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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

13.争奪戦

 近づいてくる足音に気づいたのは、まずシェーラだった。
「やっぱり、簡単に見逃しちゃくれないようだね」
 その言葉にリサは顔を上げた。
 リサは逃げられないよう、ダグが呼び出した二体のゾンビによって、両手を拘束されていた。腕に触れる死体の冷たい感触がリサをゾッとさせる。そのうじゃじゃけたおぞましい顔もなるべく見ないよう努めていた。
 しかし、シェーラが言ったように、誰かがこちらへ近づいてくるのは確かだった。崩れ去った僧院に向かって、目を凝らしてみる。
 現れたのはハーヴェイとゼブダだった。息を切らしながら立ち止まり、リサたちの方を窺う。
「リサ……さん?」
 ハーヴェイが意外な顔をした。てっきりリサは僧院で下敷きになってしまったと思っていたからだ。
 だが、リサの無事を喜ぶ間もなく、二人の衛兵は緊張を強いられた。言うまでもなく、二体のゾンビがリサを捕らえ、さらにいかにも怪しい黒いローブ姿の男女がいたからである。
 ハーヴェイとゼブダは剣を構えた。
「何者だ、お前たち!?」
 ゼブダが誰何した。シェーラが不敵な笑みを見せる。
「私はシェーラ。こっちはダグ。お察しの通り、お前たちが追っている者さ」
 シェーラは名乗ると、腰の短刀<ダガー>を抜いた。ダグも片方のゾンビを傍らに呼び寄せる。
「じゃあ、お前たちがマトス師やピエル師を!?」
 今にも斬りかかりそうな怒りを裡に秘め、ハーヴェイは詰問した。
「そうとも。マトス師やピエル師ばかりではない。ソーマ師もな」
 予想していたとは言え、シェーラの言葉にハーヴェイたちは思わず後ろを振り返った。やはり、あの瓦礫の下にソーマ師が。首都ウォンロンに四人いる僧正のうち、三人までも殺されたという事実に、二人は愕然とした。
「ソーマ師だけではない。あそこにいた修行僧<モンク>たちは全員死んだ」
「何だと!?」
 どうやったのかハーヴェイたちには分からなかったが、たった二人で六十名の猛者たる修行僧<モンク>たちを始末したとなれば、相当な警戒が必要だと言えた。
 両者間にはかなりの距離がある。剣の間合いとしては、とてもではないが長い。反対に魔法の使い手にとっては有利だ。
 そのせいなのか、シェーラは悠然とした態度だった。
「いずれにせよ、もうじきこのウォンロン──いや、ロハン共和国は滅びる運命にある。早いか遅いかの違いだけだ。お前たちはどちらを選ぶ? 今ここで死ぬか、立ち去って、少しでも生き長らえるか」
「ふざけるな!」
 ハーヴェイが怒鳴った。怒りに剣を持つ手が震えている。
「人の命を何だと思ってやがる! お前たちに身内を殺された者がどんなに悲しむか! そんなことを少しも考えないのか!」
 そのとき、リサは父ピエル師の顔が浮かんだ。
 シェーラは激情するハーヴェイを鼻で笑う。
「身内を殺された痛みか……そんなものは私たちが一番良く知っている。最初にそれを奪ったのは、お前たちの方ではないか! 私たちはただそれを取り戻そうとしているだけだ!」
「それはどういう……?」
 シェーラの言葉の意味がハーヴェイには分からなかった。最初に奪ったのはオレたち? それを取り戻す?
「ハーヴェイ!」
 ゼブダの声がハーヴェイを引き戻した。ハッと我に返る。
「ヤツらの言葉に耳を貸すな! オレたちの任務はこいつらの逮捕だ! 話を聞き出すのは、それからでいい!」
「は、はい!」
「おっと、そんなことを言っていいのかい?」
 シェーラは顎をしゃくって、人質になっているリサを示した。するとゾンビがリサを前へ突き出す。
「どうやら知り合いのようだね? その彼女がどうなってもいいってんなら別だけどさ」
 シェーラはハーヴェイたちがどう出るか、それを楽しんでいるような節が見られた。
 二人の衛兵は黙った。
 そんなハーヴェイたちを見て、リサは涙が出そうになる。
「ハーヴェイさん! ゼブダさん! 私に構わないで! この人たちを捕まえて!」
 リサは叫んだ。しかし、市民の安全を守る立場であるハーヴェイたちに、人質を見捨てることなどできはしない。構えている剣の切っ先が下がった。
「そうそう、それでいいのよ」
 リサは唇を噛んだ。また自分のせいで、ハーヴェイたちが危機にさらされている。リサは自分が情けなくて、首を振った。
 その拍子に首にかけてあったペンダントが胸元で揺れた。まだシェーラたちに取り上げられていなかったものだ。リサはとっさに思いついた。
「これを!」
 リサは自由になっていた左手で首からペンダントを外すと、それを力一杯、ハーヴェイたちの方へ投げた。ペンダントは丁度、両者の中間に落ちる。それを見たシェーラの顔色が変わった。
「なんてことを! ──ダグ!」
「ハーヴェイ!」
 シェーラと同時にゼブダも叫んでいた。ダグとハーヴェイが落ちたペンダントを目がけて、同時に動く。そして、ゼブダもまた走り出していた。
 ペンダントへ先に手を伸ばしたのはダグ。飛びつくようにして拾おうとする。ハーヴェイは一歩及ばなかった。しかし、その代わりに剣を突きだして、ダグを牽制する。
 ハーヴェイの剣が地面に突き立てられた。ダグは危ういところで手を引っ込め、転がるようにして避ける。あのままペンダントを取ろうとしていたら、ハーヴェイの剣によって串刺しにされていただろう。
 剣はペンダントの輪の中心に刺さっていた。ハーヴェイはそれをすくうようにして、剣でペンダントを拾い上げる。ペンダントは剣に引っかかり、ハーヴェイの腕まで通った。
 それと時を同じくして、ゼブダはシェーラに迫った。シェーラは傷のせいで反応が遅れる。その前にダグの下僕たるゾンビが立ちふさがった。
「邪魔だ!」
 ゼブダは一太刀でゾンビを斃した。腐った肉体は簡単に切り裂かれ、骨をも砕かれる。所詮は下級アンデッドであるゾンビ、ゼブダの相手ではなかった。
 ゼブダは即座に次へ標的を変えていた。シェーラだ。
 そのシェーラは短刀<ダガー>で迎え撃とうとしていたが、傷を負っているために動きが鈍い。ゼブダの猛攻に後退を余儀なくされる。先程までの余裕など消し飛んでいた。
「シェーラ!」
 仲間のピンチにダグが焦った。もう一体のゾンビをリサから離し、ゼブダへ差し向ける。それによって、リサは自由になった。
「リサさん、逃げて!」
 ゼブダは大声でリサを促した。
 いきなり始まった戦いに臆しながらも、リサは慌てて逃げ出す。後ろを何度も振り返りながら、西の方角へ走った。
 肝心の人質を解放してしまい、シェーラは舌打ちした。
「ダグ、何やってんだい!」
 だが、ダグもそれどころではなかった。ハーヴェイが猛然と斬りかかってきたのだ。今、新たなアンデッドを呼び出している暇はない。
 ダグのローブの両袖から、得物がそれぞれ飛び出した。フォークのような三つ又の形状をしたサイと呼ばれる武器だ。先端は鋭く尖り、特に真ん中の一本が長い。
 ガキィィィィン!
 ダグは両手のサイを交差させるようにして、ハーヴェイの剣を凌いだ。そして、左手のサイで剣をロックしたまま、ハーヴェイの懐へ飛び込もうとする。
 ハーヴェイは慌てて後ろへ飛び退いた。腹部を掠めたような感触にヒヤリとする。一度、間合いを取り直した。
 ダグもまたサイを構えた。
 様々な実戦訓練で槍や斧を相手にしたことはあるが、ダグの持つサイは特殊だった。そのサイにどう対処すべきか、ハーヴェイは考えを巡らす。
 サイは攻防一体の武器だ。三つ又で相手の剣を受け止めつつ、もう一方で串刺しにしようとしてくる。リーチではハーヴェイの剣の方が優っているが、迂闊に飛び込むとこちらの動きを封じられ、逆襲される恐れがあった。
 どうにかして、一方のサイを封じることができれば、ハーヴェイが有利になるだろう。それには──
 策が決まらぬうちに、ダグが仕掛けてきた。小さくすばしっこい身体を生かして、ハーヴェイの間合いよりも中へ入ってこようとする。
 大振りは禁物だ。ハーヴェイはちまちまと剣を突き出すようにして、ダグを牽制した。しかし、ダグはなおも攻め立ててくる。
 両手に武器を持って攻撃する利点は、手数の多さと二つの方向から攻撃を繰り出せることだ。武器が一つであれば、それさえ注意していればいい。だが、二つでは注意力も分散される。
 ダグのしつこい攻撃にハーヴェイは苛立った。それに腕にぶら下がっているペンダントも気を散らせる原因だ。だからといって、それをしまっている暇はない。
 そのとき、ハーヴェイはひらめいた。
「このペンダント、そんなに欲しいか!?」
「何を!?」
「だったら、取ってみな!」
 ハーヴェイはいきなり、ペンダントを捨てた。ダグがそちらへ気を取られる。
「隙あり!」
 我ながら姑息な作戦だと苦笑いしつつ、ハーヴェイはダグのサイを弾き飛ばした。


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