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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

7.厳戒体制下

 日没からしばらくして、東の僧院を警備し続けるハーヴェイたちの元へ、殺されたピエル師の娘リサがやって来た。その隣には、黒衣の吟遊詩人ではなく、四十絡みの修行僧<モンク>が一人付き従っている。おそらくは南の僧院で、ピエル師に師事していた者に違いない。
 リサはハーヴェイたちを見つけると、ホッとしたように一礼した。
「他の衛兵の方にお訊きしたら、こちらにいらっしゃると伺ったものですから」
 リサは物々しい警戒の中で見知った顔を見つけて、少しは不安を和らげることができたようだった。何しろここへは、いつソーマ師の命を狙って、賊がやってくるか分からない状況なのだ。
「どうしたんですか、一体?」
 いくら護衛をつけているとはいえ、今、ここへ来るのは危険だと思いながら、ハーヴェイはリサに尋ねた。改めて、周囲の様子に気を配る。今のところ、何事もなく、静かな夜だ。東の僧院からも変わった様子は見られない。
 リサは胸の前で両手を握りしめながら話した。
「ソーマ師にお会いして、ピエル師の──父のことを訊こうと思いまして。父は亡くなられたマトス師同様、ソーマ師とも昔から親交がありましたから。もしかすると、あのペンダントについても、何か知っているかもしれません」
 そのリサの言葉に、ハーヴェイとゼブダは顔を見合わせた。そして、言いにくそうに、ハーヴェイが口を開く。
「そのペンダントのことですが、北の僧院のヤン師は知らないと言っていたそうです」
「そ、そんな……!」
 リサの父ピエル師、そして西の僧院のマトス師、その息子チャベスの三人が同じ物を持っていたということで、彼女の中にペンダントとウォンロンの僧正たちには何か関係があるという思い込みが出来ていたのだろう。それを違うかも知れないと言われ、軽いショックを覚えたようだった。
 そんなリサを見かねたように、ハーヴェイはすぐに付け加えた。
「ただ、ソーマ師は知っているのか、知らないのか、それは分かりません。何しろ、向こうは修行僧<モンク>の一人が出てきて、我々の協力はいらないと言い張り、中にも入れてもらえない有様なのです。犯人の狙いが本当にペンダントにあるのか、それともウォンロンの僧門に対する憎悪なのか。今の時点では、まだ断定はできません」
「そうですか……」
 説明されたリサは、少し考えるような仕種をした。そして、何かを決心したかのように、ハーヴェイたちへ顔を上げる。揺らぐことのない真摯な瞳が二人をハッとさせた。
「やっぱり私、ソーマ師にお会いして、ペンダントのことを訊いてみます」
「え?」
「どうして父が殺されたのか、私はその理由が知りたいんです。少しでも皆さんのお役に立てるんでしたら、どんなことでもします!」
 大人しそうな少女に見えるのに、芯の強さは確かだった。
 ハーヴェイたちとしても、リサがソーマ師から話を聞き出してくれれば、情報を得ることが出来る。しかし、彼女は一般人だ。そういうことをさせるのは、少しはばかられた。それに、賊がいつ襲ってくるかも分からない。そんなところへ彼女を送り込んでいいものか。
 ハーヴェイは先輩であるゼブダの判断を仰ごうと思った。
 すると、ゼブダはあっさりと首肯した。
「こちらも、まだペンダントについては何も分かっていない。もし、ソーマ師が話してくれるのなら、それに越したことはないからな」
「ゼブダさん!」
 あまり深い考えもなくゼブダが許可したように見えて、ハーヴェイは思わず声を上げた。
 後輩が何を言わんとしているか、相棒であるゼブダにはすぐ分かった。それをなだめようとする。
「別に、そんなことくらい堅く考えるなよ。彼女はソーマ師の見舞いへ行って、ちょっと茶飲み話をしてくるだけだ。──なあ?」
 同意を求めるように、ゼブダはリサにウインクした。リサはくすりとおかしそうに笑う。事件が起こってから初めて見せる、彼女の微笑みだった。
 上司のビルフレッドだったら、どういう判断を下すだろうと思いながら、ハーヴェイはあきらめるしかなかった。どうせ、言うだけムダだ。
「もし、賊が侵入してきたら、どこかに隠れていてくださいよ。こっちは中へ助けに行けるかどうかも分からないんですから」
「はい」
 ハーヴェイのせめてもの忠告に、リサは素直にうなずいた。
 二人と別れたリサは、護衛の修行僧<モンク>と共に表へ回り、東の僧院の門を叩いた。
 しばらくしてから、いかめしい修行僧<モンク>が応対に現れた。ハーヴェイたちを追い返した大男だ。
 中もピリピリした状態で、ソーマ師の護衛をしているに違いない。修行僧<モンク>は最初、近づきたくないくらい不機嫌そうに見えた。だが、来訪者がリサだと知り、たちまち相好を崩す。
「これはリサ殿。お久しゅうございます」
「こんばんは、タウロスさん。夜遅くにすみません」
 修行僧<モンク>、タウロスの応対は、明らかに衛兵たちのときと違っていた。
「いえ、とんでもありません。それよりもピエル師のこと、残念でした。さぞ、お悲しみのことでしょう。お悔やみ申し上げます」
 タウロスは弔辞を述べた。リサが礼を返す。
「ありがとうございます。──それよりも、ソーマ師のお加減はいかがですか? 前々からお見舞いに伺おうと思っていたのですが」
 リサがそう言うと、タウロスは人前では決して見せないような悲痛な表情を浮かべた。
「それが……我々の聖魔法<ホーリー・マジック>でも、なかなか良くおなりになりません。もう魔法では及ばないのか。多分、大僧正様でも無理でしょう」
 いかに聖魔法<ホーリー・マジック>が癒しの力を持とうとも、人の寿命には限りがある。死期の近い人間に、治癒魔法は効果を為さない。
「まあ、そんなにお悪いんですか?」
 まさか、そこまで病状が悪化しているとは、リサも知らなかった。
 タウロスはうなずく。
「師も、自分の体のことだからと、死期が近いことを悟られているようです。それでも他の方たちに心配をかけまいと、ご自分のご病気のことは伏せておくように申されまして……。そんなわけで、私どももマトス師やピエル師のことをお知らせしておりません。三人は旧知の仲だったと聞きますし、今、お二人の死を知らせることは、師にとっても相当な痛手となるはずですから」
 マトス、ピエル、ソーマの三人は、歳も近く、同じ師の下で修行した兄弟弟子だった。リサはマトス師にもソーマ師にも、実の娘のように可愛がられていた。
 ちなみに、北の僧院のヤンは三人よりも一回りほど年下で、異例の若さで僧正になった生まれながらの聖人と呼ばれている。次の大僧正には、マトス師たち三人よりも、ヤン師がなるのではないかとさえ囁かれていた。
「そうですか。分かりました。──もしよろしければ、少しでもお会いできないでしょうか? もちろん、父たちのことは一切口にしません」
 リサはそう約束し、面会を求めた。タウロスも、それを承知する。
「どうぞ」
 タウロスはリサたちを中に招き入れた。
 僧院の中では、両脇に二人の門番が立っていた。彼らも修行僧<モンク>だ。ソーマ師が襲われるかも知れないということで、外と同様に内部の警備も厳重だった。
「私はこの辺でお待ちしております」
 護衛として付いてきた修行僧<モンク>がリサに言った。リサはうなずくと、タウロスに案内されて、二階へと上がっていく。
 東西南北の僧院は、どれも造りが似通っていた。それに案内されなくとも、リサはピエル師の使いで何度もここを訪れている。ソーマ師の寝室は分かっていた。
 寝室へ至るまで、所々に警護の修行僧<モンク>が立っていた。これならば、さすがに賊も入り込む余地はないのではないかと、リサは思う。
 やがて、リサはソーマ師の寝所の前まで来た。するとタウロスが扉をノックする。
「僧正様。リサ殿がお見えになりました」
 しばらく間があってから、かすれた声が聞こえた。
「おお、リサが。……通せ、タウロス」
「はっ!」
 タウロスは機敏な動作で、扉を開けた。そして、リサに一礼する。
 リサは胸の前で両手をキュッと握ると、暗い寝室の中へと足を踏み入れた。


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