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弾かれたダグのサイは地面に突き立った。得物の片方を無くし、ダグがひるむ。
その隙にハーヴェイは、先程と同じように剣でペンダントをすくい上げた。そして、切っ先をダグに向ける。
「そいつ一本で、オレの剣を受けきれるか?」
ハーヴェイは腕までペンダントを通すと、目の前のダグを見据えた。
ダグはハーヴェイと落としたサイに対し、せわしなく目を動かした。ダグ自身も、サイ一本では心許ないと思っているのだろう。
今がチャンスだ。ハーヴェイは躊躇することなく、ダグへ攻撃を仕掛けた。
「でええええええいっ!」
ハーヴェイは大振りになるのも構わず、ダグに斬りかかった。もう一本のサイを弾き落としてしまえば、勝ったも同然である。
ダグもハーヴェイの剣をサイで受け止めようという愚かな真似はしなかった。小柄なダグがハーヴェイのパワーとまともに勝負できるわけがない。
ダグは身の軽さを利して、フットワークでハーヴェイの攻撃を避けた。ちょこまかと逃げ回られ、ハーヴェイは次第に苛立ちを募らせる。
「くそっ! 待て!」
一方、ゼブダとシェーラの戦いは、完全にゼブダの方が押していた。シェーラの援護に回ったはずのゾンビもアッという間にゼブダに斃され、再び一対一に。傷さえ負っていなければ、もう少しまともにやり合えたはずのシェーラだが、こんな状態ではダグと同じようにゼブダの剣を避けるのが精一杯だった。
「観念しろ! 大人しくすれば、命まで取ろうとは言わん!」
とうとう道端の壁際まで追い込んだゼブダは、シェーラに降服を勧告した。
しかし、シェーラがそれを良しとするはずもなかった。
「笑わせんじゃないよ! 誰がお前ら、ウォンロンのヤツらに従うもんかい!」
シェーラは唾を吐きかけた。ゼブダはそれを剣で受け止める。シェーラを見つめるゼブダの眼がスッと細まった。
シェーラは悪あがきとも思える無謀さで、ゼブダに短刀<ダガー>を振るった。少しでも相手をひるませ、壁際から離れようという魂胆だ。ゼブダはそれを軽くいなすように避け、逆に切っ先をシェーラに突きつける。シェーラは顎を上げ、完全に背中を壁についてしまった。
「ならば、仕方ない!」
ゼブダは壁にピタリと背をつけたシェーラの右肩を狙って、剣を突き出した。元々、最初から殺すつもりはない。利き腕を使えないようにして、生きて捕らえるつもりだ。まだ、シェーラたちの本当の目的が何なのか分からない以上、どうしても吐かせる必要があった。
だが、次の刹那、ゼブダは信じられないものを見てしまった。
「──っ!?」
突然、シェーラの姿が消えた。否、正確には、壁に呑み込まれるようにしていなくなってしまったのだ。
ゼブダの剣はそのまま固い壁に突き立てられた。呆気に取られつつ、自分が何か幻でも見たのではないかと疑う。同時にシェーラの姿を捜した。
しかし、シェーラが消えたのは、幻などではなかった。
「こっちだよ」
声はゼブダの背後からした。振り向いたときはもう遅い。
いつの間に移動したのか、後ろには正面にいたはずのシェーラが立っていた。右手の短刀<ダガー>が素早く閃く。
「ぐわっ!」
ゼブダは背後から首を掻き切られた。すぐさま鮮血が噴き出し、シェーラが消えた壁を真紅に染める。ゼブダはしばらく立ち尽くしていたが、出血の勢いが衰え始めると、壁にもたれるようにして、シェーラを振り返った。
「ば、バカな……どうして……?」
言葉とともに血の塊が喉を詰まらせた。
「《影渡り》……。私の能力を知らなかったのが運の尽きだったねえ」
シェーラは邪悪な笑みをゼブダに向けた。
シェーラは、ダグの《死者創生の術》やロキの《縛霊術》と同じように、影から影へと移動する能力《影渡り》を持っていた。影は自分の身体をくぐらせるだけの大きさがあれば良く、影と影がつながりを保っている限り、どのような遠くへの移動も可能だ。これによって、警戒厳重な僧院へ易々と忍び込み、屈強な武道家であり、高位の聖魔術<ホーリー・マジック>の使い手である僧正たちの不意を突いて、殺害してきたのである。
今は夜。シェーラが必要とする影など、いくらでもあった。ゼブダが剣を突き立てようとする瞬間、シェーラは壁に出来ていた影に身を溶け込ませ、ゼブダ自らが作り出していた背後の影から現れたのだ。
自ら相手の魔法には注意するよう言っておきながら、最後の詰めで警戒を怠った結果だった。ゼブダの顔が悔恨に歪む。
「ゼブダさん!」
その瞬間を偶然にも目撃していたハーヴェイは悲痛な声を上げた。剣の腕前では自分よりも遙かに上だったゼブダが女一人にやられてしまうとは。
「は、ハーヴェ……イ……」
ゼブダは相棒に何かを語りかけようとしたが、それが最期になった。全身の力が抜けたかのようになると、壁にもたれたまま、ずるずるとその場にうずくまる。そして、もう二度と立ち上がることはなかった。
「ゼブダさん!」
ゼブダが死んだことによって、ハーヴェイは目の前のダグに対し、隙だらけになった。ダグはこっそり落ちていた自分のサイを拾うと、ハーヴェイの背後へと回る。
「お前も一緒に死ね!」
ダグのサイが突き出された。
その刹那──
『戦いで自分を見失ったら、おしまいだぞ!』
不意にゼブダの言葉が、ハーヴェイを呼び覚ました。振り向くと、眼前にダグのサイ。ハーヴェイは慌てて、身をひねった。ダグの一撃は空振りに終わる。
「くそおおおおおおおおっ!」
ハーヴェイは怒りを爆発させた。ゼブダの仇。三人の僧正たちの仇。ハーヴェイは狂ったように雄叫びを上げ、剣を振り回した。
「ちっ! こいつ!」
体格的に大きく劣るダグは、ハーヴェイの力押しにひるんだ。武器を受け止めるどころか、またしても弾き飛ばされそうになる。
「ダグ!」
仲間の窮地に、シェーラは再び《影渡り》を使おうとした。
そこへ一台の黒塗りの馬車が物凄いスピードで走ってきた。御者台には大男と白い靄のようなものに包まれた女性が乗っている。
それはロキが調達してきた馬車だった。そして、その隣に乗っているのは、逃げたはずのリサである。
不運にもリサは馬車に乗って引き返してきたロキに捕まってしまい、《縛霊術》によって、その身を封じられていた。
「リサさん!」
再び人質となっているリサに、ハーヴェイは愕然とした。
「シェーラ! ダグ! 乗れ!」
馬車はまったく速度を緩めず、そのまま駆け抜けようとしているようだった。ハーヴェイがそちらへ気を取られる。
ダグは最後の一撃とばかりに、ハーヴェイに突きを繰り出した。ハーヴェイは辛うじて避ける。が、ダグの狙いは別のところにあった。それはハーヴェイの腕に引っかかったままブラブラしていたペンダント。うまくサイに絡め、奪い取ろうとした。
「待て!」
ハーヴェイはそうはさせじと、腕と剣を引いた。その途端、剣の刃に触れたペンダントの紐は切れ、いびつな菱形の金属片が地面に落ちる。ハーヴェイはハッとし、もう一度、ダグを牽制してから、それを拾おうとした。
ペンダントへ伸ばしたハーヴェイの手だったが、それは途中で止まった。なぜなら、地面から、突然、人の頭が現れたからだ。
「!」
それは《影渡り》を使ったシェーラだった。驚くハーヴェイに、ニッと笑いかける。
「ダグ、先に行け!」
ちょうどハーヴェイたちの脇を馬車が走り抜けるところだった。ダグはロキの伸ばした手に飛びつき、馬車に乗り移る。そのまま馬車は郊外へ向けて走り去った。
すぐにでも走って追いかけたいハーヴェイだったが、落としたペンダントも取り返さねばならず、どちらを選択すべきか躊躇した。今ほど、相棒の必要性を痛感したことはない。
その迷いが仇になった。
「こいつはもらっていくよ」
首だけ出していたシェーラはペンダントを握りしめると、再び影の中へ沈んでいった。馬車の蹄と車輪の音も遠くへ遠ざかり、その場にハーヴェイ一人が取り残される。
その光景を愕然と見つめるしかなかったハーヴェイは、シェーラたちを取り逃がしたことにガックリと膝を落とした。そして、無惨な姿となって倒れているゼブダの方を見やる。
「ち、ちくしょう……チクショウ!」
ハーヴェイは絶叫しながら、自らの拳を地面に叩きつけた。
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