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その夜、ロハン共和国の首都ウォンロンで暮らす者たちは、この世のものとは思えない光景を目撃することとなった。
寝静まってから聞こえてくるカラカラという渇いた音。それは次第に数を増し、一度はベッドに潜り込んだ者すら、音が気になって目が冴えてくる。とうとう寝つけず、何事かと、窓や玄関の隙間から外を窺った者は、己の行為を後悔したに違いない。
横幅の広い街路をおびただしい数の骸骨が、整然と列をなし、歩いていた。死者の行進。そのおぞましき光景に、人々は声を失い、腰を抜かし、すぐに家の奥へ引っ込んでしまう。信仰心の高いロハン共和国の人々にとって、死者たちが甦ったようなその姿は、この世の終わりかと思うような衝撃と恐怖を深く抱かせた。
数百体に及ぶ骸骨の群は、一路、東の僧院を目指していた。手には錆びついた剣や槍などを思い思いに持って武装している。
この骸骨こそ、最下級のアンデッド、スケルトンだ。スケルトンは闇司祭のしもべとして、他のアンデッドよりも比較的容易に作り出すことが出来る。とはいえ、この大軍は前代未聞と言えた。
「ずいぶんとそろえたものね、ダグ」
スケルトンの行進を少し離れたところから平然と眺めていた女が、隣の小男に言った。女はシェーラ、小男はダグだ。その後ろには大男のロキもいる。
シェーラの言葉に、ダグはニヤリと笑った。
「あれくらいのスケルトンを創るくらい、オレの《死者創生の術》を使えばどうってことないさ。何なら、ウォンロンの墓に眠る死者すべてをスケルトンとして甦らせてもいいんだぜ」
ダグはまだ若いくせに青白くやせ衰えた顔をシェーラに向けた。《死者創生の術》は術者の生命を著しく削る。もし、本当にそんなことをすれば、ダグは死に至るだろう。シェーラには、それを分かっていた。
「これで充分だよ、ダグ。あとは私とロキに任せな。──いいね、ロキ?」
すると後ろに控えていた大男のロキが指を鳴らした。
「へへへ、いよいよオイの出番だ。父ちゃんや母ちゃんを殺したヤツらを皆殺しにしてやらぁ!」
ロキはこれからの殺戮を想像して、頬を緩ませていた。
「ロキ! 皆殺しにするのは、私たちの神を復活させてからだ! 分かってるね?」
シェーラはロキをたしなめた。三人の中ではシェーラがリーダーなのか、ロキは大人しく従う。
「分かってるだよ、シェーラ」
三人は目配せした。
「じゃあ、騒ぎが起こったら、行動開始だ」
それは程なくして訪れた。
東の僧院を警護していた衛兵の一人が、スケルトンの軍勢に気づき、合図の警笛を鳴らす。周辺は一瞬にして緊張が走った。
僧院の裏手を警護していたハーヴェイとゼブダも顔を見合わせた。思わず、腰の帯剣に手が伸びる。
「賊でしょうか?」
ハーヴェイは今にも駆け出さんばかりの体勢で、ゼブダに尋ねた。ゼブダは表の様子を窺うが、ここからでは何も分からない。だが、他の衛兵たちも騒然としていた。
「多分、現れたんだろうよ」
今の今まで、大あくびをしてだらけきっていた同じ人物とは思えないほど真顔に戻って、ゼブダはうなずいた。
しかし、まだ持ち場から離れるわけにはいかない。これが何かの陽動である可能性が否めないからだ。
だからといって、ここでジッとしているのもハーヴェイには苦痛だった。自分も賊を捕らえたいという気持ちが昂る。
そんなハーヴェイに応じるかのように、二度目の警笛が鳴った。そして、
「敵襲! 全員、表に集結せよ!」
と切羽詰まった声での召集がかかる。待ってましたとばかりに、ハーヴェイは走り出した。そのあとをゼブダが続く。
表に回ったとき、ハーヴェイは信じられないようなものを見た。道一杯に広がった骸骨の集団が、東の僧院に向かって押し寄せてこようとしている。それはまるで悪夢を見ているかのようだった。
「ま、マジかよ?」
意気込みは、すぐ躊躇に変わった。南の僧院では霊柩馬車に乗った屍食鬼<グール>が襲ってきたという話をリサから聞いてはいたが、まさか骸骨が大挙して襲って来ようとは想像もしていなかったハーヴェイである。一瞬、自分が何をすればいいのか分からなくなった。
「全員、僧院を死守せよ! 一匹たりとも通すな!」
馬上で剣を振りかざしながら、上司のビルフレッドが号令を出していた。衛兵たちから鬨の声が上がる。
一方、スケルトンたちは、相手の鼓舞に怖じ気づくことなく、真っ直ぐ進み続けた。無言の侵攻が衛兵たちを圧する。
「かかれっ!」
ビルフレッドが馬の腹を蹴って、戦端を開いた。それに他の衛兵たちも続く。
ハーヴェイも臆する自分を振り払うかのように声を張り上げ、スケルトンの軍勢に突進した。それを相棒のゼブダが慌てて追う。
「お、おい、ハーヴェイ! 待て!」
だが、初めて経験する大規模な集団戦闘にのぼせ上がったハーヴェイには、ゼブダの制止の声は聞こえていなかった。意味不明な大声を出しながら、がむしゃらに突進していく。とうとう仲間同士で入り乱れ、ゼブダはハーヴェイを見失った。
ガキィン!
剣戟の音が周囲のあちこちから聞こえた。東の僧院の前は、アッという間に大乱戦になる。怒号と悲鳴が夜気を震わせた。
「だああああああっ!」
ハーヴェイもスケルトンの一体に斬りかかった。上段から振り下ろした剣を骨董品のような錆びだらけの剣で受け止められる。
スケルトンの眼窩に赤く妖しい光が瞳のように点った。カタカタと鳴り響く骨の音。
実戦訓練は積んでいるハーヴェイでも、こうして実際に命のやり取りをするのは初めてだった。ましてや、今の相手は闇の力でかりそめの命を与えられたアンデッド。訓練のように、あれこれと考えて行動できるはずがなかった。
だが、骨格だけで動いているスケルトンには、見かけ通り、それほど力がない。ハーヴェイが二の腕に力を込めると、鍔迫り合いで優った。スケルトンが身を逸らす。
「はああああああっ!」
強引に押し込むようにしてスケルトンの体勢を崩すと、ハーヴェイは骨盤を横薙ぎにして砕いた。支えを失ったスケルトンはバラバラになる。
その様を見下ろしながら、ハーヴェイはうまく戦えた自分に驚いた。そして、見た目の不気味さほど、スケルトンはそんなに手強い相手ではないと知る。これなら、いくら数が多くても勝てそうだ。ハーヴェイは自信を持つと、次のスケルトンへ仕掛けた。
今度は槍を持ったスケルトンだった。一度、槍を振り回すようにしてハーヴェイを牽制してから、穂先を突き出してくる。それをハーヴェイは腰をひねるようにして避けた。そして、スケルトンが槍を手元に戻す前に、素早く間合いを詰める。槍の利点はその長さであり、逆に懐へ飛び込まれてしまうと、それが弱点にもなる。ハーヴェイは難なく、スケルトンの首を跳ね飛ばした。
崩れ去るスケルトンの手から槍を奪うと、ハーヴェイは向かってきた半月刀<シミター>のスケルトンへ突き立てようとした。しかし、スケルトンは骨格だけで構成されているため、体中が隙間だらけ。槍を胸に貫いたまま、スケルトンは半月刀<シミター>を振るってきた。
「うわああああああっ!」
思わぬ反撃にハーヴェイは悲鳴を上げて、目をつむった。
「ハーヴェイ!」
聞き覚えのある声がしたのは、その刹那である。同時に半月刀<シミター>のスケルトンは背後から袈裟斬りにされ、瞬く間に崩れ去った。
「ハーヴェイ、大丈夫か!?」
窮地を救ってくれたのは、先輩であり相棒でもあるゼブダだった。乱戦の中をかき分けて、ハーヴェイに駆け寄ったのだ。
危なく命を失いかけたハーヴェイは、放心状態に陥りかけた。そんなハーヴェイの肩をつかみ、ゼブダが激しく揺り動かす。
「先走るな! 戦いで自分を見失ったら、おしまいだぞ! このガイコツたちに、突きを喰らわしてもムダだ! ご覧の通り、ヤツらの身体はスカスカだからな! とにかく砕け! 力一杯、剣を振り回せ!」
ゼブダは怒鳴るようにして、ハーヴェイを叱咤した。今のハーヴェイは戦いに呑まれている。戦いの最中、足を止めてしまったら、相手のいい的だ。
肩へ食い込むゼブダの指の力で、ハーヴェイは我に返った。そして、ゼブダの顔を見つめ返す。
「ぜ、ゼブダさん……」
「しっかりしろ! こんなところでくたばりたいのか!? 二人一組で戦うぞ! オレから離れるなよ! いいな!?」
「は、はい!」
ハーヴェイは何度もうなずいた。そして、汗ばんだ剣の柄を握り直す。
スケルトンの軍勢は、次から次へと雲霞のように押し寄せてきた。数で劣る首都保安官たちは劣勢に立たされる。
「行くぞ!」
ゼブダは剣を振り上げて、スケルトンに向かっていった。ハーヴェイも遅れまいと、それに続いていく。
東の僧院の前は、戦場のような混乱が渦巻いた。
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