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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

10.血塗られた凶刃

「一体、何の騒ぎだ!?」
 タウロスは二階から降りてくると、東の僧院の入口へ走りながら怒鳴った。入口を固めていた二人の修行僧<モンク>が、外の様子を窺っていた覗き穴から顔を離して、振り返る。その表情は恐怖に青ざめていた。
「が、骸骨です……」
「骸骨?」
「はい……それもすごい数で、こちらへ迫っています……」  怯えた口調の修行僧<モンク>を押しやり、タウロスは自ら覗き穴を見た。そこで見た想像もしなかった光景に、さすがのタウロスも息を呑む。
 東の僧院の前では、ビルフレッド率いる衛兵たちと、墓場から這いずりだしてきたようなおびただしい数の骸骨が剣を交えていた。
 邪悪なる魔法で甦った骸骨──スケルトンは、ただの操り人形と同じで、恐怖心など皆無だ。従って、衛兵たちに臆することなく、一歩一歩、東の僧院へと近づいていた。それを押し返そうとするビルフレッドたちだが、数ではスケルトンの方が上回っている。中には孤立して戦う者も見られた。
 両者の衝突はたちまち乱戦となり、どちらが優勢か、タウロスたちが見ても判断がつかなかった。
「我々も討って出ますか?」
 タウロスの後ろには、東の僧院にいる修行僧<モンク>たち全員が揃っていた。皆、闘志がみなぎっている。聖職者<クレリック>たるもの、不浄なアンデッドを誰もが滅ぼさねばならないと考えているからだ。
 ここにいる全員が加勢すれば、スケルトンたちなど簡単に退治できるであろう。それだけの鍛錬を日頃から積んでいる自負はある。だが、タウロスには決断を下せなかった。
「待つんだ。ヤツらの狙いは僧正様にある。今、我々がここを離れたら──」
 タウロスはそこまで言いかけて、言葉を呑み込んだ。まさしく、敵の狙いはソーマ師の命。半ば疑っていたのだが、このスケルトンを見たら、西と南の僧院にいた二人の僧正が襲われたのも信じるしかない。とすれば──
 そんなとき、タウロスの目に、一人の修行僧<モンク>が階段を駆け上がって行くのが見えた。東の僧院の者ではない。リサに付き従ってきた南の僧院の修行僧<モンク>だ。二階には、ソーマ師とリサしかいない。他の修行僧<モンク>たちは、外の騒ぎでこの場に集っていた。
 イヤな予感がタウロスを駆り立てた。
「どけ!」
 タウロスは慌てて、兄弟弟子たちをかきわけ、階段へと向かった。突然のことに、他の修行僧<モンク>たちは呆気に取られる。道を開けずにいる者たちに苛立ちを露わにしながら、タウロスは集団から抜け出した。
「全員、外へは出るな! 僧院への入口を固めろ! 誰であっても通すな!」
 タウロスは修行僧<モンク>たちへ怒鳴るように指示すると、階段を大股で駆け登った。そして、ソーマ師の寝室へと向かう。
 南の僧院の修行僧<モンク>は、その寝室の前にいた。物凄い形相で走ってくるタウロスをチラリと振り返る。
「お前、一体、何を──!」
 タウロスは叫んだ。すると、修行僧<モンク>は寝室の扉を開けて、中へ飛び込む。タウロスはほぞを噛んだ。
 外のスケルトンの大軍は陽動で、すでに僧院の中には賊が入り込んでいたのではないか。その可能性に早く気づかなかったタウロスは、自分の迂闊さを呪った。
 修行僧<モンク>に続いて、タウロスも寝室に駆け込んだ。そこには部屋の中央で立ち尽くす修行僧<モンク>の姿が。タウロスは後ろからつかみかかった。
「貴様が僧正様の命を狙う輩か!」
 大柄なタウロスは修行僧<モンク>の胴着を引っ張るようにした。その手を修行僧<モンク>がつかむ。
「違う、オレはただ──」
 そのとき、タウロスの耳には修行僧<モンク>の弁明など聞こえていなかった。見てしまったのだ。ロウソクの炎に照らされたベッドに、首を掻き切られたソーマ師の姿を。
「僧正様ぁーっ!」
 タウロスは悲痛な声を上げた。そして、その煮えたぎるような怒りを疑わしい修行僧<モンク>へ向けようとする。
 その刹那──
「危ない!」
 短い警告の言葉が発せられた。どこからは分からないがリサだ。
 と同時に、修行僧<モンク>はタウロスの巨躯を突き飛ばした。タウロスも決して油断していたわけではないのに、修行僧<モンク>は一瞬にして、後ろへ跳びすさる。
 逃亡するのかと思われたが、そうではなかった。たった今、二人がいた場所へ細身の女が短刀<ダガー>を振りかざしてきたのだ。間一髪、修行僧<モンク>がタウロスを突き飛ばしていなければ、その凶刃の餌食になっていたことだろう。
 タウロスは素早く構えを取った。修行僧<モンク>も同じく、女を見据える。
「その人が……その人が僧正様を!」
 窓のカーテンの陰から顔を出したリサが、女──シェーラを指しながら言った。シェーラが憎悪のこもった眼をリサへ向ける。
「邪魔だてを!」
「貴様か……僧正様を手に掛けたのは!?」
 タウロスもまた憎しみを露わにして、シェーラに問いつめた。答えずとも、その血で濡れた短刀<ダガー>は物語っている。
 シェーラは激しく眼を動かして、タウロスと修行僧<モンク>の隙を窺う。
 タウロスも用心しながら、間合いを詰めようとした。相手は短刀<ダガー>を持っているが、修行僧<モンク>たちは武器を持った相手に徒手空拳で闘う術を身につけている。味方がいるだけ、こちらが有利と言えた。
 突然、シェーラが動いた。修行僧<モンク>の方へ斬りかかろうとする。
 その動きに合わせて、タウロスも踏み込んだ。
 だが、そのシェーラの動きはフェイント。機敏に踵を返すと、今度はタウロスへ襲いかかった。
 タウロスは身を避けながら、短刀<ダガー>を持つシェーラの右手に手刀を叩き込もうとした。しかし、シェーラもそれは予測していたようで、短刀<ダガー>を左手に持ち替える。凶刃がタウロスの横腹を抉ろうとした。
「ディロ!」
 またもや危ういところを助けたのは、南の僧院の修行僧<モンク>だった。左手から発射されたマジック・ミサイルがシェーラを直撃する。おかげでタウロスは攻撃を避けることが出来た。
 マジック・ミサイルをまともに喰らったシェーラは、倒れ込むようにして床に転がった。たったの一撃で、かなりのダメージを受けたようだ。
 しかし、驚いたのはシェーラだけではなく、タウロスも同じだった。一度ならず二度までも助けられ、なおかつ今の魔法は修行僧<モンク>たちが使う聖魔法<ホーリー・マジック>ではない。
「お前は……?」
 修行僧<モンク>は自らの胴着を剥ぎ取った。その下から、黒ずくめの異邦人が現れる。
 吟遊詩人ウィル──
 その白く美しい相貌に、タウロスもシェーラも、しばし今の状況を忘れかけた。
「ウィルさん」
 カーテンからリサが出てきた。
「無事だったか?」
 美しき吟遊詩人に声をかけられ、リサも顔を上気させた。この魔性のごとき美麗さに陶然としない者はいない。
「では、今までのは魔法による変身だったのか?」
 ウィルが白魔術<サモン・エレメンタル>を扱う白魔術師<メイジ>だと分かり、タウロスは合点がいった。そして、変身ができるとなれば、それは黒魔術<ダーク・ロアー>も使えるということになる。
「あんな格好でもしないと、中に入れてもらえそうもなかったのでな」
 ウィルは無表情に言った。
 すると、代わりにリサが謝罪する。
「すみません。一緒に来てもらえるよう頼んだのは私なんです。もう、父のような犠牲者を出したくなくて……」
「結果的には間に合わなかったようだ。すまなかったことをしたな」
 ウィルもタウロスに詫びた。
 そんな二人に、タウロスはかぶりを振った。
「いや、僧正様を守れなかった責任は我々にある。リサ殿たちが気に病むことはない。それに、賊はこうして捕まえることが──」
 倒れたシェーラに目を向けたタウロスは、再び驚きに声を失った。
 シェーラがいない。
 タウロスばかりか、ウィルすらもシェーラが逃げたのを気づかないわけがなかった。リサも寝室を見渡す。
 ウィルがシェーラの気配を察知した。
「リサ!」
「えっ!?」
 いつの間に移動したのか、シェーラはリサの背後に立っていた。そして、手を回すようにして、短刀<ダガー>をリサの首筋に当てる。
「おっと、動かないでよ。この娘の命が惜しかったらね」
 シェーラはそう言うと、ウィルたちに勝ち誇ったような笑みを見せた。


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