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[第十六章/− −4−]



吟遊詩人ウィル・神々の遺産

第十六章 吟遊詩人の死(4)


 皆の視線がデイビッドに集まる。レイフを除いて。しかし、当人は意識がないのか、ただきょとんとしているばかりだ。
「デイビッド……。確か、バルバロッサの末っ子で、正当なセルモア領主の後継者でしたね。まだ年端もいかない子供だと聞いていますが」
「よく知っているな。──彼がそのデイビッドさ」
 グラハムに教えられ、レイフは驚きに目を見開いた。まさか、目の前の子供がそうだとは夢にも思っていなかったに違いない。
 レイフは片膝をつき、恭順の礼を捧げた。身分を考えれば、レイフよりもデイビッドの方が上であるのは明らかだからだ。
 だが、相変わらずデイビッドは微笑みを向けてくるだけで、レイフの礼に答えようとはしない。まるで無頓着だった。
「この子は何も喋りませんし、私たちの言葉も分かりません。何が原因でこうなってしまったのか、私たちも分からないんですけど」
 アイナはいたわりを込めた視線でデイビッドを見つめながら喋った。隣にいたキャロルが、そんなデイビッドの手を握る。するとデイビッドは甘えるかのようにキャロルへ擦り寄った。
「一体、何が彼に起きたんですか?」
 レイフはそんなデイビッドの様子に少なからずショックを覚えながら、アイナに尋ねた。アイナは湖のほとりでデイビッドを助けた顛末を語り、また敵が彼を狙っているらしいことを説明した。
「ゴルバにとって、正当な後継者であるデイビッドは邪魔なんだろうよ。だから、バルバロッサの死は、デイビッドを始末するまで伏せておこうってんじゃないか?」
 アイナの説明を受けて、グラハムが解説する。レイフも同じことを考えていた。
「分かりました。かくなる上は、私もデイビッド様をお守りします! それが今、私に出来る最良の任務と心得ますので」
 生真面目なレイフの宣言に、キーツの視線は冷ややかだった。
「待ちなよ。こっちはまだ、アンタが何とか砦の騎士だって話しか聞いていないぜ。そんなアンタを信用しろって言うのかよ?」
「キーツ!」
 アイナはキーツのトゲのある物言いを注意しようとしたが、すぐにグラハムにもしゃしゃり出られた。
「その通りだぜ。吟遊詩人の兄さんを助けてくれたのは感謝するが、それだけで受け入れるほど、オレたちはお人好しじゃねえ。今度はアンタのことを話してもらおうか?」
 キーツとグラハムに挑発されたレイフだったが、それに腹を立てるようなことはしなかった。むしろ、失礼を詫びた。
「すみません、話の途中でした。──領主の暗殺を知った我々は、これを王国への反逆と見なし、全軍を率いてここへやって来ました。もちろん、領主を殺したゴルバを討つためです」
 レイフは自分が反対していたことは言わずに説明した。
「軍隊で攻めてきたぁ〜? そりゃ、いつの話だ?」
 まったく知らなかったグラハムは、つい素っ頓狂な声になった。街ならば少しは騒ぎになったかも知れないが、このドワーフの集落は街からも城からも離れすぎている。
「日付が変わっていなければ今朝です。しかし、我々は街の城門に迫る前に降参せざるを得ませんでした」
「どうして?」
 ここでレイフの脳裏に苦い体験が甦る。
「たった一人の男に、私と騎士隊長が金縛りにされたからです」
「金縛り?」
「ええ。相手は魔術の使い手だったのかも知れません」
 それがカシオスの髪の毛の仕業であることなど、レイフには想像もつかなかった。アイナたちもカシオスと戦ったことがないために、その異形の技の存在を知らない。知っているのは、今、眠っているウィルだけだ。
「我々は問われました。味方になる気はないかと」
「何だと!?」
 ノルノイ砦はセルモアの監視役という事実を知っているグラハムやストーンフッドにしてみれば、その提案は笑い話のようなものだ。第一、曲がりなりにも王国側に属しているノルノイ砦の騎士たちが承知するとは思えなかった。だが──
「私は反対しましたが、騎士隊長はそれを承諾し、ノルノイ砦の騎士団、総勢五百名はゴルバたちの配下になりました」
 レイフは苦渋の表情を浮かべながら、事実を述べた。聞いていた者は、皆、絶句している。
「腐ってやがる! この国は何もかも!」
 グラハムはやり場のない怒りに、ただ拳を握ることしか出来なかった。キーツも唾棄する。
「抵抗した私は牢に投獄されそうになりましたが、隙を見て逃げ出しました。しかし、城の表から逃げるわけにもいかず、とりあえず地下に身を隠そうとしたのです。ところが、地下室に隠し扉を見つけ、そこに足を踏み入れると、とんでもない所に出てしまい……」
「とんでもない所って、まさか地下遺跡?」
 アイナは初めてレイフと出会った状況を考えて口にしてみた。案の定、レイフがうなずく。
「多分、そうなのでしょう。確信は持てませんが、明らかに高度な建築技術を用いて造られたと思われる回廊に出ました。そこで、この人と出会ったのです。彼は出口を教えてくれました。もちろん、私一人、脱出するわけにもいかず、こうして背負って来たのですが……」
 そう言ってレイフは、命の恩人であるウィルを心配そうに見つめた。
 だが、レイフの話には、新しい驚きと発見があった。
「領主の城の地下と遺跡がつながっている?」
 今日、偶然に発見されたと思われていた伝説の地下遺跡だが、領主の城の地下から侵入できるとなれば、なぜ、これまでその存在が明かされていなかったのか。少なくとも領主の一族は知っていたことになる。それを隠していた意図は何なのか。
「私は何としても仲間たちの目を覚まさせて、悪事に荷担するのを辞めさせたいのです。幸い、あなた方もゴルバたちと戦おうとしていらっしゃる。是非、私にも協力させてください」
 レイフは真っ直ぐにグラハムを見つめ、頭を下げた。グラハムはそんな真面目な青年騎士の決意がこそばゆいのか、首の辺りをぼりぼりと掻く。キーツもこれはケンカにならないと見たのか、そっぽを向いてしまった。
 アイナは笑顔でレイフの手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いするわ」
 誰も反論する者はいなかった。レイフは次々と握手を交わしていく。
「まあ、仲間が増えるのは結構だが、吟遊詩人の兄ちゃんがこのザマじゃ、反撃にはコマ不足ってところだな」
 グラハムの言うことはもっともだった。ウィルの魔法は、少数で敵と対するアイナたちにとって必要不可欠である。早く元気になって欲しいと願うアイナであった。
「?」
 ふと、そんなウィルを見つめていたアイナは気がついた。ウィルの胸が上下していないのを。アイナは血相を変えて、ウィルの胸に耳を押し当てた。
「そんな!」
 アイナは息を飲み込んだ。
 ウィルの心臓は停止していた。


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