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吟遊詩人ウィル

呪縛人形

−9−

 その一部始終を見ていた男がいた。人形屋敷の主人であるグスカである。
 屋敷の窓から門前まで、かなりの距離があるにも関わらず、グスカはウィルとベネシストの争いをくまなく目撃していた。おそらくはウィルの技量をも推し量ったはずである。恐るべき慧眼であった。
 グスカの肉体は肥えていた。醜悪なくらい、よく肥大している。さらに、悪趣味なほどに宝石が飾られた服は、いつ破れてもおかしくない。その腹が揺れていた。笑っているのだ。
「ほほっ、ヤツが私の町に介入してきた男か。なかなかやるではないか」
 声は穏やかだが、眼は鋭かった。とは言え、眼は分厚い肉に埋もれてしまって、ただの線でしかない。
 手にしていたワイン・グラスを弄びながら、グスカは重厚な机に腰を落ち着けた。頑丈なはずの椅子が悲鳴のような軋みをあげる。グスカは窓から机までの距離を移動しただけで、呼吸が早くなっていた。
「ズウ!」
「はっ、ここに」
 ズウと呼ばれた執事らしい男が、音もなく扉を開けて現れた。主人に一礼をする。
「紙を持て」
「はっ!」
 グスカの命に、執事は再び扉の奥に消えると、次の刹那、一枚の紙を持って現れた。グスカにうやうやしく手渡す。
「最上質の紙でございます」
「うむ」
 グスカは右手にハサミを、左手に紙を持ち、おもむろに切り始めた。ぽってりした手からは想像もできない器用さで、ひとつの形を作り上げる。それは人の形だったろうか。
「さあ、働いてもらおうか」
 グスカは人型の紙をテーブルの上に立たせると──紙なのに直立している!──、薄く笑いを浮かべた。


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