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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

11.縛霊術

 リサを人質に取られ、ウィルとタウロスは攻め手を失った。
 シェーラはじりじりと扉の方へ回ろうとする。
 短刀<ダガー>を首に突きつけられたリサは、さすがに表情を引きつらせていた。
「結構、聞き分けがいいじゃないか。ついでに窓際まで行ってもらおうか」
 シェーラは笑みを見せながら、ウィルたちに命じた。だが、実際にはウィルのマジック・ミサイルを受け、かなりの深手を負っているシェーラだ。余裕などはなく、とにかく、ここを脱出することだけを考えていた。
「くっ、卑劣な……」
 手出しできず、タウロスは歯噛みした。シェーラをねめつけながらも、従わざるを得ない。目だけはシェーラを捉えながら、二人は窓際へとゆっくり下がった。
「さあ、一緒に来るんだよ」
 人質であるリサを促しながら、シェーラもまたウィルたちへの注意を怠らずに後ずさった。まんまと扉まで辿り着く。
「本当に逃げられると思っているのか? 下には何百人という修行僧<モンク>がいるんだぞ。いくら人質を取ったって、ムダだ」
 タウロスは仲間たちが早く気づいてくれることを祈りながら、多少なりとも時間稼ぎになればと警告を発した。しかし、そんなことではひるみもしないシェーラだ。
「無能なお前たちがいくらかかって来ようと、私を捕まえることは不可能だ。そうやって、そこで指をくわえて見ているがいい」
 シェーラはそう言って、廊下へ出ようとした。
 そのとき、タウロスはハッと気づいた。廊下に伸びている黒い人影。シェーラたちのものではない。こちらへ近づいている何者かの影だ。
 タウロスは誰かが異変に気づいて、二階へやって来たのだと思った。これで形勢逆転だ。いつでもシェーラに襲いかかれるよう、タウロスは心の準備をした。
 だが、近づいてきた人影に気づいたシェーラの反応は、タウロスが期待していたものと異なった。驚くかと思いきや、親しげに微笑んだのだ。
「いいところへ来てくれたね」
「もお、下は片づいちまってよお」
 現れたのは、シェーラと同じような黒いローブ姿の厳つい大男だった。シェーラの仲間であるロキだ。
 ロキはシェーラと入れ替わりに寝室を覗き込むと、にたりと笑った。
「まだ二匹残ってたか、グフッ、グフッ、グフッ!」
 不気味な笑い方をしながら、ロキはウィルとタウロスを見つめた。
 タウロスはやって来たのが自分の仲間でなかったことに落胆しつつも、新たな敵の出現に全身の筋肉を強張らせた。
「シェーラ、こいつらも片づけちまっていいかぁ?」
 ロキは舌なめずりをしながら、シェーラに訊いた。シェーラは当然のようにうなずく。
「好きにするといいよ。私はダグと合流して、脱出する」
「あいよ」
 ロキは返事をすると、ボキボキと指の骨を鳴らした。そして、のっそりと寝室へ入り込む。
 その隙にシェーラは、リサを連れたまま、廊下へと消えた。タウロスが追おうとするが、ロキの巨体に阻まれる。
「行かせねえぞ──はああああああっ!」
 ロキは息んだ。するとロキの魔力が目に見えたオーラとなって立ち昇る。
 タウロスは鳥肌立った。ロキから凄まじい力を感じる。それも邪悪な。
「行くぞ、《縛霊術》!」
 ロキの背後から白い煙のようなものが浮かび上がった。煙はロキの頭上で人のような形になっていく。それが六体。
「死霊だ! 気をつけろ!」
 今まで黙っていたウィルが叫んだ。
 アンデッドの中でも、実体を持たずに幽体で活動するものは厄介である。生ける屍<リビング・デッド>であれば、かつての肉体を破壊すればいいが、幽体の場合は剣や弓などの通常武器は通じない。幽体のアンデッドを滅ぼすには、魔法か、魔力付与された特別な武器が必要となる。
 ロキは、その幽体を六体も呼び出した。白い煙のような死霊がウィルとタウロスへ襲いかかる。
「ラッカー!」
 タウロスは聖魔術<ホーリー・マジック>でも数少ない攻撃呪文である《気弾》を発射した。死霊のひとつを迎撃する。だが、たった一発では他の死霊まで手が回らない。
「ディノン!」
 残り五体の死霊にマジック・ミサイルが迎え撃った。ウィルの白魔術<サモン・エレメンタル>だ。マジック・ミサイルは百発百中、死霊はタウロスの目前で全滅した。
「グフッ、グフッ、グフッ! さすがは下にいた雑魚たちとは歯ごたえが違うなぁ。もっとオイを楽しませてくれよぉ」
 自分の術を阻止されたというのに、ロキはまるで楽しんでいるようだった。
 逆に血相を変えたのは、タウロスの方である。
「下にいた雑魚だと?」
「ああ。ウォンロンを守る修行僧<モンク>たちと言うから、どのくらい強ぇえのかと思ったら、案外、簡単に死んじまうんだもんなぁ。拍子抜けさせられたぜ」
「な、何だとぉ!?」
 タウロスは信じられなかった。この東の僧院には総勢六十名近くの修行僧<モンク>が詰めていたのだ。それをたった一人で壊滅させたというのか。
 だが、ここまで平然と上がってきたロキを見ていると、あながち嘘とも思えなかった。タウロスは誰も入れるなと命じていたのだ。それをこうしてロキが目の前にいるということは、下の修行僧<モンク>たちが突破されたとしか考えられない。
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 タウロスは怒りを爆発させた。そして、無謀にもロキへ突っ込んでいく。
「てめえも仲間のところへ行きやがれっ!」
 再びロキの《縛霊術》が発動した。今度は先程の比ではない。数えきれないほどの死霊が出現した。
 それに構わず、タウロスはロキへ殴りかかろうとした。だが、死霊がそれを妨げる。
「うわっ!」
 死霊に触れた途端、タウロスは怖気立った。冷たい。まるで魂まで凍りそうなくらいの冷たさだった。
 死霊は幾重にもタウロスを包み込む。タウロスは部屋の真ん中で身動きが出来なくなった。
「グフッ、グフッ、グフッ! バカが! 《縛霊術》へ突っ込んで来るからさ! 死霊に触れられた者は、動けなくなるばかりか、たちまちのうちに生気を吸い取られる! てめえを待つのは死だけだ!」
 ウィルは何とかタウロスを援護しようとした。しかし、ウィルにも無数の死霊が襲いかかる。とてもではないが、魔法攻撃で何とか出来るような数ではない。
 おまけに、今のウィルは右手が使えず、左手一本だ。このまま死霊の餌食となるのか。
「ラピ!」
 短い呪文を唱えると、手も触れずに、ウィルの腰の短剣<ショート・ソード>が抜かれ、そのまま左手へと収まった。白魔術<サモン・エレメンタル>による物体を手元に引き寄せる魔法だ。
 短剣<ショート・ソード>がウィルに握られるや否や、その刀身が眩く輝きだした。これこそが、吟遊詩人ウィルの愛剣、《光の短剣》だ。
 《光の短剣》は襲い来る死霊どもを次々に斬り伏せた。さらに死霊は、《光の短剣》が放つ聖なる光に恐れおののく。
 さすがのロキの《縛霊術》も、この美しき魔人と《光の短剣》の前には歯が立たなかった。
 しかし、それでもロキは喜んでいた。心底、戦うのがたまらないらしい。
「おひょっ! こりゃあ、たまげたぜ! スゲェもん、持ってやがる! やっぱ、こうこなくちゃな!」
 その隙に、ウィルはまとわりつく死霊を斬り捨て、タウロスを助けた。だが、タウロスはアッという間に生気を吸い取られ、非常に顔色が悪くなっている。自分で立つことも不可能だった。
「大丈夫か?」
「お、オレに構う……な……ヤツ……を……」
 タウロスはやっとのことで、それだけの言葉を振り絞る。
 ウィルは殺気を帯びた眼をロキに向けた。
「おっと、そうおっかない顔すんなって。てめえもそいつも、すぐ楽にしてやっからよ」
 ロキはほざいた。まだ余裕を持っている。
 ウィルの《光の短剣》が輝きを増した。
「お前の術は、オレに通じん」
「そうかな?」
 ロキは破顔した。そして、またしても《縛霊術》で無数の死霊を呼び出す。
「知ってっか? 幽霊ってのは、あらゆる壁を通り抜けられるんだぜ。そのくせ、物体を動かす力も持っている。おもしれえだろ? 騒霊<ポルター・ガイスト>ってのが、いい例だ」
「それがどうした?」
「下の連中を斃した今のオレなら、こんなこともできるってわけさ!」
 ロキが呼び出した死霊は、ウィルへ襲いかからず、天井や床、そして壁へ吸い込まれるように消えた。
 次の瞬間、地震のような大きな揺れが寝室を襲う!
「この建物ごと、ペシャンコになりやがれっ!」
 ロキはそう言い捨てると、寝室から逃げ出した。扉がバタンと閉まる。
 すぐさま追おうとしたウィルだが、扉はまるで鍵がかかったかのように開かない。これも死霊の仕業か。そうこうしているうちに、僧院のあちこちから何かが崩れるような音が響いてきた。
 ウィルは倒れているロキを抱え、窓から脱出を計ろうとした。しかし、なぜかその足が動かない。見れば、床から上半身を出した死霊がウィルの足をつかんでいた。
 ガラガラガラガラガラッ!
 頭上の天井が崩れてきたのは、その直後だった。


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