に虚勢を張ろうとしたミックだが、残念ながら声が震えていた。こんな場面を目撃されたのだから無理もない。しかも身体には何も身につけていないのだ。青年に丸出しの尻を向けた恰好が情けない。
 青年は失笑した。
「これは失敬。僕は彼女の恋人でね」
「恋人?」
 ミックは青ざめた。青年はとても美形で、ミックなど比較にならない。
「僕はデューク」
 その青年こそウィルを殺害したデュークだった。
「デューク……?」
「叔父が姪の純潔を奪う、か――見物としては面白いが、僕にとって彼女は大事な存在だ。彼女からどいてもらおうか」
「な、何だと……!?」
 ミックはこのデュークと名乗る青年が自分の敵だと認識した。愛する者を奪う不逞の輩。兄デイモンと同じだ。
 このときばかりは羞恥心も忘れ、ミックは呪文を唱えた。
「レノム!」
 イミールのときと同様、デュークを眠らせようとした。その後どうするかは、それから考えることにする。
 しかし、あろうことか、ミックの魔法はデュークに通用しなかった。何も感じなかったかのように、デュークは平然と立っている。
「それが魔法か? 所詮は人間のレベルだな」
「なっ……効かない……だと……!?」
 ミックは驚愕した。今度はデュークの番だ。
「魔法とは、こうやって使うものだ。――ディロ!」
 デュークの手から単発のマジック・ミサイルが発射された。光弾はミックの頭を吹き飛ばす。部屋中に血が飛び散り、首から下だけになったミックの身体が何も知らぬまま眠り続けているラナの上から転がり落ちた。


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