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吟遊詩人ウィル

叛乱の挽歌

2.解放軍のアジト

 誰も一切、口を利かなかった。
 前と後ろを、解放軍を名乗る男たちに挟まれながら、少年は行く先も告げられぬまま歩かされていた。先頭はリーダーらしき刀傷の男。その後を二人の男が付き従い、その次に少年、またその後ろを二人の男という隊列だ。二十名くらいいた解放軍の他の者たちは、斬り殺したダクダバッド兵たちの死体を始末するため、その場に残った。
 おそらく少年の行動は、ある程度前から監視されていたのだろう。でなければ、あの絶体絶命の場面で、運良く助けに現れるとは考えにくい。そして、ロクに素性も問わぬまま、「ついて来い」と有無を言わせずに連行することもしないはずだ。
 一行はダクダバッド兵たちの目につきやすい表通りは使わず、裏路地と建物の中を通った。このジノの街は歴史が古く、無計画に建物が増築されていった関係で、地元の者でもすべてを把握するのは難しいほど、迷路のように入り組んでいる。また、住居同士がつながっていたりするため、その中を通ると近道が出来たり、思わぬ場所に出たりすることもできた。
 解放軍を名乗るこの男たちは、その街独特の構造を熟知し、──少年の危機に、いきなり裏口から飛び出して現れたように──それを利用しながら隠密に行動しているようだった。実際に、度々、住民が普通に生活しているところへ男たちが平気で入り込み、そして何も言わずに通り抜けていくことに、少年は少なからず驚いた。また、それも暗黙の了解となっているのだろう。住民たちがそれに対して見咎めることも、文句を言うこともなかった。
 これはきっとダクダバッド兵たちにとっては厄介なことに違いない。神出鬼没の解放軍。突如、現れ、忽然と消える。街の住民ぐるみで解放軍を支援しているようなものだ。すなわち、街全体がダクダバッド兵の敵だと言えた。それゆえに、実体は未だつかめていないだろうと容易に想像できた。
 そんな解放軍の男たちにあちらこちらへ連れ回されているうち、少年は方向感覚を失った。特に目隠しをされていたわけではないが、これから行く場所を秘匿する意味合いもあるのかも知れない。そして、その目的地とは、おそらくは解放軍のアジトだ。
 しかし、無言で連行され続けるうちに、少年はいささか不安になってきた。確かに自分を救ってくれた連中だが、果たして信用していいものかどうか分からない。ダクダバッドに反感を抱く者は、ここがかつてのガリ公国である以上、いくらでもいるだろうが、それが必ずしも少年の味方だとは限らないのではあるまいか。少年が彼らのことをよく知らないように、彼らとて少年のことをまったく知らないはずだ。どのような思惑があって、一緒に来させているのか、すべてを好意的に解釈するのは早すぎるかも知れなかった。
 意外と用心深く、遠回りをさせられた少年は、やがてたまりかねて口を開いた。
「あの……これからどこへ行くんです?」
「………」
 男たちは答えなかった。先頭を行く刀傷の男などは、まるで聞こえていないかのように何も反応を示さない。
 それを見た少年には、あまり友好的には思えなかった。
「僕をどうするつもりなんですか?」
「………」
 これもまた答えはなかった。無視を決め込んでいる。さすがに少年もムッとした。
 もう十軒目くらいの住居を通り抜けようとしたとき、少年は行き過ぎかけた扉を見つけ、ここで確かな話を聞こうと意を決した。扉は万が一のときの脱出路だ。
「答えてくれなければ、僕はこれ以上、一緒に行きません!」
 少年は立ち止まり、語彙を強めた。少年の持っていた剣は取り上げられることなく、今も腰にしっかりと携帯されている。できれば、助けてくれた恩人たちと刃を交えるようなことはしたくないが。
「おい、いいから進め」
 立ち止まった少年に、後ろにいた男がせっついた。しかし、少年はそれを邪険に振り払う。
「いやだ!」
 ここでようやく刀傷の男が振り返った。
「おい、クソガキ。ギャーギャー、ギャーギャー喚くな。黙ってオレたちと来い」
 刀傷の男の声はドスが利いていた。鋭い眼光も相まって、少年はすくみそうになる。だが、これでも一人でダクダバッド兵に斬りかかったのだ。怖じ気づくことはなかった。
「僕の名前はアレス。リブロの村からダクダバッドの連中と戦うためにここへ来ました。皆さんは本当に解放軍なんですか? だったら、僕も一緒に戦わせてください! でも、そうでないなら、僕は一緒に戦ってくれる人を捜しに行かなくてはなりません! 助けてもらって感謝はしていますが、余計な時間を食いたくないので」
「ハッキリというガキだな」
 アレス少年の言葉に、刀傷の男は冷笑した。アレスはカッとなる。
「アレスです! ガキじゃありません!」
 その証拠にと、アレスは手にしていた剣を刀傷の男に見せた。しかし、そんなことは何のアピールにもならない。
「一人や二人、ダクダバッドの雑魚を斬ったからって、のぼせ上がるな! ガキ一人に何が出来る? この街に駐屯しているダクダバッドの連中は三千人いるんだぜ! てめえ一人でそれ全部を相手するつもりか!?」
 刀傷の男はアレスに嘲弄を浴びせた。アレスは悔しさのあまり、剣に手をかける。もちろん、本気で抜くつもりはなかった。
 だが、その刹那、刀傷の男が抜刀し、切っ先をアレスの鼻先に突きつけていた。まるで神業のような素早さである。アレスはつい先程、人を斬った剣を眼前にし、動けなくなった。
「おい、クソガキ。下手にその剣をひけらかそうとするな。オレたちはこの半年もの間、常に生きるか死ぬか、危険と隣り合わせに生きてきたんだ。瞬き一つも油断したらお終いなのさ。だから、少しでも刃向かおうってヤツは、例えガキであろうとも、オレは斬るぜ」
 アレスの背筋をつーっと冷たいものが流れた気がした。今まで感じたこともない鬼気。本当に殺されると思った。
「ロックさん……」
 殺伐とした雰囲気を見かねた仲間の男が、刀傷の男をなだめるようにして名を口にした。ロックと呼ばれた刀傷の男は、殺気だけはアレスに向けたまま、静かに剣を収める。気が抜けたアレスは、そのままへたり込みそうになった。
 それを見たロックは舌打ちした。
「チッ! これだから、まだガキだって言うんだ。本物の生き死にってのが分かっちゃいねえ。──しかし、こんなガキでも、今のオレたちにとっちゃ、貴重な戦力のうちとは、まったく泣けてくるぜ。気に食わねえが、一応は“あいつ”の命令だからな。ここで放り出すわけにもいかねえか」
 ロックはうんざりしたような調子で呟いた。そして、仲間に「行くぞ」と合図をする。一行は再びアレスを伴って移動を始めた。
 アレスは歩きながら、今のロックの言葉をよく吟味した。
 ロックは「“あいつ”の命令」だと言った。つまりそれは、ロックの上にさらなるリーダーがいる──そして、おそらくロックは、それを快く思っていない──ということだ。また、アレスのことを不本意ながらも「貴重な戦力」と考えているところを見ると、まだ解放軍は駐留しているダクダバッド軍を駆逐できるほどの規模ではなく、さらなる増強が必要なのだろう。つまり、アレスもその一員に加えてもらえるかもしれないということだ。
 ロックたちに話したとおり、アレスはダクダバッドと戦うために、剣の修行を積み、このジノの街へやって来た。解放軍の仲間入りをさせてもらえれば、アレスの目的は半分も達成されたことになる。
 やがてアレスたちは、地下への階段を降り始めた。いよいよアジトの入口らしい。アレスは真のリーダーに認められようと、自然に背筋が伸びた。
 一階分くらい下に降りると、入口とおぼしき大きな扉があった。それを開けると、やたら奥行きのない小部屋になっていて、すぐ正面にまた同じような扉がある。ロックがそれを開けるのかと思いきや、彼は左の壁に向かい、サッと姿を消した。
 壁かと思われたのは天井から床まで垂れ下がった黒い間仕切りのカーテンだった。部屋が薄暗いせいで、一見しただけでは気づきにくい。初めて訪れた者なら、迷わず正面の扉しか目に入らないだろう。秘密のアジトの入口としてはなかなかのものである。ロックに続き、二人目、三人目もカーテンの中に消えた。アレスも後ろの男たちに促され、黒いカーテンをくぐった。
 カーテンの向こう側は、さらなる地下への階段だった。今度はやたらと幅が狭く、勾配も急だ。アレスは足を踏み外さぬよう気をつけなければならなかった。
 今度は二階分ほど地下へ降り、扉を開けた。アレスも中へ通される。どんなアジトだろうと期待に胸が膨らんだ。
 しかし、アレスの予想に反して、部屋は閑散としていた。
 部屋そのものは大食堂、もしくは集会所として使われているらしく、かなり広さがあったが、アレスたちを待っていたのはたったの三人しかいなかった。そのうちの二人は剣や弓の手入れをしているところだったらしく、やって来たロックたちをうろんげに振り返る。もう一人は室内だというのに黒い旅帽子<トラベラーズ・ハット>と同色の黒いマントを身にまとったまま、部屋の片隅で椅子に座っており、こちらに背を向けたまま眠ったように動かなかった。
 正直なところ、アレスは拍子抜けした。多分、今は出払っているのだろうが──そう信じたい──、もっと実戦経験に長けた男たちがいて、まるで酒場のような賑わいを想像していたからだ。しかし、これでは三千に及ぶダクダバッド兵たちとまともに戦えるか怪しい──どころか無理な話である。
 そんなアレスに構わず、ロックは一人だけ大部屋の左にある扉へ歩いていった。他の者たちは入口で待機だ。その間も沈黙が支配した。
 長らく待たされた後、ようやくロックが扉から顔を出した。すると四名の男たちは、アレスに行くよう指示する。アレスはそれに従った。
 ロックと入れ違いにアレスは隣の部屋に招き入れられた。二人が部屋の入口ですれ違った瞬間、ロックがやけに冷めた視線で見下ろしてきたが、アレスは気にしないようにする。ロックが何を言おうと、真のリーダーは自分との面会を求めているのだ、と。
 扉が閉められた。そこには特に警護の者もなく、身なりの良い一人の男性が地図を広げた大きなテーブルを挟んで座っていた。
「ようこそ、アレスくん」
 白髪の男性がアレスに笑いかけた。


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