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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

19.剣と杖

 ダグの《死者創生》の術によって操られた二体のゾンビは、東の僧院前で戦ったスケルトンとは比べ物にならないほど強敵であった。
 スケルトンが骨格だけで動くのに対し、今、ビルフレッドへ向かってくるゾンビには修行僧<モンク>の鍛え上げられた若々しい肉体がある。それも、つい先程まで生きていたという新鮮な屍肉だ。力強さもスピードも、脆弱なスケルトンの比ではなかった。
 だが、ビルフレッドも片足が不自由とはいえ、かつては凶悪な犯罪者と渡り合ってきた猛者である。ゾンビ二体ごときではひるまない。
「むっ!」
 まともに正面から襲いかかろうとするゾンビに、ビルフレッドは右手の剣ではなく、左手の杖を使った。ゾンビの胸の中心を杖で突く。ゾンビはビルフレッドの杖によって、突進を阻まれた。
 そこへもう一体のゾンビが接近した。この隙にビルフレッドを殺るつもりで動いたのだ。
 しかし、それをもビルフレッドは読んでいた。むしろ最初のゾンビに対し、剣ではなく杖を用いたのはこれに備えるため。
 ビルフレッドは最初に襲いかかってきたゾンビの力を利用し、左手の杖とまともな左足とで、うまくバランスを取った。そして、不安定な自分の身体を固定させることに成功すると、もう一体のゾンビに対して、素早く剣を一閃させる。
 ザクッ!
 肉と骨を断ち斬る鈍い音がし、ゾンビは動きを止めた。ゾンビの胸に横一文字の傷が走っている。人間ならば致命傷のはずだ。
 だが、相手は動く死体<リビングデッド>。痛みも感じない彼らにとって、その程度の傷は何でもない。
 一旦は動きを止めたかけたゾンビだったが、すぐさま動き出した。ビルフレッドはもう一度、剣を振るおうとする。しかし、その前に最初のゾンビに突き出していた杖をつかまれてしまった。
「地面に倒してしまえ! そうすれば、ヤツは何もできない」
 ダグがゾンビたちに命令した。それに従うように、杖をつかんだゾンビが力任せにビルフレッドを振り回そうとする。日頃の修行で筋骨逞しくなった肉体だ。片足立ちのビルフレッドが力でかなうわけがない。
 ゾンビが杖を振り回そうとする寸前、ビルフレッドは自ら手を離した。杖がやって来た大聖堂の方へ軽々と放り投げられる。このままつかんでいたら、地面に転がされていただろう。
 しかし、それで窮地を脱したわけではない。今のビルフレッドは左足一本で立っている状態だった。こんなところを襲われてはひとたまりもない。
 早めに一体は斃しておこうと、ビルフレッドは胸を斬り裂いたゾンビに狙いを定めた。ゾンビも首を切り落としてしまえば動かない。左足に精一杯の力を込め、飛びかかる。
 だが、やはり左足一本では力不足だった。ビルフレッドの攻撃は、ゾンビに易々と躱されてしまう。さらに悪いことに、着地の足を引っかけられてしまい、そのまま前のめりになって地面に倒れ込んだ。
「くっ!」
 ビルフレッドは身をひねり、すぐに仰向けになった。敵に対するためだ。案の定、ゾンビが近づいて、ビルフレッドの胸ぐらへ手を伸ばそうとしている。
 ビルフレッドは頑強に抵抗した。まだ握っていた剣で、近づいたゾンビの足首を切断する。さすがの動く死体<リビングデッド>も、支える足がなくては動けない。そのまま、ビルフレッド同様に倒れた。
「どうだ! 少しは足の不自由な者のつらさが分かったろう!」
 そんな軽口を叩けたのも束の間だった。もう一体のゾンビが剣をつかんだビルフレッドの右腕を踏みつけたのだ。メキッ、という嫌な音がして、手首の骨が折れた。
「ぐあっ!」
 これにはビルフレッドも悲鳴を上げた。思わず、剣を取り落とす。すかさずゾンビは剣を蹴り飛ばし、ビルフレッドが拾えないようにした。
「終わりだな、これで」
 今や反撃の力を失ったビルフレッドに侮蔑の視線を向けながら、ダグが勝ち誇ったように近づいてきた。ビルフレッドは唇を噛みながら、しっかりとダグをねめつける。その闘志は決して屈することはない。ダグはそれが気に入らなかった。
「さっさと始末してしまえ」
 ダグは冷酷にもゾンビに命じた。
 ゾンビの手がビルフレッドの首にかかろうとする。へし折るつもりだ。
 そのとき──
「隊長!」
 剣を抜き放ち、こちらへ走ってくる者がいた。
 その人物が何者か知り、ビルフレッドは目を見開く。
「まさか──!?」
 それはハーヴェイだった。真っ先に、ビルフレッドへ手にかけようとしていたゾンビに斬りかかる。
 突然の乱入者に、ゾンビたちの反応が遅れた。元々、死体なので、動きは俊敏ではないのだが、それが命取りだ。
 ハーヴェイは剣を二度振るい、正確に二体のゾンビの首をはねた。
 これにはダグも驚き、素早くビルフレッドの近くから飛び退いた。
「また貴様か!」
 東の僧院から逃げ出すとき、この若い衛兵にしてやられたことをダグは憶えていた。ハーヴェイもビルフレッドに駆け寄りながら、ダグへの警戒を怠らない。
「大丈夫ですか、隊長!」
 ハーヴェイは落ちていた杖を拾い上げ、ビルフレッドに手渡した。ビルフレッドは折れていない左手で受け取る。
「ハーヴェイ、なぜここへ?」
「隊長の後をそっと尾けてきました。きっと何かあると思って」
 そう言ってハーヴェイは、チラリとダグを見た。その勘は正しかったわけである。
 だが、ビルフレッドとしては、もうこの事件に関わって欲しくなかった。
「お前には謹慎を命じていたはず……」
「オレはもう記章を捨てました」
 ハーヴェイは自分の腕を、元上司に見せた。ビルフレッドは叱責の言葉を呑み込んだ。
「オレは自分のために戦います。たとえ隊長に止められても、これだけはやらなくちゃならないんです!」
 ハーヴェイの決心は固かった。そして、眼前の敵へ向き直る。
「確か、ダグとかいう名前だったな? ウォンロンの僧正だけでは飽きたらず、今度は総本山の大僧正か。何人殺せば気が済む?」
 ハーヴェイの言葉は静かだったが、秘められた闘志は迫力を滲ませていた。ダグは笑いを引きつらせる。
「さあな。貴様たちには関係ないことだ。どうせ、ここで死ぬのだからな」
 今ここに、《死者創生》の術でアンデッドを作り出せる手近な死体はない。戦うなら、ダグ自ら相手をしなければならなかった。
 ハーヴェイとは一度戦ったことがある。あのときは引っかけに騙されて苦戦したが、まともに一対一なら負けない自信がダグにはあった。
 ダグは両腕を広げた。するとローブの袖から隠し持っていたサイが飛び出し、それを両手につかむ。ダグの愛用する攻防一体の武器だ。一度、互いのサイを打ち鳴らし、ハーヴェイに相対する。
「逃げるなら今のうちだぜ!」
「それはこっちのセリフだ!」
 ハーヴェイは敢然とダグに立ち向かった。正面からダグに斬りかかる。
 頭上から振り下ろされるハーヴェイの剣をダグはサイで受け止めた。ズシリと重たい一撃が両腕にかかる。
 攻撃を受け止められても、ハーヴェイはひるまなかった。そのまま力押しして、ダグを後退させる。
 体格差ではハーヴェイが有利だった。小柄な上、筋力など欠片もないガリガリに痩せたダグでは、ハーヴェイの突進を止められない。二歩、三歩、さらにまた数歩と引き下がった。
「くっ!」
 ダグは何とか剣を受け止めているサイをひねるようにして、その切っ先を躱した。ハーヴェイのパワーから逃れると、間髪入れずにがら空きとなったボディへ攻撃を仕掛ける。しかし、その動きはハーヴェイに読まれていた。
 キィィィィィィン!
 ダグのサイがハーヴェイの剣によって弾かれた。あまりに強烈すぎて、危うく武器を吹き飛ばされるところだ。ダグはヒヤリとしながら、間合いを取り直した。
 ハーヴェイもまた構え直し、長く息を吐き出した。その隙のない構えに、ダグは焦りと緊張を覚える。数日前と明らかに違う。力ばかりでなく、ハーヴェイの技量がダグを脅かし始めていた。
 相手の手の内が分かっているのは、ダグばかりでなく、ハーヴェイも同じだった。前回はサイという特殊な武器に戸惑ったが、一度戦ったことによって、どのような攻め方をしてくるか、すでにハーヴェイの頭には入っている。それが分かっていれば、あとはパワーと武器のリーチで優るハーヴェイが有利だと言えた。それにパートナーだったゼブダを失った怒りの炎が、ハーヴェイの戦闘力をさらに引き出しているようだ。
 ダグは自分の読み違いを呪った。少しでも時間稼ぎをするつもりだったが、ここは大ケガをしないうちに本殿に侵入したロキと合流した方が得策のようだ。
 ハーヴェイとの間合いを計ると、ダグは不意に背中を見せて、本殿へ逃げ出した。
 ハーヴェイは血相を変えた。
「待て!」
 ダグはハーヴェイを振り返り、挑発の言葉を吐いた。
「決着をつけたいのなら、中まで追って来い! 思う存分、歓迎してやるぞ!」
 ダグはそう言って、本殿の中へ消えた。
 ハーヴェイはすぐさま追おうとしたが、倒れたままのビルフレッドを振り返った。
「行け、ハーヴェイ!」
 ビルフレッドはハーヴェイを止めはしなかった。厳しくも暖かな眼差しを若者に注ぐ。
「今、ヤツらを止められるのはお前だけだ。充分に注意して行け!」
「はいっ!」
 ハーヴェイは大きく返事をすると、衛兵を辞職したにもかかわらず、ビルフレッドに敬礼し、ダグの後を追った。
「頼むぞ」
 ビルフレッドは杖を使いながらと立ち上がると、自分は応援を呼ぶために大聖堂へと急いだ。


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