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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

4.持ち去られたペンダント

 ピエル師が殺された南の僧院に、ハーヴェイとゼブダ、二人の衛兵が現れたのは、夜も更けてからだった。
 その頃になると、南の僧院でピエル師に師事していた修行僧<モンク>たち五十数名がウォンロン郊外にある総本山から戻ってきており、皆、突然の惨劇を知って悲嘆に暮れていた。だが、一番に悲しんでいるのはピエル師の娘リサだ。何しろ、目の前で父を殺されたのである。無理もない。
 事件のとき、留守をしていた修行僧<モンク>たちには僧院の中で待つよう指示し、殺害現場に目撃者のリサと近くにいたウィルだけを残して、二人の衛兵は死体の検分に当たった。現場保存のため、遺体は僧院の裏口の外で横たわったままである。その周
囲には照明として、篝火がたかれていた。
「致命傷は、この首の刀傷だな。左から右へ、真横に引かれている。このお嬢さんの目撃談からすれば、犯人はピエル師の背後から襲い、短刀<ダガー>のようなものを使って、右手で切り裂いた、ということだな。他に外傷らしいものはなし、と。一撃か。背後からの不意討ちとはいえ、武道の心得もあるピエル師を簡単に仕留めて見せた手際、かなりの手練れみたいだな」
 ゼブダが顎の無精ヒゲを親指で撫でながら、同僚のハーヴェイに見解を求めた。ハーヴェイも同意見のようで、神妙にうなずく。
「これは西の僧院のマトス師と、まったく同じですね」
「ウォンロンの僧正を立て続けに二人か。大胆不敵なヤツだな」
「ええ。これはもう、ロハン共和国への挑戦でもあります」
「そう熱くなるなよ」
 ゼブダは一回り年下の相棒の肩をポンと叩くと、ずっと父親の死に顔を見つめていたリサを振り返った。憔悴しきってはいるが、ようやく落ち着いてきたようだ。
「リサさん、でしたな? お父上を殺した犯人の顔をご覧にならなかったのですか?」
 そうゼブダに問われて、リサはビクッと肩を振るわせた。
「はい……突然のことでしたし……相手は父の背後に立っていたので、私からは陰になっていました。それに頭をすっぽりと覆ったフードをかぶっていましたので……」
「なるほど」
 ゼブダはまた顎に手をやり、一度、ピエル師の遺体を見下ろした。
 検分を終えたハーヴェイが遺体にシートをかぶせ、冥福を祈るように手を合わせた。そして、立ち上がると、ゼブダの横に並ぶ。
「その後、犯人はどうしたんです? あなたを襲おうとはしなかったのですか? それに犯人の顔を見ていなくとも、どっちへ逃げたかはご存じでしょう?」
 少しでも手がかりを得ようと、ハーヴェイは矢継ぎ早に尋ねた。
「おい、ハーヴェイ」
 血気にはやる相棒をなだめるように、ゼブダが名前を呼んだ。しかし、ハーヴェイは黙ってられないようだった。
「一刻も早く犯人を捕まえるためにも、あなたの証言は大事なんです! リサさん、殺されたお父上のためにも、どうか詳しく思い出してください!」
 ハーヴェイの勢いに気圧されながら、リサは必死に言葉を紡ごうとした。
「犯人は……犯人は父に斬りつけたあと、すぐに僧院の裏口から中へ消えました」
「僧院の中へ?」
 二人の衛兵は裏口の扉を見た。
「はい……でも、僧院の中を通って逃げたようには見えませんでした。その……つまり……」
「つまり?」
「私の錯覚かも知れませんが、裏口に逃げ込んだ途端、姿が消えたように見えたんです」
 一瞬、リサの証言をどう取っていいか分からず、ハーヴェイとゼブダは顔を見合わせた。
「相手が魔法を使ったのなら不思議はあるまい」
 今まで僧院の壁にもたれかかって、黙って話を聞いていたウィルが口を開いた。容易に想像できる可能性を指摘され、ハーヴェイたちは少し気色ばむ。
「あとで尋ねようと思っていたが、一体、お前は何者なんだ?」
 ハーヴェイが声を荒げた。だが、いつもの半分も迫力を出せていない。それはウィルの魔性のごとき美しさがそうさせるのだ。その美貌に見つめられると、平常心を保っていられなくなる。
 ウィルは壁から背を離した。
「オレの名はウィル。ただの吟遊詩人だ」
 美麗の吟遊詩人は静かに名乗った。
「吟遊詩人? そんな者がここへ何の用だ?」
 男女を問わずうらやむような美貌に羨望と嫉妬を禁じ得ず、ハーヴェイは苛立ったように尋ねた。
 するとウィルはスッと右腕を差し出して見せる。
「たまたま治療に訪れただけだ」
 ウィルの答えを確かめるように、ゼブダがリサの方を見た。するとリサがうなずく。
「本当です」
 しかし、リサが認めても、二人の疑わしそうな目つきは変わらなかった。吟遊詩人といえば、人を惹きつける華やかな職業だ。ウィルの場合、顔はもちろん世の女性たちを虜にすること受け合いだが、出で立ちは黒ずくめで怪しげ。旅帽子<トラベラーズ・ハット>を目深にかぶってしまうと表情も見えず、とても吟遊詩人には見えない。それに吟遊詩人という以上、この首都ウォンロンの者ではないだろう。素性の知れぬ者をおいそれと信用するわけにはいかない。
 それを知ってか知らずか、ウィルは平然とした態度で、ピエル師の遺体に近づいた。
「おい」
 制止しようとしたハーヴェイだったが、ウィルはそれに構わず、しゃがんで、遺体にかけてあったシートをはいだ。
「この首についた痕を見たか?」
 ウィルは指で示しながら尋ねた。二人の衛兵が屈むようにして覗き込む。するとピエル師の首の後ろ、付け根近くに、赤く擦れたような痕が認められた。
「何だ、これは?」
 首につけられた致命傷ばかり気にしていて、ウィルが指摘したところにはまったく気づいていなかった。ゼブダがもっと近づいてみる。
「擦り傷──まではいかないが、何か強い力で擦ったような痕だな」
 多くの死体やケガ人を見てきたゼブダが判断する。
「あっ」
 そのとき、リサが声を上げた。みんな、振り向く。
「どうしました?」
「もしかして……」
 そう言って、リサも遺体に近づいた。そして、もう一度、首元を見る。
「やっぱり……」
 リサは口許を覆うようにして呟いた。
「何が、やっぱりなんですか? 新たに気づかれた点でも?」
 訝しげにハーヴェイが問うた。リサが我に返る。
「あっ、はい。父が首にしていたペンダントがなくなっているんです」
「ペンダント?」
「ええ。父がいつも首から下げていました。大きさは私の手の平くらいでしょうか。菱形をしているんですが、下半分の両端は割れたようになっているんです。見た目は何の値打ちもなさそうな錆びた金属のような感じで、ひょっとすると何かの破片をペンダントにしたのかも知れません。いつだったか、私がそのペンダントの由来を訊いたら、父は『これを守るには、いつも身につけていた方が安全だから』と言っていました。もちろん、私には意味が分かりませんでしたけど」
「なるほど。すると犯人の目的は、ピエル師の殺害とペンダントの強奪にあったのか。この首の痕は、ペンダントを引きちぎるときに出来たもの……」
 ゼブダは考えるときの癖なのか、無精ヒゲを親指でぞりぞりと撫でながら推理した。
「でも、私、もうひとつ、同じような物を見たことがあります」
 リサがそう話すと、ゼブダとハーヴェイの顔色が変わった。
「どこで?」
 思わず二人の言葉が重なる。
 リサは少したじろぎつつ、ぽつぽつと語った。
「チャベスさんが見せてくれました。二、三ヶ月くらい前でしょうか。『ほら、キミのお父さんのと同じだろう』って。確かに欠け方が少し違うような感じでしたが、色や形は同じ物でした。どうやって手に入れたかまでは聞いてませんけど。でも、チャベスさんのお父上──マトス様も持っているんだと教えてくれたのを憶えています」
「チャベス!? マトス師も!?」
 思わず大きな声を出して、ハーヴェイはその場に固まった。表情は驚愕に凍りついている。
「おい、ハーヴェイ。こいつはいよいよ……」
「はい、ゼブダさん。三つの事件がつながりましたね」
 二人は目配せしてうなずいた。
 リサはどういうことか分からず、不安げな顔を見せた。
「あの……どういうことなんでしょうか?」
 するとハーヴェイは姿勢を正した。
「ご存じありませんか? 昨夜、マトス師も何者かに殺されたのです」
「そんな!」
 今度はリサが驚きの声を上げる番だった。ウォンロンの四つの僧院にそれぞれいる僧正が、二人までも殺されるなんて。こんなことはロハン共和国建国以来の大事件だ。
「チャベスも殺されたのか?」
 不意にウィルが口を開いた。
 部外者にあまり話したくはなかったが、ここまで来れば同じだ。
「一週間前から行方不明になっている。オレは彼の捜索を担当していたんだ。だが、犯人の狙いが彼らの持つペンダントなら、チャベスもすでに殺されているかも知れない」
 ハーヴェイは沈痛な面持ちで言った。
 するとゼブダが一つの可能性を導き出す。
「ペンダントはピエル師、マトス師、チャベスが持っていた三つだけなのか? それとも他に誰か持っている者が……?」
 ハーヴェイがパチンと指を鳴らした。
「ピエル師もマトス師も、このウォンロンの僧正です! とすれば、他の二人の僧正が持っているのでは!?」
「なるほど。どうして僧正ではないチャベスまで持っていたのかは分からないが、他の二人の僧正がペンダントのことを知っている可能性は高いな」
「そして、犯人が未だにペンダントを狙っているなら、その二人も──」
「襲われるってことか!」
「はい!」
「こうしちゃいられないぞ、ハーヴェイ! すぐに応援を呼んで、北と東の僧院を警護するんだ!」
「はい!」
 ゼブダとハーヴェイの二人は、あいさつもそこそこに、その場にウィルとリサを残し、慌ただしく立ち去っていった。


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