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「来たか」
リィーナの肉体からようやく身を離し、ヴァンパイア・ウルフは教会の扉に目を向けた。
途端に扉が打ち破られ、一体のワーウルフが転がり込む。もはや絶命しているのは明らかだった。
そこから黒衣の吟遊詩人が現れた。とても今まで死闘を演じてきたとは思えない。しかし、身にまとう鬼気は、それにふさわしいものを持っていた。
教会にはヴァンパイア・ウルフとリィーナ、そしてジェシカ婆さんに宿屋の主人エドがいた。他の者は討って出たわけだが、今は表通り<メイン・ストリート>で死屍と化している。
ヴァンパイア・ウルフは笑った。
「早かったな。もう少し刻<とき>を稼げると思ったが」
「夜まで、ということか」
「そうだ。──貴様、遙かな昔に我等の主人だった、あの偉大なる種族より強いかも知れぬな」
「………」
「大変なヤツに目をつけられたものだ。だが、もう少し刻<とき>を稼がせてもらうぞ」
咆吼<ハウリング>を発しつつ、ジェシカ婆さんと宿屋の主人エドは変身を始めた。ワーウルフへと。
「今まで片づけた雑魚と一緒にしない方がいい。特別製だ。もっとも、あの神父もそのつもりだったのだが、どうやら失敗作だったようだな。見せてもらうぞ、お前の力を」
それが引き金となり、二体のワーウルフはウィルへ跳んだ。ジェシカ婆さんは白、エドは赤い毛並みをしている。普通は茶褐色か灰褐色だから、ヴァンパイア・ウルフの「特別製」というのも、まんざらウソではなさそうだ。
白いワーウルフがウィルの背後、赤いワーウルフが正面を塞いだ。
背後でバリバリと肉が裂けるような音がするや、ウィルは跳躍した。巨大な蜘蛛の脚のようなものが、その残像を捉える。それは強固に伸びた肋骨の仕業だった。
頭上のウィルに、今度は赤毛が仕掛けた。ドラゴン並の炎<ブレス>が吐かれ、黒い影を押し包む。それをウィルはマントではねのけた。
着地と同時に、ウィルの手から光弾が放たれた。マジック・ミサイルだ。赤毛に三発ヒットする。教会のイスを破壊しながら、赤毛のワ―ウルフは十数メートルも吹き飛んだ。
だが、いつの間にか白毛の姿が消えていた。
──と。
足下から白い牙が襲った。肋骨の牙が。逃げる隙もない。ウィルは捕獲された。
「捕まったか。あいつの保護色を見抜けぬとは」
そう。この白毛のワーウルフは、カメレオンのように自在に、その姿を消すことができるのである。そして目標にそっと近づき、第二の牙たる肋骨を武器にして捕縛し、息の根を止めるのだ。
捕まったウィルはどう出るか?
彼の表情に変わりはなかった。無表情。
──いや、笑みすら浮かんでいたかも知れない。
赤毛のワーウルフが、ゆっくりと身を起こした。
その目はウィルへの憎悪に燃えていた。
ウィルは白毛のワーウルフに捕縛されたまま。
ウィルの白い喉が赤毛の目にどう映ったか。
赤毛の右腕が振り上げられた。その喉元を狙って。
旋律が流れた。
それが《銀の竪琴》から聴こえたものだったと誰が気づいたか。
そのとき、肋骨の牙からウィルの姿は消えていた。
ワ―ウルフたちがウィルの姿を捜し求めると、黒い影は光と共に、教会の入口から差し込んでいた。まるで初めからそこにいたかのように。
「どうだ、オレの詩<うた>は? “幻影<ミラージュ>”という」
ウィルは静かに言った。
全ては幻影。全ては虚像。
教会に足を踏み入れたときから、戦っていたウィルはウィルにあらず。本物は教会の入口で曲を奏でていたのだ。
「つくづく恐ろしいヤツよ。魔法以外に幻術をも扱うとはな。──だが、それはもう使えんぞ」
また白毛のワーウルフの姿が消していた。周囲の色に溶け込んだのだ。少しの気配も感じさせず、そっと忍び寄る。
「貴様らも芸がない」
ウィルは呟きを漏らした。
《光の短剣》が抜かれるや否や。
鮮血が床にしたたり落ちた。
そこに、はらわたを裂かれた白毛が立ちつくしていた。
ウィルは何を感じ、必殺の一撃を放ったか。
断末魔の叫びを最後に白毛は倒れかける。
ウィルがひらりと跳んだ。一刹那あと、強烈な炎が白毛の死屍を焼く。言うまでもなく、赤毛の仕業だった。
そして、ウィルVS赤毛のワ―ウルフ。
吟遊詩人と炎の化身。
「来い」
とはウィル。赤毛が応じた。
赤毛はその巨大な体躯を柔軟に丸め、肉弾と化した。──いや、それだけではない。赤い体毛は真の炎に包まれ、巨大な火球へと変じたのである。
ウィルへの突進。それを美しき吟遊詩人は辛うじて躱した。
火球はそのまま教会の壁をも突き破り、消えてしまった。
遠くで地鳴りのようなものが聞こえる。教会の外で火球が跳ねまわっているのであろう。
だが、ウィルは動かない。ただ待ちかまえる。
それを見ながら、ヴァンパイア・ウルフは祭壇上で笑っていた。
突如――
天井を突き破り、その真下に立ちつくすウィルに、生きた火球が襲いかかった。ウィルが一瞬遅れて振り仰ぐ。いずれへ跳ぼうとも、火球は床でバウンドして方向を変え、ウィルを直撃するだろう。
しかし、まともに押し潰されるわけにもいかない。案の定、ウィルは跳んだ。
まんまと赤毛の策にはまるかに見えた。
「マドア!」
ところが、今までウィルが立っていた床の上に、黒い染みが出現した。染みは広がり、底知れぬ穴となる。
火球は落ちた。その穴へ。
穴は赤毛のワーウルフを呑み込むと、まるで食人花のように閉じられた。後には元通りの硬い石床だけが残る。赤毛はいずこかへ消えていた。
ヴァンパイア・ウルフは茫然として、ウィルを見つめた。
「今のは黒魔術<ダーク・ロアー>……貴様、黒魔術師<ウィザード>でもあるのか……? そ、それにあの身のこなし……何者だ?」
「ただの吟遊詩人だ」
それは何度目の答えであったろうか。
「そんなはずはあるまい。異空間の入口を作れる黒魔術師<ウィザード>は少ないはずだ!」
「オレが作れるのは入口までだ。出口は作れん」
ウィルは素っ気なく言った。ヴァンパイア・ウルフも、これ以上、追及してもムダと悟ったらしい。のっそりと祭壇から降り立った。
「まあ、いい。刻<とき>は稼いだ」
ヴァンパイア・ウルフは、この恐るべき吟遊詩人を前に笑った。余程の自信がそうさせるのか。刻<とき>とは一体……。
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