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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

12.崩  壊

「ぐずぐずするんじゃないよ!」
 シェーラは相変わらず首に短刀<ダガー>を突きつけながら、階段をなかなか降りようとしないリサを促した。
 せっかくウィルたちが駆けつけて、シェーラを捕らえるチャンスだったにも関わらず、不覚にも人質となって脱出に利用されてしまった。リサは自分の不甲斐なさを痛感しつつ、この状況を何とか出来ないものかと思う。このままではリサに協力してくれたウィルや外でスケルトンと戦っているハーヴェイたちに申し訳ない。しかし、すでに三人もの僧正を殺害している女暗殺者に隙などあろうはずがなかった。
 結局、リサは抗うことも出来ず、二階から一階へ降りた。そこで異様な光景を目にし、その場で身を強張らせる。
 するとシェーラが薄く笑った。
「さっきのロキがやったのさ。大したもんだろ?」
 一階には多くの修行僧<モンク>たちが折り重なるようにして倒れていた。それも干からびたミイラのような姿で。全員、すでに絶命しているのは明らかだった。リサは顔を背け、目をつむる。
 だが、シェーラはそんなリサの顎をつかむようにして、顔をねじ向けた。そして、耳元で囁く。
「見なよ。これが死霊に生気を吸い尽くされた者の末路さ。今頃、アンタの仲間も同じようにされているかもしれないね」
「やめて!」
 リサはシェーラの手から逃れるように、強く抵抗した。しかし、シェーラはそれを許さない。頬に指が食い込んだ。
「いずれ、ウォンロンの者たちは、全員こうなる! 私たちの神が復活すればね!」
「あなたたちの……神……?」
「そうさ! もうすぐ、復活するんだよ! この“鍵”を全部集めればね!」
 シェーラはそう言うと、短刀<ダガー>の切っ先で、リサの首にかけてあったペンダントを引っかけた。胸元でいびつな菱形の金属片が揺れる。やはり、シェーラたちの狙いはこれにあったのだ。ソーマ師はそれを防ごうとリサに託したのである。だが、こうしてリサが捕らえられては、シェーラたちに“鍵”を奪われたも同然だ。
 すべて自分の行動が裏目に出てしまい、リサは悔恨の念を抱いた。それからはシェーラに抵抗する気も起きない。二人は東の僧院の裏手から外へと出た。
 東の僧院の表側では、まだ衛兵たちとスケルトンによる闘いが続いていた。数の上では圧倒していたスケルトンだが、闘いを指揮するビルフレッドの的確な判断と、精鋭である衛兵たちの奮戦によって、確実に形勢は傾きつつあるようだ。
 シェーラはそれを遠くから眺めつつ、口の端を歪めた。
「ご苦労様、ダグ。いい時間稼ぎになったわ」
 独り言かと思われた刹那、深い闇の中から小柄な男が現れた。シェーラの仲間であるダグだ。
「ヤツら、スケルトンごときを斃して、いい気になっているんだろうぜ」
 ダグが痩せこけた顔を引きつらせるようにして嘲笑した。そして、シェーラが人質に取っているリサを見る。
「この女は?」
「人質よ。隠れ家まで、どんな邪魔が入るか分からないからね」
 シェーラはそう説明した。だが、ダグは眉をひそめる。
「そんな女を連れて歩く方が邪魔じゃないか? 衛兵たちをこちらに引きつけているとはいえ、誰かに怪しまれるかもしれないぞ」
 ダグの言い分はもっともだった。ウォンロンの街から出るまでは安心できない。しかし、シェーラは顔をしかめた。
「まともなら、ね……」
 シェーラはこれまで表に出さなかった苦痛を露わにした。ウィルが放ったマジック・ミサイルは、シェーラにかなりの深手を負わせていたのだ。
 こうして、ここまで歩いたのは、気丈なシェーラならではだ。しかし、それもここまで。この大きなウォンロンから自力で脱出するのは少し難しかった。
 リサは追っ手などが迫ったときに利用する人質だ。うまくすれば追っ手への牽制や交渉材料にも使え、ウォンロンから逃げ出すことも可能になるだろう。
 すると、そこへロキが合流して来た。
「ロキ。ヤツらは?」
 シェーラに問われたロキは、嬉々としながら、僧院の方を顎でしゃくって見せた。
 その瞬間、石造りの東の僧院が音を立てて崩れ始めた。ロキの《縛霊術》によって呼び出された死霊が騒霊<ポルター・ガイスト>となって、東の僧院そのものに働きかけ、破壊してしまったのである。
 それを見たリサは、両手で口許を覆った。
「ウィルさん……」
 あの中にウィルが残っていたら、きっと無事では済まないだろう。リサは心配で胸が張り裂けそうだった。
「というわけで、ヤツらもお陀仏さ。とっとと引き上げようぜ」
 ウィルたちを始末したロキは得意満面になって、シェーラたちの先頭に立った。しかし、シェーラの顔には脂汗が浮かび、一歩も動けなくなる。
「どうした、シェーラ?」
「ロキ。シェーラは傷を負っているらしい」
 ダグが説明した。ロキの顔が強張ったものに変わる。
「さっきのヤツらにか?」
 シェーラは自嘲気味に笑った。
「すまないね。不覚を取っちまった」
 するとロキは自分の左手の平に右の拳を叩きつけた。
「クソッ! そうと知っていれば、ヤツらをもっと苦しめて殺すんだったぜ!」
 ロキは心底、悔しそうに言った。
「仕方がない。オレが馬車か何かを調達してこよう」
 肩をすくめるようにして、ダグが言い出した。それをロキが遮る。
「いや、オイが行く。ダグはシェーラを守れ。いいな?」
「ああ」
 ロキはその図体にも関わらず細やかな配慮を見せ、再びウォンロンの街の闇へと消えた。



「何だ、あの音!?」
 頭蓋骨をかち割ったスケルトンを蹴り飛ばしながら、ゼブダは振り向いた。その近くで同じように戦っていたハーヴェイも首を巡らす。
「ゼブダさん、あれ!」
 ハーヴェイが指を差して叫んだ。
 見れば、丁度、東の僧院がロキの《縛霊術》によって崩壊するところだった。堅牢に見えた建造物が粉塵に埋もれるように瓦解していく。突然のことに、二人はもちろん、ビルフレッドたち衛兵も言葉を失った。
「一体、何が……?」
 ハーヴェイは訳が分からなかった。敵の目的はソーマ師の命と、おそらくはペンダントだったはずだ。だからこうして、スケルトンの軍勢を送り込んで、僧院を制圧しようとしたではなかったのか。
 僧院は完全に潰れてしまい、中にいたソーマ師はもちろん、多くの修行僧<モンク>たちの安否が気がかりだった。それにソーマ師へ面会に行ったリサ。彼女は無事なのか。
「た、大変だ……急いで瓦礫の下から救い出さないと……」
 ハーヴェイは中に何十人もの人間がいたことを思い出すと、慌てふためいて、全壊した僧院の方へ行こうとした。一刻も早く救出が必要だと行動する。
 しかし、まだスケルトンとの闘いは終わっていない。突然のアクシデントにも動じないスケルトンは、茫然とするハーヴェイに襲いかかろうとしてきた。
「ハーヴェイ!」
 それは相棒であるゼブダが許さなかった。ハーヴェイとの間に自分の身体を割り込ませ、スケルトンの剣を受け止める。
 キィン!
 ハーヴェイはまたしても闘いの中で自分を見失ってしまい、恥じ入った。一体、何度、ゼブダに助けてもらえば気が済むのか。
 ゼブダは次の太刀でスケルトンをバラバラにした。
 だが、ハーヴェイのように崩壊した僧院に気を取られ、スケルトンに不意を突かれた衛兵は少なくなかった。せっかく、優勢に戦っていたのに、これでまた分からなくなる。
「総員、スケルトンの殲滅が優先だ! 態勢を立て直せ!」
 馬上のビルフレッドが部下に指示を飛ばした。手傷を負った者を囲んで守るようにして、スケルトンに対処する。個々で戦っていては、スケルトンに分断されてしまう。
 しかし、ハーヴェイとゼブダは、他の保安官たちと共同戦線を張らなかった。それどころか、闘いの輪の中から離脱しようとする。
 ハーヴェイを促したのはゼブダだ。
「ゼブダさん、どこへ行くんです!?」
 突飛なゼブダの行動に、ハーヴェイは当然の疑問を口にした。仲間たちが必死に戦っているというのに、自分たちだけが逃げ出すように感じたからだ。
 ゼブダは僧院の裏手を目指しながら、不信感を露わにする後輩を振り返った。
「スケルトンを差し向けたのもヤツらなら、東の僧院をこんなにしちまったのもヤツらだ! 違うか!?」
 それは、かなり高い可能性だと言えた。偶然でこんなことが起こるとは考えにくい。
「ヤツらの狙いはソーマ師! この僧院ごと僧正を葬ったに違いない! まったく派手なことをやってくれるぜ! こっちのスケルトンはオレたちの注意を引きつける陽動だ! まんまと一杯食わされたんだよ、オレたちは!」
「そ、そんな……」
「だが、今なら、そうは遠くへ逃げていないはず! いくらスケルトンをブッ倒しても、それを操っているヤツを捕まえなけりゃ、オレたちの負けになっちまう! ハーヴェイ、気を引き締めてかかれよ! どうやらヤツらは魔法を使うみたいだからな!」
「はいっ!」
 ハーヴェイは汗ばむ剣の柄を握り直しながら返事をし、今度こそ連続僧正殺しの犯人を捕まえてやると誓った。


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