←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

23.追跡者たち

「これで六つ全部が揃った!」
 シェーラはイゴールのペンダントを高く掲げながら声を上げた。その興奮した様子が、もみ合っていたタウロスとロキの動きを止める。一方、ウィルとヤンは最悪の事態に顔色を変えた。
「どけ!」
 ロキがタウロスを跳ね飛ばした。シェーラの方に気を取られたタウロスは、不覚にもそれを易々と許してしまう。
 そこへちょうど逃げ込んできたダグと、追いかけてきたハーヴェイが現れた。ダグは逃げながらも追っ手を防ごうと、ロキの始末した修行僧<モンク>の死体を《死者創生》の術で甦らせてみたが、同僚ゼブダの仇討ちに燃えている今のハーヴェイの前には役不足で、とうとうここまで追いつめられてしまったのだ。
 せっかく逃げてきたダグだったが、シェーラとロキがまだ戦っているのを見て、状況は芳しくないと悟った。二人はとっくに仕事を片づけ、合流すれば助かると思っていただけに落胆する。こうなったら、もう少し自力で何とかしなければならない。
 ダグの目の前にはヤンがいた。ちょうど部屋の入口を塞ぐような格好だ。ダグは得物であるサイを持ち直し、そのまま強行した。
「ヤン師!」
 ヤンへ襲いかかろうとする小さな影に気づき、タウロスが叫んだ。ヤンは武術を苦手としている。戦えば勝ち目はない。
 タウロスの声に、ヤンはダグを振り返った。その動きは決して機敏ではなく、生死を賭けている状況では致命的な遅さとも言える。ダグが躍りかかった。
「邪魔だ!」
 ダグのサイがヤンの頭目がけて振り下ろされる。
 それに対し、ヤンはおごそかに印を切った。
「ラッカー!」
 ヤンから気弾が放たれ、それをまともに喰らったダグは吹っ飛んだ。聖魔術<ホーリー・マジック>でも数少ない攻撃呪文の一つだ。ヤンは武術はからきしだが、聖魔術<ホーリー・マジック>ならば大僧正すらも凌ぐ。タウロスの心配は杞憂に終わった。
「ダグ!」
 仲間がやられたのを見て、シェーラが悲痛な声を上げた。そして、素早くもう一人の仲間であるロキと視線で言葉を交わし、《影渡り》で姿を消す。
「ぐおおおおおおおっ! 《縛霊術》ぅぅぅぅぅっ!」
 一方、ロキが取り込んでいた死霊を一気に解放した。白い煙のような幽体が一斉に天井へと立ち昇っていく。ウィルとタウロスは、次に何が起きるか察した。
「危ない! ここは危険だ!」
「天井が崩れてくるぞ! みんな、外へ逃げろ!」
 ウィルは大僧正の元へ走ると、その襟首をつかみ、壁際まで引きずった。そして、素早く呪文を唱える。
「ヴィド・ブライム!」
 ファイヤー・ボールが炸裂し、壁に大きな穴を開けた。そこからウィルとイゴールは脱出する。
「あなたは私と一緒に!」
 ヤンがハーヴェイに手を差し伸べた。ハーヴェイは倒れているダグが視界に入り、どうすべきか躊躇する。しかし、次の瞬間には天井の崩壊が始まっていた。
「くっ!」
 一味を捕らえるのは断念せねばならなかった。ハーヴェイは頭を抱えながら、やはり壁際へ移動したヤンの所まで走る。
「ちょっと粗っぽいですがやむを得ません──ラッカー!」
 気弾がウィルのファイヤー・ボールと同様に脱出口を作った。まず、ヤンがくぐる。次にハーヴェイ。逃げる寸前、ダグの方を振り返ったが、そこに駆け寄ったシェーラたちの姿を認めた。この混乱に乗じて逃げるつもりなのか。だが、今のハーヴェイにはどうすることも出来なかった。
 ヤンと同じ方法で一人脱出したタウロスを加え、五人は急いで本殿から離れた。文化的価値も高い本殿が音を立てて崩れだす。それは悪夢のような光景だった。
 轟音は夜気を振るわせ、もうもうたる土煙を舞い上げた。総本山に居合わせた大勢の修行僧<モンク>や信者たちがそれを目撃しておののく。脱出した五人も、崩壊する本殿をただ眺めることしか術がない。
 やがて、荘厳だった本殿は跡形もなくなってしまった。
 後始末を他の高僧<ハイ・プリースト>や修行僧<モンク>に任せ、五人は落ち着いて話せる場所を求めて、客殿へと移動した。そこには衛兵長であるビルフレッドもおり、改めて互いの顔を見渡すことになる。
 まずヤンが初めに自己紹介し、続いてビルフレッド、タウロス、ハーヴェイがそれにならった。大僧正のイゴールはともかく、この場で正体不明な男は一人しかいない。
「アンタ、南の僧院でピエル師が殺されたとき、リサさんと一緒にいた男だな」
 ハーヴェイがウィルを見ながら言った。すると、隣にいるビルフレッドも、眉をひそめてウィルに対する見方を変える。
「西の僧院でオレを助けてくれたのもアンタだった。そのときは修行僧<モンク>に変装していたっけな」
 タウロスも証言する。それを聞いて、なぜかヤンが楽しげな様子を見せた。
「で、何者なんですか?」
 ウィルは集中する視線に臆することはなかった。
「オレの名はウィル。ただの吟遊詩人だ」
 一同は互いの顔を見合わせた。
「では訊こう。なぜ、ただの吟遊詩人が大僧正の部屋の中にいたのだ?」
 ビルフレッドが質問した。
 しかし、それに答えたのはウィルではなかった。
「ウィルは私と旧知の仲だ。これまでの事件の経緯を知り、私の警護を買って出てくれたのだよ」
 それは大僧正イゴール、その人だった。
 大僧正の言葉に偽りがあるとは思えないが、にわかには信じられなかった。大体、大僧正と一介の吟遊詩人とのつながりとは何か。皆、改めて、この美しき吟遊詩人が何者であるのか興味を覚える。
「では、やはり大僧正は今回の襲撃のことをあらかじめ予見しておられたのですね?」
 ヤン一人がウィルへの好奇心より、本題を優先させた。それに他の者たちも引き戻される。
 イゴールはうつむきながらうなずいた。
「ああ。マトス、ピエル、ソーマ、オラフが殺され、マトスの息子も行方不明になったと聞いた。次が私の番であることは分かっていたよ」
「一体、何が原因なのですか? あいつらが狙っていたあのペンダントに、どんな意味があるんですか?」
 ビルフレッドが核心に触れた。イゴールは顔を覆い、震えだす。
「すべては十年前の、あの出来事なのだ」
「十年前?」
「そうだ。そして、あのペンダントにして持っていたものは封印を解く“鍵”だ」
「封印を解く鍵……」
「十年前、私と殺された四人、そしてマトスの息子を加えた六人は、前大僧正の命を受けて、とある村へ赴いた。そこでは悪しきものを地上へ呼び出そうという陰謀が企てられていたのだ。我々は力を合わせ、それを封じることに成功した。そして、封印が解かれぬよう、“鍵”を六つに分け、それぞれが守ることにしたのだ。ところが、何者かが今になって、あの悪しきものを呼び出そうとしている。もし、あれが地上へ出ることになったら、このロハン共和国はおろか、ネフロン大陸全土に《大変動》以来の災厄を招くであろう」
 イゴールはそれを心底から恐れているようだった。もう歯の根が合わないほど恐怖に恐れおののいている。ロハン共和国で最も尊貴とあがめられる大僧正が。
「連中は六つ目の“鍵”を手にしたと見て、間違いないだろう。今は一刻も早く追いかけ、封印の解除を阻止しなくてはならない」
 ウィルはそう断じて、スッと立ち上がった。それをビルフレッドが止める。
「待ってくれ。そういうことならば、我々が全力を挙げて──」
「ウォンロンに戻ってからでは間に合わない」
 ウィルが遮った。事態は一刻を争う。ビルフレッドもそれを認めないわけにはいかなかった。
「オレが行こう。十年前の悲劇を繰り返すわけにはいかない」
 ウィルが名乗りを上げた。それを聞いて、イゴールが頭を下げる。
「すまない、ウィル。もう、お前に託すしかない」
 するとハーヴェイも立ち上がった。
「オレも行く! ゼブダさんの仇だ! このまま連中を許すわけにはいかない!」
「ハーヴェイ……」
 ビルフレッドは元部下を見上げた。こうなってはハーヴェイに期待するしかないだろう。
「ならば、オレも加えてもらおう」
 タウロスだった。右の拳を左の手の平に叩きつける。
「オレも師を殺されている。そして、多くの同門の友も」
 ウィルは二人の若者を見つめた。
「ついて来れるか? もしものときは置いていくぞ」
「何を吟遊詩人風情が!」
「普段から鍛えてるオレが遅れを取るものか!」
 ハーヴェイとタウロスはムキになって反論した。そもそも、この追跡行にふさわしくないのはウィルの方だろうと、二人は軽んじている。
 ヤンは名乗り出た三人を見てうなずいた。
「では、頼みましたよ、皆さん。見事に任務を果たし、無事に帰ってきてください。どうやら、私には神に祈ることぐらいしかできそうもありませんから」


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→