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吟遊詩人ウィル

叛乱の挽歌

5.嫉妬とプライド

「どうだ?」
 屋根の上に上がったロックは、見張りの若い男──トニーに尋ねた。トニーは腹這いになったまま、首だけをロックの方へねじ曲げる。
「兄貴」
 トニーは敬愛するロックをそう呼んだ。彼が解放軍への参加を決めたのも、ロックの戦いぶりに惚れたからである。トニーはまだ若く、しかも解放軍に加わって日も浅いため、少々、思慮の足りない行動をすることも多いが、ロックは自分の下に置いて、面倒を見ていた。
 ロックに続いて、もう一人の男も上がってきた。こちらはロックよりも、いくらか年上に見える。ロックの右腕として信用されているエバンスだ。戦闘部隊のリーダーとしては、やや激しやすい性格のロックをよく補佐し、解放軍のまとめ役を務めている。剣の腕前もロックの次に秀でていた。
 ロックとエバンスは、トニーと同じようにうつぶせになり、そこから眺められる大通りを睥睨した。
「もうそろそろのはずです」
 トニーは興奮を隠しきれずに言った。
 ロックたちのところへ、ガリ総督のスカルダ将軍が、直接、街の視察をするという情報が入ったのは、昨日のことである。スカルダが街中を視察するというのは、このジノへやって来て以来、初めてのことだ。これまでスカルダは総督府の外へ出たことはなく、どうして急にそんなことを思いついたのかは分からない。だが、ダクダバッド駐留軍をジノから追い出そうとするロックたちにとっては、敵の大将を討つ千載一遇のチャンスとも言えた。
「本当に出てくるのか?」
 誰に訊くでもなく、エバンスが独り言ちた。すると、ロックがそれを聞き咎める。
「エバンス。お前も男爵の言うことを信じるのか?」
 スカルダ将軍が視察に出るという情報は、当然、解放軍の実質的なリーダーである男爵の耳にも届いている。だが、男爵はそれを罠だと断じた。
「これはきっと誘いです。我々がスカルダ将軍を討とうとするところを、一網打尽にするつもりなのでしょう」と。
 男爵は全員に自重するよう通達を出した。しかし、それを承伏しかねたのはロックだ。もし、スカルダ将軍が総督府の外へ姿を現すなら、多少の危険を承知で、それを討つべきだと考えたからである。
 かくしてロックたちは、男爵の命に背いて、視察団の監視を決めたのだった。
 エバンスはロックに従ったが、男爵同様に引っかかりを覚えていた。ロックはそれが気に食わない。どちらの味方をするつもりなのか、自分の右腕であるエバンスに問いただしたい気分だった。
「気にしすぎだ、エバンス。ヤツらはオレたちの活動を見るに見かねて、示威行動に出たんだよ。総督自らな。ようやく、あの檻の中から出てくるんだ。そのツラをとくと拝見しようぜ」
 駐留軍の司令官であるスカルダを討つことは、ロックたちにとって悲願であった。しかし、スカルダは総督府から一歩も外へ出ようとせず、こちらからは手も足も出せない状況が続いていたのである。ロックがこのチャンスを逃すまいとするのも無理はなかった。
 それにロックからすれば、男爵の鼻を明かしたいという思いがあった。
 元々、ロックはガリ公国の騎士として、侵攻してきたダクダバッド軍と最前線で戦った経験を持つ。その最中、不覚にも負傷し、後方に送られて治療をしている間に祖国は滅ぼされてしまったが、こうして今も多くの同志たちを集め、ジノにのさばる駐留軍に抵抗を続けているのだ。
 そこへ、突然、現れたのが男爵である。彼はまだ組織として小さかった解放軍に参謀役として加わると、数々の作戦立案や組織のあり方を示し、様々な実績を挙げていった。それが多くの同志たちに認められるようになり、いつしか解放軍のリーダーへと担ぎ上げられていったのである。つまり、ロックにしてみれば、自分が作ったものを素性もよく分からない輩に、横から奪われたようなものだった。
 一応、今もロックは実戦部隊のリーダーとして、解放軍の中心ではあるが、それもすべては男爵の立てた作戦を実行するため。いわば男爵の駒のひとつに過ぎず、そのことに対してロックは不満を募らせていた。
 だからといって、力ずくで男爵を追い出すこともできなかった。男爵が立案する作戦は、これまで失敗したことはなかったし、そのことが多くの同志たちの信頼を集めている。解放軍の中では、ロックのように男爵を嫌っている者の方が圧倒的に少ないのだ。もし、男爵に逆らえば、自分の方が解放軍から出て行かなくてはならなかった。
 確かに男爵のおかげで、解放軍はとても大きくなりつつある。このままなら、ダクダバッドの駐留軍を追い出すことも夢ではないかもしれない。しかし、ロックは今の自分の現状に満足できず、苛立ちを抑えきれなかった。
 もし、ここでスカルダ将軍を討つことができれば、ロックと男爵の立場は逆転する。ロックは救国の英雄として、万人の支持を集めるだろう。そうなれば及び腰の男爵は用済みだ。
 ロックはスカルダ将軍が現れるのを、今や遅しと待ち受けた。
「来ました!」
 トニーがうわずった声を上げた。ロックとエバンスがより一層、頭を低くし、大通りを注視する。
 総督府から伸びた大通りに整然と並んだ騎馬隊が近づいてきた。その数、約四百名ほどだろうか。しっかりと武装も施し、道行く人々を震え上がらせる。
「トニー、どうだ?」
 ロックは尋ねた。騎馬隊の中にスカルダ将軍がいるかどうか確かめたのである。スカルダ将軍が姿を見せたのは、ジノへやって来たときだけ。そのとき、トニーはスカルダ将軍の顔を偶然に見ており、だからこそこうして見張り役に抜擢したのだ。
 トニーはよく目を凝らした。
「いました! あの白馬に跨っているのがスカルダ将軍です!」
 トニーはロックたちに知らせた。騎馬隊の中に白馬を捜すと、確かに恰幅のいい、髭モジャの男がいる。一人だけ鎧を身につけておらず、真紅の軍服姿だ。
「あれがスカルダ将軍……」
 ロックは初めてガリ総督の顔を拝んだ。馬の上で体を揺するようにしている態度は、実に太々しい。思わず、奥歯をガリッと噛んだ。
「よし、行くぞ」
 ロックはエバンスとトニーに声をかけると、屋根から降り始めた。
 三人は下に降りると散開した。そして、他の仲間たちに知らせるために走る。本当にスカルダ将軍が姿を見せたことによって、作戦の決行が開始された。
 ロックは視察コースの先回りをした。大通りから街の中心地へ向かう途中、少しだけ通りが狭くなった場所がある。そこで仕掛けるつもりだった。
 もちろん、ロックたちが想定したコースを外れる可能性もあるが、あれだけの騎馬隊を動かすにはある程度の道幅が必要だし、それにともなって通る場所も限定されてくる。まずこちらの予測通りに動くだろうと、ロックは確信していた。
 襲撃ポイントの手前、ロックは仲間たちと合流した。三十名弱。男爵公認の作戦ではないので、人員は限られる。総勢四百名と思われる騎馬隊と戦うには心許ない数だ。しかし、狙いはスカルダ将軍ただ一人。必要以上の戦闘はしないつもりだった。
「来たぞ、スカルダ将軍だ。予定通りに決行する!」
 ロックは部下たちに告げた。皆の顔が引き締まる。うまくすれば、これで駐留軍を本国へ追い返すことができるかもしれない。
 ロックは協力してくれる住民の民家に身を潜めた。スカルダらがここへ差し掛かったとき、飛び出すつもりだ。射撃用に弓矢も準備されていた。
 それからしばらく、ロックたちは息を殺して待ち続けた。狭いところへ三十名が押し掛けたので、とても息苦しく感じる。蒸し暑さに汗も噴き出した。
 どれほどの時間が経過しただろうか。いい加減、しびれを切らせそうになったとき、裏口の扉が開いた。トニーだ。
「来ます!」
 騎馬隊の動向を監視していたトニーは、予定通り、スカルダたちがここへ向かっていることをロックたちに知らせた。いよいよだ。緊張感が最高潮に高まる。
 やがて、進路の安全を確認する先遣隊が現れた。ここで見つかれば、計画は台無しだ。皆、窓の下に身を隠し、先遣隊をやり過ごす。家屋に射し込む光が、窓外をうろつく人影によってチラついた。
 早く立ち去ってくれと誰もが願った。その間の時間が、これまた長く感じられる。何か勘づかれたのではないか。そんな危惧を多くの者が抱いた。
 しかし、すべては杞憂に終わり、先遣隊は立ち去った。そして、ついに騎馬隊の先頭が到着する。
 悲鳴とどよめきが上がったのは、その直後だった。
 ロックたちがそのまま家屋の中に隠れていると、外は段々と騒がしくなり始めた。馬のいななきや怒号、剣戟の音が入り交じる。誰かが叫んだ。
「敵襲!」
 ロックたちよりも先に仕掛けたのは、エバンスの部隊だった。二十名ほどで、騎馬隊の殿軍へ矢の雨を降らせる。後方はパニックに陥った。
「各員、総督をお守りしながら駆け抜けろ!」
 突然の襲撃に、ダクダバッドの騎馬隊の動きは乱れた。襲われた後方の部隊は応戦しようとし、スカルダ将軍のいる前方の部隊は安全なところへ退避しようとする。混乱の中、立ち往生する者も少なくなかった。
 それはロックの作戦だった。まず、騎馬隊の後方を襲って敵の目を引きつける。そして──
「行くぞ!」
 逃げようとする騎馬隊の横合いから、扉を蹴破ったロックたちが突進した。さらなる敵襲に、人数で勝るダクダバッドの兵士たちもひるむ。その中心にスカルダ将軍の姿を見つけた。
「撃て!」
 ロックの合図で、弓矢を構えていた同志がスカルダ将軍を射た。乱戦のため、何本かは逸れたり、他の兵士に当たったりしたが、二本の矢がスカルダ将軍の胸を射抜く。鎧を着ていないスカルダには致命傷のはずであった。
 だが──
「──っ!?」
 ロックは目を見張った。矢に貫かれたスカルダ将軍の姿が、一瞬にして砂の塊と化し、崩れ去ってしまったのだ。
 やはりスカルダ将軍の視察は、男爵の言うとおり罠だった。


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