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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

6.閉ざされた門

 ウォンロンの守衛本部に戻ったハーヴェイとゼブダは、直属の上司ではなく、衛兵たちの最高責任者である騎士隊長に掛け合い、コレまでの事情を説明して、北と東の僧院を警護するよう訴えた。
 西の僧院のマトス師と南の僧院のピエル師は、ロハン共和国でも要人である。何者かが、その二人を殺害し、あまつさえ他の僧正をも狙っている可能性も否めないとなれば、騎士隊長の重い腰も上がるというものだ。守衛本部にいた衛兵たち全員はもちろん、すぐさま非番の者さえも召集され、二つの僧院に派遣された。
 翌早朝、ハーヴェイとゼブダの二人は、東の僧院へと割り振られた。衛兵、二百余名がそれぞれの僧院を警戒することになる。しかし、事は簡単に運ばなかった。
「ならぬ!」
 東の僧院の門前で、応対に出てきた一人の修行僧<モンク>に、中の警備を断られてしまった。事件の詳細を知るハーヴェイとゼブダは交渉役を買って出る。
「いいですか? もう一度、言いますよ? 何者かが、このウォンロンの僧正を次々に殺しているんです。今度、狙われるのは、ここのソーマ師かも知れないんですよ? 我々はソーマ師を守ると同時に、マトス師たちを殺した犯人を捕まえたいのです。どうか、協力してください!」
 ハーヴェイは目の前の修行僧<モンク>を見上げながら言った。何しろ、出てきた修行僧<モンク>というのが、いかめしい大男で、たった一人で門前を塞いでいる格好になっているのだ。迫力に押された格好になるのも無理はない。
 修行僧<モンク>は腕を組みながら、山のように動かず、ジロリとハーヴェイを一瞥した。
「マトス師とピエル師のことは知っている。お前たちの言うとおり、次に狙われているのは、我が師かも知れない」
「だったら──」
「しかーし!」
 口を挟もうとしたハーヴェイを修行僧<モンク>は大きな声で遮った。まるで噛みつきそうな勢いだ。
「お前たち衛兵どもの力を借りるまでもない。我らも武術には一日の長あり。ソーマ師は我ら直弟子がお守りする!」
 修行僧<モンク>はそう言うと、右拳を左の手の平にピシャリと叩きつけた。重そうな拳の一撃である。彼らは格闘のプロ。特に目の前の大男の力なら、大鬼<オーガー>すらも殴り殺せるだろう。
 断じてここを通さないという修行僧<モンク>の迫力にたじろぎながら、ハーヴェイたちもそれで引き下がるわけにはいかなかった。
「今はそんなメンツにこだわっている場合ですか! 相手はおそらく魔法の使い手! どのような手段で入り込もうとするか、分からないんですよ! ここは我々と協力すべきです!」
 ハーヴェイは切々と訴えた。だが、目の前の修行僧<モンク>には鼻で笑われてしまう。
「フン! 魔法か。ならば、余計に部外者はお断りだな。我々の中には聖魔法<ホーリー・マジック>を体得している者も多く、魔法ならこちらが専売特許。そちらは素人だろう? それに、賊がお前たち衛兵の一人になりすまして、ソーマ師に近づこうとするかも知れぬ。認められんな!」
 そう言うと、修行僧<モンク>は正門を閉じようとした。慌てて、ハーヴェイはそれを止めようとする。
「ま、待ってくれ! もう一度、考え直してくれ!」
 しかし、それはムダな努力だった。
「どうしても警備をしたいというのなら、僧院の外でやるんだな! さあ、どけ!」
 ハーヴェイは修行僧<モンク>に突き飛ばされた。向こうとしては軽い力加減のつもりだったかもしれないが、とにかく体格が違いすぎる。ハーヴェイは仲間たちの見ている前で尻餅をついた。
 修行僧<モンク>は、今一度、鼻で笑ったような顔でハーヴェイを一瞥し、閉門した。重々しい門扉の音が無情に響く。
「ハーヴェイ」
 同僚のゼブダが手を貸してハーヴェイを立たせてやった。おまけに尻の埃もはたいてやる。
 ハーヴェイは悔しそうに歯ぎしりした。そして、いきなり僧院の閉じられた門扉を蹴り上げる。信仰心の高いロハン共和国では、こんな行為すら神への冒涜に近い。しかし、ゼブダを初めとして、他の衛兵たちもハーヴェイの気持ちは痛いほどに分かっていた。
「やめろ、ハーヴェイ」
 怒りを鎮めるように、ゼブダは努めて優しく声をかけた。それでもハーヴェイは、なおも門扉に足を上げかける。ゼブダが慌てて止めた。
「やめろって! オレたちがいくら言ったところで、大寺院や僧院では強制権がないんだ。断られたらおしまいさ。そんなこと、お前にだって分かっているだろう?」
「しかし!」
 憤りを押さえ込むことが出来ないハーヴェイは、ゼブダにまで食ってかかろうとしたが、そこへ二人の直属の上司である衛兵長ビルフレッドが前に出てきた。
「ハーヴェイ、我々が、今、対さねばならぬのは、僧院の修行僧<モンク>たちか? それともマトス師らを殺害した犯人か?」
 ビルフレッドはあえてハーヴェイに問うた。ハーヴェイは息を吐き出すようにして、声を絞り出す。
「犯人です……」
 ハーヴェイの答えに、ビルフレッドはうなずいた。
「そうだ、それでいい。我々は外で犯人を待ち伏せよう。犯人がどこからかやって来るのなら、外にいる我々の方が捕まえやすい。そう考えることにしようじゃないか」
 最後、ビルフレッドはウインクして、笑みを見せた。そして、他の衛兵たちに指示を与えようと、右足を引きずりながら戻っていく。
 ビルフレッドは、ハーヴェイがウォンロンの衛兵になるずっと前から、常に現場で働いてきた叩き上げのベテランだ。ウォンロンの衛兵であることを生涯の誇りとしてきたが、三年前、ある賊を追っていたとき不覚をとり、右足を負傷してしまった。以来、現場へ出ることは難しくなり、ずっと断り続けてきた昇進を引き受け、ハーヴェイたちの上司となったのである。その姿は全衛兵が鑑とすべきものであり、ハーヴェイもゼブダも全幅の信頼を置いていた。
 そのビルフレッドの後ろ姿を見て、ハーヴェイは気持ちを切り替えた。先程の修行僧<モンク>には腹が立つが、ビルフレッドの言うとおり、今はソーマ師を守り、犯人を捕まえることが何よりも大事だ。
 ハーヴェイの表情を見て、ゼブダも安心したに違いない。相棒の背中をドンと叩いて、仲間たちの方へと促した。



 昼間は何事もなく過ぎた。そして、再び夜が訪れる。
 夜間の警備に備え、早めの食事を済ませたハーヴェイは、ゼブダが待つ持ち場へと戻った。
 東の僧院の裏手。各僧院は王都ウォンロンの中心に向かって建てられているため、正門は西向きで、二人の持ち場は東側ということになる。建物の陰になって、早くも辺りは薄暗くなってきた。
 暗くなっていても、ゼブダのいる場所はすぐに分かった。小さな明かりが灯っている。ゼブダが吸っているタバコの火だ。ハーヴェイは小走りに駆け寄った。
「お先にいただきました」
「おう」
「ゼブダさんは?」
「ああ、この一本を吸い終わったら行くわ」
 ゼブダはそう言って、食事よりも一服を優先させた。
 任務中だというのにタバコを吸っている先輩に、ハーヴェイは不快な顔をする。まるで緊張感が見られない。これで、いざというときに大丈夫なのかと心配になる。
 ゼブダはそんなハーヴェイの視線を知ってか知らずか、ゆっくりとタバコをくゆらせた。
「犯人のヤツ、来るなら早くしてもらいたいものだな。何日も家を空けるようなことになったら、娘に顔を忘れられちまうぜ」
 愛娘を思い出しているのか、ゼブダは目尻を下げながらぼやいた。ハーヴェイは苦笑してしまう。
「マヤちゃんでしたよね。生後一ヶ月くらいでしたっけ? ゼブダさんのこと、お父さんって分かってるんですか?」
 ハーヴェイは冗談めかして言った。すると、
「ばかやろう。分かっているに決まってんじゃねえか! オレが抱いてやると、にこにこ笑うんだぞ! お前も早く結婚して子供が出来れば、どれだけ可愛いか分かるってもんだ!」
 ゼブダはムキになって反論した。三十も半ば近くになって、やっと結婚したくせに、まだ若いハーヴェイに説教とは。子供の話になると、いつもこれだ。
「じゃあ、今度、お宅にお邪魔しますよ」
 ゼブダの妻は、結婚式に出席したとき、ちらりと見ただけだ。娘のマヤとは、話に聞くだけで、まったく会っていない。
 するとゼブダはうなずいた。
「おお、いつでも来い。ウチのヤツが腕によりをかけた料理を振る舞ってやるからよ。──ただし、娘には手出しするなよ? 絶対に娘は、お前にやらんからな。いや、相手が誰であろうと、オレは嫁がせる気はない!」
「はあ? そんな、まだ生後一ヶ月でしょ?」
 気の早いゼブダのセリフに、ハーヴェイは呆れた。親バカぶりもここまでくると笑うしかなくなる。
 するとそこへ上司のビルフレッドがやって来た。
 ゼブダは慌てて吸っていたタバコを投げ捨て、靴底でもみ消す。そして、ハーヴェイと並んで敬礼した。
「どうだ、様子は?」
 ビルフレッドが尋ねた。
「異常ありません!」
 ゼブダが答える。
 するとビルフレッドの視線は、ゼブダの足下に向けられた。ゼブダは内心、冷や汗をかく。だが、ビルフレッドはそれきり、咎めるようなことはしなかった。
「ところで、北の僧院を警備している者たちから聞いたのだが、犯人がマトス師たちから奪っていったというペンダント、僧正のヤン師は知らないと言っていたらしい」
「え?」
 ビルフレッドの話に、ハーヴェイは思わず声を上げた。
 奪われたペンダントは、それぞれの僧正たちが持っている物だと考えていた。それなのに、北の僧院のヤン師が持っていないとなれば、ハーヴェイたちの推理は違ってくる。
「あれは、僧正たちが持つ物じゃないのか?」
 ゼブダが無精ヒゲを撫でながら考え込んだ。
「確か、マトス師の息子であるチャベスも同じ物を持っていたという話だったな?」
 ビルフレッドはハーヴェイに確認した。ハーヴェイはうなずく。
「はい。ピエル師の一人娘、リサが証言しています」
「あの娘ウソをついたとは思えんな。そんなことをしても、彼女に得があるはずもないし。──あとは、ここのソーマ師が持っているかどうか……」
 ゼブダは目の前の東の僧院を見上げた。
「うむ。まだペンダントについては、分からぬことの方が多い。そもそも、犯人たちはなぜそれを狙うのか。何か秘密がありそうだな。とにかく、我々はソーマ師を守り、犯人を捕まえることに専念しよう。──頼むぞ、二人とも」
「はい!」
 ビルフレッドの言葉に、ハーヴェイは力強く返事をした。


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