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何とかダクダバッド兵からの追撃を逃れたロックとアレスは、危機を救ってくれたウィルと合流し、アジトとは別の隠れ家に身を潜めた。とりあえず、負傷したロックを治療する必要があったし、何よりアジトにはすぐに戻らないよう指示したのは男爵だ。万が一の尾行を考慮してのことだった。
「終わったわよ。毒とかは塗ってなかったみたい。命拾いしたわね」
ロックの治療を担当した若い女が包帯を巻き終えて言った。解放軍に身を置くテレサという女だ。こうやって主に負傷した者の治療に当たっている。パッと目を惹く美人というわけではなく、やや神経をすり減らした苦労人といった感じを受ける女性だった。治療した割には、ロックへの言葉もいたわりを欠いている。
「済まないな、テレサ」
ロックは礼を言うと、そっと左腕に上着の袖を通した。痛みに顔をしかめる。テレサは黙って、ロックを手伝った。
「毒がなかったと言うことは、あの弓矢の男、相当、腕に自信があるようだな」
ウィルが部屋の片隅で、誰に言うともなく呟いた。アレスはそんなウィルを尊敬の眼差しで見つめた。
「ウィルさんって、白魔術師<メイジ>だったんですね。スゴイや!」
二人の窮地を救ったファイヤー・ボールを思い出し、アレスは興奮気味に言った。魔法を見たのは生まれて初めての経験だ。
「男爵がウィルさんと一緒にロックさんを助けに行けって言った意味、ようやく分かりました! ウィルさんの魔法があれば、ダクダバッドの駐留軍なんて怖くありませんね!」
アレスはこの美しき吟遊詩人に期待をかけた。確かに、魔術師の広域破壊呪文は、容易に戦力バランスを覆すことが出来る。数の上では劣る解放軍にとって、ウィルのような魔術師は貴重な存在だといえた。
しかし、ウィルの返答は芳しいものではなかった。
「悪いが、これ一度きりだ。オレは自己防衛のためでない限り、ダクダバッド軍とは戦わない」
それを聞いたアレスの顔が急に暗くなった。
「な、何で!? どうして!? ウィルさんは僕らの味方じゃないの!?」
「よせ、アレス」
アレスを止めようとしたのは意外にもロックだった。だが、アレスは納得できない。
「ウィルさんが一緒に戦ってくれれば、このジノはもちろん、ガリの人々が助かるんですよ! それなのに、ウィルさんはそんなに凄い魔法を使えるのに、それを見捨てるって言うんですか!?」
「そうだ」
ウィルはあっさりと認めた。アレスは愕然とする。そんな少年をロックは見据えた。
「おい、アレス。ここはオレたちの国だ。流れ者なんかに頼るな。オレたちのこの手で取り戻してこそのガリ公国だろうが。そのことを忘れるんじゃねえ」
いささか乱暴なロックの言葉にアレスはハッとした。そうだ。ここはガリ公国。アレスたちが生まれ育った国だ。それを奪い取られたからには、他人などあてにせず、自分たちで取り返すしかない。
そんなロックの隣で、テレサが苦笑を漏らした。
「相変わらずだね、ロック」
そう言うテレサの指は、ロックの顔に残ったひどい傷をなぞっていた。
半年前、ダクダバッド軍との戦いでロックが重傷を負ったときも、彼を助けてくれたのはテレサだった。ロックとは、それ以来の付き合いである。他人への接し方が不器用なところが二人ともよく似ていた。
「ところで、なぜ男爵はオレが危ないと分かったんだ? まだ、そのことを聞いていないんだが」
ロックは逃げているときから疑問に思っていることを口にした。アレスは、ああ、と思い出し、近くの椅子に座る。
「男爵は、ロックさんたちが視察に出るスカルダ将軍を襲うだろうと、薄々、勘づいていたんです」
「だろうな」
あの何事にも抜け目のない男爵のことだ。一応、ロックたちに動かないよう指示していたが、それで止められるわけがないと見抜いていたに違いない。それはロックにも分かった。
「で、男爵がおっしゃるには、この視察は僕ら解放軍をおびき出す罠だろうと思われたそうです。罠であれば、何が目的なのか。ロックさんたちが駐留軍の指揮官であるスカルダ将軍を狙ったように、ダクダバッド側も解放軍のリーダーを狙っていたんだろうと言っておられました」
アレスの話に、ロックは眉をひそめた。
「解放軍のリーダー? しかし、男爵は──」
「はい。確かに男爵は前線には立たれない方です。でも、そんなことはダクダバッド側が知る由もありません。そこで実質的に解放軍の実戦部隊を率いている人物──つまりロックさんを男爵と思い込み、命を狙ってくるだろうと考えたそうであります」
解放軍のリーダー、男爵は、ダクダバッド側からすると謎の人物でしかないのだろう。それゆえ、ロックを男爵と誤認することは有り得そうなことだった。
「それで男爵はオレを……」
「そういうことです」
アレスは感心するロックを見て、自分が褒められているような気になった。得意げに鼻の頭を指でこする。
すると唐突にウィルが口を挟んだ。
「数の上で圧倒的なダクダバッド軍が男爵を狙ってきたということは、かなり目障りになってきたという証拠だな。今後は解放軍の中にスパイを送り込んでくる可能性もある。あるいは、すでに入り込んでいるやもしれん」
ウィルの不吉な予言に、アレスはまたしても表情をなくした。男爵を失えば、解放軍は大打撃を被るだろう。
「男爵は何があろうとも、僕がお守りします!」
アレスは改めて決意した。
「そうだな。オレが今作っている祖国解放の歌が完成するまで、男爵には生き延びて欲しいものだ」
ウィルは美しい相貌のまま、何とも薄情とも思える言葉を吐いた。
「白魔術師<メイジ>ですって?」
総督補佐官セリカ・フランセルの前に、女ホビットのベルと蛮族の青年マハールがかしこまっていた。
スカルダ将軍によってあてがわれた一室の中である。二人ともウィルから受けた傷を治療してきたばかりだった。マハールは相変わらず無言で無表情だが、ベルの唇は悔しさに噛みしめられている。
「まったく不覚を取ったよ、セリカ。連中に魔法が使える者がいるなんて思いもしなかった」
ベルは上官であるセリカに対しても、ざっくばらんな言葉遣いを用いた。ホビット族は礼儀作法など知らないし、憶える気も毛頭ない。セリカもそれを許していた。
「しかも、相当の手練れに違いないわ。あのファイヤー・ボール。あんなのまともに喰らったら、一発でお陀仏ね」
マジック・ミサイルですらレジストしきれなかったのに、ファイヤー・ボールなんてもってのほかだ。思わず想像したベルは、身を掻き抱くようにしてブルッと震えた。
「そう、そんな恐ろしいヤツが」
ベルの報告を聞いたセリカであるが、まったくその美貌を歪めることはなかった。常に沈着冷静。理性の塊のような女性士官だ。
「魔術師ごとき、この婆が始末してやるよ」
いつの間にか、ベルたちの後ろにローブ姿の老婆が立っていた。セリカの配下の一人、ジャニスだ。ローブの袖からは、相変わらず砂がこぼれ落ちていた。
「白魔術師<メイジ>と妖術師<ソーサラー>。これは見物ね」
セリカは微笑を浮かべた。
するとマハールがギリッと奥歯を噛んだ。感情を表さない男には珍しいことで、隣にいたベルが驚いた。
「マハール、もう一度、あいつと戦いたいの?」
ベルが尋ねてみたが、案の定、マハールは答えなかった。ただ雰囲気で言い表している。立ちのぼる殺気は凄まじい。
セリカはそんなマハールに目を向けた。
「マハール。あなたの気持ちは分からなくもないけど、ここはジャニスに任せなさい。あなたとベルには、他にやってもらうことがあるわ」
セリカの言葉に、ベルはハッと顔を上げた。
「セリカ、ひょっとして……」
「ええ、近々、解放軍の連中が動き出すっていう連絡が入ったわ。それも今回は、かなり大掛かりな作戦になりそうよ。こちらとしても穴蔵にこもっていられるよりは、表に出てきてもらった方が有り難いわ」
「じゃあ、そのときに男爵を……」
「ええ。──ちなみに、あなたたちが襲った相手、男爵ではなかったそうだから」
「え?」
「ロックっていう元ガリ騎士団出身の実戦部隊を指揮している男だったみたいね。男爵は決して表に出てこないとか。ホント、厄介な相手だわ」
「じゃあ、どうするの、セリカ?」
ベルに尋ねられ、セリカは益々、微笑んだ。
「どうしても出てこないってのなら、こちらから燻り出すまでよ」
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