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吟遊詩人ウィル

死者の復活祭

26.死者創生

 ウィル、ハーヴェイ、タウロスを乗せた馬たちは、今や廃村となっているシェーラたちの故郷へ辿り着くと、ようやく速度を緩めた。
 そのとき、正直に言って、ハーヴェイとタウロスは一刻も早く馬から下り、地面に寝転びたい気分だった。何しろ、総本山からここまで、ほぼ丸一日、ろくな休憩もなしに馬を走らせっぱなしだったのである。尻や腰は限界を超えた痛さで、疲労もピークに達していた。
 しかし、二人が弱音を吐かなかったのは、先頭のウィルが無言で馬に乗っていたからである。「ついて来れるか」とまで言われては、日頃から鍛錬を怠らない衛兵や修行僧<モンク>が、女みたいな吟遊詩人風情より先に音を上げるわけにはいかない。ところが、三人の中で、一番、体力がなさそうに見えるウィルは、この強行軍に疲れたような素振りを微塵も見せていなかった。二人は、この美しき吟遊詩人が何者なのか、改めて驚愕を持って、その背中を見つめるしかない。
「どうやら、ヤツらも到着したばかりのようだ」
 ウィルは馬上から地面に残った蹄の跡と馬車のわだちを見つけて、誰に言うでもなく呟いた。確かに、こうまで早く辿り着けたのは、ウィルの案内があったればこそだ。途中で充分な休息を取っていたら、手遅れになっていた可能性も否めない。
「ヤツらはどこへ?」
 朽ち果てた廃村を見回して、厳重に警戒しながら、ハーヴェイが独り言のように言った。連中が先に到着したのなら、待ち伏せされている恐れもある。ハーヴェイはいつでも剣が抜けるように身構えた。
「この先に墓地がある。おそらく、そこだろう」
「墓地だって? アンタ、この村に一度、来たことがあるのか?」
 不思議に思ってタウロスが尋ねたが、ウィルはそれに答えず、無言のまま残された形跡を辿った。
 やがて、ウィルの言うとおり、墓地が見えてきた。シェーラたちが使ったと思われる二頭立ての馬車もある。
 三人は馬を下りた。そして、ハーヴェイとタウロスが小走りで、馬車を左右から挟み込むような形を取る。
 しかし、黒塗りの馬車の中はもぬけの空だった。まだ、近くにいないかと、二人は周囲を捜す。
 その横をウィルが颯爽と追い越した。そして、墓地の中にある作りかけの井戸のようなところへ近づく。それは地下に通じる階段だった。
「待ちな」
 そんなウィルに声をかける者があった。ハーヴェイとタウロスが、思わず腰を落とす。
 三人を待ちかまえていたのは、黒いローブの小男、ダグであった。いつの間に姿を現したのか、今にも折れそうな十字架の上に腰掛けている。武器であるサイを手の中で器用に回していた。
「ここまで追って来るとはな」
「リサさんはどこだ?」
 ハーヴェイは広刃の剣<ブロード・ソード>を抜くと、切っ先をダグへ向けた。
 すると、ダグはせせら笑う。
「あの女か? そうだな、今頃はいけにえにでもなってんじゃねえか」
「何ぃ!?」
 ハーヴェイとタウロスの顔色が変わった。
「オレたちの神を復活させる“鍵”はそろったからな。あとは封印を解くだけ。つまり、もう手遅れだってことだ」
 嘲笑するダグに、ハーヴェイはカッとなった。
「ふざけるな! お前たちの神だと!? 死者を操る邪神じゃないか! そんなものを復活させるものか!」
「言ってくれるじゃないか。お前ら三人で、何が出来るって言うんだ?」
 すると、ハーヴェイの横にタウロスも並んだ。ポキポキと指の骨を鳴らす。
「そう言うお前は一人だろ? まずは自分の心配をしな!」
 タウロスの忠告に、ダグは余裕の態度を崩さなかった。
「確かに、ここにはオレ一人だ。仲間はいない。しかし、ここがオレたちの村だということも忘れるな」
 ダグは十字架から飛び降りた。そして、ローブの袖をまくる。
「ここに眠る死者たちの嘆きをお前たちに聞かせてやる! ──《死者創生》の術!」
 司教の魔法によって完全に回復したダグは、《死者創生》の術を発動させた。ここは墓場。多くの死者たちが眠る場所だ。
 墓の下から、死者たちの腕が突き破って現れた。その不気味な光景に、さすがのハーヴェイもタウロスも、半歩退く。ウィルだけが冷然と、墓場一帯を見つめていた。
 かつての村人たちの死体なのか。それにしては十年もの歳月が流れたというのに、白骨化したものはひとつもなかった。それには理由がある。死者たちが甦ることを想定して、遺体が腐らぬよう、あらかじめ防腐処理が施されていたのだ。従って、ダグの《死者創生》で甦った死体たちは、ボロボロになった服装以外、ほとんど生前の姿を保っていた。
「ゾンビかよ!」
 三人はアッという間に、百体以上ものゾンビに取り囲まれた。ウィルを中心にして、ハーヴェイとタウロスが背中を合わせる。
「こいつらを一体一体相手にするのは、かなり骨が折れそうだぜ」
「その間に、復活の儀式を行うつもりだな」
「ああ。どうする?」
「では、ここはオレに任せてもらおう」
 当然のように名乗り出たのはウィルだった。左腕を高く上げる。
「ヴィド・ブライム!」
 ウィルが呪文を唱えると、左手に大きな火球が膨れ上がった。その炎に、ゾンビたちの動きが停滞する。
 ダグの目が見開かれた。
「散開しろ!」
 しかし、ゾンビたちの動きは、死体ゆえに緩慢だった。
 ウィルはファイヤー・ボールをゾンビたちが密集しているところへ投げ込んだ。火球は轟音とともに破裂し、爆炎が呪わしき死体を一瞬にして焼き尽くす。
 その隙を突いて、ハーヴェイとタウロスもゾンビたちに躍りかかった。ハーヴェイの剣が首を斬り飛ばし、タウロスの拳が五体を砕く。ひとるの魔法をきっかけとして、墓場は戦いの場となった。
 ハーヴェイとタウロスは戦いながら巧みにゾンビを誘導し、固まったところをウィルが魔法で一掃した。別に示し合わせたわけではないが、自然にそういう作戦を取る。ウィルが三撃目のファイヤー・ボールを発射すると、百体はいたはずのゾンビたちは、十体ほどにまで減少していた。
 ほぞを噛んだのはダグである。せっかくのゾンビたちが、為す術もなくやられていく様を見るのは、苦痛以外の何ものでもなかった。やはりゾンビ程度では三人を食い止められないと察したダグは、《死者創生》の術で新たなアンデッドを呼ぶことにする。
「《死者蘇生》の術! 出よ、ワイト!」
 新たな墓穴より、体からぼんやりとした黄色い光を放つアンデッド四体が出現した。
 ワイトはアンデッドの中でも恐ろしいモンスターである。見た目、全身にまとった黄色い光以外はゾンビと大差はないが、通常の武器は効果がなく、魔法でしかダメージを与えられないのだ。さらに、触れるだけで生者の生気を吸い取る“エナジー・ドレイン”の能力があり、彼らによって殺された者は同じようにワイトになると言われている。
「行け! ヤツらを殺せ!」
 四体のワイトを呼び出したダグは、かなりの消耗を見せながらも、ウィルたちの排除を命令した。
「性懲りもなく!」
 ワイトの正体を知らぬハーヴェイは、無謀にも通常武器である長剣<ロング・ソード>で斬りかかろうとした。無防備なワイトを脳天から真っ二つにする。
 ワイトは無抵抗にも、ハーヴェイの一撃をまともに喰らった。ワイトの肉体が半分になる。が、すぐさま傷跡は復元し、ワイトはフラリとハーヴェイに迫った。
「──っ!」
 さすがのハーヴェイも、不死身のアンデッドにひるんだ。
「ディロ!」
 間一髪、ウィルのマジック・ミサイルがワイトの進行を食い止めた。喉元にマジック・ミサイルを受けたワイトがのけぞる。その隙に、タウロスがハーヴェイの襟首をつかんで、乱暴に引き戻した。
「バカ野郎! あれはワイトだぞ! ちょっとでも触れられたら最後、お前の生気は吸い尽くされちまう!」
 タウロスは何も知らないハーヴェイに怒鳴った。
「じゃあ、どうするんだ!? 魔法で蹴散らせって言うのか!?」
 ハーヴェイも負けじと、魔法を不得意としている修行僧<モンク>に言い返した。タウロスはグウの音も出ない。
 悔しいが、ここもウィルに任せるしかなかった。
「ラピ」
 ウィルが呪文を唱えると、手も触れずに《光の短剣》が抜かれ、そのまま左手に納まった。刀身がアンデッドを脅かす、眩い光を放ち始める。それだけでワイトたちは恐れおののいた。
 黒い疾風がワイトたちへと走る。
 ワイトたちは、何とかウィルの身体に触れようと、その手を伸ばした。しかし──
 例え右腕が使えずとも、吟遊詩人ウィルがそれを許すわけがなかった。黒衣の魔人は瞬く間に四体のワイトを斬り刻む。
 《光の短剣》は魔法の剣。不死身のワイトと言えども、魔力を帯びた武器の前には無力だ。
 ウィルの一太刀を浴びた四体のワイトが、次々と地面に転がった。切り札があっさりと斃されてしまい、ダグは、元々、青白い顔をさらに蒼白にさせた。
「終わりだな」
 ウィルが冷徹に告げた。


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