←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→

[第十六章/− −3 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十六章 吟遊詩人の死(3)


 帰ってきたアイナたちの物々しい雰囲気に、出迎えたグラハムたちは目を丸くしたが、ぐったりとしたウィルを見て、緊張に身を固くした。
「おい、神父。ウィルの具合を診てやってくれ」
 キーツはウィルを降ろして、ベッド替わりのムシロの上に寝かせると、グラハムを呼んだ。教会の神父は治癒魔法を使えるだけあって、医学の知識を持ち合わせている。もっとも、グラハムの場合は魔法を使えないが。
 グラハムは腹部に巻いてあった血塗れのマントを外すと、服をたくし上げて傷口を確認した。小屋に血の匂いが立ちこめる。
「どう?」
 アイナは黙っていられず、グラハムに尋ねた。
「鋭利な刃物で斬られた傷だな。それも深手だ。正直、こんな傷でまだ生きていること自体、信じられん」
「助かるの?」
「普通の人間なら死んでいるところだ。ダメ元でやってみよう。──キャロル、湯を沸かせ! それから爺さん、酒と清潔な布だ! 布はいくらあってもいい!」
「私、他の所も回って、かき集めてくるわ!」
 キャロル、ストーンフッド、そしてアイナが、銘々、慌ただしく動き始めた。キーツ一人、おろおろとする。
「オレはどうしたらいい?」
「こういうとき、男手ってのは役に立たないものなんだが、まあ、コイツが痛みで暴れ出しそうになったら、しっかりと押さえてやってくれ。もっとも、そんな心配はいらないだろうけどな」
 グラハムが言う通り、治療中、ウィルが暴れ出すようなことはなかった。
 皆が固唾を呑んで見守る中、グラハムは黙々と治療を施した。その隣にはキャロルが座り、介添えをする。アイナとストーンフッドが集めた布は次々と血に染まり、山積みになっていった。
 どれほどの時間が経ったものか、ようやくグラハムの手が止まり、大きく息を吐いた。
「終わったの?」
 真っ先に尋ねたのはアイナだった。
「ああ。一応、止血はした。だが、出血がひどかったからな。今後も予断を許さないだろう。あとは──」
 グラハムはキャロルに目配せして、湯に粉末状の薬を溶かした物を持ってこさせた。ウィルの治療に入る前からキャロルに準備させていたもので、今はすっかり冷めている。グラハムはその薬をウィルの口に流し込んだ。
「これでひとまずはいいだろう」
 グラハムはやれるだけのことを全てやり終えて、大きく伸びをした。キャロルはそんなグラハムをねぎらうように、アルコール入りのお茶を煎れ始める。グラハムはそのお茶を飲んでから、視線を移した。
「ところで、まだアンタのことを聞いていなかったな」
 それは傷ついたウィルを運んできた男に対してだった。
 男はウィルの治療中、パンだけの軽い食事を取り、あとは神妙な面もちで待っていたが、一同に注目されて居住まいを正した。
 改めて見ると、男は育ちの良さそうな顔をしており、背筋などもピンと伸びていた。甲冑姿から騎士ではないかと想像できる。年齢はアイナと同じくらいか、それより少し上だろう。
「申し遅れました。私の名はレイフ。ノルノイ砦の騎士です」
「ノルノイ砦?」
 それを聞いて、ストーンフッドが眉をひそめた。
「知ってるの?」
 そのアイナの問いに答えたのは、ストーンフッドではなくグラハムだった。
「ノルノイ砦ってのは、この街から少し離れた所に造られた小さな砦だ。バルバロッサが独立自治みたいなことをしていたから、王国のヤツらが、このセルモアを監視させるために兵を常駐させていたのさ。もっとも、街の連中に言わせれば、そんなのはかかし同然みたいなもので、牽制の役になんか立っちゃいないがな」
 歯に衣着せぬ物言いに、レイフは苦笑を浮かべるしかなかった。
「耳が痛い話ですが、否定はしません。実際、ノルノイ砦は出世を断たれた騎士が送り込まれるようなところで、職務に忠実に働いているとは言い難いでしょう」
 レイフは真摯に答えた。グラハムの眼がからかうように動く。
「じゃあ、アンタもその若さで出世を断たれちまったというワケか?」
「神父様!」
 キャロルが横でたしなめるように睨みつけたが、当のレイフはそれに激怒することもなく、
「ご想像にお任せします」
 と、やんわり受け流した。若いながらも人間が出来ていると、アイナは感心した。隣のキーツは新たなライバル出現に面白くなさそうだが。
「話を進めよう。そのノルノイ砦のアンタが、どうしてここにいる?」
 ストーンフッドは静かにレイフを促した。レイフは真顔でうなずく。
「昨日、セルモアの領主バルバロッサが、子息のゴルバに殺されたという報告が入りました」
「!」
「なっ……!」
「やはり……!」
 それは今までも憶測で話されていたが、このように事実として語られると、少なからず驚きを隠しきれない。特にセルモアに住んでいるストーンフッド、グラハム、キャロルの三人は。
 アイナは思わず、デイビッドの様子を窺った。
 デイビッドは眠たそうな顔をしながらも一緒に起きていたが、自分の父の死について語られても、何の反応も示さなかった。むしろ、そのそばにいた仔犬がしょんぼりしたように身を伏せて見えたのは、アイナの気のせいだったか。いや、仔犬は主人の父親とも親しかったのかも知れない。
「それは確かなのか?」
 グラハムが念を押すようにレイフに問い返した。レイフは残念ながらとでも言いたげに、
「この情報は領主の城に潜り込ませていた我が方の間者が突き止めたものです。まず、間違いないでしょう。──このことは、まだ街の人の耳には入っていないんですか?」
 グラハムとストーンフッドは確認するように顔を見合わせてから、かぶりを振った。
「まあ、まさかとは思っちゃいたが」
「そんな話は聞いておらんな」
 二人の答えに、レイフはうなずいた。
「そうですか。やはり、事が事だけに今のところ伏せているのでしょう。領主がその息子に殺されたとなれば、一大事ですからね」
「だが、作り話ならいくらでもでっち上げられるだろう」
 今まで黙っていたキーツが口を挟んだ。グラハムも同じ意見らしい。
「そうだな。オレだったら王国からの刺客に殺されたとか言うね」
「そんな!」
 初めてレイフが気色ばんだ。威光に翳りが出てきたとは言え、王国に忠誠を誓う騎士としては、そのような讒言を看過できないのだろう。
 そんな実直なレイフの姿に、グラハムは苦笑する。
「悪党なら、それくらいのことを言ってのけるって例えだよ」
「そう言うことだな。──しかし、ヤツらは領主の死をひた隠しにしている。なぜか?」
「デイビッドの存在ね」
 キーツが何を言おうとしているか悟り、アイナは口にした。


<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「神々の遺産」目次]  [新・読書感想文]  [次頁→