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サリナの傍らにウィルが立った。
「何の病気だ?」
「分かりません。寺院で病気を診てもらってないから」
病は魔の働きによって起きるとされている。そのため、病を診たり、治療するのは、寺院や教会などの神に仕える聖職者<クレリック>たちが行う。昔は無報酬で仕事をしていた聖職者<クレリック>たちであったが、時代が経つにつれ、神職たるものが、より俗世間的になった。治療費とまではいかないが、寄付金という形で報酬が求められる。死から魂を呼び戻すほどのものなら、ひと財産が必要だ。また、その例に漏れず、失敗も多い(病を治すどころか寿命を縮めてしまうとか!)。
「オレが診よう」
ウィルがそう申し出たとき、サリナばかりかロムも驚いた。
「アンタ、神聖魔法が使えるのか?」
それに答えず、ウィルはサリナを下がらせた。そして、ベッドに横たわる老女の目を指で開いて覗き込んだり、指や腕を折り曲げてみる。医術の心得がないサリナもロムも、ただ黙って見守った。
最後に脈を計ったウィルは、サリナの方を向いた。
「どんな薬を飲ませていた?」
「母が飲んでいる薬?」
尋ねられたサリナは、引き出しからラカンが持ってきた薬の包み紙を取り出した。ウィルはそれを受け取り、中身を確かめる。
「これは薬ではない。毒だ」
「えっ!?」
ウィルの言葉に、サリナは絶句した。
「致死性の低い神経毒だな。だが、こんなものを毎日飲まされていれば、寝たきりの生活になって当然だ」
「そんな……だって、それは!」
「騙されたんだよ、アンタ」
横からロムが口を挟んだ。サリナの表情が強張る。
「きっとお母さんは、最初は大したことのない病気だったんだ。それをあの男がつけ込み、薬と偽って、毒を渡した。お母さんが寝たきりの生活になれば、アンタは困る。そこをあのラカンって男が助けるって筋書きだな。実際、アンタはラカンに頼らずを得なくなった。ケッ! まったくヘドが出そうな芝居だぜ!」
吐き捨てるように言うロムを、サリナは唇を震わせながら見ていた。両拳が強く握られて白くなる。
「ラカンのヤツ!」
サリナの眼に殺意が宿った。もし、この場にラカンが現れれば、サリナはきっと殺さずにはいられなかっただろう。
「しかし、幸いだったのは、毒の効果が弱かったことだ。服用をやめれば自然に回復するだろう」
「本当!? 本当に治るの!?」
思いもかけないウィルの言葉に、サリナは表情を豹変させた。すがるような思いで、ウィルを見る。
するとウィルはうなずいた。
「間違いない。ちゃんとした解毒薬を飲ませれば、明日にもベッドから起きあがれる。解毒薬を買って来ようか?」
ウィルの申し出は有り難かった。だが、二つばかり気にかかり、まだ素直に喜べない。
「簡単に手に入る品物なの?」
「特別な物ではない。どこの薬店でも取り扱っている」
「でも、お金が……」
「心配するな。オレが出しておこう。連れが世話になった礼だ。──そうだろう?」
不意に会話を自分に振られ、ロムはぎこちない笑みを見せた。
「お、おう!」
サリナは思わず涙が出そうだった。他人の親切がこんなにも有り難いと思ったことはなかった。ウィルもロムも、自分が騒動に巻き込んでしまったようなものだ。それを彼らは、逆にサリナを手助けしようとしている。そして、一生寝たきりの生活になるだろうとあきらめていた母が元通りになると言われ、突然、目の前が明るくなったような気になった。
「じゃあ、私が薬店まで案内するわ」
サリナは泣かなかった。気丈な娘なのだ。
二人で出て行こうとするのを見て、慌てたのはロムだ。座っていた椅子から、腰を浮かせる。
「お、おい! オレはどうするんだ?」
するとウィルが旅帽子<トラベラーズ・ハット>の鍔を直しながら、
「患者に付き添い人は必要だろう。頼むぞ」
と、ロムに押しつける。
うろたえるロム。無骨な旅の商人が老女の看護などしたことはないだろう。
「いや、頼むぞって、お前……」
「ごめんなさい。帰ったら、いくらでもお酌してあげるから」
申し訳なさそうにサリナまで言うので、ロムはイヤだと言えなくなってしまった。
「分かったよ。二人で行って来い!」
ふくれるロムを一人残し、ウィルとサリナは薬店へと出掛けた。
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