←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



吟遊詩人ウィル

叛乱の挽歌

13.小さな遭遇戦

「跳ね橋が下りました!」
 地底監獄を見張らせていたトニーが、大声で叫びながら駆け込んできた。そのときを待っていたロックは、パチリと目を開ける。
「やったか!」
 このような夜中に地底監獄の跳ね橋が下りることなど、普通は有り得ないことだ。つまり、中でどうしても跳ね橋を下ろさねばならない事態が発生した証拠である。ロックはもちろんのこと、待機していた解放軍の戦士たちはパッと顔を輝かせた。
「よし! これより地底監獄に向かう! 行くぞ!」
 ロックが号令をかけると、解放軍は一斉に声を上げた。そして、たいまつに火を灯し、地底監獄へと急ぐ。
 地底監獄の異変は、その近辺で哨戒中だったダクダバッド兵も気づいた。
「跳ね橋が下りただと!?」
 異常事態の報告に哨戒部隊の隊長は血相を変えた。まったく想定外の出来事だ。彼らが警戒していたのは、外部からの解放軍の襲撃である。
「総督府へ伝令を! 我らはもう少し地底監獄へ近づき、状況を見極める!」
 早馬を走らせ、わずか十数名の哨戒部隊は地底監獄の偵察に赴いた。
 だが、さほど進まぬうちに、斜め後ろより接近してくる一団を認める。それがロック率いる解放軍だった。
「なぜ、解放軍が!?」
 解放軍が地底監獄の跳ね橋を下ろしたと思っていた隊長は、後方から出現したことに驚いた。と同時に、明かりとなっているたいまつの数を見る。ざっと三百。いや、もっと多いかも知れない。
 このままだと数で蹂躙される恐れがあった。哨戒部隊の隊長は退却を決意する。
「やむを得ん! 河の下流方向へ逃げる! 皆の者、遅れるな!」
 隊長は先頭に立ち、部下たちに命令した。哨戒部隊は地底監獄からガラガサ河下流へと方向を変え、馬を走らせる。
 ロックたちも前方のダクダバッド兵に気づいた。
「哨戒部隊か?」
 十数騎の一団が逃げ去ろうとしているのを見て、ロックは思案した。
「どうする、ロック? ヤツらは放っておくか?」
 ロックの隣で、彼の片腕でもあるエバンスが尋ねた。今、最も重要なのは、地底監獄にいる囚人たちと合流することだ。じきに騒動を鎮圧しようと、総督府から駐留軍が差し向けられるに違いない。
「だったら、オレに任せな」
 横合いから巨漢の傭兵マインが口を挟んだ。昼間、五人のダクダバッド兵を斬り捨てた武勇伝はトニーから聞いている。どうやら大口を叩くだけのことはありそうだ。
「手勢を十名ばかり借りるぜ。すぐに片づけて、合流してやらあ」
 マインは自信満々に言った。ロックはうなずく。
「いいだろう。しかし、深追いはするな」
「おうよ」
 マインはロックから十名任され、哨戒部隊を追いかけた。人数では哨戒部隊に劣るが、その分は剣の腕前でカバーするつもりなのだろう。
 撤退する哨戒部隊にマインらは追いすがった。
「隊長、我らを追ってくる連中がいます!」
「何だと!?」
 しんがりの部下から報告され、隊長は振り返った。確かに近づいてくるたいまつがある。
「構うな! このままジノへ逃げ込む!」
 哨戒部隊はガラガサ河下流方面から、今度はジノの街へと方向を転じた。
「やっぱり、ジノへ舞い戻るつもりだな! そうはさせねえ!」
 昼間に五人を斬ったマインであったが、まだ暴れ足りなかった。半年ぶりの戦だ。それを充分に楽しむ気満々であった。
 マインたちと哨戒部隊の差は徐々に縮まった。哨戒部隊が重い鎧を着ているのに対し、マインたちが軽装であるためだ。やがて、しんがりの後ろ姿をマインは捉えた。
「敵に背中を見せるとは愚かなヤツめ!」
 マインは馬を巧みに操りながら重そうな段平を抜くと、ダクダバッド兵の背中に斬りかかった。しんがりの兵士は悲鳴を上げて、馬上から転げ落ちる。容赦ない攻撃だった。
「ぬうっ! 卑怯な! ──お前たちは先に行け!」
 部下たちにそう命じ、隊長は引き返した。そして、剣を抜いて、マインに立ち向かっていく。
「そうこなくちゃな」
 マインは笑みを漏らした。そして、片手で段平を振り上げる。
 キィィィィィィン!
 マインの重い一撃を隊長は何とか受けきった。それでも手はしびれ、危うく剣を落としかける。方向を転じる間に、体勢を立て直した。
「隊長!」
 たった一人で戦おうという隊長を、哨戒部隊の兵士たちは見捨てることができなかった。彼らもまた立ち戻り、追ってきたマインたちの小隊に斬りかかる。たちまち双方入り乱れての戦いが始まった。
 数の上では少ない解放軍側であったが、すぐにマインが二人のダクダバッド兵を葬り去った。その凶悪な段平の前では、着ている甲冑など紙同然である。荒々しいマインの強さにダクダバッド兵は震え上がった。
 何とか数で優っているうちにマインを仕留めようと、ダクダバッド兵は四人で一人を囲んだ。マインはぐるりと周囲を見やる。
「ほお。やっぱり、オレが一番手強いと見たか」
 窮地に立たされたというのに、マインはむしろ楽しんでいるかのようだった。背後のダクダバッド兵がそっと忍び寄る。
 ブゥゥゥゥゥゥン!
 突然、後ろも見ずにマインが段平を振り回すや、風が唸りを上げた。そのとき巻き起こった旋風に取り囲んでいた四人のダクダバッド兵たちはひるむ。その隙を見逃さず、マインは正面の兵士に斬りかかった。
「そらぁ!」
 剣の一振りだけで難なく包囲網を崩し、一点突破を図ったマインは、正面の兵士を斬り捨てるや、すぐに馬首を巡らし、二人、三人と、これも一撃で壮絶なる死を与えた。マインの背後を襲おうとしたダクダバッド兵は一瞬の悪夢に硬直する。マインは最後の一人に、すぐには斬りかかろうとはしなかった。
「悪いが、自分の不運を嘆くんだな。このオレを相手に選んじまったことを」
 そう言うや否や、マインは四人目のダクダバッド兵も斬り伏せた。戦いが始まって、まだわずかだというのに、すでに七人がマインによって斃されている。数の劣勢は、瞬く間に互角へと変わっていた。
「お、おのれ!」
 部下たちが次々とやられ、隊長は歯ぎしりした。マインの強さは人並み外れている。それはたった一合打ち合っただけで身に沁みた。とても一対一で太刀打ちできる相手ではなさそうだ。
 だからといって、今からでは退却もできない。そんなことをすれば、無防備な背中をさらすだけだ。隊長はマインの前に立ちふさがりながら死を覚悟した。
 しかし、救援は意外な方角から現れた。
 多くの馬蹄の響きがガラガサ河方面より聞こえてくるや、ダクダバッドの甲冑を着た二十名ほどの一団がこちらへ向かってくるのが見えた。哨戒部隊の隊長は、一瞬、自分が幻を見ているのではないかと疑ったほどだ。
 ところが、それは紛うことなき味方であった。その先頭にいるのは、地底監獄の看守を務めていた青年騎士オラン・ホルストだ。
 オランたちは地底監獄から脱出した後、ブローダーの助言に従って、解放軍との遭遇を警戒し、迂回路を選択してジノへと向かっていたのである。そこで丁度、哨戒部隊とマインたちの戦いに遭遇したというわけだ。オランは地底監獄を乗っ取られた恨みを剣に宿らせ、マインたち解放軍へ果敢に突進した。
「ガリ公国の残党どもめ! 一人残らず成敗してくれる!」
 突然の敵増援に、マインたちは形勢不利を悟った。哨戒部隊だけならばともかく、オランたちまで相手にするのはきつい。マインは即座に撤退を決断した。
「チクショウ! 退くぞ!」
 マインは馬の腹を蹴って、地底監獄方面へと逃走を図った。他の者たちも、それに追随する。今一歩のところまで追いつめられていた哨戒部隊の隊長は、命拾いをしたことに大きく息を吐き出した。
「大丈夫か!?」
 駆けつけたオランが哨戒部隊の隊長に声をかけた。隊長はうなずく。部隊は約半数が殺され、残った半数も負傷していた。
「すまない、危ないところを助かった。ところで地底監獄はどうなったのだ? 解放軍の襲撃はなかったはずなのに」
 やや憔悴した哨戒部隊の隊長に尋ねられると、オランは苦々しい表情を浮かべた。
「囚人どもがいきなり暴動を起こしたんだ。どうしてそんなことになったのか、オレにもよく分からん。だが、このままだと囚人たちは解放軍に加わるだろう。そうなれば、連中は総督府を襲うに違いない」
 哨戒部隊の隊長は、地底監獄の方角を振り返った。多分、今頃は解放軍の本隊が到着しているだろう。解放軍が三百人、囚人が千人。さらに街の者たちが蜂起すれば、ダクダバッド駐留軍三千名と対等に戦える。
「一刻も早く総督閣下にお伝えせねば」
 オランは哨戒部隊と共に、総督府があるジノへと急いだ。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「吟遊詩人ウィル」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→