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[第十六章/− −2 −−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十六章 吟遊詩人の死(2)


 二人はミスリル銀鉱山の入口へ向かった。そこには四名の見張りが立っていた。昼間、大ムカデの騒ぎがあったので、こうして見張りを立てて、警戒しているのだ。また、マインたちの侵入もあったので、集落の入口でも警備を強化している。夜気に緊張が張りつめていた。
 四人のドワーフは、ストーンフッドの顔を見ると直立不動の姿勢を取った。
「異常はないか?」
「はい。静かなものです」
「黒ずくめの人間は、まだ戻って来ていないな?」
「はい、誰も」
「分かった。ちょっと、この嬢ちゃんと中に入る。引き続き見張りを頼むぞ」
「了解しました」
 ストーンフッドは先頭に立ち、アイナとともに坑道へと足を踏み入れた。
 アイナはストーンフッドが、ドワーフたちの間でも重鎮なのだと、初めて気がついた。でなければ、怪物が現れて騒ぎになった坑道に、こうまで簡単に入れなかっただろう。
 坑道の中は、見張りのドワーフが言っていたように、とても静かだった。アイナとストーンフッドの土を踏みしめる足音だけが聞こえる。
「それにしても、伝説の地下遺跡が本当にあっただなんて」
 ストーンフッドの後に続きながら、アイナは感慨深く呟いた。それに対してストーンフッドは鼻を鳴らす。
「まったく、迷惑なこったな」
「迷惑?」
「そうじゃろうが。これから遺跡の調査に、人間どもがわんさとやって来るのじゃろ? ただでさえ人が多いこの街じゃ。それに調査と称して、この坑道にまで押し掛けてくるかも知れん。そうなったら、我々、ドワーフの仕事は上がったりになっちまう」
 ストーンフッドの心配はもっともだった。遺跡をネタに、観光地化してしまっている村や町の存在をよく聞く。人間にとってはそれもいいだろうが、ドワーフたちが住みづらくなる可能性は充分にあった。彼らには派手な生活よりも、地道でひっそりとした生活の方が性に合っている。
 そんな会話をしながらも、ストーンフッドは多くの枝道を躊躇なく進んでいった。
 坑道はやがて緩やかに下り始め、周囲の壁は板張りから土が露出したものに変わっていった。
「待って」
 アイナは小声で、ストーンフッドに止まるよう言った。アイナの耳が、二人の足音以外の音を聞きつけたのだ。それは近づいてくる。
「誰か来るわ。一人……」
 アイナはランタンの明かり口を閉め、周囲を闇に閉ざした。ウィルならば問題ないが、それ以外というのも考えられる。だから、相手にこちらの存在を気取られないための処置だった。もちろん、アイナもやって来る人物の姿を見ることが出来なくなるが、こちらには夜目の利くドワーフがいる。あとはストーンフッドに任せ、アイナは暗闇でジッと息を殺した。
 足音は何の警戒感もなしに近づいて来ていた。
「何者だ!?」
 ストーンフッドが誰何の声をあげると同時に、アイナはランタンの明かりを開放した。そして、クロスボウの弓をワンタッチで広げる。
 相手は突然の明かりに眩しかったのか、眼の辺りを手で覆うようにした。
「待ってくれ。こっちにはケガ人がいるんだ」
 声はウィルではない。知らない男だった。その男に敵対する意志はなさそうだ。だが、手には剣を持っている。油断なく、ストーンフッドとアイナは武器を構えながら近づいた。
 ランタンの明かりに浮かび上がった暗闇の遭遇者は、言葉通り、ぐったりとしたケガ人を背負っていた。
「む!?」
 最初に気づいたのはアイナよりもストーンフッドであった。間髪置かず、アイナもケガ人の顔を見て、ハッと息を呑む。
「ウィル!」
 アイナは慌てて、ウィルを背負った男に近づいた。
「彼は君たちの知り合いか」
 男はアイナたちに尋ねた。
「ええ。ウィルはどうしたの?」
「地下回廊で倒れているところを発見した。腹部に深い傷を負っているようだ」
「そんな……」
 アイナは思わず口許を覆った。
「ここで立ち話をしていてもしょうがない。戻るぞ」
 ストーンフッドは冷静に判断を下し、来た道を戻り始めた。アイナがそれに続き、男の足下をランタンで照らしてやる。
 男の顔には極度の疲労が感じられたが、背の低いドワーフにウィルは背負えないし、かと言って、女性のアイナに任すわけにもいかず、男は歯を食いしばりながら歩き続けた。
 アイナたちが坑道から外へ出ると、ちょうどそこに見張りのドワーフたちと一緒にいたキーツに出くわした。キーツはアイナの顔を見るとバツの悪そうな顔をしたが、すぐに男の背中で気を失っているウィルを見て、血相を変える。
「ど、どうしたんだ?」
「ケガしてるらしいの。早く治療しないと」
「よし、オレが背負う」
 フラフラな男の背中からウィルの身体をキーツの背中に移すと、一行は早足でストーンフッドの小屋へと戻った。


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